BEYOND THE HURDLE ―遥かなるエイントリー―   作:砂丘

1 / 3
2026年6月。

オジュウチョウサン号、JRA顕彰馬選出おめでとうございます。

“飛越の天才”グランドマーチス号に続く、二頭目の障害競走出身顕彰馬。

障害競走を愛する一ファンとして、本当に嬉しい出来事でした。

そして、障害競走のレジェンドたちへ。

敬意と愛を込めて。


Looking up at the hurdle

 

 

よく晴れた平日のお昼前。

 

同僚が担当しているウマ娘達のトレーナー相手の営業電話を聞きながら、私は自分のスケジューラーをPCで眺めていた。

 

 

……来月末でマネジメント契約終了が二名、今月末に担当交代で契約満了が三名……

 

レースマネジメント代行会社トラックリンク レースマネジメント部 対外エージェント、メジロパーマー、二十八歳。

 

私の担当は全部で五人、入れ替わりはいつものこと。

 

だけれども当面の間、自分が担当するウマ娘は未定。

 

 

営業部からの紹介も特に無し。社内データベースから次期担当候補を検索する。

レース適性、性格傾向、希望するサポート内容。

条件を絞り込んでいくと、一人の名前が表示された。

「この子、良いかも?」

そう思ったその時だった。

 

机の上に放り出していたスマートフォンが震える。

 

着信。

 

表示された名前を見て、私は思わず顔をしかめる。

 

『ダイタクヘリオス』

 

嫌な予感しかしない。

 

---

 

「もしもし?」

 

『パマちーん! 今ヒマ?』

 

「ヒマじゃない」

 

『あはは! そっか!』

 

相変わらず人の話を聞かない。

 

『実はさー、相談があるんだよね』

 

「絶対ろくでもない」

 

『いやいや今回は真面目!』

 

ヘリオスが真面目を名乗る時ほど怪しいものはない。

 

私は椅子を回しながら天井を見上げた。

 

『ヤマトから聞いたんだけどさ』

『なんか相談したい子がいるんだって』

 

「ヤマト?」

 

ヤマトこと、“ダイタクヤマト”。確かヘリオスを慕っている後輩の子だったハズ。

 

『そうそう。面白い子らしいよ!』

 

その一言で、少しだけ興味が湧いた。

「その子ってのは誰?」

ヘリオスの返答は

『んー?知らん!』

 

「知らんのかい!」

 

『今からそっち行かせてもいい?』

 

慌てて手帳と予約システムの空きを確認。

「13時から14時半まで社内ミーティングで…15時からなら、どっちも空いてる」

 

『その時間で大丈夫。じゃ、よろしくー!』

 

通話終了。

 

「ちょっと待っ――」

 

切れた。

 

昔から変わらない。

 

変わらないのだが。

 

私はスマートフォンを見つめながら、なぜだか嫌な気はしていなかった。

 

予定時刻ちょうど。

 

壁掛け時計の秒針が一周を終えたのと同時に、面談室のドアがノックされた。

 

早くもない。

 

遅くもない。

 

まるで時計に合わせて来たみたいだった。

 

この日、私の前に現れた一人のウマ娘が、後に私の成績と評価――いや、もっと大きな何かを変えることになる。

 

「初めまして」

「メジロブランカと申します」

礼儀正しく頭を下げる。

 

芦毛らしい淡い灰色の髪を肩口まで伸ばした、落ち着いた雰囲気のウマ娘。

派手さはないけど、不思議と目を引く子。

どこか洋服より和服の方が似合いそうだな、と私は思った。

そして彼女は、まるで当然のことのように言った。

 

「私、イギリスの障害競走を走りたいんです」

 

「なんで欧州に?」

 

「私は『天皇賞にメジロあり、長距離のメジロ』と呼ばれた家のウマ娘です」

「そして障害競走にも、先達がいました」

 

「だから?」

 

「障害競走者である以上、一度はグランドナショナルを知るべきだと考えています」

 

「だから見に行くって話?」

 

「出走します」

 

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 

 

「ちょっと待って!?」

 

 

「……確認するけどさ、グランドナショナルに出るつもりなの?」

 

 

「はい」

 

 

「本気で?」

 

 

「本気です」

 

 

グランドナショナル。

 

イギリス・エイントリー競技場で行われる、世界最高峰の障害競走。

障害競走を知る者なら誰でも名前くらいは聞いたことがある。

いや、だからって。

 

「普通そこ、見に行くじゃない?」

 

「出ます」

 

「そういうとこだよ!?」

 

 

ブランカは首を傾げた。

 

どうやら本気で何を言われているのか分かっていないらしい。

 

 

「そっか……じゃあさ」

 

 

私は一つ質問を変えることにした。

 

 

「障害競走の世界一になりたいの?」

 

 

グランドナショナルを制した者は世界最高のスティープルチェイサーと称される。

 

そういう競技だ。

 

 

だから当然、返ってくる答えも。

 

 

「はい」

 

だと思っていた。

 

「いえ」

 

否定だった。

 

 

 

「え?」

 

 

「完走できれば十分です」

 

 

今度は私が首を傾げる番だった。

 

 

あれ?

 

ずいぶん現実主義だな、この子。

 

 

「目標、小さくない?」

 

 

「そうでしょうか」

 

 

「いや、グランドナショナルだよ?」

 

 

「グランドナショナルです」

 

 

会話になっているようでなっていない。

 

 

「じゃあ、ずっと憧れてたとか?」

 

「いえ」

 

違うらしい。

 

 

「じゃあ何なの?」

 

「出走を決めたのは昨年です」

 

「ちょっと待って?!それ、トレーナーさんとかに話したの?」

 

「まだです」

 

「まずは許可から!」

 

「そのために本日は参りました」

 

「先に言って!?」

 

 

私はもう学生ではない。社会人として、大人として少し考える。

「……でもさ」

「これはアタシ一人の返事で決められる話じゃないよ」

 

「はい」

 

「だからまずはさ、トレーナーさんなり学園なり、ちゃんと正式な場所から許可を取ってきて」

 

「承知しました」

 

彼女は名刺を受け取ると、一礼して席を立った。

 

最後まで落ち着いたまま。

 

慌てる様子も、熱く語る様子もない。

 

ただ当然のように、

『グランドナショナルに出る』

と言って帰っていった。

 

面談室の扉が閉まる。

 

静かになった室内で、私は一人首を傾げた。

 

――何だったんだろう、あの子。

 

数日後。

新規契約者との面談を終え、自席へ戻った私は事務担当から一通の封筒を受け取った。

 

差出人欄には、

『メジロブランカ』

そして担当トレーナーの名前。

 

私は数秒、その封筒を見つめた。

 

――マジで許可を取りに行ったのか。

 

いや。

  私が言ったんだけど。

  言ったんだけどさ。

  早くない?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。