## 【シーン1:博麗神社・朝】
Cクラスの事件から一週間後
朝の境内に、箒の音が響いていた。
歩向タカは石畳の上を慣れた手つきで掃いていく。来た頃は箒の角度も力加減もめちゃくちゃで、掃いた端から葉が散らかっていた。今は風の流れを見てから動く。どこに溜まりやすいかも分かってきた。地味な話だけど、確実に変わっている。
「よし……ここは終わりっと」
「洗濯は?」
「終わってますよ」
「朝ご飯は?」
「もう出来てます!」
「修行は?」
「あっそうだ。華扇さんのところに行く前に、報告があります」
霊夢が縁側から顔を上げた。
「報告?なによ?」
タカは少しだけ胸を張った。
「昨日のCクラス任務、無事に終わりました」
「怪我は?」
「ないです」
「毒や麻痺は?」
「受けてません」
「罠は?」
「見抜きました」
「人質は?」
「先に制圧しました」
霊夢がじっとタカを見る。
「……何ですか?怪しんでます?」
「調子に乗ってない?大丈夫?」
「乗ってません」
「本当に?怪しいよ」
「……少しだけですけど」
「ほら〜乗ってるじゃない」
「無理矢理、言わしてるじゃないですか〜」
そのやり取りを上から眺めていた魔理沙が、箒から飛び降りてきた。帽子を直しながら、にやにやしている。
「お、やってるな2人とも〜」
「魔理沙さん」
「Cクラス倒したんだって? 一週間前に毒で倒れてた奴とは思えないな」
「それは忘れてください……」
「忘れないわよ!いきなりで、びっくりしたんだから!」と霊夢。
「ですよね……あんな無茶はもうしません……」
そこへ石段を上がってくる足音がした。華扇が境内に入ってくる。着物の裾が朝風に揺れていた。
「結果を聞いたわ」
「あっ華扇さん」
「毒、罠、不意打ちへの対応。前よりかなり良くなってる」
「本当ですか?」
「ええ本当よ」
タカの顔がぱっと明るくなった。
「ただし!」
「ただし?」
「油断したらすぐ死ぬからね!わかった?」
「はい……」
「Cクラスに上がったからって、強くなったつもりにならないことね」と霊夢が畳み掛ける。
「でもまあ、成長はしてるぜ」と魔理沙。
「褒めすぎはダメ!タカはまだ実戦経験少ないんだから」
「たまにはいいだろ〜だいぶ強くなったんだし」
「タカは調子に乗るからダメ!」
「乗りません絶対に!」とタカ。
「さっき少しだけ乗ってるじゃないの」
「言いました……言わされました……」
「では、今日の修行は少し増やしましょう」と華扇。
「これ以上ですか!?」
「成長したからステップアップよ」
「成長って怖い……」
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## 【シーン2:魔法の森】
昼になって、魔理沙は一人で魔法の森に入っていた。
森の中は薄暗くて、木々の間から差し込む光がまだらに地面を照らしている。足元は湿った落ち葉が積み重なっていて、踏むたびにじゅっと音がする。春の森は独特の匂いがする。土と、芽吹きと、水の匂いが混ざった、あの感じ。
今日はそれが薄い。
魔理沙はしゃがんで、大きな木の根元を覗き込んだ。落ち葉をいくつか脇へどかす。土が見える。何もない。
立ち上がって、少し離れた場所へ移る。また地面を見る。
「……ない」
さらに探す。別の木、また別の木。
「ない!」
「一本もない!!」
魔理沙は立ち上がって、森の奥を見渡した。
「春キノコが生えてない!!コレは異変だぜ!」
毎年この時期になれば、木の根元のあちこちに必ず出てくるはずの春キノコ。魔法の研究に使う、大事な材料だ。それが今年は一本も見つからない。
風が吹いた。春のはずなのに、やけに冷たかった。魔理沙は顔をしかめながら、箒を抱え直した。
「おかしいぜ!毎年この時期に取ってるキノコがないなんて、霊夢に報告だ!」
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## 【シーン3:再び博麗神社】
修行から戻ったタカが井戸で顔を洗っていると、箒に乗った魔理沙が境内に飛び込んできた。
「霊夢!大変なんだ!」
「今度は何よ。騒がしいわね。」
霊夢が縁側から顔を出す。お茶を持ったままだ。
「春キノコがない。森中探したけど一本も出てないぞ!」
「知らないわよ。私には関係ないわよ。」
「大問題だぜ!」
「たかがキノコでしょ?大袈裟ね。」
「キノコだぜ!私にとったら死活問題なんだぜ!」
タカは二人を交互に見た。
「前にも聞きましたけど、そんなに大事なんですか?」
「そりゃ〜大事だぜ!春限定の研究材料なんだぞ!」
「食べられないなら別に、どうでも良いわ〜」と霊夢。
「食べるだけがキノコじゃないんだぜ!」
「はいはい」
「それだけじゃない」魔理沙の声が少し変わった。「森の春の気配も薄いんだ。うまく言えないけど、毎年あるものがない感じがする自信はないけど……」
「たまたまじゃない?」
「たまたまで春キノコが全部消えるか?コレは異変だぜ!春キノコがないのは!」
「知らないわよ!キノコキノコうるさいわね!魔理沙の頭が春キノコなんじゃないの?」
その時、タカの手のひらに何かが落ちた。白くて、小さくて、触れた瞬間に溶けた。
「えっ……雪?」
霊夢がお茶から顔を上げて、空を見た。
空から、白いものがちらちらと降っている。
四月だ。桜が咲く季節のはずだ。でも博麗神社の境内に、雪が降っていた。
「ほら見ろ!言ったじゃないか!春に雪なんか異変に決まってる!」
「……たまたまじゃない?春でも雪は降る時は降るわよ」
「まだ言うのかよ」
「霊夢さん」とタカ。「これはさすがに異変じゃないですか?」
霊夢は少し黙ってから、お茶をすすった。
「面倒ね〜あぁ〜嫌だわ〜」
「認めたな!霊夢!」
「認めてないわよ!今日はしつこいわね!」
「お前の顔が認めてるぜ!」
「うるさい!」
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## 【シーン4:人里】
三人は人里へ向かった。
道の途中も、雪はぱらぱらと降り続けている。積もるほどじゃないけど、止まらない。足元の土は湿っていて、踏むたびに沈む感じがした。
「雪……本当に四月なんですよね?」とタカ。
「そうだぜ」
「暦の上ではね」と霊夢。
人里に入ると、道を行き来する人たちがみんな空を見上げていた。
「4月に雪か」と老人が呟く。
「今年は桜が咲かないねぇ」と女性が軒先から顔を出す。
「去年ならもう満開だったのに」と男が腕を組む。
歩向タカは道沿いに並ぶ桜の木を見た。枝には蕾がついている。膨らんでいる。でも開かない。まるで時間が止まっているみたいに、蕾のままずっとそこにある。
「本当に咲いてないですね……」
「キノコだけじゃなかったか!桜は気が付かなかったぜ!」と魔理沙。
「本当にキノコバカね魔理沙は、桜も咲いてない。春が来て……ないのね」と霊夢。
「えっ?春が来てない?」
「正確には、春そのものが薄くなってる。誰かが集めてるか、どこかに溜まってるか?わからないわ」
「誰かに盗まれてるって言った方が近いかもな」と魔理沙。
「春って盗めるんですか?」
「幻想郷なら、なんでもありだからね」と霊夢。
「……便利な場所ですね」
「本当に便利で不便な場所よ」
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## 【シーン5:春の妖精】
三人は里の外に出て、森の端を調べることにした。
雪はまだちらついている。木の枝に薄く積もって、風が吹くたびにぱらぱらと落ちてくる。春のはずなのに、息が白かった。
「そういえば、春の妖精っているんですか?」とタカ。
「いるぜ。春になるとうるさいくらい飛び回るぜ」と魔理沙。
「今日は一人も見ませんね」
魔理沙と霊夢が同時に黙った。
「え?本当だ!」
霊夢の顔が変わった。お気楽な巫女の顔じゃなくて、何かを考えている顔になっている。
「魔理沙!でかしたわ!タカ!」
「ああ。言われてみれば、一匹も見てないぜ!」
「それっておかしいんですか?」
「おかしいわ」と霊夢がはっきり言った。「春の妖精は春の気配に引き寄せられる。いないなら、それだけ春が消えてるってことなの」
「桜が咲かない。春キノコもない。雪が降る。妖精もいない」と魔理沙。「全部繋がるな!」
「多分ね。確証はないけど」
その時、木の陰から小さな影がそっと顔を出した。
「あっ!」
小さな妖精だった。Dクラスの依頼で見る妖怪よりずっと小さい。怖そうにこちらを見ている。
「大丈夫です。何もしませんから、安心して下さい。」
妖精はしばらく歩向タカを見てから、ちょっとだけ出てきた。
「春の妖精はどこに行ったか知ってる?」と霊夢。
「知らない……」
「知らない?」
「最近、みんな帰ってこないの」
「帰ってこない?」とタカ。
「春を探しに行った子も、様子を見に行った子も」妖精の声が小さくなった。「みんな。誰も戻ってこない。だから、1人になった……」
タカは息を呑んだ。
「森の奥には行っちゃだめです!」と妖精が続けた。
「どうして?」と霊夢。
「斬られるから」
「斬られる……?」
妖精は震えながら、それだけ言った。
「怖い……白い髪の人がいるの」
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## 【シーン6:白玉楼】
白玉楼の庭は静かだった。
手入れされた石畳。整えられた枝。どこをとっても丁寧に管理されている庭だ。本来なら今頃、満開の桜が風に揺れているはずだった。でも桜はまだ蕾のままで、庭全体が息を潜めているみたいに静かだった。
妖夢は一人、その庭の真ん中に立っていた。
目の前に、小さな春の妖精がいる。
「たすけて……」
妖精の声は震えていた。後ずさりしようとして、でも逃げ場がないと分かっている目をしていた。
妖夢は刀に手をかけた。手が、わずかに震えていた。
「本当にごめんなさい」
「お願い……」
「妖精は消えても、また戻ります。だから、許して……」
声は静かだった。感情を押し込めたような、平らな声だった。
「いや……」
「幽々子様のためなんです」
妖夢は目を閉じた。
一閃。
妖精の姿が消えた。その場に、ほんのわずかな春の気配だけが残った。庭の桜の蕾が、ほんの少しだけ色を変える。
妖夢はそれをじっと見た。
「……少し」
「少しだけ、進みました……幽々子様……」
声に感情はあった。でもそれは、もう何度も繰り返してきたことで薄くなっていた。
「幽々子様のため」
刀を鞘に戻す。その顔は、泣いているようにも見えた。何も感じていないようにも見えた。どちらかは、妖夢自身にも分からなかったかもしれない。
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## 【シーン7:森の奥】
三人は妖精の言葉を手がかりに、森の奥へ進んでいた。
木々が密になって、頭上の空が狭くなる。日の光が届きにくくて、昼間なのに薄暗い。地面の落ち葉は踏むたびに湿った音を立てて、どこかで水が流れる音だけが静かに聞こえていた。雪は止んでいたけど、空気が冷たい。春の森のはずなのに、体が縮こまるような寒さだった。
「白い髪の人って……」と歩向タカ。
「まぁ心当たりはあるぜ」と魔理沙。
「まだ決めつけるには早いわ。確証がない」と霊夢。
「そうですね」
それでも不安は消えなかった。Cクラスの依頼で慣れてきたとは思っていたけど、妖精が「斬られる」と言った声が頭に残っている。
足を止めたのは、歩向タカだった。
「霊夢さん!あれ!」
「何?急いでんのに!」
「この木……」
大きな木の幹に、斜めの傷が一本入っていた。深い。でも荒れていない。刃物でなければこんなに綺麗には入らない。まるで最初からそこに線があったかのような、迷いのない斬り口だった。
魔理沙が傷口に近づいて、眉をひそめた。
「コレは動物や妖怪の爪じゃないぜ!」
「刀ね」と霊夢。
「しかも、切り口が綺麗だ。かなりの使い手だぜ」
「迷いがない」
歩向タカはその傷をじっと見た。Cクラスの妖怪の動きとは違う。毒でも罠でもない。ただの一振りで、これだけの跡を残していく。
「こんな切り口を作れる人、知ってるんですか?」
魔理沙と霊夢は少しだけ間を置いた。
「だって幻想郷で刀の達人なんて、そう多くないぜ」と魔理沙。
「白玉楼の庭師だと思うの。他にできるやつは、私は知らないわ」と霊夢。
「白玉楼……」
「魂魄妖夢」
歩向タカは木の傷を見てから、もう一度二人を見た。霊夢は何か考えている顔で、魔理沙は珍しく黙っている。
冷たい風が吹いた。枝に積もっていた薄い雪がはらはらと落ちて、歩向タカの肩に当たった。
「本当に面倒なことになったわね。幽々子も動いてたら厄介だわ……」と霊夢が呟く。
Cクラスとは違う。毒も罠も関係ない。目の前にあるのはただ一振りの刀が残した跡で、それだけで十分だった。
相手は、本物だ。
ご感想など頂けたら幸いです