灰まみれの迷宮で青春ラブコメは拾えない 作:銀髪教団
「うぉおおおおおお!! ついてくるんじゃねぇええええ!!」
俺は今、ゴブリンの群れから絶賛逃走していた。
ゴブリンというのは……皆さんご存知だろ?
あれだよ、緑色で鷲鼻、小さい体躯の蛮族だよ。人語を解する個体もいるけれど、今の奴らはそういうのじゃないから大丈夫。何が大丈夫なんだ。このままでは食われてしまう。
そんなわけで走っていると、段差があり、俺はそれに引っかかった。
その先は滝。歩いてきた水路の終着点、ということだ。
「いやぁあああああああああああああ!?」
俺はそのまま、滝へと落下していった。
幸いにも大した高さはなかったようで、下の水路に落ちただけだった。
とはいえ、ゴブリンどもも滝を降りてまで追いかける気はなかったようだ。
陸地も近くにある。この階層にふさわしい煉瓦作りの床である。
とはいえ全身ずぶ濡れだ。
このままでは体温を奪われ、風邪を引いてしまう。
迷宮の中とはいえ、相応にひんやりとしているのだから。
ひとまずマントと着ていた革鎧を脱いで、バッグの中のものを出す。
どれもこれも濡れてしまっている。
ふやけてしまって使い物にならないものも、いくつかあった。
「結構被害が大きいな……」
ひとまず、壁にかかっていた松明を奪い取り、使えないアイテムを燃料に焚き火を起こす。
無事そうなアイテムだけ持ち帰ってしまおう。
ふぅ、と一息ついて座ったときに気がついた。これ、宝箱だ。
こんなところに宝箱があるとは。何が入っているかな……。
まず、罠がないか確認して、と。よし、大丈夫そうだ。
ガチャリ、と開くと魔本と複数の金貨が入っていた。
魔本の種類は――おっ、帰還の魔本か。相変わらずアイテム運だけはあるな、俺。
アイテムが乾いたら、これで帰還するとしますか……。
……なんて考えていると、鍔迫り合いの音が聞こえた。
戦っているのはオーソドックスな金属鎧を着た騎士と、黒い鎧を着たいかにもな姫騎士。
周りには同士討ちでもしたのか、複数の騎士が倒れている。
「くっ、私を殺してあんたに何の得があんのよ!」
「へへ、股さえ開けば、命だけは助けてやるぜ姫様……」
おっと、どうやら乱暴しようとしているらしい。
助けてやりたいところだが、俺はあいにく弱キャラなのだ。
スライム一匹すらアイテム無しでは満足に倒せない。
魔本もこの帰還のやつ以外燃やしてしまったし……。
……そういえば、化け蛙からドロップしたやつがあったな。
「おい、おまえ!!」
「――!? 敵襲……!?」
俺の声に驚いた騎士に向かって油瓶を投げつける。
さらにそのまま使っていた松明を、その騎士に投げつけた。
「あちゃあああああああああ!?」
隙あり、と思ったのか姫騎士が槍でそいつの腹部を穿つ。
瞬間、爆発し、騎士は水辺へと吹き飛んでいった。
ジャバァン、と水しぶきが上がり浮かび上がってこない。
死んだのだろうか……。
それを確認した後、姫騎士がこちらへと向き直った。
「助かったわ、あんた。えと、名前は……」
「周りからは簒奪者と呼ばれている」
「……名前は……」
「あいにく記憶喪失でね。好きに呼んでくれよ」
肩をわざとらしくすくめて見せる。
この迷宮には様々な事情があってやってくるものが多い。
まぁ、俺はガチの記憶喪失なんだが……前世の記憶はあるけれど。
「ふん、まぁいいわ。私はアシュレー。この島の正当なる後継者よ」
「ああ……」
前世の記憶を思い出す。
彼女はとあるローグライクゲームのメインキャラクター。
灰被りのアシュレーである。
兜風のサークレットに黒いサーコート、そして肩ほどまで伸びた灰色の紙。
爆裂する槍を持ち、高い攻撃力と防御力から初心者向けの人気キャラだった。
しかも可愛いしな。
一方の俺は簒奪者、とだけ呼ばれている。
スピードはあるのだが、打たれ弱く、威力も大して出せないサポート型のキャラ。
それゆえに弱キャラとか、クソ雑魚なんて揶揄されていたっけ。
つまるところ、俺はゲームの弱キャラに転生したのである。
ともあれ、なぜアシュレーが後継者を名乗るかと言うと……。
「たしか島の元王族の末裔だったんだっけ」
「ええ! 今、島を占拠しているのは海賊の末裔! 正当な後継者じゃないわ!」
内容とは違い、どこか自慢げにそう言うアシュレー。
自分が誇り高い血統であることが喜ばしいことなのだろう。
「まぁ、それはともかく……おまえ、帰る手段はあるのか?」
「………………」
アシュレーが俺の問いを聞いて、俯いてしまった。
だと思ったよ。床に倒れているのは彼女の護衛だったのだ。
護衛なくして、一人で階のエレベーターまで向かうか……。
「良かったら、一緒に帰らないかい?」
「え? いいの!?」
「ああ、ちょうど俺も帰還しようと思ってたんだよ。帰還の魔本も拾ったし」
「き、帰還の魔本を!? 王国騎士でも滅多に持ってないのに……!? 」
「ああ、このとおりだ」
そう言って、帰還の魔本を見せる。
ぱぁ、と表情を明るくするアシュレーだったが……。
やがてなにかを思い詰めたように口をへの字に曲げた。
「そんな甘い話あるわけないわ!! なにか交換条件があるんでしょ!!」
「ええ……別に……」
魔本を渡すなら、損かもしれないが俺と一緒に使うだけだ。
実質的に俺の負担はゼロ。それなのに交換条件なんて、虫がいいにもほどがある。
しかし、本人がそう言っているなら……そうだな……。
「じゃ、今後とも仲良くしてもらおうかな」
「スケベなことさせてほしいってこと!? いやらしい! ヘンタイ!!」
「なんでだよ!?」
顔を赤らめて、膨らんだ胸部を両手で隠すアシュレー。
金属鎧をそこまで変形させなきゃいけないってことは、けっこうなモノをお持ちのようだ。
「そんなんじゃないよ。例えばパーティを組むとかさ……」
「なんでよ。それで何の得があんのよ、あんた」
「俺……半魔だからな……」
この黒髪と赤い目を見たらわかると思っていたが。
普段はフードで隠しているが、パーティとなると隠せない。
半魔の人間は忌避される。災いをもたらすとされているのだ。
それでパーティを組んでくれるものなんて、誰一人としていなかった。
「……なるほど。いいわよ、私もパーティが死んだところだし」
「そういえばなんで襲われてたんだ?」
「今、私を襲ってたやつが宝箱から出た混乱の魔本を読んで……それで、殺し合いになったの」
……なるほど。あいつが正気だったのであれば、アシュレーに邪な思いを持っていたのだろう。おそらく最後の臣下に裏切られるなんて、ショックだったに違いない。
「そうか。高い金銭をかければ、こいつらを生き返らせられるけど……」
「一か八かってところね。その帰還の魔本で何人まで送り帰せれる?」
「まぁやってみよう」
範囲指定っぽいからな。一箇所に集めれば、一緒に帰れるかもしれない。
まぁ死体だから下手したら無理かもしれないけれど……。
「しかし蘇生費用はあるのかよ」
「こいつらの装備を売れば、なんとか工面できるでしょう。今後は私一人で挑めばいいし」
こんなことがあったから、もはや組めないと悟ってしまったのだろうか。
そりゃあ裏切り者がいたのだから、信用できないのはわかるが……。
しかし四人分の蘇生費用となると……本当に足りるのか?
まぁ、そこまで面倒は見れないな。
あ、帰る前に荷物を回収しておこう。
「とりあえずアイテムが乾くまで待ってくれ。水路に落ちてずぶ濡れでな」
「そりゃあ災難だったわね……ってああああああああああ!? あんた何燃やしてんのよ!!」
アシュレーは焚き火を見て、愕然とする。
焚き火の燃料には、ふやけた魔本が大量にあったのだった。
「だって水に濡れてもう使えないし」
「いや、魔本なんてなかなか見つからないでしょ!? それをこんな……!?」
と言いつつ、置いてあるアイテムを掴んで調べ始めた。
「あ、あんたこれらをどこで!? これだけあれば半年は遊んで暮らせるわよ!?」
「普通にダンジョンで拾ったけど……」
「はぁあああああああああああああああああ!?」
「ああ、もううるさいな……」
そんなに欲しけりゃやるよと言いたいレベルだった。
これぐらいのアイテムならば、適当に潜ってれば勝手に拾える。
原作ゲームでもそうだったし、大して驚くことじゃないだろ。
「じゃあ帰還するぞ――聖域へと我を送れ、時空の鳥よ!」
「わ、わかったわ……そ、それにしてももったいない……」
周りに魔法陣が出て、そのまま俺達は迷宮の外へと転移する。
帰還する最後までアシュレーは焚き火を眺めていた。
外はすっかり夕暮れ。
寺院も早く行かなれば閉まりそうだ。
周りには、俺とアシュレー、そして複数人の騎士の死体があった。
「良かった。とりあえず裏切り者以外は全員揃ってるわね」
「じゃあ俺はこれで。また会おうぜ」
「待ちなさい」
がしっ、と裾を掴まれた。いったいなんなんだろう。
振り向くと、不承不承という感じで嫌そうにアシュレーが俯いていた。
「こいつらを寺院まで一種に運んでほしいんだけど……!」
「ああ……」
仕方ない。どこから荷車でも借りて連れて行くか……。
ともあれ、俺達が寺院まで死体を運ぶと、蘇生費用を要求された。
「金貨四十枚になります」
「はぁ!? 金貨八枚で一般人が家族で一年遊んで暮らせる額なのに!?」
「そう言われましてもね……」
ちなみに一人金貨十枚である。
まぁ、根気よく迷宮に潜っていれば払える額ではあるのだが。
四人全員の装備を売り払っても金貨十枚に至らないらしい。
「あ、後払いはダメなんですか!?」
「ダメです」
アシュレーが神官の肩を掴む。
彼女の必死の説得でも、神官はニコニコと微笑むだけだった。
「うわあああああああああああああああん!!」
しまいに彼女が泣き叫びだし――。
…………仕方ない。
「アシュレー、ここは俺が立て替えておくよ」
「ええ!? い、いいの!? 金貨四十枚なのよ!?」
「ああ、大損だ」
「金貨四十枚払って、大損で済ませていいわけないでしょ!?」
「後から返してくれ」
「…………じゃあ、担保にこれ」
そう言うと、首に吊り下げてあった灰色の指輪を渡してきた。
家紋らしき紋章が刻まれている。
「絶対、お金返すから! その時にそれ返してよね!!」
「ああ、わかったよ」
……さて、たしか原作ゲームでは、アシュレーの従者は一人を残して全滅したんだっけかな。
つまり残りの蘇生金は無駄になりそうなものだが、こいつだけ生き返るから蘇生しろとは言えない。俺はちょっとばかし溜息をついて、その場を後にした。
従者の蘇生が失敗したら、アシュレーは更に泣き叫びそうだからな……。
まったく、俺って運が悪いなぁ。