Re : ゼロから始まる原神生活 作:JT
第一話 死に戻りなんて聞いてない①
目を開けた瞬間、まず最初に感じたのは「どこやここ」という、あまりにも素直すぎる違和感だった。さっきまで自分は普通に学校帰りで、スマホで原神を開いて「フリーナ今日も可愛いな」とか思いながらデイリーを消化していたはずで、その延長線上にこんな森があるとは到底思えなかった。
制服のまま立ち尽くしている自分と、明らかに現実から切り離された景色。そのギャップが理解より先に不安として押し寄せてくる。ポケットを探るとスマホはあって、画面も点くには点くが、電波は完全に圏外だった。
「いやいやいや……圏外ってどこやねんここ」
思わず口に出したところで、少しだけ冷静になる。
山奥にしては静かすぎるし、そもそもこんな場所に来た記憶がない。歩きながら頭の片隅ではずっと原神のことが引っかかっていた。先程まで原神をプレイしていたせいだろうかモンドの森に似ている気もするし、スメールの奥地っぽさもあるという妄想をしている。
でも決定的に違うのは、“ゲームとしての安心感”が一切ないことやった。
「これ……もし原神の世界やったら笑えへんぞ」
そんな馬鹿な考えを否定しきれないまま進んでいると、草むらが揺れた。
「Ya!」
低い叫び声とともに姿を現したのは仮面をつけた異形の存在。見覚えがある。というか、見覚え“しかない”。原神で何度も倒してきたヒルチャールそのものだった。
「……マジかよ」
反射的に距離を取るが、相手はまだこちらに気付いていない。焚き火の周りで何かをしているだけだ。
逃げるか、どうするか。
その迷いは一瞬だった。
「……いけるやろ」
ゲームで散々狩ってきた相手だという慢心が、ほんの少しだけ背中を押した。
後にこの選択を後悔するとは知らずに、、
足音を殺しながら近づく。石を拾う代わりに、落ちていた木片を握る。距離を詰め、一気に後ろから殴りつけた。
鈍い音。
ヒルチャールが崩れる。
「……よし」
「初めて生き物をシバいたけど、俺って強い感じってか」
思わず息が漏れた。現実でもいけるやん、と一瞬だけ安心する。
だが、その安心が一番まずかった。
草むらがもう一度揺れた。
「Ya!」
「……は?」
今度は一体じゃない。
三体。
さらに奥に二体。
焚き火の向こうにも影が動く。
「いや待て待て待て……!」
さっき倒した一体の音に反応したのか、完全に囲われていた。
「ふざけんな……!」
逃げようとした瞬間、遅い。
棍棒が飛んでくる。
避ける。
でも次が来る。
足が止まる。
視界が埋まる。
さっきまで“雑魚やと思ってた相手”が、一斉に現実の暴力として襲いかかってくる。
「無理やってこれ……!」
一体一体なら、ゲームでは雑魚だから、勝てると思った判断が、完全に裏目に出る。
気付いた時にはもう遅く、視界が大きく揺れた。
痛い痛い痛い…
空が見える。
やけに青い空やった。
やがて視界が真っ赤に染まった
その違和感だけを最後に、意識は途切れた。
第一話 死に戻りなんて聞いてない②
目を開けた瞬間、息が詰まるような感覚がなかった。
代わりに、普通の空気が肺に入ってくる。
見慣れた帰り道。
夕方の光がアスファルトをぼんやり染めていて、遠くから部活帰りの声が流れてくる。いつものはずの景色が、妙に“ちゃんと現実っぽい”ことが逆に気持ち悪かった。
「……え?」
足が止まる。
さっきまでの森が頭の中に一気に押し戻される。ヒルチャール、棍棒、囲まれた感覚、空が落ちてくるような衝撃。
でも今目の前にあるのは、ただの通学路やった。
「……夢、か?」
そう口に出した瞬間、少しだけ納得してしまいそうになる。
スマホを取り出すと電波は普通に立っていて、通知もいつも通り溜まっている。原神のデイリー通知も当然のように来ている。
(フリーナ今日も可愛かったな……)
そんな軽い思考が一瞬よぎって、すぐに現実に引き戻される。
さっきのは何やったんや。
ゲームのやりすぎで変な夢でも見たんか。
そう考える方が自然やのに、どこか引っかかる。夢にしては妙に“感触”が残りすぎている。
左手の甲にだけ、うっすらとした違和感があった。痛みではない。ただ、内側に小さく熱が残っているような感覚。
「……なんやねんこれ」
見ても何もない。赤くもない。ただ気のせいにしてはしつこい。
そのまま帰宅して、夕飯を食べて、いつも通りスマホを触っているうちに、その違和感は薄れていった。
考えすぎやろ。
そう結論づけるのが一番楽やった。
そのまま布団に倒れ込むようにして眠る。
――そして次に目を開けた時。
そこは、また森だった。
「……は?」
体が一瞬で起きる。
呼吸が浅くなる。
さっきの帰宅が“夢だった”みたいに、記憶が上書きされている。
いや、違う。
上書きというより、つながっている感覚やった。
先程までの光景が鮮明に浮かぶ。
同じ場所。
同じ空気。
同じ森。
ただ、今度は違和感の正体が少しだけ近くにある。
「いや、待て……」
声が出る。
落ち着こうとしても、頭の中で整理が追いつかない。
さっきの帰り道はなんやった。
スマホは本物やった。
時間も進んでいた。
全部“現実”やったはずや。
なのに今ここにいる。
その時、草むらが揺れた。
「Ya!」
反射的に息が止まる。
ヒルチャール。
でも今度は、もう驚ききれない自分がいた。
「……またかよ」
小さく呟く。
怖いというより、認識が追いつかない。
さっきと同じ位置。
さっきと同じ気配。
ただ一つ違うのは――
これはもう“初見”じゃないっていうことだけだった。
第一話 死に戻りなんて聞いてない③
森の空気は、もう少しだけ“慣れた”感じがあった。
さっきよりも驚きが薄い。
というより、完全に初見の反応はできなくなっている。
「……またここか」
小さく呟きながら、ナギは立ち上がる。
さっきと同じ場所。
同じ湿った土の匂い。
同じ森の静けさ。
でも、違う。
どこが違うのかは分からない。
ただ、“何かが繰り返されている気がする”という感覚だけが残っていた。
「デジャヴってやつか……?」
無理やり納得しようとする。
夢の続き。
疲れてるだけ。
そういうやつ。
スマホは圏外のまま。
それを確認して、ため息をつく。
「……とりあえず、前と同じはやめとくか」
前回はヒルチャールに突っ込んで、結果的に囲まれて終わった。
なら今回は違う。
そう思って、ナギは一歩引いた。
森の奥へ進むルートを避けるように、木の影に沿って動く。
視界の端で草が揺れる。
「Ya!」
来た。
ヒルチャール。
反射的に身を固めるが、今回は違った。
前みたいに突っ込まない。
距離を取る。
石を拾う代わりに、足元の枝を投げる。
音を出して別方向へ注意を逸らす。
「こっち来んなよ……!」
小さく舌打ちしながら、逆側へ走る。
さっきよりは動けている。
さっきよりはマシや。
確実に“避けている”実感がある。
だが――
森は優しくなかった。
少し進んだ先で、空気が変わる。
何やら喧騒のようなものが聞こえる。
その瞬間に気付くべきやった。
「……え?」
視界の先。
焚き火。
複数の影。
さっきより広い。
さっきより多い。
さっきより“準備されている”。
「……は?」
思考が止まる。
さっきは一体から始まった。
でも今回は違う。
最初から、完成している。
逃げ道がない。
「いや、待てや……!」
後ろに下がる。
その瞬間、草むらが一斉に揺れた。
「Ya!」
「Ya!!」
「Ya!!!」
声が重なる。
包囲。
理解する前に身体が動く。
走る。
でも遅い。
さっきより明らかに速く囲まれている。
「なんでや……!」
息が上がる。
足が重い。
さっきよりは長く動けている。
確かにそうや。
でも、それだけやった。
一体目の攻撃は避けられた。
二体目の棍棒もギリギリ外れた。
三体目の矢はかすった。
その全部が“少しずつマシ”やのに、
結果は同じ方向に収束していく。
「ちくしょうが……!」
叫んだ瞬間、背中に衝撃。
今度は前回より遅かった。
でも、だからこそ痛みがはっきり分かる。
地面に倒れる。
視界が揺れる。
まだ動ける。
まだ意識はある。
でも囲いは完成している。
「……ちょっとだけ、違うやんけ」
薄れかける意識の中で、ナギは妙に冷静に思った。
さっきよりは長く生きた。
さっきよりは考えた。
でも結果は変わらない。
その事実だけが、やけに静かに残っていた。
そして次の瞬間――
世界が終わる。
第一話 死に戻りなんて聞いてない④
森を抜ける風が、少しだけ冷たく感じた。
さっきまでのようなヒルチャールの気配はない。
音もない。
気配も薄い。
「……いけるやん」
ナギは小さく息を吐いた。
さっきの仮説は間違っていなかった気がする。
刺激しなければ、巻き込まれない。
関わらなければ、死なない。
単純な話や。
そう思った瞬間、少しだけ足取りが軽くなる。
森の開けた場所に出た。
視界が広がる。
その瞬間だった。
地面が鳴った。
「……え?」
最初は音やと思った。
でも違う。
“振動”や。
規則的で、重い。
ドン……ドン……
森全体が揺れているみたいな圧。
木の葉が落ちる。
鳥が一斉に飛び立つ。
ナギの背中に冷たいものが走った。
「いやいやいや……これアカンやつやろ……」
視線の先。
森の奥。
木々が“押し分けられていく”。
倒れているんじゃない。
押されている。
そして現れた。
巨大な金属の塊。
人型。
でも“人間”じゃない。
片腕が地面に落ちるたびに、地面が揺れる。
「……遺跡、守衛……?」
ゲームで見たことがある。
いや、見たこと“しかない”。
遺跡守衛
その頭部がゆっくりと回転する。
視線が合った気がした。
「っ、嘘やろ……!」
ナギは即座に身を翻した。
逃げる。
判断は早かった。
さっきまでの“静かにすればいける”は完全に崩壊している。
関係ない。
これは“静かでも死ぬやつ”や。
背後で音が変わる。
カチッ
嫌な音。
次の瞬間、赤い光が走った。
「っ――!」
地面が爆ぜる。
爆風で体が浮く。
森の空気が一気に焦げる。
「無理やってこれ……!」
走る。
でも遅い。
相手の動作がデカいのに、全部が正確すぎる。
上から影。
「避け――!」
踏みつけ。
地面が割れる。
転がるように回避。
でも次の瞬間、腕が振られる。
風圧だけで吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
肺が痛い。
視界が滲む。
さっきまでの“学習”が全部意味を失っていく。
(これ、ヒルチャールとレベルが違う……!)
理解した瞬間、絶望が来る。
逃げ道がない。
距離もない。
体力もない。
その時だった。
「――そこを離れてください!」
声。
はっきりとした人の声。
次の瞬間、視界の横から人影が飛び込んできた。
大剣が唸る。
重い一撃が遺跡守衛の脚部へ叩き込まれた。
金属音が森に響く。
遺跡守衛の体勢がわずかに崩れた。
ナギは地面に転がりながら、その光景を見る。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
白銀の髪。
メイド服。
そして、その身に似合わない大剣。
「大丈夫ですか!」
凛とした声。
遺跡守衛を真正面から見据えながら、一歩も退かない。
ナギの目が見開かれる。
(ノエル……?)
知っている。
ゲームで何度も見た顔だ。
西風騎士団見習い。
誰よりも真面目なメイド。
原神のキャラクター。
画面の向こうにいたはずの存在。
そのノエルが今、自分を庇うように立っている。
「下がっていてください。必ず守ります!」
迷いのない言葉だった。
遺跡守衛の腕が振り下ろされる。
ノエルは大剣を構え、真正面から受け止めた。
衝撃で地面が砕ける。
それでも彼女は踏みとどまる。
ナギは息を呑んだ。
さっきまで死ぬことしか考えられなかった。
逃げることしかできなかった。
なのに。
目の前には、自分を助けるために戦う人がいる。
それも、ずっと好きだったゲームのキャラクターが。
胸の奥が熱くなる。
恐怖とは違う感情だった。
(……ほんまに、原神の世界なんやな)
思わずそんな言葉が浮かぶ。
死んで、逃げて、怯えて。
訳も分からないままここまで来た。
けれど今だけは。
助かったという安堵と、憧れていた存在に救われた感動で、胸がいっぱいだった。
ノエルは大剣を握り直す。
「ここは私が引き受けます!」
遺跡守衛が再び動き出す。
でもさっきより“遅く”見えた。
その背中を見ながら、ナギはようやく息を吸った。
(これが……原神の世界の人たちなんか……)
まだ確信はない。
でも一つだけ分かる。
さっきまでの“死に続ける世界”とは、何かが違い始めている。
第一話 死に戻りなんて聞いてない⑤
金属が軋む音が森に響いていた。
遺跡守衛は、まだ倒れていない。
むしろ、さっきより動きが“慣れてきている”ように見えた。
カメラのような頭部がゆっくりと回転するたび、空気が重くなる。
ノエルは一歩も退かないまま、大剣を構え直していた。
「……っ、想定より出力が高いですね……!」
その声には焦りが混じっている。
それでも足は動かない。
守るべきものの前に立つ。
それが当たり前だと言わんばかりに。
ナギは地面に膝をついたまま、その光景を見ていた。
(何してる……?)
助けられて終わり。
そういう状況のはずやった。
でも違う。
目の前の戦いは、“一人で成立していない”。
ノエルは確かに強い。
でも完全じゃない。
一撃一撃が重い分、隙も生まれている。
遺跡守衛の腕が振り上げられる。
ナギは思わず声を出しかけた。
「右――!」
その瞬間、ノエルの体がほんの少しだけ動いた。
完全ではないが、直撃を避ける。
地面が割れる。
破片が飛ぶ。
ノエルは息を切らしながらも、すぐに距離を詰め直した。
「……今の声は?」
一瞬だけ視線がこちらに向く。
ナギはハッとする。
(やばい、邪魔した?)
でもノエルはすぐ前を向いた。
「いえ……助かりました!」
その一言で、空気が少し変わる。
ナギの中に、変な感覚が生まれた。
ただ見ているだけじゃない。
“関わる余地がある”。
その事実が、妙に頭に残る。
遺跡守衛が腕を振り下ろす。
ノエルは大剣を横にして受け止めた。
火花が散る。
押し負ける。
ほんの少し、体勢が崩れる。
その“ほんの少し”を見て、ナギは気付いた。
(これ……タイミング次第で崩れるやつや)
ゲームで見てきた光景が、頭の中で繋がる。
攻撃の後に、ほんの一瞬だけ止まる挙動。
それを何度も見た。
“ただの敵モーション”。
でも今は違う。
現実だ。
だからこそ、その隙が意味を持つ。
そして同時に理解する。
(俺はまた、見てるだけなんか……?)
胸の奥がざわついた。
死ぬのは怖い。
痛いのも嫌や。
さっき味わった恐怖なんて、二度と経験したくない。
あの腕に潰される感触を想像しただけで、足がすくみそうになる。
今だって立ち上がれば、次に狙われるのは自分かもしれない。
そう考えるだけで喉が乾いた。
なのに。
目の前で必死に戦っているノエルを見ていると、それ以上に嫌な感情が湧いてくる。
何もせずに助けられるだけの自分。
誰かの背中に隠れて生き残るだけの自分。
そんな自分を、ナギ自身が許せなかった。
怖いから動かない。
それは正しい判断のはずだった。
けれど、その正しさにしがみついたままノエルが倒れる姿を想像した瞬間、胸の奥が強く痛んだ。
助けてもらったばかりやないか。
自分だけ安全な場所で震えていてええんか。
問いかける声が、何度も頭の中で響く。
ナギはゆっくりと拳を握った。
震えは消えない。
恐怖も消えない。
それでも、その恐怖の向こう側にある後悔のほうが、少しずつ大きくなっていく。
ナギは立ち上がった。
足はまだ震えている。
でもさっきまでとは違う。
逃げたい気持ちを抱えたまま、それでも前を向いていた。
「……一回だけ、いけるか?」
誰に向けた言葉でもない。
自分自身への確認だった。
遺跡守衛の腕が上がる。
ノエルが受け止める。
一瞬の硬直。
その瞬間。
ナギは地面に落ちていた石を掴み、思い切り投げた。
投げる直前まで迷いはあった。
もし失敗したら。
もし余計なことをしてノエルの足を引っ張ったら。
そんな考えが頭をよぎる。
それでも手は止まらなかった。
狙いは顔でも核心でもない。
“ノエルの動きの邪魔をしない位置”。
カン、と乾いた音。
遺跡守衛のセンサーが一瞬だけそちらを向く。
ほんのわずか。
それだけで十分だった。
ノエルの剣が、今までより深く入る。
「――そこです!」
渾身の一撃。
金属が悲鳴を上げる。
遺跡守衛の動きが一瞬だけ大きく乱れた。
ナギは息を止めたまま、その光景を見ていた。
(……これや)
初めて“死ぬだけの存在”じゃなくなる感覚。
完全な戦力じゃない。
でも、ゼロでもない。
自分にもできることがある。
その事実が、胸の奥で熱を帯びる。
小さな一歩だった。
けれど、その一歩が確かに状況を動かした。
何もできないと思っていた自分でも、誰かを支えられる。
その実感が、恐怖で固まっていた心を少しずつ解きほぐしていく。
その瞬間――
遺跡守衛の腕が再び動いた。
狙いはノエル。
さっきより速い。
今度は明らかに致命傷になる軌道だった。
「っ、間に合わ――」
ノエルの声が途切れる。
ナギの心臓が跳ねる。
怖い。
今度こそ本当に死ぬかもしれない。
体は反射的に後ずさりしかけた。
だが、その視線の先にはノエルがいた。
自分を庇い、傷つきながらも戦い続ける少女がいた。
ここで逃げれば助かるかもしれない。
でも――。
ここで見捨てたら。
ここで動かなかったら。
きっとこの先ずっと後悔する。
そんな確信だった。
恐怖が消えたわけじゃない。
むしろ全身を支配している。
それでも、その恐怖よりも強くなったものがあった。
助けたい。
今度は自分が動きたい。
その思いが、震える足を前へと押し出す。
ナギの足が勝手に動いた。
理屈じゃない。
恐怖も、痛みも抱えたまま。
それでも立ち止まらずに。
ただ一つ。
目の前の少女を守らなあかんという思いだけが、体を前へ押し出していた。
第一話 死に戻りなんて聞いてない⑥
世界が白く弾けた。
遺跡守衛の背部から放たれた光が、森の空気ごと焼き切るように広がる。
熱でも光でもない、“圧”に近い何かだった。
ナギの視界が一瞬だけ飛ぶ。
(……終わる)
そう思った。
だが次の瞬間、前に立つ影が動いた。
「――させません!」
ノエルだった。
大剣を強く握り締める。
岩元素の力が彼女の周囲に集まり、淡い結晶のような護りが形を成す。
ノエルの元素スキル――《護心鎧》。
彼女は真正面からその攻撃を受け止めていた。
衝撃が森を揺らす。
地面が軋む。
それでもノエルは踏みとどまっていた。
「……っ、まだ……耐えられます!」
声は強い。
でも、限界ギリギリなのは見れば分かった。
ナギは息を呑む。
(あかん……このままじゃ押し切られる)
頭では分かるのに、体が追いつかない。
戦いの中心に入ったのは初めてや。
でも“どう動けばいいか”まではまだ分からない。
その時だった。
遺跡守衛の動きが一瞬だけ“遅く”なる。
背部の光が揺れる。
(今……!)
ナギの中で何かが繋がる。
さっきノエルが剣を入れた場所。
あの金属の継ぎ目。
ゲームの記憶が一瞬だけ重なる。
(コア……あるはずやろ……!)
確信じゃない。
でも“賭けるには十分な違和感”やった。
ナギは地面を蹴った。
全力じゃない。
でも今出せる全部。
遺跡守衛の横をすり抜ける。
視界の端で腕が振られる。
風圧。
髪が持っていかれる。
「っ……!」
それでも止まらない。
ノエルの声が飛ぶ。
「危険です、離れて!」
聞こえている。
でも今は違う。
“離れたら終わる側”や。
ナギは叫び返す。
「一回だけや!今しかない!」
遺跡守衛の背面。
開いたままの装甲。
光の揺らぎ。
そこに、ナギは飛び込むように踏み込んだ。
手に持ったのは剣でも武器でもない。
さっき拾った石。
「これでええんか知らんけどなぁ……!」
投げる。
正確には“叩き込む”。
狙いは中心じゃない。
揺れている一点。
カンッ!
乾いた音。
その瞬間――
遺跡守衛の動きが止まった。
ほんの一瞬。
完全停止じゃない。
でも“判断が切り替わった”ような間。
ノエルがその瞬間を逃さない。
「今です――!」
全身の力を乗せた一撃。
大剣が遺跡守衛の核心へ叩き込まれる。
金属が裂ける音。
次の瞬間、光が崩れた。
遺跡守衛の動きが一気に鈍くなる。
片膝をつくように沈む。
そして――
完全に沈黙した。
森に静けさが戻る。
風の音が戻ってくるまで、数秒かかった。
ナギはその場に膝をついた。
呼吸が荒い。
何が起きたか理解が追いついていない。
「……終わった、んか?」
小さく呟く。
ノエルがゆっくり近づいてくる。
岩元素の護りが砕けるように消え、彼女は大きく息を吐いた。
「……危ない戦いでした。でも、助かりました」
その言葉に、ナギは一瞬だけ固まる。
「俺が……?」
信じられない、というより“実感がない”。
ただ邪魔にならないように動いたつもりやった。
でも結果として、戦いの流れが変わっている。
ノエルは少しだけ首を振る。
「いえ。あなたが動いてくれなければ、私は押し切られていました」
その言葉が、やけに重く残る。
ナギは手を見る。
何もない。
特別な力もない。
スマホは圏外のまま。
でも――
左手の甲に、またあの“熱”が微かに残っていた。
さっきよりはっきりと。
「……なんやねん、これ」
答えは出ない。
でも一つだけ分かる。
さっきまでの“同じ死に方しかない世界”とは、少し違ってしまった。
ノエルが手を差し出す。
「立てますか?」
ナギは少しだけ迷ってから、その手を取った。
(……これが、分岐ってやつなんか?)
まだ確信はない。
ただ、“同じ結末に戻らなかった”という事実だけが、森の中に残っていた。
投稿は続けれたらします。