Re : ゼロから始まる原神生活   作:JT

3 / 3
第三話 モンドでの独白

第三話前編 夜のモンドで考えること

 

騎士団本部を出た頃には、空はすでに薄い藍色に沈んでいた。

 

昼の喧騒が少しだけ落ち着き、街の灯りがぽつぽつと点き始めている。

 

ナギはその光を見上げながら、ゆっくりと息を吐いた。

 

(……一日が濃すぎるやろ)

 

遺跡守衛との戦闘。

 

ノエルとの遭遇。

 

モンド城。

 

そして龍災。

 

情報量が多すぎて、逆に頭が静かになっていく感覚すらあった。

 

隣ではノエルが少し申し訳なさそうに歩いている。

 

「ナギさん、本日は宿の手配が間に合いませんでしたので……」

 

「いや、ええって。むしろ助けてもらってる側やし」

 

ナギは苦笑する。

 

財布の中身は空や。

 

正確には、この世界に来てから一度も“財布を使う場面”がない。

 

つまり一文なし、いや一モラなしなのだ。

 

その現実だけは妙にクリアやった。

 

ノエルは少し考えてから言った。

 

「それでしたら、西風教会の一室をお借りできるよう手配しました。仮の滞在になりますが、安全です」

 

「教会……?」

 

また知らん単語が出てきた。

 

でもこの世界では、それが普通なんやろう。

 

ナギは頷いた。

 

「助かるわ。ほんまに」

 

 

教会は街の中心から少し高台にあった。

 

石段を登るたびに、モンドの街が少しずつ遠ざかっていく。

 

その代わりに、風が強くなる。

 

まるで空に近づいていくみたいやった。

 

中に入ると、静けさが一気に広がる。

 

外の喧騒が嘘みたいに消える。

 

案内された部屋は簡素やったが、清潔だった。

 

ベッドと机、それだけ。

 

それでも十分すぎる。

 

「ここを使ってください。必要なものがあれば、明日私が持ってきます」

 

ノエルはそう言って軽く頭を下げる。

 

ナギは少しだけ手を振った。

 

「ほんまありがとうな。助かったわ」

 

ノエルは一瞬だけ表情を緩めた。

 

「当然のことをしたまでです」

 

そのまま静かに部屋を出ていく。

 

扉が閉まる音がやけに小さく響いた。

 

 

一人になると、空気が変わる。

 

さっきまで意識が散っていた思考が、一気に戻ってくる。

 

ナギはベッドに腰を下ろした。

 

(……ほんまにテイワットなんやな)

 

スマホを取り出す。

 

画面は当然のように圏外。

 

電池残量だけが現実を主張している。

 

意味のない確認をしてから、机に置いた。

 

窓の外を見ると、モンドの街が静かに光っていた。

 

遠くで風車が回っている。

 

(ゲームやったらここでイベント進むんやろうな)

 

モンドやったらノエル以外のプレイアブルキャラとも出会えるのだろうか。

 

ディルックの旦那や今はモンドから遠征しているであろうファルカといったキャラクター達に想いを馳せる。

 

そんな軽い思考が浮かぶ。

 

でもすぐに消えた。

 

現実は自分のペースで進んでいる。

 

ナギは両手を見た。

 

戦闘の感覚がまだ少し残っている。

 

遺跡守衛の圧。

 

ノエルの大剣。

 

あの一瞬の判断。

 

(俺、なんで動けたんやろな)

 

正直、理由は分からない。

 

ただ一つだけ引っかかっているものがある。

 

――死に戻り。

 

確信はない。

 

でも、あの“ズレ”は説明できない。

 

同じ死に方にはならなかった。

 

同じ結果にもならなかった。

 

(偶然か?)

 

そう考えてすぐに首を振る。

 

偶然にしては出来すぎている。

 

ナギは机に肘をついた。

 

(もし仮にやけど……)

 

考えが少し深くなる。

 

(死んだら戻ってるとか……そんなゲームみたいな話、ほんまにあるんか?)

 

すぐに自分で笑いそうになる。

 

でも完全には否定できない。

 

実際に“死んだはずの場面”を覚えている感覚がある。

 

それがただの夢やったら、説明がつかない。

 

ナギは視線を落とした。

 

左手の甲。

 

そこに残っている微かな違和感。

 

熱とも痛みとも違う、妙な感覚。

 

(これがヒントなんか?)

 

答えは出ない。

 

 

ふと、今日の会話を思い出す。

 

ノエルの言葉。

 

「守る価値のある場所です」

 

あの言い方は、ただの仕事じゃなかった。

 

この街を守ることに、ちゃんと意味を感じている声やった。

 

(ゲームのキャラやのに、ちゃんと生きとるな……)

 

いや、逆かもしれない。

 

“ゲームのキャラ”という認識自体が、もうズレているのかもしれない。

 

ナギは軽く笑った。

 

「……まぁ、考えてもしゃーないか」

 

立ち上がる。

 

窓を開けると、夜風が入ってくる。

 

冷たいけど、嫌じゃない。

 

むしろ少し落ち着く。

 

(とりあえず明日やな)

 

龍災。

 

モンド。

 

ノエル。

 

そして、自分の正体。

 

全部がまだ繋がっていない。

 

でも、もう逃げる選択肢だけはどこかへ消えていた。

 

ナギはベッドに横になった。

 

天井を見上げる。

 

「……フリーナおったらテンション上がるんやけどな」

 

誰にも聞こえない独り言。

 

少しだけ笑って、目を閉じた。

 

モンドの夜は静かに更けていく。

 

 

第三話後編 とりあえず生きる場所を決めよう

 

翌朝。

 

窓の外から入ってくる光は、思っていたより柔らかかった。

 

ナギは目を開けて、しばらく天井を見ていた。

 

(……ほんまにここモンドなんやな)

 

昨日の出来事が夢じゃないことを確認する作業から、一日が始まる。

 

ベッドの上でゆっくりと体を起こす。

 

見慣れない木造の部屋。

 

壁に掛けられたランプ。

 

窓から差し込む朝日。

 

どれを見ても、元の世界の自室とは違う。

 

それなのに少しずつ、この景色にも慣れ始めている自分がいた。

 

部屋の扉が軽くノックされた。

 

「ナギさん、おはようございます」

 

聞き慣れた声。

 

ノエルや。

 

ナギは少しだけ体を起こした。

 

「おはよう……早いな」

 

扉が開く。

 

そこには、いつも通り真面目な顔のノエルが立っていた。

 

ただ、今日は両手に色々抱えている。

 

「昨日お伝えした通り、必要そうなものを持ってきました。着替えと洗面用具、それから朝食です」

 

「……準備良すぎひん?」

 

「地図もあります。文字が読めなかった時のために目印付きです」

 

「助かるけど、至れり尽くせりやな」

 

ノエルは首を傾げた。

 

「困っている方を助けるのは当然です」

 

真顔だった。

 

ナギは思わず苦笑する。

 

「そんなこと言われたら惚れてまうわ」

 

冗談半分で言ったつもりだった。

 

しかしノエルは少し考えてから、

 

「それは困ります」

 

「困るんや」

 

「私は西風騎士ですので」

 

「その返し、絶妙に意味分からへん」

 

朝から妙なやり取りになったが、そのおかげで少し肩の力が抜けた。

 

昨日まで張り詰めていた緊張が、少しだけ和らいだ気がした。

 

ノエルは机の上に朝食を並べた。

 

パンと水、それに簡単なスープまである。

 

湯気の立つスープからは優しい香りが漂っていた。

 

「それでナギさん」

 

「ん?」

 

「今日は今後について相談したいと思っていました」

 

一気に現実の話に戻る。

 

ナギはパンを持ったまま固まった。

 

「今後?」

 

「はい。このままでは滞在先も安定しませんし、身元も不明のままですので」

 

(そらそうやな……)

 

ナギはパンを一口かじった。

 

乾いた小麦の味がする。

 

でも不思議と落ち着く味やった。

 

「で、どうしたらええと思う?」

 

ノエルは少し考えてから言った。

 

「冒険者協会への登録をおすすめします」

 

「冒険者協会……あれか、依頼とか受けるやつ」

 

「はい。身分証の代わりにもなりますし、収入も安定します」

 

ナギは窓の外を見る。

 

モンドの街が朝の光に包まれている。

 

行き交う人々の姿が小さく見えた。

 

(この世界で生きるってことは、結局そういうことか)

 

ゲームでは当たり前にスキップしていた部分。

 

そこに“生活”がある。

 

ナギは小さく息を吐いた。

 

「ええな、それ」

 

ノエルは少しだけ安心したように頷く。

 

「では案内します!」

 

「行動早いな」

 

「騎士ですので!」

 

即答だった。

 

 

外に出ると、街は完全に朝の顔をしていた。

 

昨日よりも人が多い。

 

パン屋の匂い。

 

馬車の音。

 

どこかで鳩が飛び立つ音。

 

石畳の道には朝日が差し込み、人々の影が長く伸びている。

 

ナギはその中を歩きながら、少しだけ目を細めた。

 

(ほんまに“生活してる世界”やな)

 

ゲーム画面じゃない。

 

なんならゲームの時には描写されていなかった情報が一気に頭に流れ込んでくる。

 

ちゃんと人が生きている。

 

店先で客と話す商人。

 

走り回る子ども。

 

荷物を運ぶ労働者。

 

背景として流れていたNPCたちが、今は一人ひとり意思を持って動いているように見えた。

 

ノエルが横を歩きながら説明する。

 

「冒険者協会はこの先の建物です。依頼を受けて報酬を得る仕組みで……」

 

「その説明、協会着いてからでお願いしてもええ?」

 

「……あ」

 

ナギは少し笑った。

 

「昨日から情報量多すぎて頭追いついてへんねん」

 

「申し訳ありません」

 

「謝らんでええって」

 

そのやり取りが少しだけ軽い空気を作る。

 

建物の前に着くと、ナギは足を止めた。

 

そこには“冒険者協会”の看板。

 

見慣れたはずの場所なのに、妙に現実感がある。

 

木造の建物はゲームで見ていたよりも大きく感じた。

 

人の出入りも多く、扉の向こうからは話し声が漏れてくる。

 

(ここから始まるんやな)

 

ナギは小さく息を吐いた。

 

「……よし」

 

ノエルが横を見る。

 

「ナギさん?」

 

「いや、なんでもない」

 

ナギは一歩踏み出した。

 

扉を開ける。

 

中は静かで、受付の女性がこちらを見る。

 

黒色の髪。

 

見覚えのある制服。

 

そして営業用の笑顔。

 

ナギの目が少し見開かれた。

 

(うわ、キャサリンや)

 

ゲームで何度も見た顔だった。

 

毎日のようにデイリー報酬を受け取り、派遣任務を確認し、気付けば何百回も話しかけていた相手。

 

画面越しでは当たり前だった存在が、今は目の前に立っている。

 

(ほんまにおるわ……)

 

妙な感動が込み上げてきた。

 

そして営業用の笑顔を浮かべて言った。

 

「星と深淵を目指せ。ようこそ冒険者協会へ」

 

聞き慣れたはずの台詞。

 

なのに実際に耳で聞くと妙な感動があった。

 

声も表情も、本物だった。

 

まるで原神のテーマパークに来たように感じた。

 

(ああ、ほんまに冒険者協会や)

 

ナギは少しだけ胸が高鳴るのを感じた。

 

受付で簡単な説明を受け、名前を書き、必要な手続きを進めていく。

 

身元不明という部分については多少確認が入ったものの、ノエルの保証もあって登録は無事に完了した。

 

書類に目を通すキャサリンの手際は見事で、慣れた様子で次々と処理を進めていく。

 

やがて受付嬢が一枚の案内用紙を差し出す。

 

「新人冒険者向けの講習会がございます。初めての方には参加をおすすめしています」

 

「講習会?」

 

「依頼の受け方や安全管理、モンド周辺の危険区域などを説明するものです」

 

ナギは用紙を受け取った。

 

ゲームでは存在すら意識したことのない制度だった。

 

だが考えてみれば当然だ。

 

現実なら初心者がいきなり魔物退治に行く方が危ない。

 

「参加された方が安心ですよ」

 

ノエルも横から言う。

 

「ナギさんはこの世界の常識もまだ十分ではありませんし」

 

「それ言われると反論できへんな……」

 

ナギは苦笑した。

 

昨日まで普通の高校生だったのだ。

 

知識だけで生きていけるほど甘くない。

 

用紙を見つめながら少し考え、

 

「よし」

 

顔を上げる。

 

「講習会、参加するわ」

 

受付嬢が微笑んだ。

 

「承知しました」

 

ノエルもどこか嬉しそうに頷く。

 

「良い判断だと思います」

 

「なんか保護者みたいやな」

 

「保護者ではありません」

 

「そこは即否定なんや」

 

思わず笑いがこぼれる。

 

不安が消えたわけではない。

 

元の世界に帰れる保証もない。

 

それでも。

 

冒険者として登録し、この世界で生きるための第一歩を踏み出した。

 

まずは講習会を受けよう。

 

そして少しずつ、この世界での居場所を作っていこう。

 

ナギはそう決意しながら、冒険者協会の中を見渡した。

 

依頼掲示板の前で話し込む冒険者たち。

 

報酬を受け取って喜ぶ若者。

 

次の依頼について相談するパーティー。

 

その光景は活気に満ちていた。

 

モンドでの“生活”が、ここから正式に始まる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。