## 【シーン1:お迎え】
朝の博麗神社は、いつも通りの静けさだった。
タカは縁側でお茶を飲んでいた。今日は紅魔館へ行く日だ。「最高の一日にしてあげるわ」というレミリアの言葉を思い出すたびに、楽しみ半分、不安半分の気持ちになる。
「最高って、何をするんでしょうね」
「知らないわよ」と霊夢がいつも通りお茶をすすった。
「紅魔館だろ? まあ、普通には終わらないだろうな」と魔理沙が団子をかじりながら言った。
「怖いこと言わないでください」
「大丈夫よ。異変じゃないんだし」
「本当ですか?」
「私に聞かれても知らないわよ」
「……むう」
その時、鳥居の方から元気な声が飛んできた。
「タカー!お迎えに来たよー!」
「えっ?!フランさん?」
フランが石段を駆け上がってきた。その後ろから、レミリアが日傘をくるくる回しながらゆっくり歩いてくる。フランは目をこすりながら、それでも満面の笑みだった。
「眠そうですね」
「眠い!……でも、頑張って起きたよ!」
「じゃあ寝てた方がよかったのでは?」
「でも迎えに来たかったの! 一番最初に会いたかった!」
フランが胸を張った。タカは少し驚いた。
「お前、吸血鬼のお気に入りだな!ハハハ!」と魔理沙。
「良いじゃないこんな可愛い子なら」と霊夢。
「朝からずっとこの調子でうるさかったわ」とレミリアがため息をついた。「日が昇る前から『まだ? まだ行かない?』って」
「早起き頑張ったもん!」
「ええ、起きてたわね。私が寝る時間に」
レミリアはタカを見た。
「さ、行くわよ」
「レミリアさんにフランさんも、ありがとうございます。」
「行ってらっしゃい」と霊夢。
「生きて帰れよ」と魔理沙。
「普通に遊びに行くだけですよね?」
「違うわ。スカーレット姉妹とデートなんて、ありがたく思いなさい」
「フラン、タカと遊びたい!」とフラン。
「遊びながら案内してあげなさい」
「……よろしくお願いします」
レミリアは楽しそうに笑っただけだった。
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## 【シーン2:紅魔館へ】
紅魔館へ向かう道中、フランは一秒もじっとしていなかった。
タカの前に走って行ったかと思えば、後ろに回り込んで、今度は横に並ぶ。湖のほとりの道を、蝶を追いかけるみたいにあちこち動き回っていた。朝の湖面がきらきら光って、フランの羽の飾りもそれに合わせて光った。
「今日はね、いっぱい案内するの! 咲夜のところ行って、美鈴のところ行って、パチェのところ行って、それから遊ぶ!」
「最後、案内じゃなくて遊びになってますね」
「フランに案内を任せた時点で分かっていたことよ」とレミリアが後ろから言った。
「止めなかったんですか?」
「楽しそうだったもの。それを止める理由がある?」
「……ないですね」
フランが振り返って、大きく手を振った。
「フランたちのお家、楽しいよ!だからタカにも見せたかったの!」
「まだ館に着いてもいませんよ」
「タカがいるから楽しい!」
「早いですね、楽しくなるの」
レミリアはそのやり取りを見ながら、後ろで静かに笑っていた。
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## 【シーン3:咲夜のお手伝い】
紅魔館に着くと、まず咲夜のところへ向かった。
長い廊下の先、配膳室で咲夜が銀のトレイを磨いていた。棚には皿がきっちり並んでいて、どれも鏡みたいに光っている。
「タカ様、お待ちしておりました」と咲夜が完璧な角度で一礼した。
「お邪魔します」
「咲夜ー! フランも手伝う!」とフランが元気よく宣言した。
咲夜の手が一瞬だけ止まった。それから、ふわりと柔らかく笑った。
「では、このお皿をあちらのテーブルまで運んでいただけますか?」
「フランに任せなさい!」
「大丈夫なんですか?」とタカが小声で聞いた。
「見ていれば分かるわ」とレミリアが小声で返した。
フランは皿を三枚重ねて持ち、真剣な顔でゆっくり歩き出した。一歩、二歩、三歩。意外なほど安定している。
「お、ちゃんと運べてますね」
「そうですね」と咲夜も感心したように言った。
「でしょ!フランもできるよ!」
フランが得意げに振り返った、その瞬間。
皿が傾いた。
「あっ!」
「あ」
ガシャーン!
廊下に盛大な音が響いた。
「っ!?お皿さん、壊れちゃった!」
「割れましたね」
フランが少し焦った顔で咲夜を見た。
「……ごめんなさい」
咲夜は笑顔のまま、まずフランの手を確認した。
「お怪我はありませんか?」
「ない!……でも、お皿さんが壊れちゃった」
「それなら良かったです。フラン様にお怪我がないだけで良いんです」
「確認、そこなんですね」
「お皿なら買えますので」咲夜はしゃがんで破片を手早く集め始めた。「フラン様が無事なのが一番です」
「フランも手伝う!」
「破片は危ないので、今は見ていてください。それと、次はもう少しゆっくり歩きましょうね。振り返る時は立ち止まってから」
「咲夜ーごめんなさい……」
タカはレミリアを見た。
「止めないんですか?」
「止めたらつまらないでしょう。それに咲夜がいるもの」
「お嬢様」と咲夜が破片を集めながら言った。
「信頼しているのよ」
「……そういうことにしておきます」
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## 【シーン4:門番】
次に向かったのは正門だった。
美鈴がいつものように門の前に立っていた。今日はちゃんと起きている。
「いらっしゃいませ〜。あ、今日は正面からですね」
「こんにちは。前回は横から入ってすみませんでした」
「美鈴! 私も門番する!」とフランが宣言した。
「門番ですか?」美鈴は少し考えてから、にこっと笑った。「では、私の横に立っていてください。門番の基本は、姿勢よく立つことです」
「分かった!」
フランは美鈴の横に立った。背筋をぴんと伸ばして、真剣な顔で正面を見据える。小さな門番の誕生だった。
「意外と様になってますね」
「でしょ!」
「さて、何分持つかしら」とレミリアが呟いた。
「そういうこと言わないであげてください」
一分。フランは立派に立っていた。
二分。まだ立っている。
三分。頑張っている。
四分。体が少し揺れ始めた。
「……こくっ」
五分。フランは立ったまま、目を閉じていた。
「……寝てますね」
「門番としての素質ありますね〜」と美鈴がのんびり言った。
「すぅ……」
「立ったまま寝られるなんて、本当に門番に向いてますよ」
「そうなんですか?」
「私もよく寝ますから」
「それ、堂々と言うことですか?」
「よくはないわね……お給料減らそうかしら」とレミリアが半目になった。
「す、すみません!」
レミリアはフランの前に立って、優しく声をかけた。
「フラン、次へ行くわよ」
「んー……行く!」
フランは目を開けた瞬間、飛び起きた。
「起きるの早いですね」
「遊びなら起きる!」
「分かりやすくていいですね……」
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## 【シーン5:昼食】
昼になって、食堂のテーブルには彩りよく料理が並んでいた。
高い窓から昼の光が入って、銀食器がきらきら光っている。フランが胸を張った。
「これ、私が用意した!えっへん!」
「盛り付けを少しだけ、お手伝いいただきました」と咲夜が補足した。
「フランが用意したの!」
「なるほど、大体分かりました」
「まぁほとんど咲夜よ」とレミリア。
「でも置いた! お皿、フランが置いたの!」
「それは大事な仕事ですね」
「でしょ!えっへん!」
食事は文句なしに美味しかった。見た目も味も完璧で、タカは一口ごとに感心した。
「本当にすごいですね、咲夜さんの料理」
「ありがとうございます」
「当然よ。私が認めたメイド長なのだから」とレミリアが胸を張った。
「でも、レミリアさんが作ったわけではないですよね?」
「咲夜は紅魔館のメイドよ。つまり紅魔館の実力ということ」
「つまり自慢なんですね」
「そうよ。悪い?」
「いえ、分かりやすくていいです」
「フランも頑張ったもん!」とフラン。
「はい。フランさんのお皿の配置、完璧でした」
フランは満足そうに笑った。
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## 【シーン6:図書館】
午後は図書館へ向かった。
天井まで届く本棚の間を抜けて奥へ進むと、いつもの机でパチュリーが本を読んでいた。ランプの灯りが手元だけを照らしている。
「パチェー!」
「帰りなさい」
顔も上げずに即答だった。
「早いですね、断るの」
「この組み合わせで来られたら、嫌な予感しかしないもの」
「魔法教えて!」とフランが机に飛びついた。
「嫌よ」
「なんで!」
「あなただから」
「大丈夫!」
「大丈夫じゃない。歴史が証明しているわ」
「フランは大魔法使いなんだよ!」
「大丈夫じゃない」
レミリアは後ろで楽しそうに眺めている。
「止めないんですか?」
「止めたらパチェが怒るもの。ああ見えて、教えたがりなのよ」
「もう怒ってません?」
「あれはまだ序の口よ」
パチュリーが深いため息をついて、ようやく本を閉じた。
「……小さな光を出すだけよ。それ以上はしない」
「うん!絶対にしない!」
「勝手に大きくしない」
「分かった!」
「本当に?」
「多分!約束はしない!」
「そこは言い切りなさい」
フランが手を前に出した。小さな光がぽっと生まれた。蛍みたいな、柔らかい光だった。
「おお、綺麗ですね」
「出た! 見て見てー!」
「見てるわ。そのまま維持なさい」とパチュリー。
「もっと大きく出るかな?」
「出さない」
「ちょっとだけ」
「出さないと言っているでしょう」
「えい!」
光がぐんと膨らんだ。
次の瞬間——ボンッ!
小さな爆発が起きて、煙と焦げた匂いが広がった。タカは咳き込んだ。レミリアは笑っていた。そして煙が晴れると、前髪が少し焦げたパチュリーが立っていた。
「……フラン」
「ごめんなさい!」
「座りなさい」
「……はい」
フランはその場で正座した。素直さだけは完璧だった。
「人の話を聞きなさいと、何度言えば分かるの」
「聞いた!」
「聞いてない」
「聞いたもん!」
「聞いていたら爆発していないのよ」
「……ちょっとだけ聞いてなかった」
「認めるの早いわよ」
「お二人、仲良いですね」とタカが思わず言った。
「良くない」とパチュリーが即答した。
「良い!」とフラン。
「良くないって言ってるでしょ」
「良い!絶対に良いもん!」
「いつものことよ」とレミリアが笑った。
パチュリーは焦げた前髪を摘まんで、もう一度深いため息をついた。
「……次からは、ちゃんと最後まで聞きなさい」
「はい!」
「今回は許してあげるわ」
「ありがとう!」
「はぁ……」
フランは楽しそうに笑っていて、パチュリーは怒っていた。でもその怒り方は、本気で嫌がっている人の怒り方ではなかった。
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## 【シーン7:館内案内】
図書館を出ると、フランが先頭に立った。
「次はこっち!」
「どこに向かってるんですか?」
「分からない!」
「案内ですよね、今日は」
「探検に変わった!」
「いつの間に……」
フランが走り出して、タカも巻き込まれるように追いかけた。レミリアは急ぐ様子もなく、少し後ろからゆっくりついてくる。紅魔館の廊下は走っても走っても続いていて、中の広さが外から見た大きさと合っていない気がした。
「ここ!」とフランが扉を開けた。
「……物置ですね」
「フランの宝物庫!」
「どう見ても物置ですね」
「こっち!」
「今度はどこですか」
「知らない部屋!」
「案内する側が知らないの、怖いんですけど」
「昔からあの調子よ」とレミリアが後ろから言った。「この館、フランもまだ全部は知らないの」
「住んでる人も知らない部屋があるんですか」
「あるわよ。紅魔館は広いから」
フランが次の扉を勢いよく開けた瞬間、どこからともなく咲夜が現れた。
「フラン様、その部屋は掃除前です」
「あ」
開いた扉から埃がもわっと舞った。
「けほっ!」
「すぐに片付けます。皆様は先へどうぞ」
「次行こ!」
「フラン様、もう少しだけ落ち着いてくださいね」
「無理!楽しいんだもん!」
「即答でしたね、今」
レミリアはずっと笑っているだけだった。
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## 【シーン8:夕方】
夕方の紅魔館の庭は、静かだった。
朝からの騒がしさが嘘みたいに、夕日が館の赤い壁をさらに深い色に染めている。庭の花壇に夕方の影が長く伸びていた。
フランはまだ元気だった。タカはかなり疲れていた。
「フランさん、体力ありますね……」
「まだまだ遊べる!」
「僕はちょっと休みたいです」
「じゃあ休む!」
「いいんですか?」
「うん! 一緒に休む!」
フランはタカの隣にすとんと座った。レミリアも少し離れた場所に腰を下ろした。
三人で庭から館を眺めた。朝からのことを思い返す。皿を割って、門番をして寝て、魔法を爆発させて、図書館で正座して、館じゅうを走り回った。
「すごい一日でした」
「今日はすっごく楽しかった!」フランが即答した。それから少し不安そうにタカを見た。「……タカは? 楽しかった?」
「僕も楽しかったです。見てて楽しいですよ!」
フランの顔がぱっと明るくなった。
「本当? また来る?」
「はい。また来ます」
「やった!」
フランは飛び跳ねて、また庭を走り出した。夕日の中を、羽の飾りをきらきらさせながら駆け回っている。
タカはその姿を見ながら、ふと気付いたことを口にした。
「今日、みんなフランさんに優しかったですね。咲夜さんも、美鈴さんも、パチュリーさんも。怒ってるようで、誰も本気で嫌がってなかった」
レミリアは走り回るフランを見たまま、少し黙った。
「……そう見えたかしら?」
「はい。特別大事にしてる感じが……」
「なら、そうなのでしょうね」
その声は静かだった。いつもの偉そうな調子とは、少し違っていた。
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## 【シーン9:夜】
夜の大広間は、昼間とは別の場所みたいに落ち着いていた。
夕食の後、さすがのフランも電池が切れかけていた。ソファに座って、目をこすりながら舟を漕いでいる。
「まだ遊ぶ……遊びたい……」
「もう寝た方がいいですよ」
「寝ない……起き……」
そう言った数秒後、フランはそのまま眠った。あまりに見事な寝落ちだった。
「……寝ましたね」
「朝から、いえ、夜明け前からあれだけ騒いでいたもの」とレミリアが言った。
咲夜がどこからともなく現れて、そっと毛布をかけた。美鈴は壁際でうとうとしている。パチュリーは隅で本を読んでいたが、時々ページから目を上げて、フランの寝顔を確認していた。
「今日は、ありがとうございました」とタカが言った。
「楽しめた?」
「はい。すごく!」
「そう。それなら良かったわ」
レミリアは満足そうに笑った。
静かな時間が流れた。フランの寝息。遠くで咲夜が食器を片付ける音。窓の外には月が出ていた。
その時、レミリアが静かに立ち上がった。
「少し付き合いなさい」
「……またですか?」
「またよ」
「今度はどこです?」
「屋上。今夜は月が綺麗だから」
レミリアは一度、眠っているフランを見た。毛布の中で丸くなっている妹を、しばらく見ていた。それからタカへ視線を戻した。
「少し話しましょう。私のことと……フランのこと」
タカの表情が少し変わった。レミリアの声が、昼間とは違っていたからだ。
「分かりました」
レミリアは先に歩き出した。
「早く来なさい。置いていくわよ」
「待ってください」
二人は大広間を出て行った。ソファではフランが静かに眠っている。さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、紅魔館は静かだった。
月明かりが、長い廊下を白く照らしていた。
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