〜東方外来録〜   作:歩向タカ

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第二十六話「答え」

## 【シーン1:朝の博麗神社】

 

朝の境内に、箒の音が響いていた。

 

歩向タカは石畳を掃きながら、時々手を止めて空を見上げた。初夏の空は高く、山の稜線がくっきり見える。幻想郷に来た日から、何度この境内を掃いただろう。最初は箒の持ち方すら下手で、掃いた端から葉を散らかしていた。今は風を読んで動ける。ここで過ごした時間が、体に染み込んでいる。

 

だからこそ、今日この場所で伝えることが、少しだけ重かった。

 

「手が止まってるわよ。タカ」

 

「あ……すみません」

 

縁側から霊夢の声が飛んできた。いつも通りお茶を飲んでいる。でも、その目はタカをじっと見ていた。

 

「昨日、遅かったわね。紅魔館から帰ってくるの」

 

「はい。レミリアさんと、いろいろ話してて」

 

「いろいろ、ね」

 

霊夢はそれ以上聞かなかった。ただお茶をすすって、少し間を置いてから言った。

 

「……決めたのね」

 

「え?」

 

「顔に書いてあるわよ。何か決めた顔」

 

タカは箒を握り直した。この人には、本当に何も隠せない。

 

「はい。決めました!この人のもとにいないといけないって」

 

「そう。いいじゃない」

 

霊夢はそれだけ言って、湯呑みに視線を落とした。何を決めたのかは、聞かなかった。聞かなくても、分かっているような横顔だった。

 

---

 

## 【シーン2:みんな集まる】

 

昼前になって、石段の下から賑やかな声が近づいてきた。

 

「タカー!来たよー!」

 

フランドールが石段を駆け上がってきた。その後ろから、レミリアが日傘を差してゆっくり歩いてくる。

 

「フランさんも来たんですね」

 

「うん! お姉様が、今日は大事な日だからって!」

 

「フラン、それは言わなくていいの」とレミリアが半目になった。

 

少し遅れて、妖夢も境内に現れた。いつも通りの佇まい。いつも通り静かに立っていた。でも、その表情にはどこか覚悟のような色があった。昨日タカが紅魔館へ行ったことを、妖夢も知っている。

 

そこへ、空から魔理沙が降りてきた。

 

「お、全員集合か。こりゃ本当に答えが出る日みたいだな」

 

「魔理沙さんは完全に野次馬ですよね」

 

「当たり前だぜ。こんな大一番、見逃せるか」

 

縁側に、いつもの顔が揃った。霊夢、魔理沙、レミリア、フラン、妖夢。タカは箒を置いて、みんなの前に立った。

 

境内が、静かになった。軒の鈴が、風で小さく鳴った。

 

---

 

## 【シーン3:答え】

 

「まず……ありがとうございました」

 

タカはゆっくり話し始めた。

 

「白玉楼の一日、本当に楽しかったです。妖夢さんの毎日を見て、あの静けさを妖夢さんが守ってるんだって分かって……夕方に聞かせてもらった話も、忘れません」

 

妖夢が小さく頷いた。

 

「紅魔館も楽しかったです。フランさんと一日中走り回って……それから、夜に聞いた話も。全部、ちゃんと受け取りました」

 

レミリアは黙って聞いていた。

 

タカは一度、深く息を吸った。境内の木々が、さわさわと揺れた。

 

「その上で、決めました。僕は——紅魔館に住みます」

 

一瞬、境内の空気が止まった。

 

「やったー!!」

 

最初に叫んだのはフランドールだった。タカに飛びついて、ぐるぐる回りそうな勢いで喜んでいる。

 

「タカ! 一緒に住むの!? 本当に!?」

 

「本当です」

 

「やったー!!」

 

レミリアは、少しだけ目を見開いていた。それから、ゆっくりと笑みが広がった。いつもの偉そうな笑みではなく、心からの笑みだった。

 

「……そう。来てくれるのね」

 

「はい。お世話になります」

 

「理由を、聞かせてもらえる?」

 

タカは頷いた。

 

「屋上で全部聞いたからです。レミリアさんたちがどこから来て、何を抱えて、それでも家族としてやってきたのか。あの話を聞いて……僕も、あの家族の中にいないといけないと思いました」

 

タカはフランを見た。腕にしがみついたままのフランを。

 

「フランさんの四百年以上の年月は、僕には返せません。でも、これからの時間なら一緒にいられます。笑う回数を増やす手伝いなら、できます。それなら、近くにいた方がいいと思ったんです」

 

フランはきょとんとした顔で聞いていた。四百年以上の意味は、話の中身までは分かっていないかもしれない。でも「一緒にいる」の部分だけは、確かに届いていた。

 

「ずっと一緒?フランがお世話してあげる!」

 

「ずっとかは分かりませんけど、当分は一緒です」

 

「じゃあずっとだ!やったー!」

 

「話聞いてました?フランさん……ハハハ」

 

レミリアが小さく笑って、それから居住まいを正した。

 

「……ようこそ、紅魔館へ。歓迎するわ」

 

---

 

## 【シーン4:妖夢】

 

「妖夢さん」

 

タカは妖夢に向き直った。妖夢はずっと黙っていた。膝の上の手が、固く握られていた。

 

「すみません。白玉楼を選びませんでした」

 

妖夢はすぐには答えなかった。長い沈黙だった。フランでさえ、その空気を感じて静かになった。

 

やがて、妖夢はゆっくり息を吐いた。

 

「……正直に言うと、悔しいです。でも…本当に悔しいです……」

 

絞り出すような声だった。

 

「白玉楼に来てもらえたらと、ずっと思っていました。あの一日は、私にとって……本当に、大切な一日でしたから」

 

「僕にとっても大切な一日です。それは本当です」

 

「なら、なぜ、と言いたくなります。でも……」

 

妖夢は顔を上げた。目が少し潤んでいた。それでも、まっすぐタカを見ていた。

 

「タカさんは、全部聞いた上で、ちゃんと考えて決めたんですよね?」

 

「はい」

 

「なら……それが答えです。私が言うことは、ありません」

 

「妖夢さん……」

 

「ただし!」

 

妖夢の声が、急にいつもの調子に戻った。

 

「稽古は続けてもらいます!白玉楼まで、通ってください!毎日!絶対にです!」

 

「毎日ですか?!」

 

「毎日です。紅魔館に住むからといって、剣が鈍っていい理由にはなりません」

 

「……はい。通います。毎日」

 

「二言はありませんね」

 

「ないです!」

 

妖夢は小さく頷いた。それから、ほんの少しだけ笑った。無理をした笑みだったかもしれない。でも、ちゃんと笑みだった。

 

「それなら……いいです」

 

「妖夢、うちにも遊びに来ればいいわ」とレミリアが言った。

 

「誰が行くものですか。……フン」

 

「あら、タカは毎日そちらに行くのよ? 会いに来ないの?」

 

「っ……そ、それとこれとは話が別です!」

 

「全然いいじゃねーか」と魔理沙がぼそりと言った。

 

「魔理沙さん!」

 

---

 

## 【シーン5:霊夢】

 

最後に、タカは霊夢の前に立った。

 

霊夢はずっと黙ってお茶を飲んでいた。表情は、いつも通りに見えた。いつも通りすぎて、かえって読めなかった。

 

「あのー。霊夢さん」

 

「何よ。気色悪いわね」

 

「今まで、お世話になりました。ここが、僕の幻想郷での始まりの場所です。右も左も分からない僕を置いてくれて、加護をくれて、ご飯をくれて……全部、霊夢さんのおかげです」

 

「家事は全部やらせたけどねー」

 

「はい。おかげで家事だけは得意になりました」

 

「なら授業料としては安いものね。ここはいつでも来ていいからね」

 

霊夢は湯呑みを置いた。それから、少しだけ黙った。

 

「……あのね、タカ」

 

「はい?何でしょう?」

 

「加護のこと、心配してるでしょ」

 

タカは少し驚いた。実は、ずっと気になっていたことだった。博麗の加護は、神社を離れて繋がりが切れたら消える。最初の日に、そう教わった。

 

「はい。神社を出たら、消えるのかなって」

 

「消えないわよ。安心しなさい」

 

霊夢はあっさり言った。

 

「え?本当ですか?」

 

「加護が消えるのは、私が取り消した時と、神社との縁が完全に切れた時。あんた、毎日白玉楼に通うんでしょ。その途中にここがあるじゃない。さっきも言ったけど、顔くらい出しなさいよ。縁が切れる暇なんてないわ」

 

「……いいんですか?」

 

「何がよ?ここが静かになるから、私も暇になるじゃない」

 

「そっちですか」

 

霊夢はタカをじっと見た。それから、ふいと視線を逸らして、お茶を口に運んだ。

 

「別に。居候が一人減って、せいせいするわ」

 

「……はい」

 

「ご飯の量も減るし、静かになるし、掃除は……」

 

霊夢はそこで、少しだけ言葉を止めた。

 

「掃除は、まあ、自分でやるわよ……」

 

境内が静かになった。魔理沙が霊夢の横顔を見て、何か言いかけて、やめた。

 

「霊夢さん!」

 

「何よ?」

 

「妖怪退治の依頼、これからも受けに来ます。報酬の三分の二も、ちゃんと納めます」

 

「いらないわよ。その分、他のことに使いなさい」

 

「意外な答えです」

 

「文句ある?」

 

「……ないです」

 

霊夢は小さく笑った。それから、真面目な顔に戻って、一言だけ言った。

 

「元気でやりなさい。勝手に死んだら、加護を取り消すどころじゃ済まさないから」

 

それが、霊夢なりの餞別の言葉だった。

 

「はい。……ありがとうございました」

 

タカは、深く頭を下げた。

 

---

 

## 【シーン6:出発】

 

夕方になって、タカは荷物をまとめた。

 

大した量ではなかった。着替えが少し。妖怪退治の道具。華扇にもらった手ぬぐい。木刀。この神社で増えたものが、風呂敷一つに収まった。それが少しだけ、寂しかった。

 

鳥居の前に、みんなが集まった。

 

「じゃあ、行きましょうか」とレミリアが日傘を開いた。

 

「うん! 帰ろう、タカ!」とフランがタカの手を引いた。

 

「私は白玉楼に戻ります。……明日の稽古、遅刻しないでください」と妖夢。

 

「はい。必ず!」

 

「新居祝いにはそのうち行くぜ!また、宴会してくれよ!レミリア!」と魔理沙が笑った。

 

タカは最後に、霊夢を見た。

 

霊夢は縁側から動かなかった。湯呑みを持ったまま、いつもの場所に座っている。

 

「行ってきます」

 

タカがそう言うと、霊夢は少しだけ間を置いてから、答えた。

 

「……行ってらっしゃい」

 

行ってらっしゃい。さよならでも、達者でね、でもなく。

 

その言葉の意味に気付いて、タカは泣きそうになった。ここは出ていく場所じゃなくて、帰ってきていい場所のままなのだ。

 

「はい。行ってきます!」

 

タカは鳥居をくぐった。石段を降りていく。フランが隣で跳ねて、レミリアが後ろを歩く。

 

石段の途中で一度だけ振り返ると、鳥居の向こうで、霊夢がまだ縁側に座っているのが見えた。魔理沙が何か話しかけている。霊夢は、こちらを見ていなかった。見ていないふりを、しているのかもしれなかった。

 

境内の鈴が、風に揺れて小さく鳴った。

 

夕焼けの道を、三人は紅魔館へ向かって歩き出した。

 

胸の中には、重たいものと温かいものが、半分ずつあった。




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