第1話
コツンコツンと足音が聞こえる。眼の前は暗黒に包まれていて平衡感覚が失われていることを感じる。
(手足におそらく金属製の枷がついている。平衡感覚がないということはベッドの上で拘束されているのか?監禁されているということだろう。足音が聞こえるということは僕を監禁した犯人がここへと向かっているのだろうか。)
考えをまとめているとかすかな光が上方から注がれる。どうやらここは地下室だったようだ。光の指す階段の先に人影が見える。
「ふふっ、誠司くん♡」
恍惚とした表情で僕の眼の前にやってきたのは莉乃だった。
「誠司くんが悪いんだよ。あなたが私の気持ちに気づいているくせに、全然振り向こうとしてくれないから。」
莉乃はずいっと顔を僕に近づけてくる。
「でも、これでもう私を見るしかできない、私がずっとあなたのお世話をしてあげる。だから、これからずっと私と一緒だよ♡」
「なぜ僕を監禁したんだ?」
「だって、そうしたらずっと一緒にいられるでしょ?」
「ふむ。」
「誠司くんが望むことは何でもしてあげる。だから、私だけを見てずっと私だけを愛してね♡」
言葉を紡ぐ彼女に対して僕は、
「君の行いは刑法220条、さらには刑法204条に抵触する可能性がある。」
と言った。
「え?」
莉乃はキョトンとした様子で僕の目を見ている。すでに彼女の表情から先程の恍惚とした表情と余裕は消え去り、困惑がみちみちている。
「事実確認であるが、僕は君に対してここに入ることを同意した覚えはない。」
「さらに、これは証拠があるわけではないから断定できないが、僕はここに監禁されるまで君に招待されてともにティータイムを楽しんでいたはずだ。だというのにいつの間のか眠っており、ここに閉じ込められている。睡眠薬を盛ったのだろう。」
「だ、だって、言ってもここに閉じ込められてくれないし。」
「重要なのは君がこのような凶行に走ったという事実だ。君の行動によって僕の行動の自由は侵害されている。このことが意味することくらい君にもわかるだろう。」
莉乃は動揺しつつもまだ強気な態度でいる。
「でも!!君は手足も動かせないし、自力で脱出できる状況じゃないよ。だから諦めて私と一生一緒に、、」
「そうだな、では脱出させてもらうとしよう。一つ事前に行っておくが監禁下からの脱出時においては器物破損に違法性は認められないことは留意しておいてほしい。」
ガン!!!
耳をつんざくような巨大な金属音が地下室に響き渡る。
「え?」
莉乃は先程よりもさらに困惑を強めた表情で僕を見ている。僕の足元につい先程まで手枷、足枷だったもの転がっている。
「よし。」
「いやよしじゃなくって!どうやって外したの!?」
「引っ張って外しただけだ。」
「そんなの人間業じゃない!」
「今はそれよりも重要な問題がある。君が僕を監禁し、明確に僕の自由な選択権を奪おうとしたことだ。」
僕は話をそらされてしまったがゆえに、当惑を強めてへたり込んでしまっている莉乃に手を伸ばす。
「今は君の行いによって将来がどうなるのかの話をしよう。」
莉乃を立ち上がらせて地下室の外へと向かう。彼女はどうやら道を踏み外してしまったようだ。しかもその原因は自分にあるらしい。ならば、それを放置するわけにもいかない。
「もう、、、なんなの、、、、」
なぜか泣きそうになっている彼女に疑問を抱きながら。僕はこれからする話を頭の中で整理するのだった。
***
莉乃の家のリビングで僕と彼女は向き合う。莉乃はうつむいて目を合わせようとしない。
「まず、君が行った行為を改めて整理しよう。」
「うん、、、」
「まず、僕に対する監禁行為だ。君に家の地下室に閉じ込められることを僕は一度も同意していない。ここまではいいな?」
「うん、、、」
「では次だ。君は僕のコーヒーに薬を盛って僕を眠らせたようだな。今のところこの証拠はないが、物品をまだ捨てていないのならば証拠はすぐに見つかる。強引な捜査をする訳では無いが薬を盛ったという事実はあるのか、君に改めて確認しよう。」
「はい、、盛りました、、、」
「よろしい、これで事実確認は済んだな。」
莉乃はこの会話の間ずっとうつむいたままである。
「自分から何かを話すことはないのか?」
莉乃はビクッとしてこちらに少し向き直る。
「だって、こんなふうに失敗しちゃったらもう、誠司くんに嫌われちゃう。でも、成功したら、君も私だけを見てくれるかなって。」
要領を得ない説明だが莉乃なりに監禁の理由と今の心配を話してくれたのだろう。
「僕は君の行為自体は否定するが、君自身を否定するつもりはない。」
「えっ?」
「君が行ったことは決して許されぬ行いだ。だが、その行為に至るまでの過程を僕は知らない。君が根本的に悪人でないことだけは1年間しか共に過ごしていない僕でもわかる。」
「誠司くん、、、」
「君にも将来がある。君が行った行為だけでそれが完全に閉ざされることはあってはならない。」
「だからこそ、僕は君が社会と正しく向き合えるようになれると期待して、この事自体は不問にしようと思う。」
「誠司くん、、!」
莉乃は少し気分が明るくなったようで今はこちらをまっすぐと見ている。
「そこで僕なりに君のことについては責任を取ろうと考えている。」
莉乃は今度は顔を赤くして何やらモジモジし始めている。何を考えているのだろうか?
「責任って、、、どんな責任を取るの?」
「君が社会と折り合えるようにする責任だ。」
「え?」
「君の行い自体は不問とするが、君の行動原理自体はそのままだ。これではいけない。ならば僕はその責任を取って君が真人間になるまで面倒を見る責任がある。いわば、君を更生させる必要があるというわけだ。」
「待って?ちょっと待って?そういう責任?もっとこう、好きにさせた責任とか」
「もし拒否するというのならこの話は無しだ。僕は、、、残念だが君を警察に突き出すことになる。友人が前科持ちになるだなんて僕自身が望んでいるわけではないことは理解してくれ。」
「ご、ごめん、拒否したわけじゃないから!従う!君に従うから!」
「そうか。ではこの話の続きはまた明日しよう。」
そう言って席から立ち上がる。
「あっ」
莉乃が何かを言おうとする。
「まだ何かあったか?」
「な、なんでもない、、、」
「じゃあまた明日学校で会おう。」
「うん、ばいばい、、、」
別れの挨拶を背に受けながら僕は莉乃の家を出た。
***
帰り道、スマートフォンに着信が入る。
『誠司!今どこ!』
『夢野通りのマックの横の路地だ。』
『そっか!今すぐ近くにいるから会いに行っていい?』
『もちろんだ。これから特段用事があるわけではない。』
『オッケーじゃあ、』
「ちょっと私の家に来てほしいな♡」
ガンッ
頭に衝撃が走る。身体の防衛機能によって視界が暗くなっていく。その中で最後に僕が見たものは恍惚な表情を浮かべる、陽菜だった。
***
「結局帰しちゃった、、、」
あたしはソファの上で自らの計画を思い返していた。特注の枷も用意して。絶対脱出できないと思ったのに。
「なんで引っ張って壊されるの?」
あんな怪力反則だ。というか堅物だと思ってたけど監禁されても普段通りだなんて思ってなかった。
「ずるい。」
でも、今思い返してみるとなかなかひどいことをしたのかもしれない。
『僕は君の行為自体は否定するが、君自身を否定するつもりはない。』
彼の言葉が頭の中でリフレインする。
「はあ〜〜〜、好き〜〜〜、、、」
誠司くんは誰にだって優しい。みんなに公平。でも、あたしが何も言わなくても、泣いてたときも、すぐに気づいてくれた。
「ずるいよ。」
「あたしはこんなに好きなのに。」
いっそのこと嫌ってくれたほうがずっと心が軽かったかもしれない。
「でも、失敗しちゃうなんて、」
改めて監禁計画の失敗を思い返しながら脳裏には何人かの女の子の顔がよぎって
「他の子達に取られちゃう、、、」
と口からこぼれた。
好評なら続きます。