## 【シーン1:博麗神社・早朝】
博麗神社の縁側で、霊夢は空を見上げていた。
朝はまだ明けきっていない。東の空は薄い青で、鳥の声もまばらだ。でも山の向こうだけが違う色をしていた。赤い。夕焼けでも朝焼けでもない、不自然な赤が地平線の端に滲んでいる。
「……始まったわね」
そこへ上から影が落ちてきた。魔理沙が箒を急停止させて、境内に飛び降りる。帽子がずれたのをかぶり直しながら、霊夢に向かって声を上げた。
「霊夢! あの赤いの何だ!? 山の向こうが真っ赤だぞ!」
「昨日、紫から聞いた館よ。山の向こうに突然現れた」
「館? そんな話初耳だぜ」
「面倒だわ——」霊夢は白玉楼の方角に目を向けた。「白玉楼の方も変よ。死者の気配が昨日の夜からずっと続いてる」
「おいおい!二つ同時かよ!」魔理沙が眉をひそめた。「流石に偶然とは思えないな」
「偶然ならいいんだけどね」
そこへ歩向タカが境内に駆け込んできた。白玉楼からの帰りに空の異変を見たのか、息が少し上がっている。
「霊夢さん、山の向こうが赤くなってます! あれって——」
「異変が二つ同時に起きてるわ」霊夢はタカを見た。「白玉楼と、昨日紫から聞いた結界の館。どちらも今朝から動き始めてる」
「結界の館? 初めて聞きました」
「昨日、紫から教えてもらったのよ。山の向こうに突然現れた館で、中が全然見えない。誰がいるかも分からないし、霊力も通さない変な結界に包まれてて——そこから今朝、赤い霧が出始めた」
魔理沙が腕を組んだ。「白玉楼の死者の件と繋がってるかもしれないな。春の異変の時に現れた黒い影、あいつがまた何かやってるんじゃないか」
「まだ分からない。でも二つを同時に放っておくわけにもいかない」霊夢は決めた。「魔理沙、白玉楼は私たちで行く。妖夢も一人じゃ手が回らないでしょうし」
「ああ、行くぜ」
霊夢はタカに向き直った。
「結界の館はあなたにお願いできる? ただし、調査だけよ。近くで様子を見て、何が起きてるか確認して帰ってくるだけ。中に入れそうでも入らないこと。危ないと思ったら迷わず逃げること。絶対に無理しないこと」
「分かりました。調査が終わったらすぐ帰って知らせます!」
「本当に大丈夫かしら?」
「……信用して下さいよ」
霊夢はまだ少し不安そうな顔をしていた。タカに向けた目が、普段より心配そうだ。でも手が足りないのは事実だし、タカはもうDクラスどころかCクラスも対応できる。
「帰ってくるのも仕事よ。一人で何とかしようとしないこと」
「魔理沙さんに前に言われました。一人で抱えるなって」
「なら大丈夫だな」と魔理沙が帽子を直しながら言った。「無茶するなよ」
「はい!」
霊夢は立ち上がって袖を払った。
「行くわよ、魔理沙」
二人が飛び上がるのを見送ってから、タカは山の向こうを見た。赤い霧は遠くからでもはっきり見える。まだ薄いけど、確かに広がっている。
「調査だけ。危険なら帰る。絶対に無理しない」
そう呟いて、歩き出した。
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## 【シーン2:白玉楼・入口】
白玉楼へ続く石段を上り始めると、すぐに気配が変わった。
人の気配ではない。でも完全に無人でもない。何かがそこにいる、という感じが段を上るごとに濃くなっていく。
「あぁもう!流石に多いわ」と霊夢が上を見ながら言った。
「こりゃまいったな、霊夢」
石段を上りきると、庭どころか石段の周辺にまで死者の姿があった。ただし誰も暴れていない。刀を振るわけでも、叫ぶわけでもない。ただ、ぼんやりと立っていたり、桜の木を見上げていたり、どこかへ歩こうとして迷っていたりする。
「どこかのう、ここは」と着物姿の老人が首を傾けた。
「さっきまで布団の中にいたはずなんだが」と武士が辺りを見回す。
「お母さんどこ?」と小さな子供が庭をよちよち歩いていた。
「何か悪さするって感じじゃないな。ただ迷子になってるだけみたいだぜ」と魔理沙が苦笑した。
「そうね。ただ境界が緩んで、こちら側に出てきてしまった感じ。問題は、誰が緩めたか……」
そこへ妖夢が慌てて駆け寄ってきた。刀に手はかかっていない。相手が誰も襲ってこないからだ。でも顔は真っ青で、明らかに一人では手に負えていない。
「霊夢さん、魔理沙さん! 来てくれて助かりました。朝起きたらこの状態で、何も分からなくて……」
「まず落ち着いて」と霊夢が言った。「誰かに呼ばれた様子はある? 強引に引っ張り出された感じの死者はいる?」
「それが……みなさん、迷い込んだような感じで、悪意は全然なくて。斬るわけにもいきませんし、追い払うわけにもいきませんし、どうしたらいいか」
「この状況で幽々子どこ行ったんだよ」と不機嫌そうに魔理沙は言った。
「今呼びに——」
「呼ばなくても来るんじゃない」
霊夢がそう言った直後、縁側の障子がゆっくり開いて幽々子が庭に出てきた。春の朝の空気に目を細めて、それから死者たちをざっと見渡して、
「あらあら〜、今日は賑やかね〜」
妖夢の顔がひきつった。
「幽々子様! 賑やかどころじゃないです! 心当たりはありますか?」
「いきなりね、妖夢ちゃん……」と幽々子が扇で口元を隠した。
「幽々子様、何か知ってるんですか?教えてください」
「霊夢みたいになってきたわね〜、妖夢ちゃん」
「今はそれどころじゃありませんので!」
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## 【シーン3:死者たち】
幽々子を捕まえる前に、妖夢はまず死者の対応に追われていた。
「あぁ〜!そこは入らないでください!」
「腹が減ってのう」と老人が未練がましく台所の方を見ている。
「お気持ちはわかりますが、私たちの食料ですので……ふぅ」
縁側に腰を下ろそうとしている武士に「そこには座らないで下さい」と伝えると「失礼した」と素直に立ち上がる。子供が池に落ちそうになっているのを見て、妖夢が慌てて走る。どの死者も悪意はないのが余計に厄介だった。
「桜を楽しんでいる場合じゃないですよ、皆さん!言うこと聞いてくださ〜い!」
「でも綺麗よねぇ、妖夢ちゃん」と幽々子が横から言った。
「もう幽々子様、共感しないでください!」
魔理沙は笑いをこらえながら霊夢の隣に立った。
「無理やりって感じじゃないな。こいつら、勝手に迷い込んできただけっぽいぜ」
「……そうね」と霊夢が死者たちを観察しながら答えた。「悪意もない、混乱もしてない。ただ境界が緩んで、こちら側に出てきてしまった感じ。問題は、誰が緩めたか……」
「あるいは何が……まさか、ね」
霊夢は幽々子を振り返った。
「本当に心当たりないの? 幽々子」
「んー」と幽々子が扇を閉じて少し考えるふりをした。
妖夢がその顔を見て、ぴたりと動きを止めた。
「幽々子様、その顔は何かありますね」
「そうかしら〜そんな顔してたかしら〜」
「出ています。はっきり顔に出ていますよ、幽々子様」
「おいおい!こんだけ騒いで元凶こいつかよ」と魔理沙。
「観念して答えて、幽々子!」と霊夢。
幽々子が観念したように扇を開いた。
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## 【シーン4:幽々子のドジ】
「昨日ね、桜が本当に綺麗だったでしょう?」
幽々子がゆっくり話し始めた。妖夢の目が険しくなっていく。
「死者たちにも見せてあげたいと思って、少しだけ境目を緩めたのよ」
しばらく静寂が続いた。
「……少しだけ」と妖夢が繰り返した。声が低い。
「本当に少しのつもりだったのよ〜妖夢ちゃんならわかるわよね?私の気持ち」
「いいえ、庭が死者でいっぱいになっていますし、みんな困ってます」
「だって〜皆さん、楽しそうにしているわ〜」
「そういう問題じゃありません!」と妖夢が声を上げた。めったに大きな声を出さない妖夢が、珍しく動揺していた。「幽々子様は、白玉楼の主なんですよ。こういうことをされる時は皆様に一言言ってください!」
「ごめんなさい……妖夢ちゃん……」と幽々子が素直に言った。
「……早く戻してください、幽々子様」
「はい、妖夢ちゃん」
幽々子が扇をゆっくりと振った。空気が柔らかく揺れた。庭全体に淡い光が広がって、死者たちの足元にぽっと小さな灯りが灯る。
「なになに〜僕光ってるよ〜!」と子供が言った。
「桜、綺麗じゃったのう」と老人が満足そうに目を細めた。
「ありがとうございます、幽々子様」と女性が幽々子に向かって頭を下げた。
「どういたしまして〜」と幽々子が笑顔で返した。
「礼を受け取らないでください!」と妖夢がすかさず言う。
死者たちは一人ずつ消えていった。光になって、静かに本来の場所へ戻っていく。庭は少しずつ元の静けさを取り戻して、最後の一人が消えた頃には、白玉楼はいつもの庭に戻っていた。
妖夢はその場に深くため息をついた。
「はぁ〜……疲れました……」
「まったく、幽々子のドジに付き合わされたな。お疲れさん。」と魔理沙が肩を叩いた。「まあ結果的には誰も傷ついてないし、良かっただろ」
「幽々子様、白玉楼の主なんですから、しっかりしてください」
「善処するわ」と幽々子。
「善処じゃなくてやらないでください!」
「ただの幽々子のドジだったわね」と霊夢が言った。
「ただの、は余計よ〜!」と幽々子が口をとがらせた。
「じゃあ大きめのドジ!」
妖夢は否定しなかった。
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## 【シーン5:本命】
白玉楼に静けさが戻った。でも安心する暇はなかった。
魔理沙が空を見上げて、表情が変わった。
「おい!霊夢、見ろ!」
霊夢も空を見た。山の向こうの赤が、さっきより濃くなっている。明らかに広がっていた。朝の薄い光の中でも、もうはっきりと見えるくらいに。
「赤い霧……?」と妖夢が呟いた。
「綺麗ね……妖夢……」と幽々子。
「こことは違う……何かの異変……?」
「白玉楼はとりあえず片付いたわ」と霊夢が言った。「あっちが本命ね。あの霧……嫌な予感がするわ」
「となると、タカはどうした?」と魔理沙が言った。「あいつ、館の調査に行ったんだろ。もう戻ってきてもいい時間だが、博麗神社に戻ってきてるか?」
その言葉に、妖夢がさっと顔を上げた。
「えっ!タカさんを一人で行かせたんですか?」
「調査だけって言って送り出したわ……帰ってきてなさいよ……」と霊夢が答えたが、その声に少し迷いが混じった。
「私らと約束してるし、大丈夫だろ……多分」
「急ぎましょう!」と霊夢はもう一度空を見てから言った。「妖夢も来る?」
「行きます」と妖夢は即答した。すでに白玉楼の門に向かって歩き出している。
「あいつ、また面倒なことになってそうだな」と魔理沙がぼやく。
「分かってて言わないで、取り敢えず博麗神社に戻るわよ」
三人は白玉楼を後にした。赤い霧は、見ている間にも濃くなっていった。
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## 【シーン6:結界の館前】
一方、歩向タカは館の前に一人で立っていた。
人里から離れた山の向こう。木々が密になってきた先に、いきなり開けた場所があって、そこにその館は建っていた。西洋風の造りで、屋根が高く、門が閉じている。窓は一枚も開いていない。館全体を透明な結界が包んでいて、陽の光を受けてわずかに揺らいで見えた。そして館の中から、赤い霧がじわじわと滲み出していた。
「大きいなこの館……」
タカは少し離れた場所から館を観察した。近づきすぎず、でも細部が見える距離。霊夢に言われた通りだ。調査だけ。中には入らない。危なければ帰る。
館に動きはない。人が出てくる気配もない。でも霧は確実に広がっている。このまま見ていれば、外にまで届きそうだ。
「もう少し近づいて様子を見るくらいは……」
タカはゆっくり歩いた。結界に触れる一歩手前で足を止める。
その瞬間、結界の表面が水面みたいにゆらっと揺れた。
「え?」
気づいた時には遅かった。何かに腕を掴まれたような感覚が走って、体が前に引っ張られた。
「うわっ!?」
結界の中に引き込まれていた。地面に転がる。手をついて顔を上げると、周りの景色が変わっている。外じゃない。結界の内側に入ってしまっていた。
タカは立ち上がって振り返り、来た方向へ手を伸ばした。透明な壁に弾かれた。もう一度押す。びくともしない。
「えっ……閉じ込められた……?」
霊夢に怒られる。それが真っ先に頭に浮かんだ。調査だけって言ったのに、中には入らないって言ったのに、なぜか入ってしまっている。というか引き込まれた。これは自分のせいじゃないはずだ、たぶん。
館の奥から、誰かの視線を感じた。
タカは木刀を握り直した。背筋がすっと冷えた。
「いや、調査だけのはずだったんだけど……」
静かな音を立てながら、館の門がゆっくりと開いた。
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