## 【シーン1:博麗神社】
朝から、歩向タカの手が止まりがちだった。
箒を持って境内に出たはいいけど、掃いては止まり、また掃いては止まる。石畳の落ち葉が半分も片付かないうちに、もう何度目かの手止まりをした。頭の中がずっと昨日の妖精の顔をぐるぐるしている。
「掃除、終わらないわよ〜」
「……すみません」
霊夢が縁側から言った。お茶を持ったまま、じっとタカを見ている。
「何考えてるの?」
「春の妖精のことです」
霊夢は黙った。縁側の柱に背をもたせかけていた魔理沙も、帽子を直す手を止めて歩向タカを見た。
「妖精達は何もしてないじゃないですか」タカは箒を持ったまま続けた。「それなのに消えていくなんて。そんなの、許せないです」
「……」
「その気持ちは分かるぜ。私も同じだ」と魔理沙。
「白玉楼に行きます」
「どうせ止めても行くでしょ」と霊夢。
「行きます」
「なら私も一緒に行くわ。異変だしね」
「私も行くぜ!異変解決となったら私たちだしな」
「ありがとうございます」
「勘違いしないで」霊夢がお茶をすすった。「怒るのはいいけど、見誤ったら終わりよ」
「はい。わかってます」
「相手が本当に妖夢なら、油断するなよ」と魔理沙。
「妖夢さんって、そんなに強いんですか?」
「本当に強いぜ」
「刀だけなら本物よ」と霊夢。
「……分かりました」
「分かってない顔ね」
「分かってます」
「妖夢と立ち会えば嫌でも分かるわ」
歩向タカは何も言い返せなかった。
白玉楼へ向かう前に、それぞれが静かに支度を始めた。
霊夢は御札を懐へしまい、魔理沙は八卦炉を軽く叩いて調子を確かめる。歩向タカも木刀を握り直し、一度だけ深く息を吐いた。
誰も余計なことは話さない。
これから向かう相手が、普通ではないことを三人とも分かっていたからだ。
博麗神社を出る頃には、空はすっかり夜に染まっていた。
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## 【シーン2:白玉楼へ】
白玉楼への道は、どこを歩いても冷たかった。
四月の空気とは思えない。吐く息が白くなって、すぐ消える。道の両脇に生えた木の葉が妙に静かで、風が吹いても元気がない感じがした。本来なら春の匂いがするはずの道なのに、ただ冷たいだけだ。
長い石段を上がりきると、広い庭が現れた。
手入れの行き届いた石畳が真っ直ぐ伸びている。枝が丁寧に整えられた木が左右に並んでいる。これだけ整えられた庭なのに、どこか正気の失ったような静けさがあった。桜の木はある。立派な幹で、枝も太い。でも花は一輪も咲いていない。蕾が枝にびっしりついたまま、固く閉じている。春の気配だけが空気の中にあって、でもそれが桜に届いていない。宙に漂ったまま、行き場を失っているみたいだった。
「ここにも春がない……」と歩向タカ。
「春は集まってはいるのに、咲いてない」と霊夢。
「集めてるのにおかしな話だぜ」と魔理沙。
「集まってる?」
「春の気配がここに流れ込んでる。でも桜には届いてない」と霊夢。
「じゃあ、やっぱりここが……」
「それ以上は進まないでください」
声がした。
庭の奥から、静かに歩いてくる人影があった。白い髪が風に揺れる。腰に二本の刀。近づくにつれてその顔がはっきりしてくる。歩向タカは思わず息を止めた。
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## 【シーン3:初対面】
妖夢は庭の中ほどで立ち止まった。
表情が硬い。目は赤くない。怒っているわけでも、敵意をむき出しにしているわけでもない。でも何かを、強く押し込めているように見えた。胸のあたりがぎゅっとなるような、そういう顔だった。
「あなたが、魂魄妖夢さんですか」
「はい。そうです」
「春の妖精達はどこですか?」
「答える必要はありません」
「帰ってきてないんです」と歩向タカは続けた。「怯えてた妖精が言ってたんです。森の奥には行くなって。斬られるって」
「うるさいです」
「あなたがやったんですか」
妖夢が黙った。
「答えてください!」
「引き返してください!」
妖夢の声が、わずかに震えた。歩向タカは一瞬止まった。でも怒りは消えなかった。
「これ以上、被害は出せません」
「……そうですか」
妖夢は刀を抜いた。
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## 【シーン4:妖夢の剣】
踏み込んできた妖夢の動きが、歩向タカには見えなかった。
ただ、手に持っていた木刀が弾き飛ばされた感触だけがあった。腕がしびれる。石畳に落ちた木刀を拾い直して、歯を食いしばった。
「っ!?早いし重い」
「遅いですね」
「邪魔するなら排除します」
二度目。
踏み込んで振る。刃と刃がぶつかる感触があって、次の瞬間また弾かれた。手のひらが痛い。じんじんしたまま消えない。
三度目。
斬り上げてみた。妖夢が半歩引いて、角度を変えて受ける。そのまま流すように押し込まれて、体勢が崩れた。石畳に膝をつきそうになって、なんとか踏ん張った。
四度目、五度目、六度目。
何度向かっても妖夢の刀には届かない。木刀は弾かれ続けて、腕に、肩に、小さな傷が増えていく。一撃一撃が本物だ。加減しているのかもしれないけど、それでも十分に痛い。呼吸が乱れてきた。
それでも歩向タカは立つ。
「もう、やめてください」と妖夢が言った。
「嫌です!やめません」
「貴方では私に勝てません」
「勝つためだけに来たんじゃないです」
妖夢の目が、かすかに揺れた。
「なら、何故ですか?なぜ邪魔するの」
「助けたいからです。妖精たちを助けたいからです!」
妖夢の刀が止まった。ほんの一瞬、止まった。
でも次の瞬間、体だけが動いた。まるで意志とは別に動いているみたいに、刀が歩向タカの脇腹をかすめた。
「がっ……!」
「違う……」
妖夢の目から涙が落ちた。石畳に小さな染みを作った。
「違うのに……」
「妖夢さん……?」
「邪魔しないでください」妖夢の声が震えている。「お願いです。もう邪魔をしないでください!」
泣きながら刀を構えている。歩向タカは脇腹を押さえながら、地面を踏みしめて立った。立てる傷ではなかった。それでも立った。
「何故……何故あなたは立つのですか」
「止めるって決めたからです。あなたを止めると」
「やめてください……」
「あなたもこんなことやめたいんですよね」
「っ……!」
また一瞬、妖夢の心が揺れた。でも体は止まらなかった。
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## 【シーン5:幽々子】
庭の奥から声がした。
「あらあら」
柔らかい声だった。穏やかで、のんびりした声だった。でも歩向タカが振り向いた瞬間、背筋が冷えた。
西行寺幽々子は、ただ立っているだけだった。特に何もしていない。笑っているだけだ。でも空気が違った。死というものが形を持って立っているとしたら、こういう感じなのかもしれない。そういう感覚がした。
「……」
「霊夢」と魔理沙が短く言った。
「分かってる」
霊夢が前に出た。
「幽々子はやばいわ。私達でやる」
「了解だぜ」
「僕は……」
霊夢が歩向タカを見た。
「タカは妖夢をお願い」
「はい」
「あなたなら勝てるわ。私の勘を信じなさい」
歩向タカは一瞬、霊夢を見た。理由は分からない。でもその言葉に嘘はなかった。
「分かりました」
「なんだか楽しそうね」と幽々子が笑う。
「楽しくないわよ。あんたが相手なんだから」と霊夢。
「こっちはこっちで、お前だから忙しいんだぜ」と魔理沙。
幽々子の笑みが深くなった。それだけで、庭の空気がまた少し冷えた気がした。
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## 【シーン6:立ち続ける】
歩向タカと妖夢の戦いが続いた。
もう何度斬られたか分からない。腕が重い。足が重い。呼吸が浅くなってきた。地面を踏むたびに膝がガクガクする。それでも前へ出た。
「もう、やめて……」と妖夢が言った。
「嫌です」
「これ以上は……」
「絶対に嫌です!」
「あなたも殺してしまいます」
「それでも助けたいんです!」
「助けたい?」
「妖精達も妖夢さんも放っておけません」
妖夢の涙が止まらない。なのに刀は止まらない。
鋭い一撃が肩を裂いた。体が勝手に反応して致命傷だけは避けていた。だが、痛みで頭が白くなった。ダメージが積み重なって膝が落ちる。普通なら立てない。木刀を杖代わりにして、地面を押して、それでも立ち上がった。
「どうして……」と妖夢の声が揺れる。
「妖精達もあなたも救いたいんです」
「そんな理由で……」
「僕には、それで十分です」
妖夢は震える手で刀を構えた。歩向タカは避けられなかった。それでも逃げなかった。
刀が振り下ろされる。
その瞬間だった。
歩向タカの体が、無意識に動いた。
頭で考えたわけじゃない。体だけが勝手に反応した。刀の軌道を紙一重で外して、そのまま妖夢の懐へ踏み込んでいた。
「えっ……?」
妖夢の目が大きく開いた。目の前にいる歩向タカが木刀で妖夢の腹を捉えた。
「入った」
自分でも何をしたのか分からない。見えていたわけじゃない。考えて動いたわけでもない。ただ体だけが、生きるために最善を選んでいた。
よろけた妖夢は小さく呟いた。
「今の動き……まるで……」
その続きを妖夢は飲み込んだ。
歩向タカは肩で息をしながら木刀を構え直す。
「絶対に止めます!」
「……あなたを止めてみます!」
妖夢は静かに目を閉じた。
「本当に、不思議な人ですね」
妖夢は少しだけ微笑み、再び刀を構えた。
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## 【シーン7:魔理沙乱入】
刀が振り下ろされる直前、横から光の弾が飛んできた。
妖夢が反射的に刀を翻した。乾いた音がして、魔法弾が真っ二つに斬り落とされた。
「やっぱり強いな」と魔理沙が箒に乗ったまま言った。
「魔理沙さん……」
「よく立ってたな。もういい、下がってろ」
妖夢が魔理沙を見た。
「来ないでください……」
「今度は、魔理沙様がお相手だぜ!」
「来ないで!」
涙を流しながら、妖夢が魔理沙へ斬りかかった。魔理沙が箒で浮き上がり、紙一重でかわす。
一撃、二撃、三撃。
妖夢の剣は速い。迷いはある。涙もある。それでも剣技は本物だった。一撃一撃に重みがある。魔理沙の箒の柄を刀がかすめて、木の破片が散った。
「泣きながら斬るなよ。やりにくいな……」
「私のこと、ほっといてよ……」妖夢の声が上ずっている。「私のこと……ほっといてよ……!」
魔理沙は黙って避け続けた。妖夢の刀が魔理沙のマントの端を裂いた。
「危ないな。もういい。」
魔理沙は八卦炉を構えた。光が集まってくる。庭の石畳が白く照らされた。木々の影が長く伸びて、桜の蕾が一瞬だけ輝いて見えた。
「寝てろ」
「マスタースパーク!!」
白い光が庭を飲み込んだ。轟音が体の芯まで響いた。眩しくて、歩向タカは思わず目をつぶった。
静寂。
目を開けると、妖夢が地面に倒れていた。刀が手から離れて、石畳の上に転がっている。その頬に、涙の跡が残っていた。
「ふぅ……全く」と魔理沙が帽子を直した。「無茶しやがって」
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## 【シーン8:影】
拍手が聞こえた。
パチ。パチ。パチ。
ゆっくりとした、冷たい拍手だった。
霊夢、魔理沙、歩向タカが同時に振り向いた。
白玉楼の屋根の上に、人影が立っていた。月明かりを背にしているせいで顔が見えない。ただ輪郭だけがそこにある。
「おめでとうございます」
声だけが庭に落ちてきた。
「誰だ……!」とタカ。
「妖夢を止めるとは。なかなか面白い結果でした」
「お前はなにが目的だ!」と魔理沙。
影は倒れた妖夢をゆっくり見下ろした。
「次は」
影が小さく笑った気がした。
「上手くいくかな?」
「次……?」とタカ。
「では、また」
「待ちなさい!」
霊夢が叫んだ瞬間、風が吹いた。
影が霧みたいに薄れていく。形が崩れて、輪郭がなくなって、そのまま夜の空に溶けた。
「チッ」と魔理沙が舌打ちした。
「あいつは……」
「面倒なのが出てきたわね」と霊夢が呟いた。
庭に静けさが戻った。倒れた妖夢は、まだ涙を流していた。桜の蕾は固く閉じたまま、月明かりの下でひっそりと白かった。
春は、まだ戻らない。
異変は、終わっていなかった。
長編は自分でもどうなるかわからなくて自分でも楽しみです
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