〜東方外来録〜   作:歩向タカ

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第九話「二つの異変」

## 【シーン1:博麗神社・早朝】

 

博麗神社の縁側で、霊夢は空を見上げていた。

 

朝はまだ明けきっていない。東の空は薄い青で、鳥の声もまばらだ。でも山の向こうだけが違う色をしていた。赤い。夕焼けでも朝焼けでもない、不自然な赤が地平線の端に滲んでいる。

 

「……始まったわね」

 

そこへ上から影が落ちてきた。魔理沙が箒を急停止させて、境内に飛び降りる。帽子がずれたのをかぶり直しながら、霊夢に向かって声を上げた。

 

「霊夢! あの赤いの何だ!? 山の向こうが真っ赤だぞ!」

 

「昨日、紫から聞いた館よ。山の向こうに突然現れた」

 

「館? そんな話初耳だぜ」

 

「面倒だわ——」霊夢は白玉楼の方角に目を向けた。「白玉楼の方も変よ。死者の気配が昨日の夜からずっと続いてる」

 

「おいおい!二つ同時かよ!」魔理沙が眉をひそめた。「流石に偶然とは思えないな」

 

「偶然ならいいんだけどね」

 

そこへ歩向タカが境内に駆け込んできた。白玉楼からの帰りに空の異変を見たのか、息が少し上がっている。

 

「霊夢さん、山の向こうが赤くなってます! あれって——」

 

「異変が二つ同時に起きてるわ」霊夢はタカを見た。「白玉楼と、昨日紫から聞いた結界の館。どちらも今朝から動き始めてる」

 

「結界の館? 初めて聞きました」

 

「昨日、紫から教えてもらったのよ。山の向こうに突然現れた館で、中が全然見えない。誰がいるかも分からないし、霊力も通さない変な結界に包まれてて——そこから今朝、赤い霧が出始めた」

 

魔理沙が腕を組んだ。「白玉楼の死者の件と繋がってるかもしれないな。春の異変の時に現れた黒い影、あいつがまた何かやってるんじゃないか」

 

「まだ分からない。でも二つを同時に放っておくわけにもいかない」霊夢は決めた。「魔理沙、白玉楼は私たちで行く。妖夢も一人じゃ手が回らないでしょうし」

 

「ああ、行くぜ」

 

霊夢はタカに向き直った。

 

「結界の館はあなたにお願いできる? ただし、調査だけよ。近くで様子を見て、何が起きてるか確認して帰ってくるだけ。中に入れそうでも入らないこと。危ないと思ったら迷わず逃げること。絶対に無理しないこと」

 

「分かりました。調査が終わったらすぐ帰って知らせます!」

 

「本当に大丈夫かしら?」

 

「……信用して下さいよ」

 

霊夢はまだ少し不安そうな顔をしていた。タカに向けた目が、普段より心配そうだ。でも手が足りないのは事実だし、タカはもうDクラスどころかCクラスも対応できる。

 

「帰ってくるのも仕事よ。一人で何とかしようとしないこと」

 

「魔理沙さんに前に言われました。一人で抱えるなって」

 

「なら大丈夫だな」と魔理沙が帽子を直しながら言った。「無茶するなよ」

 

「はい!」

 

霊夢は立ち上がって袖を払った。

 

「行くわよ、魔理沙」

 

二人が飛び上がるのを見送ってから、タカは山の向こうを見た。赤い霧は遠くからでもはっきり見える。まだ薄いけど、確かに広がっている。

 

「調査だけ。危険なら帰る。絶対に無理しない」

 

そう呟いて、歩き出した。

 

---

 

## 【シーン2:白玉楼・入口】

 

白玉楼へ続く石段を上り始めると、すぐに気配が変わった。

 

人の気配ではない。でも完全に無人でもない。何かがそこにいる、という感じが段を上るごとに濃くなっていく。

 

「あぁもう!流石に多いわ」と霊夢が上を見ながら言った。

 

「こりゃまいったな、霊夢」

 

石段を上りきると、庭どころか石段の周辺にまで死者の姿があった。ただし誰も暴れていない。刀を振るわけでも、叫ぶわけでもない。ただ、ぼんやりと立っていたり、桜の木を見上げていたり、どこかへ歩こうとして迷っていたりする。

 

「どこかのう、ここは」と着物姿の老人が首を傾けた。

 

「さっきまで布団の中にいたはずなんだが」と武士が辺りを見回す。

 

「お母さんどこ?」と小さな子供が庭をよちよち歩いていた。

 

「何か悪さするって感じじゃないな。ただ迷子になってるだけみたいだぜ」と魔理沙が苦笑した。

 

「そうね。ただ境界が緩んで、こちら側に出てきてしまった感じ。問題は、誰が緩めたか……」

 

そこへ妖夢が慌てて駆け寄ってきた。刀に手はかかっていない。相手が誰も襲ってこないからだ。でも顔は真っ青で、明らかに一人では手に負えていない。

 

「霊夢さん、魔理沙さん! 来てくれて助かりました。朝起きたらこの状態で、何も分からなくて……」

 

「まず落ち着いて」と霊夢が言った。「誰かに呼ばれた様子はある? 強引に引っ張り出された感じの死者はいる?」

 

「それが……みなさん、迷い込んだような感じで、悪意は全然なくて。斬るわけにもいきませんし、追い払うわけにもいきませんし、どうしたらいいか」

 

「この状況で幽々子どこ行ったんだよ」と不機嫌そうに魔理沙は言った。

 

「今呼びに——」

 

「呼ばなくても来るんじゃない」

 

霊夢がそう言った直後、縁側の障子がゆっくり開いて幽々子が庭に出てきた。春の朝の空気に目を細めて、それから死者たちをざっと見渡して、

 

「あらあら〜、今日は賑やかね〜」

 

妖夢の顔がひきつった。

 

「幽々子様! 賑やかどころじゃないです! 心当たりはありますか?」

 

「いきなりね、妖夢ちゃん……」と幽々子が扇で口元を隠した。

 

「幽々子様、何か知ってるんですか?教えてください」

 

「霊夢みたいになってきたわね〜、妖夢ちゃん」

 

「今はそれどころじゃありませんので!」

 

---

 

## 【シーン3:死者たち】

 

幽々子を捕まえる前に、妖夢はまず死者の対応に追われていた。

 

「あぁ〜!そこは入らないでください!」

 

「腹が減ってのう」と老人が未練がましく台所の方を見ている。

 

「お気持ちはわかりますが、私たちの食料ですので……ふぅ」

 

縁側に腰を下ろそうとしている武士に「そこには座らないで下さい」と伝えると「失礼した」と素直に立ち上がる。子供が池に落ちそうになっているのを見て、妖夢が慌てて走る。どの死者も悪意はないのが余計に厄介だった。

 

「桜を楽しんでいる場合じゃないですよ、皆さん!言うこと聞いてくださ〜い!」

 

「でも綺麗よねぇ、妖夢ちゃん」と幽々子が横から言った。

 

「もう幽々子様、共感しないでください!」

 

魔理沙は笑いをこらえながら霊夢の隣に立った。

 

「無理やりって感じじゃないな。こいつら、勝手に迷い込んできただけっぽいぜ」

 

「……そうね」と霊夢が死者たちを観察しながら答えた。「悪意もない、混乱もしてない。ただ境界が緩んで、こちら側に出てきてしまった感じ。問題は、誰が緩めたか……」

 

「あるいは何が……まさか、ね」

 

霊夢は幽々子を振り返った。

 

「本当に心当たりないの? 幽々子」

 

「んー」と幽々子が扇を閉じて少し考えるふりをした。

 

妖夢がその顔を見て、ぴたりと動きを止めた。

 

「幽々子様、その顔は何かありますね」

 

「そうかしら〜そんな顔してたかしら〜」

 

「出ています。はっきり顔に出ていますよ、幽々子様」

 

「おいおい!こんだけ騒いで元凶こいつかよ」と魔理沙。

 

「観念して答えて、幽々子!」と霊夢。

 

幽々子が観念したように扇を開いた。

 

---

 

## 【シーン4:幽々子のドジ】

 

「昨日ね、桜が本当に綺麗だったでしょう?」

 

幽々子がゆっくり話し始めた。妖夢の目が険しくなっていく。

 

「死者たちにも見せてあげたいと思って、少しだけ境目を緩めたのよ」

 

しばらく静寂が続いた。

 

「……少しだけ」と妖夢が繰り返した。声が低い。

 

「本当に少しのつもりだったのよ〜妖夢ちゃんならわかるわよね?私の気持ち」

 

「いいえ、庭が死者でいっぱいになっていますし、みんな困ってます」

 

「だって〜皆さん、楽しそうにしているわ〜」

 

「そういう問題じゃありません!」と妖夢が声を上げた。めったに大きな声を出さない妖夢が、珍しく動揺していた。「幽々子様は、白玉楼の主なんですよ。こういうことをされる時は皆様に一言言ってください!」

 

「ごめんなさい……妖夢ちゃん……」と幽々子が素直に言った。

 

「……早く戻してください、幽々子様」

 

「はい、妖夢ちゃん」

 

幽々子が扇をゆっくりと振った。空気が柔らかく揺れた。庭全体に淡い光が広がって、死者たちの足元にぽっと小さな灯りが灯る。

 

「なになに〜僕光ってるよ〜!」と子供が言った。

 

「桜、綺麗じゃったのう」と老人が満足そうに目を細めた。

 

「ありがとうございます、幽々子様」と女性が幽々子に向かって頭を下げた。

 

「どういたしまして〜」と幽々子が笑顔で返した。

 

「礼を受け取らないでください!」と妖夢がすかさず言う。

 

死者たちは一人ずつ消えていった。光になって、静かに本来の場所へ戻っていく。庭は少しずつ元の静けさを取り戻して、最後の一人が消えた頃には、白玉楼はいつもの庭に戻っていた。

 

妖夢はその場に深くため息をついた。

 

「はぁ〜……疲れました……」

 

「まったく、幽々子のドジに付き合わされたな。お疲れさん。」と魔理沙が肩を叩いた。「まあ結果的には誰も傷ついてないし、良かっただろ」

 

「幽々子様、白玉楼の主なんですから、しっかりしてください」

 

「善処するわ」と幽々子。

 

「善処じゃなくてやらないでください!」

 

「ただの幽々子のドジだったわね」と霊夢が言った。

 

「ただの、は余計よ〜!」と幽々子が口をとがらせた。

 

「じゃあ大きめのドジ!」

 

妖夢は否定しなかった。

 

---

 

## 【シーン5:本命】

 

白玉楼に静けさが戻った。でも安心する暇はなかった。

 

魔理沙が空を見上げて、表情が変わった。

 

「おい!霊夢、見ろ!」

 

霊夢も空を見た。山の向こうの赤が、さっきより濃くなっている。明らかに広がっていた。朝の薄い光の中でも、もうはっきりと見えるくらいに。

 

「赤い霧……?」と妖夢が呟いた。

 

「綺麗ね……妖夢……」と幽々子。

 

「こことは違う……何かの異変……?」

 

「白玉楼はとりあえず片付いたわ」と霊夢が言った。「あっちが本命ね。あの霧……嫌な予感がするわ」

 

「となると、タカはどうした?」と魔理沙が言った。「あいつ、館の調査に行ったんだろ。もう戻ってきてもいい時間だが、博麗神社に戻ってきてるか?」

 

その言葉に、妖夢がさっと顔を上げた。

 

「えっ!タカさんを一人で行かせたんですか?」

 

「調査だけって言って送り出したわ……帰ってきてなさいよ……」と霊夢が答えたが、その声に少し迷いが混じった。

 

「私らと約束してるし、大丈夫だろ……多分」

 

「急ぎましょう!」と霊夢はもう一度空を見てから言った。「妖夢も来る?」

 

「行きます」と妖夢は即答した。すでに白玉楼の門に向かって歩き出している。

 

「あいつ、また面倒なことになってそうだな」と魔理沙がぼやく。

 

「分かってて言わないで、取り敢えず博麗神社に戻るわよ」

 

三人は白玉楼を後にした。赤い霧は、見ている間にも濃くなっていった。

 

---

 

## 【シーン6:結界の館前】

 

一方、歩向タカは館の前に一人で立っていた。

 

人里から離れた山の向こう。木々が密になってきた先に、いきなり開けた場所があって、そこにその館は建っていた。西洋風の造りで、屋根が高く、門が閉じている。窓は一枚も開いていない。館全体を透明な結界が包んでいて、陽の光を受けてわずかに揺らいで見えた。そして館の中から、赤い霧がじわじわと滲み出していた。

 

「大きいなこの館……」

 

タカは少し離れた場所から館を観察した。近づきすぎず、でも細部が見える距離。霊夢に言われた通りだ。調査だけ。中には入らない。危なければ帰る。

 

館に動きはない。人が出てくる気配もない。でも霧は確実に広がっている。このまま見ていれば、外にまで届きそうだ。

 

「もう少し近づいて様子を見るくらいは……」

 

タカはゆっくり歩いた。結界に触れる一歩手前で足を止める。

 

その瞬間、結界の表面が水面みたいにゆらっと揺れた。

 

「え?」

 

気づいた時には遅かった。何かに腕を掴まれたような感覚が走って、体が前に引っ張られた。

 

「うわっ!?」

 

結界の中に引き込まれていた。地面に転がる。手をついて顔を上げると、周りの景色が変わっている。外じゃない。結界の内側に入ってしまっていた。

 

タカは立ち上がって振り返り、来た方向へ手を伸ばした。透明な壁に弾かれた。もう一度押す。びくともしない。

 

「えっ……閉じ込められた……?」

 

霊夢に怒られる。それが真っ先に頭に浮かんだ。調査だけって言ったのに、中には入らないって言ったのに、なぜか入ってしまっている。というか引き込まれた。これは自分のせいじゃないはずだ、たぶん。

 

館の奥から、誰かの視線を感じた。

 

タカは木刀を握り直した。背筋がすっと冷えた。

 

「いや、調査だけのはずだったんだけど……」

 

静かな音を立てながら、館の門がゆっくりと開いた。




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