私が見た悪夢   作:名無しのジョン・X・ドゥー・権平

4 / 4
夢についての個人的見解

これまでに見た三つの夢には、それぞれの時期の自分の状況や感情が、形を変えて表れているように感じられる。

まず、泥の怪物の夢は、保育園に通っていた頃に見たものである。
当時、ファミリーレストランは家族でたまに訪れる特別な場所であり、日常の中では安心に近い存在だった。

その夢に現れた泥の怪物は、小学校進学に伴う環境の変化、特に学区の違いによって友達と離れることへの不安を象徴していたのではないかと考えられる。
さらに、当時仲の良かった友人が事故で怪我をし入院した出来事もあり、「身近な人が突然いなくなる」という体験に触れたことが、夢の形成に影響しているのではないかと感じている。

夢の中で友達が泥に飲み込まれていく描写は、そうした「消えてしまうこと」への恐怖がそのまま表れたもののように思える。

一方で、祖母の家は当時の自分にとって生活の中心であり、強い安心を感じる場所だった。
共働きの家庭環境の中で、家は主に寝るための場所であり、日常の多くは祖母の家で過ごしていた。

祭りの餅拾いで多くの餅を取り、褒められた経験なども含め、その場所には安心や肯定感の記憶が結びついている。

しかし、その安心できる場所からトイレへ向かう際、再び元の場所に戻される構造は印象的である。
祖母の家は古く、トイレまでの廊下は長く、夜は暗くて怖かったため、「トイレに行く」という行為そのものが、安心から不安へと移る象徴となっていたのではないかと思われる。

そして最も印象的なのは、一度安心な場所に逃げても、再び恐怖の場に戻される点である。
これは、不安や恐怖といった感情が完全に消えることなく、形を変えて残り続けることを示しているように感じられた。

次に、落下の夢は中学生の頃に見たものである。

当時は親の都合で転校したばかりであり、新しい環境や友人関係、勉強などに対して多くの不安を抱えていた。
特に進路については明確な目標がなく、親に言われるがまま偏差値の高い高校を目指していたが、自分の中に強い動機があったわけではなく、塾に通っていても身についている実感は薄かった。

夢の中で「一歩踏み出すだけで高く跳んでしまう」という現象は、こうした状況と深く結びついているように思える。
本来であれば自分の意思で進むはずの行動が、意思とは関係なく大きく進んでしまう感覚は、自分の望みとは無関係に周囲に押し上げられていく感覚と重なる。

さらに、自分は高所恐怖症であるため、「高い場所へ行くこと」そのものに強い恐怖を感じていた。
そのため、本来は成長や前進を意味し得る上昇が、この夢の中では純粋な恐怖として現れている。

また印象的なのは、この夢の舞台が昔住んでいた場所である点である。
過去は本来安心できるものとして記憶されているが、その場所でさえ異常が起きていることから、単に過去へ戻りたいという願望だけでなく、過去から飛び出した今に対して完全に安心できる場所が存在しないという感覚が表れているようにも思える。

さらに、「歩くことができず必ず跳んでしまう」という状態は、日常的な行動すら自分の意思で制御できないことを示しており、止まりたいと思っても止まれず、進みたくない方向へ進んでしまう状況を象徴している。

この夢の本質は、「自分の人生や行動を自分で制御できないことへの恐怖」であるように感じられた。

最後に、電車の夢は高校生の頃に見たものである。

当時は将来の進路が定まり、行きたい大学も決まっていたため、勉強に力を入れていた時期だった。
しかし通っていた高校は文系寄りであり、自分は理系の学部を目指していたため、周囲とは異なる内容を一人で学習していた。

また、それまでの人生では親の意見に従うことが多かったが、この進路については親の反対を押し切って決めたものであり、初めて明確に自分の意思を優先した選択でもあった。

夢の中で電車の進行方向とは逆に歩いていたことは、周囲の流れに逆らって進む自分の姿をそのまま表しているように思える。勉強の辛さから学校から逃げたいと言う思いもあるのかも知れない。

その直後に電車が崩れるように縦になり、そのまま落下していく展開は、強い印象を残している。
これは単なる失敗への不安ではなく、一度選んだ道を止めることができず、後戻りもできない状態への恐怖を示しているように感じた。

つまり、自分で選択したにもかかわらず、その先を制御できないことへの不安である。

その後に広がる白く滑らかな空間は象徴的であり、自分の意思で選択した先に何があるのか分からない状態、すなわち自分の中に確立された価値観や方向性がまだ明確ではない状態を表しているのではないかと思われる。

さらに、そこに降ってくる白紙の紙は、テストや進学に関する現実的な要素と結びついていると同時に、「まだ何も決まっていない」「何者でもない」状態の象徴としても捉えられる。

そして最後まで落ち続けるという体験は、単なる高さの恐怖ではなく、終わりが見えないまま進み続けることへの不安として強く残っている。

この夢の本質は、「自分で選んだ道でありながら、先が見えず、しかもその流れを止めることも戻ることもできないことへの恐怖」にあるのではないかと感じられた。

三つの夢に共通しているのは、いずれも自分では制御できない状況に置かれている点であり、それが最も強い恐怖として残っているのかもしれない。

 

あなたも昔見た夢を振り返ってみれば、

そのときの自分の心の状態が見えてくるかもしれない。

 




もし良かったら貴方が見た夢も教えてください
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。