〜東方外来録〜   作:歩向タカ

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第二十一話「紅魔館の一日」

## 【シーン1:お迎え】

 

朝の博麗神社は、いつも通りの静けさだった。

 

タカは縁側でお茶を飲んでいた。今日は紅魔館へ行く日だ。「最高の一日にしてあげるわ」というレミリアの言葉を思い出すたびに、楽しみ半分、不安半分の気持ちになる。

 

「最高って、何をするんでしょうね」

 

「知らないわよ」と霊夢がいつも通りお茶をすすった。

 

「紅魔館だろ? まあ、普通には終わらないだろうな」と魔理沙が団子をかじりながら言った。

 

「怖いこと言わないでください」

 

「大丈夫よ。異変じゃないんだし」

 

「本当ですか?」

 

「私に聞かれても知らないわよ」

 

「……むう」

 

その時、鳥居の方から元気な声が飛んできた。

 

「タカー!お迎えに来たよー!」

 

「えっ?!フランさん?」

 

フランが石段を駆け上がってきた。その後ろから、レミリアが日傘をくるくる回しながらゆっくり歩いてくる。フランは目をこすりながら、それでも満面の笑みだった。

 

「眠そうですね」

 

「眠い!……でも、頑張って起きたよ!」

 

「じゃあ寝てた方がよかったのでは?」

 

「でも迎えに来たかったの! 一番最初に会いたかった!」

 

フランが胸を張った。タカは少し驚いた。

 

「お前、吸血鬼のお気に入りだな!ハハハ!」と魔理沙。

 

「良いじゃないこんな可愛い子なら」と霊夢。

 

「朝からずっとこの調子でうるさかったわ」とレミリアがため息をついた。「日が昇る前から『まだ? まだ行かない?』って」

 

「早起き頑張ったもん!」

 

「ええ、起きてたわね。私が寝る時間に」

 

レミリアはタカを見た。

 

「さ、行くわよ」

 

「レミリアさんにフランさんも、ありがとうございます。」

 

「行ってらっしゃい」と霊夢。

 

「生きて帰れよ」と魔理沙。

 

「普通に遊びに行くだけですよね?」

 

「違うわ。スカーレット姉妹とデートなんて、ありがたく思いなさい」

 

「フラン、タカと遊びたい!」とフラン。

 

「遊びながら案内してあげなさい」

 

「……よろしくお願いします」

 

レミリアは楽しそうに笑っただけだった。

 

---

 

## 【シーン2:紅魔館へ】

 

紅魔館へ向かう道中、フランは一秒もじっとしていなかった。

 

タカの前に走って行ったかと思えば、後ろに回り込んで、今度は横に並ぶ。湖のほとりの道を、蝶を追いかけるみたいにあちこち動き回っていた。朝の湖面がきらきら光って、フランの羽の飾りもそれに合わせて光った。

 

「今日はね、いっぱい案内するの! 咲夜のところ行って、美鈴のところ行って、パチェのところ行って、それから遊ぶ!」

 

「最後、案内じゃなくて遊びになってますね」

 

「フランに案内を任せた時点で分かっていたことよ」とレミリアが後ろから言った。

 

「止めなかったんですか?」

 

「楽しそうだったもの。それを止める理由がある?」

 

「……ないですね」

 

フランが振り返って、大きく手を振った。

 

「フランたちのお家、楽しいよ!だからタカにも見せたかったの!」

 

「まだ館に着いてもいませんよ」

 

「タカがいるから楽しい!」

 

「早いですね、楽しくなるの」

 

レミリアはそのやり取りを見ながら、後ろで静かに笑っていた。

 

---

 

## 【シーン3:咲夜のお手伝い】

 

紅魔館に着くと、まず咲夜のところへ向かった。

 

長い廊下の先、配膳室で咲夜が銀のトレイを磨いていた。棚には皿がきっちり並んでいて、どれも鏡みたいに光っている。

 

「タカ様、お待ちしておりました」と咲夜が完璧な角度で一礼した。

 

「お邪魔します」

 

「咲夜ー! フランも手伝う!」とフランが元気よく宣言した。

 

咲夜の手が一瞬だけ止まった。それから、ふわりと柔らかく笑った。

 

「では、このお皿をあちらのテーブルまで運んでいただけますか?」

 

「フランに任せなさい!」

 

「大丈夫なんですか?」とタカが小声で聞いた。

 

「見ていれば分かるわ」とレミリアが小声で返した。

 

フランは皿を三枚重ねて持ち、真剣な顔でゆっくり歩き出した。一歩、二歩、三歩。意外なほど安定している。

 

「お、ちゃんと運べてますね」

 

「そうですね」と咲夜も感心したように言った。

 

「でしょ!フランもできるよ!」

 

フランが得意げに振り返った、その瞬間。

 

皿が傾いた。

 

「あっ!」

 

「あ」

 

ガシャーン!

 

廊下に盛大な音が響いた。

 

「っ!?お皿さん、壊れちゃった!」

 

「割れましたね」

 

フランが少し焦った顔で咲夜を見た。

 

「……ごめんなさい」

 

咲夜は笑顔のまま、まずフランの手を確認した。

 

「お怪我はありませんか?」

 

「ない!……でも、お皿さんが壊れちゃった」

 

「それなら良かったです。フラン様にお怪我がないだけで良いんです」

 

「確認、そこなんですね」

 

「お皿なら買えますので」咲夜はしゃがんで破片を手早く集め始めた。「フラン様が無事なのが一番です」

 

「フランも手伝う!」

 

「破片は危ないので、今は見ていてください。それと、次はもう少しゆっくり歩きましょうね。振り返る時は立ち止まってから」

 

「咲夜ーごめんなさい……」

 

タカはレミリアを見た。

 

「止めないんですか?」

 

「止めたらつまらないでしょう。それに咲夜がいるもの」

 

「お嬢様」と咲夜が破片を集めながら言った。

 

「信頼しているのよ」

 

「……そういうことにしておきます」

 

---

 

## 【シーン4:門番】

 

次に向かったのは正門だった。

 

美鈴がいつものように門の前に立っていた。今日はちゃんと起きている。

 

「いらっしゃいませ〜。あ、今日は正面からですね」

 

「こんにちは。前回は横から入ってすみませんでした」

 

「美鈴! 私も門番する!」とフランが宣言した。

 

「門番ですか?」美鈴は少し考えてから、にこっと笑った。「では、私の横に立っていてください。門番の基本は、姿勢よく立つことです」

 

「分かった!」

 

フランは美鈴の横に立った。背筋をぴんと伸ばして、真剣な顔で正面を見据える。小さな門番の誕生だった。

 

「意外と様になってますね」

 

「でしょ!」

 

「さて、何分持つかしら」とレミリアが呟いた。

 

「そういうこと言わないであげてください」

 

一分。フランは立派に立っていた。

 

二分。まだ立っている。

 

三分。頑張っている。

 

四分。体が少し揺れ始めた。

 

「……こくっ」

 

五分。フランは立ったまま、目を閉じていた。

 

「……寝てますね」

 

「門番としての素質ありますね〜」と美鈴がのんびり言った。

 

「すぅ……」

 

「立ったまま寝られるなんて、本当に門番に向いてますよ」

 

「そうなんですか?」

 

「私もよく寝ますから」

 

「それ、堂々と言うことですか?」

 

「よくはないわね……お給料減らそうかしら」とレミリアが半目になった。

 

「す、すみません!」

 

レミリアはフランの前に立って、優しく声をかけた。

 

「フラン、次へ行くわよ」

 

「んー……行く!」

 

フランは目を開けた瞬間、飛び起きた。

 

「起きるの早いですね」

 

「遊びなら起きる!」

 

「分かりやすくていいですね……」

 

---

 

## 【シーン5:昼食】

 

昼になって、食堂のテーブルには彩りよく料理が並んでいた。

 

高い窓から昼の光が入って、銀食器がきらきら光っている。フランが胸を張った。

 

「これ、私が用意した!えっへん!」

 

「盛り付けを少しだけ、お手伝いいただきました」と咲夜が補足した。

 

「フランが用意したの!」

 

「なるほど、大体分かりました」

 

「まぁほとんど咲夜よ」とレミリア。

 

「でも置いた! お皿、フランが置いたの!」

 

「それは大事な仕事ですね」

 

「でしょ!えっへん!」

 

食事は文句なしに美味しかった。見た目も味も完璧で、タカは一口ごとに感心した。

 

「本当にすごいですね、咲夜さんの料理」

 

「ありがとうございます」

 

「当然よ。私が認めたメイド長なのだから」とレミリアが胸を張った。

 

「でも、レミリアさんが作ったわけではないですよね?」

 

「咲夜は紅魔館のメイドよ。つまり紅魔館の実力ということ」

 

「つまり自慢なんですね」

 

「そうよ。悪い?」

 

「いえ、分かりやすくていいです」

 

「フランも頑張ったもん!」とフラン。

 

「はい。フランさんのお皿の配置、完璧でした」

 

フランは満足そうに笑った。

 

---

 

## 【シーン6:図書館】

 

午後は図書館へ向かった。

 

天井まで届く本棚の間を抜けて奥へ進むと、いつもの机でパチュリーが本を読んでいた。ランプの灯りが手元だけを照らしている。

 

「パチェー!」

 

「帰りなさい」

 

顔も上げずに即答だった。

 

「早いですね、断るの」

 

「この組み合わせで来られたら、嫌な予感しかしないもの」

 

「魔法教えて!」とフランが机に飛びついた。

 

「嫌よ」

 

「なんで!」

 

「あなただから」

 

「大丈夫!」

 

「大丈夫じゃない。歴史が証明しているわ」

 

「フランは大魔法使いなんだよ!」

 

「大丈夫じゃない」

 

レミリアは後ろで楽しそうに眺めている。

 

「止めないんですか?」

 

「止めたらパチェが怒るもの。ああ見えて、教えたがりなのよ」

 

「もう怒ってません?」

 

「あれはまだ序の口よ」

 

パチュリーが深いため息をついて、ようやく本を閉じた。

 

「……小さな光を出すだけよ。それ以上はしない」

 

「うん!絶対にしない!」

 

「勝手に大きくしない」

 

「分かった!」

 

「本当に?」

 

「多分!約束はしない!」

 

「そこは言い切りなさい」

 

フランが手を前に出した。小さな光がぽっと生まれた。蛍みたいな、柔らかい光だった。

 

「おお、綺麗ですね」

 

「出た! 見て見てー!」

 

「見てるわ。そのまま維持なさい」とパチュリー。

 

「もっと大きく出るかな?」

 

「出さない」

 

「ちょっとだけ」

 

「出さないと言っているでしょう」

 

「えい!」

 

光がぐんと膨らんだ。

 

次の瞬間——ボンッ!

 

小さな爆発が起きて、煙と焦げた匂いが広がった。タカは咳き込んだ。レミリアは笑っていた。そして煙が晴れると、前髪が少し焦げたパチュリーが立っていた。

 

「……フラン」

 

「ごめんなさい!」

 

「座りなさい」

 

「……はい」

 

フランはその場で正座した。素直さだけは完璧だった。

 

「人の話を聞きなさいと、何度言えば分かるの」

 

「聞いた!」

 

「聞いてない」

 

「聞いたもん!」

 

「聞いていたら爆発していないのよ」

 

「……ちょっとだけ聞いてなかった」

 

「認めるの早いわよ」

 

「お二人、仲良いですね」とタカが思わず言った。

 

「良くない」とパチュリーが即答した。

 

「良い!」とフラン。

 

「良くないって言ってるでしょ」

 

「良い!絶対に良いもん!」

 

「いつものことよ」とレミリアが笑った。

 

パチュリーは焦げた前髪を摘まんで、もう一度深いため息をついた。

 

「……次からは、ちゃんと最後まで聞きなさい」

 

「はい!」

 

「今回は許してあげるわ」

 

「ありがとう!」

 

「はぁ……」

 

フランは楽しそうに笑っていて、パチュリーは怒っていた。でもその怒り方は、本気で嫌がっている人の怒り方ではなかった。

 

---

 

## 【シーン7:館内案内】

 

図書館を出ると、フランが先頭に立った。

 

「次はこっち!」

 

「どこに向かってるんですか?」

 

「分からない!」

 

「案内ですよね、今日は」

 

「探検に変わった!」

 

「いつの間に……」

 

フランが走り出して、タカも巻き込まれるように追いかけた。レミリアは急ぐ様子もなく、少し後ろからゆっくりついてくる。紅魔館の廊下は走っても走っても続いていて、中の広さが外から見た大きさと合っていない気がした。

 

「ここ!」とフランが扉を開けた。

 

「……物置ですね」

 

「フランの宝物庫!」

 

「どう見ても物置ですね」

 

「こっち!」

 

「今度はどこですか」

 

「知らない部屋!」

 

「案内する側が知らないの、怖いんですけど」

 

「昔からあの調子よ」とレミリアが後ろから言った。「この館、フランもまだ全部は知らないの」

 

「住んでる人も知らない部屋があるんですか」

 

「あるわよ。紅魔館は広いから」

 

フランが次の扉を勢いよく開けた瞬間、どこからともなく咲夜が現れた。

 

「フラン様、その部屋は掃除前です」

 

「あ」

 

開いた扉から埃がもわっと舞った。

 

「けほっ!」

 

「すぐに片付けます。皆様は先へどうぞ」

 

「次行こ!」

 

「フラン様、もう少しだけ落ち着いてくださいね」

 

「無理!楽しいんだもん!」

 

「即答でしたね、今」

 

レミリアはずっと笑っているだけだった。

 

---

 

## 【シーン8:夕方】

 

夕方の紅魔館の庭は、静かだった。

 

朝からの騒がしさが嘘みたいに、夕日が館の赤い壁をさらに深い色に染めている。庭の花壇に夕方の影が長く伸びていた。

 

フランはまだ元気だった。タカはかなり疲れていた。

 

「フランさん、体力ありますね……」

 

「まだまだ遊べる!」

 

「僕はちょっと休みたいです」

 

「じゃあ休む!」

 

「いいんですか?」

 

「うん! 一緒に休む!」

 

フランはタカの隣にすとんと座った。レミリアも少し離れた場所に腰を下ろした。

 

三人で庭から館を眺めた。朝からのことを思い返す。皿を割って、門番をして寝て、魔法を爆発させて、図書館で正座して、館じゅうを走り回った。

 

「すごい一日でした」

 

「今日はすっごく楽しかった!」フランが即答した。それから少し不安そうにタカを見た。「……タカは? 楽しかった?」

 

「僕も楽しかったです。見てて楽しいですよ!」

 

フランの顔がぱっと明るくなった。

 

「本当? また来る?」

 

「はい。また来ます」

 

「やった!」

 

フランは飛び跳ねて、また庭を走り出した。夕日の中を、羽の飾りをきらきらさせながら駆け回っている。

 

タカはその姿を見ながら、ふと気付いたことを口にした。

 

「今日、みんなフランさんに優しかったですね。咲夜さんも、美鈴さんも、パチュリーさんも。怒ってるようで、誰も本気で嫌がってなかった」

 

レミリアは走り回るフランを見たまま、少し黙った。

 

「……そう見えたかしら?」

 

「はい。特別大事にしてる感じが……」

 

「なら、そうなのでしょうね」

 

その声は静かだった。いつもの偉そうな調子とは、少し違っていた。

 

---

 

## 【シーン9:夜】

 

夜の大広間は、昼間とは別の場所みたいに落ち着いていた。

 

夕食の後、さすがのフランも電池が切れかけていた。ソファに座って、目をこすりながら舟を漕いでいる。

 

「まだ遊ぶ……遊びたい……」

 

「もう寝た方がいいですよ」

 

「寝ない……起き……」

 

そう言った数秒後、フランはそのまま眠った。あまりに見事な寝落ちだった。

 

「……寝ましたね」

 

「朝から、いえ、夜明け前からあれだけ騒いでいたもの」とレミリアが言った。

 

咲夜がどこからともなく現れて、そっと毛布をかけた。美鈴は壁際でうとうとしている。パチュリーは隅で本を読んでいたが、時々ページから目を上げて、フランの寝顔を確認していた。

 

「今日は、ありがとうございました」とタカが言った。

 

「楽しめた?」

 

「はい。すごく!」

 

「そう。それなら良かったわ」

 

レミリアは満足そうに笑った。

 

静かな時間が流れた。フランの寝息。遠くで咲夜が食器を片付ける音。窓の外には月が出ていた。

 

その時、レミリアが静かに立ち上がった。

 

「少し付き合いなさい」

 

「……またですか?」

 

「またよ」

 

「今度はどこです?」

 

「屋上。今夜は月が綺麗だから」

 

レミリアは一度、眠っているフランを見た。毛布の中で丸くなっている妹を、しばらく見ていた。それからタカへ視線を戻した。

 

「少し話しましょう。私のことと……フランのこと」

 

タカの表情が少し変わった。レミリアの声が、昼間とは違っていたからだ。

 

「分かりました」

 

レミリアは先に歩き出した。

 

「早く来なさい。置いていくわよ」

 

「待ってください」

 

二人は大広間を出て行った。ソファではフランが静かに眠っている。さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、紅魔館は静かだった。

 

月明かりが、長い廊下を白く照らしていた。




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