〜東方外来録〜   作:歩向タカ

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第七話「妖夢先生」

【シーン1:人里】

 

春になった人里は、別の場所みたいだった。

 

通りに人が増えて、店先ににぎやかな声が戻っている。八百屋には色とりどりの野菜が並んで、和菓子屋の前には団子の匂いが漂っていた。あれだけ寒くて、桜も咲かなかった日々が嘘みたいだ。

 

歩向タカは霊夢から渡されたメモを片手に、人の流れに乗って歩いていた。

 

「卵、味噌、油揚げ……あと団子だ」

 

団子のところだけ霊夢の字が妙に気合い入っていた。私物なのか神社の消耗品なのか、聞いたら怒られそうで聞けていない。

 

ため息をついて顔を上げると、少し先の八百屋の前に見覚えのある白い髪があった。

 

「あっ!」

 

妖夢だった。両腕に野菜の入った籠を抱えて、足元には米袋まで置いてある。どこからどう見ても一人で持ち帰る量ではない。

 

「妖夢さん!こんにちは」

 

「タカさん?」

 

振り返った妖夢が、少し驚いた顔をした。

 

「妖夢さんも、買い物ですか?」

 

「はい。本日の白玉楼の幽々子様と私の分です」

 

タカは妖夢の荷物を見回した。野菜に米、調味料に乾物。どれも量がある。

 

「えっ!?それ、全部ですか?」

 

「はい。いつも通りですよ」

 

「いつも通りなんですか……本当にお疲れ様です」

 

「慣れていますので、大丈夫ですよ」

 

「手伝いますよ。絶対に大変ですもん」

 

「いえ、大丈夫です。タカさんは心配し過ぎですよ」

 

「手伝いますって」

 

「本当に大丈夫ですから」

 

「手伝わして下さい」

 

「……」

 

妖夢が少し困った顔をした。タカは引く気がない。

 

「では、この米袋をお願いします」

 

「任せてください!」

 

タカは米袋を両手で持ち上げようとした。

 

「えっ!?重っ……!」

 

「無理しなくても大丈夫ですよ」

 

「大丈夫です……多分……」

 

「顔が大丈夫ではありませんよ」

 

「気合いでなんとか……します!」

 

「霊夢さんみたいなことを言いますね」

 

「霊夢さん……それは少し……やめてください」

 

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## 【シーン2:白玉楼への道】

 

人里を抜けると、通りの喧騒が遠ざかって静かになった。

 

春風が吹いている。道の両脇の草が柔らかく揺れて、どこかで鳥が鳴いている。白玉楼へ続く道は木が多くて日陰になっていて、歩いていると気持ちいい。ただしタカの腕の中の米袋は、まったく気持ちよくなかった。

 

「白玉楼って……買い物も大変なんですね」

 

「距離はありますが、慣れれば問題ありませんよ。毎日なので」

 

「僕はもう問題だらけです……僕はもう、手が千切れそうです」

 

「まだ半分も来ていませんけど……」

 

「今の言葉、聞かなかったことにします……」

 

「本当のことなので諦めて下さいね」

 

「僕は途中で腕がなくなるかもしれないです」

 

妖夢がほんの少しだけ笑った気がした。タカは見逃さなかった。

 

「妖夢さん、笑顔になるのは良いことですね」

 

「笑っていません!」

 

「隠さなくて良いんですよ。良いことじゃないですか」

 

「本当に笑っていません!」

 

「絶対笑ってましたよ」

 

「荷物、全部持たせますよ」

 

「すみません……」

 

「謝っても許しませんよ」

 

「本当にすみませんでした!」

 

「今回だけですからね」

 

木々の間から空が見えてきた頃、白玉楼へ続く長い石段が現れた。タカはそれを見上げて、足が止まった。

 

「……これ、登るんですか?!階段の先が見えませんよ」

 

「毎日登ってるので私は平気です」

 

「この荷物で?本当に!?」

 

「何も重くないですし」

 

「妖夢さん、本当に毎日これを?」

 

「はい。問題ありません」

 

「凄すぎません?本当に言ってます?」

 

「普通に歩くのと同じです」

 

「普通の基準がおかしいです」

 

-----

 

## 【シーン3:白玉楼】

 

ようやく白玉楼に着いた頃、タカは縁側の手前で膝をついていた。

 

「着いた……僕の手、まだ付いてます?」

 

「付いてますよ。お疲れ様です」

 

妖夢は息一つ乱れていない。籠も軽々と持っている。タカはそれを見て、いろんな意味で打ちのめされた。

 

「息切れしてない……妖夢さんはすごいです!」

 

「荷物を運んだだけですから、疲れることはないです」

 

「僕にはきつい修行でした」

 

「では、良い修行になりましたね。それは良かったです」

 

「そういう前向きな解釈は霊夢さんと魔理沙さんだけで十分です」

 

そこへ屋敷の奥から声が響いた。

 

「おかえり〜妖夢ちゃ〜ん」

 

「ただいま幽々子様」

 

「妖夢ちゃん大変よ〜私、お腹空いたわ〜」

 

妖夢はため息をつくでもなく、普通の顔で返事をした。

 

「はい、今すぐに準備しますね」

 

「ありがとうね〜妖夢ちゃん」

 

「帰ってきてすぐに、いつもこんな感じなんですか?」とタカ。

 

「はい、いつもの事です」

 

「お疲れ様です」とタカは妖夢に頭を下げる

 

「慣れていますので、気にしなくて良いですよ」

 

「妖夢さん、何でも慣れで片付けてません?」

 

「タカさんは気にし過ぎです」

 

妖夢は食材を抱えて台所へ向かった。タカも後を追う。

 

「待ってください、僕も手伝います」

 

「座っていてください」

 

「いえ、妖夢さんを手伝います」

 

「怪我は治ったばかりでしょ!あんまり無理しないで下さい」

 

「もう治ってるので問題ないです」

 

妖夢がタカを見た。少し心配そうな顔だった。

 

「では、野菜を洗うだけお願いしますね」

 

「はい!やらせて頂きます!」

 

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## 【シーン4:昼食】

 

昼になって、縁側に料理が並んだ。

 

春の日差しが庭に降りていて、桜の花びらがたまに風に乗って飛んでくる。白玉楼の庭はこれだけ広いのに、縁側から見ると不思議と落ち着く眺めだった。

 

幽々子が嬉しそうに箸を持った。

 

「妖夢ちゃんありがとう、いただきます」

 

「いただきます」

 

タカは一口食べた。

 

「えっ!美味しい!」

 

「ありがとうございます、お世辞でも嬉しいです」と妖夢がわずかに目を細める。

 

「いや、本当です。すごく美味しいです!これも食べます!これも美味しい!」

 

「妖夢ちゃんの料理は美味しいのよ〜私の分は譲らないわよ〜」と幽々子が言った。

 

「幽々子様、食べ過ぎないでくださいね」

 

「大丈夫よ〜私、少食だからね〜」

 

「幽々子様のその言葉を信じません」

 

「妖夢ちゃんは心配性なのよ」

 

「幽々子様が自由すぎるんです!」

 

タカはそのやり取りを見て、思わず笑った。昨日まで異変の中心だったこの場所が、今はただの広いお屋敷みたいに見えた。怖くない。静かで、広くて、少し不思議で。でもちゃんと、ここに生活がある。

 

「あの〜妖夢さん」

 

「はい」

 

「今日は手伝わせてくれてありがとうございました」

 

「こちらこそ助かりました、ほんの少しだけ楽になりました」

 

「あとで、お願いがあるんですが、良いですか?」

 

「お願いですか?私でできる事なら……」

 

妖夢の箸が止まった。

 

「僕に剣術を教えてください!」

 

しばらく間があった。幽々子がにこにこしながら二人を見ている。

 

「えっ?私が、ですか?」

 

「はい。この前、分かりました。僕はまだ弱いんです。でも、強くなって皆を、助けれるようになりたいんです。だから、教えてください!」

 

妖夢は黙って聞いていた。それから箸を置いた。

 

「分かりました」

 

「本当ですか?」

 

「はい。ですが、私は厳しいですよ」

 

「はい!お願いします!」

 

「あらあら〜妖夢先生ね〜」と幽々子。

 

「幽々子様、やめて下さい」

 

「妖夢先生〜」

 

「やめてください……恥ずかしいです……」

 

「妖夢先生よろしくお願いします!」とタカも続けた。

 

「タカさんまでやめて下さい」

 

幽々子が楽しそうに笑っている。白玉楼の庭に、桜がのんびり舞っていた。

 

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## 【シーン5:剣術修行】

 

昼食後、白玉楼の庭に二人が向かい合った。

 

春の日差しの中、桜の花びらが時々ふわりと落ちてくる。庭の石畳は広くて平らで、修行の場としては悪くない。ただし妖夢が相手というのは、どう考えても悪条件だった。

 

「まず確認しますね」

 

「はい!先生!」

 

「タカさんは剣を見すぎです」

 

「えっ?剣を見ちゃ駄目なんですか?」

 

「そんなのは最後でいいです!」

 

「最後ですか?」

 

「最初に見るのは相手の足です」妖夢が自分の足元を示した。「攻撃する前、人は必ず重心を動かします。足の向き、踏み込み、膝の沈み。それで進む方向がすぐに分かります」

 

「足で……そんなに情報が……」

 

「そして次に目です。視線には狙いが出ます。肩や手より、足と目の方が先に動きます」

 

「一瞬でそんなに見ないといけないんですか?」

 

「見てます。私は」

 

「妖夢先生は達人ですね」

 

「それは普通です」

 

「普通じゃないですよ!僕はできないですもん」

 

「では、始めます」

 

「はい!先生お願いします!」

 

妖夢が一歩踏み込んだ。タカは足を見た。見たつもりだった。でも次の瞬間、肩に木刀が当たっていた。

 

「早い……」

 

「立ってください!まだ始まったばかりですよ!」

 

「早すぎて追いつきません……」

 

「私の足は見ましたか?」

 

「見てました!」

 

「いえ、私の刀を見ていました」

 

「ばれてる……全部見られてる」

 

「嘘は許しません!もう一度!」

 

再開。妖夢の右足が動く。タカはそこを見る。でも目が追いつかない。木刀が脇腹に入った。

 

「いたっ!全然追いつけない!」

 

「そこは致命傷です、あなたは刀なら死にましたよ」

 

「ふぅ……木刀で良かったです」

 

「本当にそうですね……もうあなたは切りたくないので」

 

また再開。また倒れる。また立つ。何度繰り返してもタカは当たり続けた。

 

「まだお願いします……」

 

「何故ですか?なんで避けれないんですか?」と妖夢が言った。

 

「えっ?」

 

「あの時は致命傷を避けていたでしょ?なんで今できないんですか?」

 

「致命傷避けてました?必死で覚えてないです……」

 

「あの時、私は本気でした。迷いはありましたが」

 

「僕はあの時、無我夢中で食らいついてたので本当に、覚えてないです」

 

妖夢が固まった。

 

「覚えていない?」

 

「とにかく必死でした僕は」

 

「あれは、必死で出来るものではありません」

 

「僕にはわかりません」

 

「……」

 

妖夢は少し本気で、乱撃を繰り出した。木刀はすべて、致命傷になり得る場所へ正確に打ち込まれた。

 

「もう何故ですか……あの時は私の刀を何度も外していました。致命傷だけは避けていました。なのに今は、全部当たります」

 

「はぁはぁ……すみません……」

 

「もう何故謝るんですか!」

 

「すみません…はぁはぁ……癖ですね……」

 

「タカさんのダメなところですよ……」

 

妖夢は深く息を吐いた。

 

「さぁ、もう少しだけ続けましょう」

 

「は…はい!……はぁはぁ……」

 

-----

 

## 【シーン6:能力発動】

 

妖夢が木刀を構え直した。

 

さっきまでと空気が変わった。庭の静けさが一段深くなった感じがした。花びらが一枚、石畳に落ちる。タカはそれをなんとなく目で追ってから、妖夢に視線を戻した。

 

「じゃあ次は、少しだけ速度を上げますね」

 

「は…はい!少しだけ……ですよね?」

 

「安心して下さい……少しだけです」

 

「妖夢さんの少しだけは信用していいんですよね?」

 

「……多分」と妖夢は真剣な表情になった。

 

「多分……」とタカは息を呑む

 

「いきます!」

 

妖夢が踏み込んだ。タカは足を見た。膝。重心。目線。今度こそ見る。

 

でも、妖夢の動きは速かった。木刀が迫ってくる。

 

「っ……!」

 

防ごうとした瞬間、タカの体が勝手に前へ出た。避けるのでもなく、守るのでもなく、前へ。

 

「!」

 

妖夢の目が開いた。

 

さっきまでとまるで違う踏み込みだった。迷いがない。速い。木刀が真っ直ぐ妖夢へ向かう。

 

「私より速い……!」

 

妖夢は紙一重で体をずらした。タカの木刀が空を切る。

 

「えっ……消え…た……」

 

次の瞬間、妖夢の木刀がタカの胴に入った。鈍い音がした。

 

「がっ……!」

 

体が崩れた。木刀が石畳に落ちた。そのままタカは膝から崩れ落ちて、倒れた。

 

「少し本気でやり過ぎました。タカさん!大丈夫ですか!」

 

妖夢が木刀を捨てて駆け寄る。

 

「タカさん!タカさん!起きて下さい!ねぇタカさん!」

 

返事がない。

 

妖夢の顔が青くなった。震える手でタカの肩に触れる。呼吸はある。でも目を覚まさない。

 

「また……また私が……やっちゃいました……」

 

声が震えた。

 

「タカさん……!起きて……下さい……」

 

縁側にいた幽々子が立ち上がった。

 

「どうしたの?妖夢ちゃん?」

 

「幽々子様……!」妖夢が振り返った。「タカさんが……起きません……!」

 

幽々子の顔から笑みが消えた。

 

「早く永遠亭に連絡よ!妖夢ちゃん!」

 

「はい……!」

 

-----

 

## 【シーン7:永琳の診察】

 

しばらくして、永琳が白玉楼にやってきた。鈴仙も一緒だ。

 

庭に通されるなり、永琳はタカの横にしゃがんで手早く確認した。脈、呼吸、瞳孔、胸の動き。手つきに無駄がない。妖夢はその隣で正座していた。顔が真っ青だった。

 

「永琳様……タカさんは……大丈夫なのでしょうか?」

 

「とりあえず、命に別状はないわ」

 

「本当ですか……?」

 

「ええ、安心して本当よ」

 

妖夢がほっと息を吐きかけた。でも永琳の顔が完全には緩まなかった。

 

「ただ、肋骨が3本折れているわね」

 

「っ……!」

 

「また私が……」

 

「問題ないわよ。致命傷ではないわ」

 

「でも……私が……」

 

「とにかく大丈夫よ」

 

妖夢は唇を噛んだ。永琳はタカの額に手を当てた。

 

「ただ問題は、こっちね」

 

「この方は眠っているだけですか?」と鈴仙。

 

「そうにしか見えないわ」

 

「そうにしか?」

 

「骨折だけなら、ここまで深く眠る理由にならない。体の中で想定以上の負担がかかったのかもしれないわ」

 

「負担……私のせい……」と妖夢が繰り返した。

 

「今は寝かせるしかないわ」

 

妖夢は眠るタカをじっと見た。

 

「また……やってしまいました……」

 

「あなたが全部背負う話じゃないわ、妖夢」と永琳。

 

「でも……私が……」

 

「それに」永琳が少し呆れた顔でタカを見た。「もう約束を破ったのね。もう私にお世話にならないって、昨日言ったばかりよ」

 

「本当に早いですね……初めてです」と鈴仙が苦笑いした。

 

「早すぎて呆れるわ」

 

妖夢は少しだけ力が抜けた顔をした。

 

「……本当に、変な方なんです」

 

でも目は潤んでいた。

 

「タカさん……早く起きてください……」

 

-----

 

## 【シーン8:翌朝】

 

翌朝、白玉楼の一室に朝の光が差し込んでいた。

 

庭の桜が障子に薄い影を作っていて、風が吹くたびにゆらゆら揺れる。静かな部屋に、タカの穏やかな寝息だけが聞こえていた。

 

その横で妖夢が正座している。目の下に少し疲れが出ていた。

 

「ねぇねぇ妖夢ちゃん、少し休んだら?」と幽々子が少し離れた場所からお茶を飲みながら言った。

 

「いえ、タカさんが起きるまでは」

 

「昨日からずっとそこにいるわよ〜私の相手もしてよ〜妖夢ちゃん」

 

「すみません幽々子様。タカさんが目を覚ますまでは」

 

「本当に真面目ねぇ〜タカちゃんは幸せ者ね〜」

 

その時、布団の中でタカの指がぴくりと動いた。

 

「!」

 

「ん……」

 

ゆっくりと目が開く。

 

「……あれ?僕は……何してたんだっけ?」

 

「よかった!タカさん!」

 

「妖夢さん……?どうしました?」

 

起き上がろうとした瞬間、

 

「動かないでください!安静にして下さい!」

 

「えっ?」

 

妖夢の勢いに驚いて、タカはそのまま固まった。

 

「えっと……何かありました?」

 

「何かありました、ではありません!」

 

「え?よく覚えてないんです。妖夢さんの木刀が当たる所から」

 

「そのまま意識を失ってたんです!」

 

「えっ?僕がですか?」

 

「タカさん以外に、他に誰がいるんですか!」

 

「すみません!そうですよね剣術の稽古中でしたもんね」

 

「謝らないでください!私が悪いんですから!」

 

「すみません!」

 

「だから謝らないでください!」

 

幽々子が楽しそうに笑っている。

 

「あらあら〜妖夢ちゃんったら〜」

 

「あの……僕、また何かしましたか?」

 

「何もしてません、私が少し本気になってしまいました」

 

「本気……?」

 

「タカさんの動きに驚いて、本気で打ってしまいました」

 

「でも僕は、覚えてないです……すみません……」

 

「またですか!」

 

「また……?」

 

妖夢の目に涙が溜まってきた。

 

「なんで……なんで、すぐ起きないんですか……!もう心配で…心配で……」

 

「すみません……」

 

「心配したんです……!また私が傷つけたって……!」

 

タカは言葉を失った。妖夢が布団をぎゅっと握る。

 

「私も気をつけます……」

 

「……はい」タカはゆっくり言った。「心配かけて、すみません」

 

「ずっと謝ってますねタカさん……私が悪いのに」

 

「すみません」

 

「もう……やめて下さい!」

 

「妖夢ちゃんったら〜もう2人とも仲良しねぇ〜」と幽々子。

 

「幽々子様やめて下さい!」

 

タカは困ったように笑った。

 

「でも、妖夢さん」

 

「はい」

 

「僕、まだ教えてほしいです。昨日、何が起きたのかも分かってません。だからこそちゃんと知りたいです。自分がどう動いたのか、どうして倒れたのか。それを知らないままだと、また誰かに心配かけると思うので」

 

妖夢はしばらく黙っていた。庭から桜の散る音が聞こえる気がした。

 

「分かりました」

 

「本当ですか?ありがとうございます」

 

「で!す!が!昨日より厳しくしますからね!」

 

「えっ!妖夢さん……」

 

「倒れた分も含めて本気で稽古しますからね!」

 

「それは少し違う気がします」

 

「何も!全然!違いません!」

 

「怖いです!どうか、御慈悲を下さい!妖夢先生!」

 

「先生と言うなら、ちゃんと従ってください!」

 

「はい……!」

 

「あら、立派な妖夢先生ね〜私も嬉しいわ〜」と幽々子が嬉しそうに言った。

 

「幽々子様まで、やめてください……」

 

タカが笑った。妖夢も、ほんの少しだけ笑った。春風が障子を揺らして、白玉楼の桜が静かに散っていった。

 

-----

 

## 【シーン9:博麗神社】

 

夕方、タカは博麗神社の石段を上っていた。

 

西の空が橙色に染まっていて、石段の端に桜の花びらが一枚引っかかっていた。体はくたくただ。肋骨はまだ少し違和感がある。でも足取りは悪くなかった。妖夢に剣を教えてもらえることになった。あの瞬間の動きの意味を、少しずつ知っていけるかもしれない。もっと強くなれるかもしれない。

 

そんなことを考えながら境内へ入ると、霊夢が腕を組んで立っていた。

 

「霊夢さん!ただいま帰りました!」

 

「おかえり〜」

 

声が妙に静かだった。タカは首を傾けた。

 

「で?」

 

「……で?なんですか?霊夢さん」

 

「私が頼んだものは、どうしたのかしら?」

 

「頼んだもの……?」

 

「卵」

 

「……」とタカは冷汗が一滴

 

「味噌」

 

「……」とタカは冷汗が2滴

 

「油揚げ」

 

「…………」とタカは冷汗が沢山

 

「団子」

 

「…………」とタカは表情がこわばり青ざめる

 

霊夢がにっこり笑った。さらにタカの顔から血の気が引いた。

 

「忘れました」

 

「へぇ〜良い度胸じゃない、居候の分際で〜」

 

「えぇ〜っとえ〜っと、妖夢さんと会って、そのまま白玉楼へ行って、修行して、倒れて、それで……」

 

「言い訳はいらないから!」

 

「全部、本当です」

 

「だからなに?」

 

「……霊夢さん……本当にすみませんでした!」

 

霊夢が大きくため息をついた。

 

「今晩の夕飯の材料と団子を買ってきなさ〜い!」

 

「……」

 

「早く!もう一回、人里!早く!」

 

「えぇっ!?今からですか?」

 

「走って行ってきなさい!10分以内ね!」

 

「は…はい!?」

 

「さっさとしなさいタカ!」

 

「はい!行ってきます!」

 

タカは慌てて石段を駆け下りていった。霊夢はその後ろ姿を見ながら、小さく笑った。

 

「まったく……タカは見てて飽きないわ」

 

夕日が境内を染めて、鈴がひとつ、風に揺れた。今日も博麗神社は、いつも通り騒がしかった。




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