## 【シーン1:屋上・現在】
夜風が屋上を撫でていった。
レミリアは月を見上げたまま、話を続けた。
「フランの力が制御できなくなり始めた頃の話よ。その頃、私たちはまだパチェの家に厄介になっていた」
「美鈴さんと出会う前、ですね」
「ええ。……いえ、正確には、ちょうどその頃よ。咲夜より先に、最初に出会ったのは美鈴だったわ」
レミリアの口元が、少しだけ緩んだ。懐かしむような、呆れるような、その両方が混ざった笑みだった。
「あの子ね、最初は私たちを殺しに来たのよ」
「……え?」
「吸血鬼ハンターだったの。美鈴は」
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## 【シーン2:回想・新米ハンター】
その頃の美鈴は、吸血鬼ハンターの新米だった。
幼い頃から、吸血鬼は悪だと教えられて育った。人を襲い、血を吸い、村を滅ぼす化け物。見つけたら迷わず武器を向けろ。それが正義で、それが仕事で、それが自分の生きる道だと信じていた。
ただ、美鈴には他のハンターと違うところが二つあった。
一つは、優しさがあったこと。
もう一つは、才能があったこと。相手の気配や感情の揺れを読む力。攻撃を柔らかく受け流す技術。新米とは思えない強さを、既に持っていた。
ある日の夕方、森の中で、美鈴はレミリアたちと遭遇した。
「見つけました!すぐに捕まえます!」
美鈴は迷わず飛びかかった。拳が空を裂く。
でも、当たらなかった。
レミリアはひらりとかわした。反撃はしてこない。ただ、避ける。受け流す。距離を取る。
「どうして戦わないんですか! 吸血鬼でしょう!」
「戦う理由がないもの。あなた、私たちに何かされた?」
「……っ、屁理屈を!悪は倒さないといけないんですです!」
実のところ、パチュリーは本気で始末する気だった。「追手は消すのが確実よ」と何度も言った。でもレミリアが止めていた。フランはまだ人を怖がっていて、戦いになるとレミリアの後ろに隠れた。だから戦えるのはレミリアだけで、そのレミリアが、戦わないと決めていた。
理由は単純だった。美鈴の拳に、迷いが見えたからだ。
それから何日も、同じことが繰り返された。美鈴が追ってくる。仕掛けてくる。レミリアがかわす。逃げる。そしてまた数日後に見つかる。
奇妙な追いかけっこが、続いていた。
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## 【シーン3:回想・怪我】
ある日、いつものように美鈴が現れた。
でも、様子がおかしかった。足を引きずっている。踏み込みの瞬間、顔がわずかに歪む。着地のたびに左足をかばっている。
「今日こそ……!……つっ!?」
美鈴は飛び込んできた。でも動きが明らかに鈍い。レミリアは全部見切っていた。拳を捌いて、腕を取って、足を払う。あっという間に、美鈴は地面に組み伏せられていた。
「離してください!」
「嫌よ。まだ逃がさないわ」
「殺すんでしょう! なら早く——」
「殺さないわ。そんなことより」
レミリアは美鈴の左足を見た。足首が腫れ上がっていた。
「……捻挫かしら。それとも骨までいってる?」
「ど、同情なんかいりません!」
「関係ないわ。怪我人が無理して飛びかかってくるから、危なっかしくて見ていられないの」
美鈴は言葉を失った。殺しに来た相手に、怪我の心配をされている。頭が追いつかなかった。
「きゅ、吸血鬼のくせに……」
フランがレミリアの服の裾を引っ張った。まだ人を怖がっていた頃のフランだった。美鈴を遠巻きに見ながら、小さな声で言う。
「逃げようよ。ハンターだよ、その人」
でも、レミリアは首を横に振った。
「この人、怪我してるもの。見捨てられないわ」
美鈴は、地面に押さえつけられたまま、ただ目を見開いていた。
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## 【シーン4:回想・パチュリーの家】
「もう、また面倒事を持って来たのね。あんた達姉妹は本当に姉妹ね」
パチュリーは、担ぎ込まれた美鈴を見て、心底嫌そうな顔をした。
「お願い、パチェ。足、治してあげられる?」
「……相手はハンターよ。分かってるの?」
「分かってるわ!関係ないわよ」
「治した後に襲われても知らないわよ。後で後悔しても、私は聞かないから」
そう文句を言いながら、パチュリーはもう魔法陣の準備を始めていた。口と手が別々に動く人だった。
治療の間、フランがそっと美鈴の横に座った。まだ少し怖そうに、でも精一杯の勇気を出して、小さな声で言った。
「……安心してね。パチェの魔法、すごいから。足、痛くなくなるよ」
美鈴は返事ができなかった。
目の前にいる吸血鬼たちは、教えられてきた「化け物」と、何もかもが違った。怖くなかった。むしろ、優しかった。敵のはずの自分を拾って、治療して、幼い妹は励ましてくれる。
吸血鬼は悪。
生まれてからずっと信じてきたその教えが、初めて、音を立てて揺らいだ。
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## 【シーン5:回想・別れ】
数日後、美鈴の足は治った。
「もう普通に動けるでしょう」とレミリアが言った。
「……はい。お礼は言いませんから」
「なら、行きなさい。また来たければ来ればいいわ」
美鈴は戸惑った。
「逃がすんですか? 私、ハンターですよ。また襲ってくるかもしれないのに!」
「逃がすも何も、最初から捕まえていないわ。怪我人を治しただけよ」
レミリアはそれだけ言って、フランの手を引いて歩き出した。パチュリーも本を抱えて続く。三人とも、振り返らなかった。
美鈴はその背中を、見えなくなるまで見送った。
拳を握って、開いて、また握った。何かを叫びたかった。でも、何を叫べばいいのか分からなかった。
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## 【シーン6:回想・裏切り者】
その後、美鈴を待っていたのは、ハンターたちの叱責だった。
吸血鬼を目の前にして逃した。討伐しなかった。何日も接触していながら報告しなかった。命令違反。裏切り者。
言い訳は聞いてもらえなかった。殴られ、蹴られ、罰を受けた。「化け物に情けをかけた恥知らずが!お前はクズだな!」と吐き捨てられた。
美鈴は、抵抗しなかった。
殴られながら、考えていた。あの人たちは、自分を殴らなかった。殺せたのに殺さなかった。治療して、逃がしてくれた。化け物はどっちだ。優しかったのはどっちだ。
答えは、もう出ていた。
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## 【シーン7:回想・仲間】
数日後の夕暮れ、傷だらけの美鈴が、再びレミリアの前に現れた。
顔は腫れて、服はぼろぼろで、それでも足取りだけはまっすぐだった。
「あら……美鈴? その傷、どうしたの」
「吸血鬼さん……うぅ……」
美鈴は、その場で深く頭を下げた。涙も流していた。
「私は、間違っていました。あなたたちは化け物なんかじゃなかった。化け物だったのは……教えられたことを疑いもしなかった、私の方でした」
「……そう」
「お願いです。私を、あなたたちの仲間にしてください」
レミリアは少し驚いた顔をした。フランがレミリアの後ろからそっと顔を出して、小さく言った。
「お姉様……この人、泣いてる」
美鈴は慌てて涙を拭った。でも、拭っても拭っても溢れてきた。
「もう……帰る場所がないんです。ハンターには戻れません。戻りたくもない。でも、他にどこへ行けばいいのかも、分からなくて……」
しばらく、夕暮れの森に沈黙が流れた。
それから、レミリアは笑った。いつもの、少し偉そうな笑みだった。
「なら、好きにしなさい。今の私たちには家も何もないけれど——居場所くらいなら、作ってあげるわ」
その言葉を聞いた瞬間、美鈴は、初めて心から泣いた。
膝をついて、子供みたいに、声を上げて泣いた。フランがおそるおそる近づいて、その背中を小さな手でさすった。
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## 【シーン8:屋上・現在】
「——それが、美鈴との出会いよ」
レミリアは月を見たまま、話を締めくくった。
タカはしばらく黙っていた。門の前でにこにこ笑っている美鈴と、今の話の中の美鈴が、頭の中で重なったり離れたりしていた。
「……美鈴さんが元ハンターだったなんて、全然想像できませんでした」
「本人はあまり話したがらないわ。でも、隠してもいないの。あの子はああ見えて、自分の過去から逃げない子よ」
「だから、あんなに優しいんですね。門番なのに、まず相手の心配をする」
「そうね。私が怪我の心配をした時のことを、ずっと覚えているんですって。だから自分も、門に来た相手にはまず同じようにするんだ、って」
レミリアは小さく笑った。それから、笑みが少しだけ薄れた。
「美鈴が来て、フランも少しずつ変わり始めた。人を怖がらなくなって、笑うことも増えて……このまま良くなっていくと、思っていたわ」
「……」
「でもね。本当に大変だったのは、この後だったの」
夜風がまた吹いた。月に薄い雲がかかって、屋上が少しだけ暗くなった。
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