「ただいま。」
「おかえりなさい。遅かったわね。」
母の声がダイニングから聞こえてくる。
「お父さんはまだ帰ってきていない感じ?」
「今日は飲み会だから遅いって」
「そうか。」
洗面所で手を洗いながら母と話す。
「そういえば美月ちゃんが来たから部屋に上げといたわよー。」
「分かった。」
その話を聞いた僕は少し急いで部屋へと向かった。扉を開くとちゃぶ台の前で正座して学校のテキストを読み込んでいる美月がいた。
「おかえりなさい誠司君。先にお邪魔していますよ。」
「いや、普段から来ているのだから気にすることはない。それより今日はどんな用事できたんだ?」
美月は足を崩してこちらに向き直る。
「今日誠司君は生徒会を休んでいましたよね?」
「ああ、事前に言っていた通り友人の家に行っていたからな。」
「はい、その点は理解しています。なので今日の生徒会で話した内容を誠司君にも共有しておくべきだと思って伺いました。」
「わざわざそのために来てくれたのか。ありがとう。直接伝えてくれると僕としてもわかりやすい。」
「どういたしまして。これが今日の会議で話した内容についての書類です。それと、このことは同じ生徒会として当たり前のことです。」
柔らかな笑みを浮かべながら、彼女はこちらを見つめている。
「それにしても、、かなり遅い時間に帰ってきましたね。」
「ああ。」
「あんまり時間があるとは言えませんけど、少しだけ勉強を見てもらえませんか?」
「もちろんだ。」
「ふふっ、いつもありがとうございます。」
美月の横に座る。少しびくっと肩を震わせた。横顔を見ると顔が少し赤いように見える。
「それでは始めましょうか。まずこの問題なんですけど。」
「どの部分からわからないんだ?」
「回答の内容はわかるんですけど、一番最初にどうして相加相乗平均の発想になるのかがわからなくて」
「それは問題文の最小値という文言から、、、」
といった会話をしながら時間が流れていく。
***
「なるほど、聞きたいと思ったところはこれで全部です。ありがとうございました。」
「どういたしまして。今後も何か聞きたいことがあればいつでも聞いてくれ。」
「ふふっ、そうしますね。」
時計を見るとすでに18時であることに気が付いた。
「時間も時間だ。駅まで送っていこう。」
「気になさらなくてもいいのに。でも、そういってくださるならありがたくお願いしますね。」
美月を送ろうと思い、立ちあがったその時美月が
「そういえば、今日は莉乃さんと陽菜さんの家にいらっしゃってたんですよね。何をしてたんですか?」と言った。
「なぜ僕が莉乃と陽菜の家にいたことを知っている?」
「え、」
美月がキツネにつままれたような顔をしている。
「僕は友人の家に行くとしか言っていないはずだ。」
「それは、、本人から聞きました。」
「それなら莉乃の家に行ったことしか知らないはずだ。」
「え、?」
「僕が約束していたのは莉乃だけだからな。」
「、、、」
明らかに様子がおかしい。美月は冷や汗をかきながら目を泳がせている。
「後を、つけていたのか?」
「そんなストーカーみたいなことしてません!せいぜいGP、あっ。」
「僕の身にGPSをつけていたのか?」
「、、、、はい。」
今日一日でこんなに問題が起きるとは思っていなかった。少し頭が痛くなってきた気がする。
「で、でもGPSだけです!それ以外は今は、」
「今は?」
「あっ。」
「、、、」
「、、、」
「盗聴器も部屋につけていました、、、。」
「他には?」
「え?」
「まだ何かつけているのだろう。盗聴器は、ではなくそれ以外はといったんだからな」
「うぅ、、。」
美月の眼をじっと見つめる。
「、、、カメラも取り付けてました。」
正直頭が追いついていない。
「で、でも!本当にこれだけです!これ以上は何もしていません!」
「そうでないと困る。これ以上何か増やされたらさすがに頭の処理が追いつかなくなってしまう。」
無言の時間が流れる。ただし二人で勉強をしていた時の雰囲気ではもうない。
「一つづつ整理しよう。まずいつから仕掛けていた。」
「一緒に生徒会に入ってから一か月くらいの時からです、、、。」
「去年の7月くらいか。次に、なぜGPSなどを仕掛けたんだ?」
「最初はGPSだけでした。誠司君についてもっと知りたくて、いつの間にかカメラまで仕掛けてました、、、。」
「なぜそれを問題だと思わなかったんだ。それを問題だと思わない君ではないだろう。」
「それは、、、。」
歯切れ悪そうにしながら美月は口を開いた。
「GPSくらいなら問題ないかもしれないとか、最初は思ってて、でももっと知りたいと思ってから盗聴器を仕掛けて、さすがにやばいかなって思ったんですけどここまでやっちゃったならもう行っちゃえって思って、カメラを取り付けて、ばれなければ大丈夫かなって思って、やりました、、、。」
天を仰ぎたくなるが、おおよその動機は理解できた。
「でも!それだけ、それだけなんです!これ以上は何も、本当に何もやってません!」
「いや、それだけで済ませられる問題ではないだろう。」
「うぅ、、」
「そういえば今は、盗聴器とカメラを取り付けていないと言っていたな。それはどういうことだ?」
「それは、ばれないよう部屋に来るたびに場所を変えていたんです、、、。だから今はつけてません、、、。」
「これ以上何も出てきてほしくないが、本当に何もないんだな?」
「はいぃ、、、。」
美月がうなだれている。先ほどまでの優等生然とした雰囲気はもうない。
「それなら僕は今から、」
「ええい、こうなりゃやけです!」
「んなっ!」
美月が突然抱き着いてきた。
「もう隠しても仕方ないです!私はあなたのことが大好きです!付き合ってください!」
「やはりか。」
「なんですかその反応!」
僕の返答を受けた美月はへなへなと座り込む。
「もう煮るなり焼くなり好きにしてください、、、。」
「そのようなことをする予定はない」
「じゃあ何をするんですか、、、。」
「君の行いを正すことだ。」
「私の行いを、、?」
「まず君が用いていた盗聴器とカメラを僕に見せて、僕に仕掛けているGPSの場所を教えてくれ。」
「分かりました、、、。」
おずおずと盗聴器とカメラを差し出してくる。
「なるほど、どちらも無線式か。」
「君の行為には僕に対するプライバシー侵害と、電波法違反、そしてストーカー規制法違反が成立する可能性がある。」
僕の言葉を聞いた美月の顔が青ざめる。あきらめたような顔をしている。
「はい、、おとなしくお縄につきます、、、。」
「僕は君を警察に突き出すつもりはない。」
「はい、、、えっ!?」
「君は自らが犯した行為を問題のあることであると認識している。何より、僕は君と一年間過ごしてきたが、君が本質的に悪人であるとは全く思っていない。」
「じゃあ、、、警察に突き出さないでくれるんですか?」
「僕が出す条件を飲んだらな」
「はい!飲みます、飲ませてください!」
「君らしくない焦りっぷりだな。まだ条件を出すとしか言っていないぞ。」
「だって、警察に捕まったらもう誠司君に会えないんですよ?そうならないで済むかもしれないならどんな条件でも飲みます!」
「条件は単純だ。君の行動原理を正させてもらう。」
「誠司君が、ですか?」
「そうだ。」
美月は少し驚いた顔をしている。
「でもそれって、誠司君にとって何の利があるんですか?私みたいにやらかした子をどうこうするなんて。」
「まず、君の行いは許されることではないが、君がそこに至る原因の一部は僕にある。僕はその責任を負うと言っているだけだ。」
僕はどうして今日一日で同じようなこと何度も言うことになっているのだろう。
「誠司君…!やっぱりあなたは私の理想の…!」
美月がなぜだか目を輝かせている。宗教勧誘の人みたいな目の輝きぶりだ。
「とりあえず今日はもう遅い。駅まで送るから明日また学校で続きを話そう。」
「は、はい!そうですね!」
***
階段を下りる。
台所が見えたが母はご飯の準備をしているようだ。
「あら、美月ちゃんもう帰るの?」
「うん、駅まで送ってくる。」
「そう、気を付けて行ってらっしゃい。」
母と軽く会話をして外に出た
美月はあんなことがあった後だからか少し顔を俯かせていた。
二人で無言で歩き続けていると駅についた。
「それでは、また明日。」
「ああ、また明日学校で。」
駅に着くころには美月は普段の調子を少し取り戻していたようだ。結構図太いな。
駅から家に帰るまでの道で今日あったことを振り返る。
二年生の始業式が終わって莉乃の家に行ったと思ったら監禁され、話をつけて脱出し、帰っている最中に陽菜から電話がかかってきたと思ったら、殴られて誘拐され、そこからも脱出して帰ってきて美月がいると思ったら、美月が僕をストーキングしていたことが発覚する。改めて思い返すととんでもない一日だ。明日は明日であの3人を相手しなければならないのかと思うとまた一波乱ありそうだが、気を引き締めていこう。
以降は毎週土曜の20時に投稿予定です。