灰まみれの迷宮で青春ラブコメは拾えない 作:銀髪教団
「酒。あと豆も。塩をたっぷり」
「あいよ」
金さえ払えば誰にだって料理を提供する。
それが、この”炎龍の卵亭”のモットーだった。
おかげで俺みたいにフードを被ったまま、カウンターで豆を貪る客人も許容される。
訳アリが多いのが、玉に瑕だけどな。しかし俺だってそうだ。文句は言えない。
がやがや、と小煩い店内の中でもそもそと豆を貪る。
トータルではマイナスだが、今日の稼ぎは上々といったところだった。
必要になりそうなアイテムだけ残して、鑑定屋で売っぱらう。
手に入れた金はとっくに銀行に預けた。手持ちは袋を小分けして、各種ポケットに。
スリ対策、というやつだ。
「今日はどうだったんだ」
白髪交じりのマスターが、料理を準備しながらそう呟いた。
彼は珍しく俺に話しかけてくれる。
原作でも、色々キャラクターの面倒を見ていたっけ。
「マイナスだね。女に引っかかっちゃって」
「珍しい。娼館だって行かねぇだろうに」
「ちょっと怖いんだよね……」
童貞だしな。それに俺みたいな半魔だと、普通に文句を言われそうだ。
俺の考えを読み取ったのか、マスターはけたけたと笑った。
「一回でもやりゃあ次第に慣れてくるさ」
「そうは言ってもなぁ」
「魔物より女が怖いたぁおもしろい御仁だねぇ」
「うるせぇやい」
からかわれているのはわかっているが、不思議と嫌な気にはならない。
これが客商売の妙手ということだろう。
おっと、そうそう忘れるところだった。
俺は懐から集めておいた金貨袋を取り出して、渡しておいた。
「マスター、これ来月の分ね」
「おっと、悪いねぇ」
「優先的に部屋を取ってもらってるんだ。必要経費さ」
いわゆる宿代、というものである。俺みたいな半魔は宿を探すのも苦労する。この”炎龍の卵亭”を追い出されたら行く宛がないからな。代金もちょっとばかり多めに入れておいた。
そんな俺の心遣いが通じたのか、ことり、と追加の皿が置かれた。
蒸した芋である。こんなものでもけっこうなご馳走だ。ありがたいね。
寡黙にそれらを黙々と食べていると、ちりんちりんと入口の鈴が鳴った。
少しばかり横目に見ると、アシュレーが入ってきていた。
一瞬だけ、客人どもが「ほぉ…」と嘆息を漏らす。
だが、すぐさま自分たちの会話に戻っていった。
ここは”炎龍の卵亭”。多少の美人ぐらいでは、そう色めき立つことはないのだ。
沈鬱な表情で、連れの老人と一緒にテーブルへと座った。
「セバスチャンはともかく、引退してくれればいいわ」
「なにをおっしゃいます姫様。
「仲間を募るわ」
言っていた通り、騎士たちの鎧を売っぱらってしまったようだ。
何にしたって、あの老人と二人じゃあパーティとして成り立たないだろうしな……。
そういえばあの老人――セバスチャンは、道具屋を経営することになるんだったかな。
ゲーム原作でもお助けNPCとして登場していたはず。
アシュレーはそんなセバスチャンに金貨袋を渡した。手切れ金ということだろう。
「セバスチャンはこれで穏やかに暮らして。仲間の装備を売った金。老後の分ぐらいはあるはず」
「おお……姫様……おいたわしや……」
ペコリ、とお辞儀をするとセバスチャンはそのまま”炎龍の卵亭”を後にした。おそらくどこぞの宿屋にも泊まろうというのだろう。一日ぐらい一緒にいれば良いのにと思ってしまった。
まぁ、でも別れようって話のあとに一晩連れ添えないわな。一人になったアシュレーが何かを注文しようとカウンターを見て、ようやく俺に気づいたようだった。
そのまま、俺の隣にやってきて、座ってきた。
「なんだよ」
「別に。同じ宿だと思わなくて」
「まぁ、お前と違って目立たないだろうからな」
「私だって、そんなに目立たないわよ」
むすり、と頬を膨らませながらメニューを見るアシュレー。
しかしセバスチャンに渡して、お金なんて残っているのだろうか。
まぁ、俺も返済を急げとは言わないけれど……。
「アンタ、何食べたの?」
「豆と芋、それから酒」
「もっと食べなさいよ……」
そう言って、アシュレーは手を上げてマスターの注目を集める。
別にそんなことをしなくても、声を上げるだけで気づいてくれると思うが。
「私、この焼き魚。それからお酒をちょうだい」
「あいよ。薄めの酒でいいかね?」
「いや、今日はちょっと酔いたい気分なの」
そりゃあ仲間が死んだろうからな。
蘇生に失敗すると、遺体は灰になり二度と蘇らない。
蘇生に成功する確率は――まぁゲーム原作だとメインキャラは確定で蘇るんだがな。
俺が見つめているのに気づいたのか、すこし気まずそうにアシュレーがはにかんだ。
「お金……しばらく借りておくわ。で、でも貯まったらすぐ返すから!」
「いいよ。急がなくても」
そこまで金に困っているわけじゃないし。
もし困ったとしても迷宮に挑めばいいだけだしな。
しばらくするとマスターがこんがり焼いた魚の切り身を出してきた。
ムニエルとか言うんだったかな。料理には詳しくないので、ちょっとわからない。
アシュレーはずいぶんお腹が空いていたようで、勢いよくそれを平らげていく。
俺はそれを横目に見ながら、豆をもしゃもしゃと食べていた。おかわりだ。
「アンタはさぁ。なんで迷宮に挑んでんの?」
酒をごくごくと飲み干し、多少酔いが回ってきたのかそんな事を言うアシュレー。
今世の記憶を持っていない俺に大したモチベーションはない。ただ……。
「わからない……だけど、なにかがあの頂に登れと囁いている気がするんだ」
「ふふっ、なにそれ」
記憶を失う前のこの体の宿命かなにか、だと思う。
何はともあれ、俺はそれに抗えない。他に生活費を稼ぐ手段もないしな。
アシュレーの目的は言わなくてもおおよそわかっているから聞かなかったが……。
「私はねぇ、迷宮を踏破して、この島を取り戻すのよ! 我が一族に!」
向こうの方から言ってきた。
酒を追加でお代わりして、はしゃぐアシュレー。それを別に止める気はなかった。止めようにも、きっと彼女の一族には資産らしきものはもう残っていないのだから。
仮に残っているのであれば、俺から借金するようなことはなかったはずだ。
「お互いに頂上を目指しているってことか」
「ええ、頑張りましょう」
そう言うと、アシュレーはこちらにコップを向けてきた。
乾杯しろ、ということか。
「我が一族に!」
「……じゃあおまえの血族に」
「「乾杯ッ!!」」
その後、アシュレーはべろんべろんに酔うまで飲みまくった。
いや流石に少しは遠慮しろよ、と言いたかったが……。
死んだ仲間のことを忘れたかったのだろう。
俺はそう思い、止めないでおいた。
寝込んだアシュレーを部屋に運ぼうとしたが、こいつ部屋を借りていないらしい。
仕方がないので、俺の部屋に運んでベッドを貸してやった。
俺? 当然地べたで寝た。さすがに同衾したら怒られそうだったからな。
とはいえ、着けている鎧を外す作業は流石にドキドキしたな……。
外さないと体が休まらないし、寝違えるかもしれない。
だから外してやったんだが……うおっ、乳デケェ。
ちょっとぐらい揉んでも怒られないか?
――と思ったが、俺は鉄の理性で我慢した。
翌日。目覚めたが、まだアシュレーはお休みのようだ。
「んにゃあ……」
……などと寝言をほざいている。
ほっといて朝食でも食べに行くか。
しばらく休んだって良いが、別にやることもない。
迷宮には変成期がある。それが始まると、既存の地図は何の役にも立たなくなる。
その前に人稼ぎしておくのが、ベテランの仕事ってやつだ。
朝早いのには理由がある。
流石にフードを被って水浴びをするわけには行かないので、人目が無い早朝ぐらいに体を洗うからだ。”炎龍の卵亭”のマスターはそんなこと気にしないだろうが、客人がすべてそうとはわからないしな。体を洗い、洗濯物を干したら、店に入って朝食を頼んだ。
パンとスープ。それから目玉焼きだ。
こんなものでも腹が膨れる。味だって現代とそう変わらな……いというのは流石に嘘だが。
もう、現代の食事なんて忘れてしまったよ。
「で、ヤったのか?」
「ええ?」
マスターが身を乗り出して聞いてくる。
おそらく、下世話な話である。俺は勘の鈍い方だが、なんとなくの雰囲気ぐらいは掴める。
「ヤッたって……抱いたってことか?」
「そうだよ」
「いや、乳も揉んでない」
「馬鹿だねぇ」
呆れた、と言わんばかりにはぁ、とマスターが溜息をついた。
しかし今後パーティを組む相手なのだ。妙な真似はしたくない。
「隣で酒飲みまくって介抱までさせてんだ。据え膳だろうが。え?」
「わからないだろ。知り合って一日だぜ、俺ら」
「探索者なんて、いつ死ぬかわからねぇんだ。ムラムラすりゃあ股ぐらい開くさ」
「飯食ってんだからさぁ……」
本当に下世話な話である。
俺のことを慮って言ってくれているのはわかるが……。
こちとら、その、タイミングやらなんやらがあるわけだし。
そもそも本当に好かれているかどうかなんてわからないものだ。
なんて考えていると、アシュレーが降りてきた。
寝たときのシャツと短パン姿である。顔を赤くして、きっ、と睨んでいる。
そりゃあ起きたら鎧を脱がされているのだから、なにかされたと思うのが普通だろう。
しかし俺は誓って何もしていない。
「アンタ……変なことしてないでしょうね……!」
「乳も揉んでないとさ」
マスターが肩をすくめて、そう庇ってくれた。
しかしアシュレーは俺を訝しげな表情で睨んだままだ。
「どうだか……!」
……などと言いながら、俺の隣に座るアシュレー。
そのままメニューを見る。
「マスター、私もこいつと同じものを」
「あいよ」
「そんなことより、おまえ……部屋は取らないのかよ」
流石にどうかと思い、咎める。
まさか、このまま俺と同室で過ごすつもりじゃないだろうな。
「……私が金ないのはアンタも知ってるでしょ」
「俺に襲われたらどうすんだよ」
「…………や、宿賃だと思って諦めるわ……」
やってきたパンをもそもそもと貪るアシュレー。
何気なく言ったようだが、耳まで真っ赤である。
どのみち金がなければ、部屋を借りることも出来ない、か。
「マスター、俺が借りている部屋、元々二人部屋だろ。ベッドを運んどいてくれ」
「お優しいこって」
「どうせ強がってるだけだぜ、こいつ。経験なんて無いよ」
「う、うるさいわね……!」
「図星か」
「図星じゃない!!!」
ふるふると怒りに震えたアシュレーが、俺の腕を掴んで自分の胸を押し付けてきた。
真実を告げられると、人間はキレるって言うけれど、本当だったようだ。
「こ、これなら文句ないでしょ!!」
「や、やめんか!! こいつ……!!」
流石にイラッとしたので、指先で軽くつついてやった。
「にゃああああああああああああああ!!???」
案の定、叫び声を上げて小さく縮こまるアシュレー。
乳も揉まれたことないんだろうな、この女……。
「だからやめろって言っただろ……!」
「ううっ……ヘンタイ、バカ、エッチ、死刑……」
俺はマスターと目を見合わせる。
育児、お疲れ様。という表情で見られた。
今からでもパーティ組むのやめようかな……。
しかし、俺は思いもしていなかった。
こいつの、俺への借金がまだまだ増えるってことを。