## 【シーン1:朝の博麗神社】
朝の境内に、箒の音が響いていた。
歩向タカは石畳を掃きながら、時々手を止めて空を見上げた。初夏の空は高く、山の稜線がくっきり見える。幻想郷に来た日から、何度この境内を掃いただろう。最初は箒の持ち方すら下手で、掃いた端から葉を散らかしていた。今は風を読んで動ける。ここで過ごした時間が、体に染み込んでいる。
だからこそ、今日この場所で伝えることが、少しだけ重かった。
「手が止まってるわよ。タカ」
「あ……すみません」
縁側から霊夢の声が飛んできた。いつも通りお茶を飲んでいる。でも、その目はタカをじっと見ていた。
「昨日、遅かったわね。紅魔館から帰ってくるの」
「はい。レミリアさんと、いろいろ話してて」
「いろいろ、ね」
霊夢はそれ以上聞かなかった。ただお茶をすすって、少し間を置いてから言った。
「……決めたのね」
「え?」
「顔に書いてあるわよ。何か決めた顔」
タカは箒を握り直した。この人には、本当に何も隠せない。
「はい。決めました!この人のもとにいないといけないって」
「そう。いいじゃない」
霊夢はそれだけ言って、湯呑みに視線を落とした。何を決めたのかは、聞かなかった。聞かなくても、分かっているような横顔だった。
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## 【シーン2:みんな集まる】
昼前になって、石段の下から賑やかな声が近づいてきた。
「タカー!来たよー!」
フランドールが石段を駆け上がってきた。その後ろから、レミリアが日傘を差してゆっくり歩いてくる。
「フランさんも来たんですね」
「うん! お姉様が、今日は大事な日だからって!」
「フラン、それは言わなくていいの」とレミリアが半目になった。
少し遅れて、妖夢も境内に現れた。いつも通りの佇まい。いつも通り静かに立っていた。でも、その表情にはどこか覚悟のような色があった。昨日タカが紅魔館へ行ったことを、妖夢も知っている。
そこへ、空から魔理沙が降りてきた。
「お、全員集合か。こりゃ本当に答えが出る日みたいだな」
「魔理沙さんは完全に野次馬ですよね」
「当たり前だぜ。こんな大一番、見逃せるか」
縁側に、いつもの顔が揃った。霊夢、魔理沙、レミリア、フラン、妖夢。タカは箒を置いて、みんなの前に立った。
境内が、静かになった。軒の鈴が、風で小さく鳴った。
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## 【シーン3:答え】
「まず……ありがとうございました」
タカはゆっくり話し始めた。
「白玉楼の一日、本当に楽しかったです。妖夢さんの毎日を見て、あの静けさを妖夢さんが守ってるんだって分かって……夕方に聞かせてもらった話も、忘れません」
妖夢が小さく頷いた。
「紅魔館も楽しかったです。フランさんと一日中走り回って……それから、夜に聞いた話も。全部、ちゃんと受け取りました」
レミリアは黙って聞いていた。
タカは一度、深く息を吸った。境内の木々が、さわさわと揺れた。
「その上で、決めました。僕は——紅魔館に住みます」
一瞬、境内の空気が止まった。
「やったー!!」
最初に叫んだのはフランドールだった。タカに飛びついて、ぐるぐる回りそうな勢いで喜んでいる。
「タカ! 一緒に住むの!? 本当に!?」
「本当です」
「やったー!!」
レミリアは、少しだけ目を見開いていた。それから、ゆっくりと笑みが広がった。いつもの偉そうな笑みではなく、心からの笑みだった。
「……そう。来てくれるのね」
「はい。お世話になります」
「理由を、聞かせてもらえる?」
タカは頷いた。
「屋上で全部聞いたからです。レミリアさんたちがどこから来て、何を抱えて、それでも家族としてやってきたのか。あの話を聞いて……僕も、あの家族の中にいないといけないと思いました」
タカはフランを見た。腕にしがみついたままのフランを。
「フランさんの四百年以上の年月は、僕には返せません。でも、これからの時間なら一緒にいられます。笑う回数を増やす手伝いなら、できます。それなら、近くにいた方がいいと思ったんです」
フランはきょとんとした顔で聞いていた。四百年以上の意味は、話の中身までは分かっていないかもしれない。でも「一緒にいる」の部分だけは、確かに届いていた。
「ずっと一緒?フランがお世話してあげる!」
「ずっとかは分かりませんけど、当分は一緒です」
「じゃあずっとだ!やったー!」
「話聞いてました?フランさん……ハハハ」
レミリアが小さく笑って、それから居住まいを正した。
「……ようこそ、紅魔館へ。歓迎するわ」
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## 【シーン4:妖夢】
「妖夢さん」
タカは妖夢に向き直った。妖夢はずっと黙っていた。膝の上の手が、固く握られていた。
「すみません。白玉楼を選びませんでした」
妖夢はすぐには答えなかった。長い沈黙だった。フランでさえ、その空気を感じて静かになった。
やがて、妖夢はゆっくり息を吐いた。
「……正直に言うと、悔しいです。でも…本当に悔しいです……」
絞り出すような声だった。
「白玉楼に来てもらえたらと、ずっと思っていました。あの一日は、私にとって……本当に、大切な一日でしたから」
「僕にとっても大切な一日です。それは本当です」
「なら、なぜ、と言いたくなります。でも……」
妖夢は顔を上げた。目が少し潤んでいた。それでも、まっすぐタカを見ていた。
「タカさんは、全部聞いた上で、ちゃんと考えて決めたんですよね?」
「はい」
「なら……それが答えです。私が言うことは、ありません」
「妖夢さん……」
「ただし!」
妖夢の声が、急にいつもの調子に戻った。
「稽古は続けてもらいます!白玉楼まで、通ってください!毎日!絶対にです!」
「毎日ですか?!」
「毎日です。紅魔館に住むからといって、剣が鈍っていい理由にはなりません」
「……はい。通います。毎日」
「二言はありませんね」
「ないです!」
妖夢は小さく頷いた。それから、ほんの少しだけ笑った。無理をした笑みだったかもしれない。でも、ちゃんと笑みだった。
「それなら……いいです」
「妖夢、うちにも遊びに来ればいいわ」とレミリアが言った。
「誰が行くものですか。……フン」
「あら、タカは毎日そちらに行くのよ? 会いに来ないの?」
「っ……そ、それとこれとは話が別です!」
「全然いいじゃねーか」と魔理沙がぼそりと言った。
「魔理沙さん!」
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## 【シーン5:霊夢】
最後に、タカは霊夢の前に立った。
霊夢はずっと黙ってお茶を飲んでいた。表情は、いつも通りに見えた。いつも通りすぎて、かえって読めなかった。
「あのー。霊夢さん」
「何よ。気色悪いわね」
「今まで、お世話になりました。ここが、僕の幻想郷での始まりの場所です。右も左も分からない僕を置いてくれて、加護をくれて、ご飯をくれて……全部、霊夢さんのおかげです」
「家事は全部やらせたけどねー」
「はい。おかげで家事だけは得意になりました」
「なら授業料としては安いものね。ここはいつでも来ていいからね」
霊夢は湯呑みを置いた。それから、少しだけ黙った。
「……あのね、タカ」
「はい?何でしょう?」
「加護のこと、心配してるでしょ」
タカは少し驚いた。実は、ずっと気になっていたことだった。博麗の加護は、神社を離れて繋がりが切れたら消える。最初の日に、そう教わった。
「はい。神社を出たら、消えるのかなって」
「消えないわよ。安心しなさい」
霊夢はあっさり言った。
「え?本当ですか?」
「加護が消えるのは、私が取り消した時と、神社との縁が完全に切れた時。あんた、毎日白玉楼に通うんでしょ。その途中にここがあるじゃない。さっきも言ったけど、顔くらい出しなさいよ。縁が切れる暇なんてないわ」
「……いいんですか?」
「何がよ?ここが静かになるから、私も暇になるじゃない」
「そっちですか」
霊夢はタカをじっと見た。それから、ふいと視線を逸らして、お茶を口に運んだ。
「別に。居候が一人減って、せいせいするわ」
「……はい」
「ご飯の量も減るし、静かになるし、掃除は……」
霊夢はそこで、少しだけ言葉を止めた。
「掃除は、まあ、自分でやるわよ……」
境内が静かになった。魔理沙が霊夢の横顔を見て、何か言いかけて、やめた。
「霊夢さん!」
「何よ?」
「妖怪退治の依頼、これからも受けに来ます。報酬の三分の二も、ちゃんと納めます」
「いらないわよ。その分、他のことに使いなさい」
「意外な答えです」
「文句ある?」
「……ないです」
霊夢は小さく笑った。それから、真面目な顔に戻って、一言だけ言った。
「元気でやりなさい。勝手に死んだら、加護を取り消すどころじゃ済まさないから」
それが、霊夢なりの餞別の言葉だった。
「はい。……ありがとうございました」
タカは、深く頭を下げた。
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## 【シーン6:出発】
夕方になって、タカは荷物をまとめた。
大した量ではなかった。着替えが少し。妖怪退治の道具。華扇にもらった手ぬぐい。木刀。この神社で増えたものが、風呂敷一つに収まった。それが少しだけ、寂しかった。
鳥居の前に、みんなが集まった。
「じゃあ、行きましょうか」とレミリアが日傘を開いた。
「うん! 帰ろう、タカ!」とフランがタカの手を引いた。
「私は白玉楼に戻ります。……明日の稽古、遅刻しないでください」と妖夢。
「はい。必ず!」
「新居祝いにはそのうち行くぜ!また、宴会してくれよ!レミリア!」と魔理沙が笑った。
タカは最後に、霊夢を見た。
霊夢は縁側から動かなかった。湯呑みを持ったまま、いつもの場所に座っている。
「行ってきます」
タカがそう言うと、霊夢は少しだけ間を置いてから、答えた。
「……行ってらっしゃい」
行ってらっしゃい。さよならでも、達者でね、でもなく。
その言葉の意味に気付いて、タカは泣きそうになった。ここは出ていく場所じゃなくて、帰ってきていい場所のままなのだ。
「はい。行ってきます!」
タカは鳥居をくぐった。石段を降りていく。フランが隣で跳ねて、レミリアが後ろを歩く。
石段の途中で一度だけ振り返ると、鳥居の向こうで、霊夢がまだ縁側に座っているのが見えた。魔理沙が何か話しかけている。霊夢は、こちらを見ていなかった。見ていないふりを、しているのかもしれなかった。
境内の鈴が、風に揺れて小さく鳴った。
夕焼けの道を、三人は紅魔館へ向かって歩き出した。
胸の中には、重たいものと温かいものが、半分ずつあった。
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