朝、いつも通り家を出るのは6時ごろ。今日も天海君と会えるかもしれないから。
駅まで少し遠回りの道を歩いて天海君の家の前を通る。スマホで時計を見るとまだ時間は6時10分だ。
今日もまた会えないかな?一緒に行きたいな。
そう思って、天海君の家の前を通った時玄関の扉が開く。天海君が家から出てきた。
「…。」
いつもこうだ。天海君と会えることを期待しているくせにあったらすぐ固まる。
「おはよう、紗夜。今日もいたのか。」
結局また私からおはようとは言えなかった。
「あ、天海君…おはよう。」
「昨日も朝は一緒だったな。」
「うん、家を出る時間が近いのかな?」
本当はあ宮全を装っているくせにそんなことを言ってしまう。
「そうなのかもしれないな。」
でも天海君は気づいていないみたい。ばれたら死んでしまう。
「今年こそは天海君と同じクラスになりたかったな。」
結局同じクラスにはなれなかった。あんなに勉強したのに。
「ああ、でもあと一息だったんじゃないか?」
「でも、上がった子もいるらしいし。」
「僕は自分を卑下しすぎるものではないと思うよ、紗夜。」
やめて、そんなこと言わないで。ここじゃダメなの。私は天海君の近くにいたいの。
「そういえば天海君、今日からまた部活あるよね。今日の美術部は全部来れるって前チャットで言ってたよね。」
この話を続けたくなくて話題を変えてしまった。
「ああ、それについてなんだけれど、多分30分ほど遅れる。」
「え、そ、そうなんだ。」
何があったんだろう。
「でも、今年は去年より参加できるようにするつもりだ。」
それならとてもうれしい。誠司君と一緒にいられる時間が増える。
「そ、そうなの?じゃあ、今年は去年よりも一緒にいられるかも。」
「そうかもしれないな。」
聞こえてしまっていたなんて、は、恥ずかしい。
「えっ!うん!聞こえてたのー!」
体が少し縮こまってしまう。
「紗夜を見てると安心感があるな。」
「ど、どうしたの急に!」
私に甘えたいのかな?
「いや、思ったことが口から出ただけだ。」
「うーん…」
私は頭上の天海君を見上げながらどうやったら頭を撫でてあげられるかを考えていた。
***
学校で誠司君と別れ私は教室へと向かう。この時間に学校にいるのなんて私と誠司君以外だと、いつも学校を開けてくれる体育の先生くらいだ。
(誰かくるまで勉強しよ。)
机に向かい始める。
来年こそは誠司君と同じクラスになりたい。そう思ってペンを動かす。
30分ほどテキストと格闘していると、クラスメイトがちらほらと教室に来始めた。
「紗夜、おはよー!」
「おはよう、唯ちゃん。」
「お、今日も朝から勉強?まじめだねー。」
「うん、来年こそは上のクラスに行きたいから。」
「おお、なんだ~私と一緒にいたくないってかー!」
「ち、違うよ。ただ私は…。」
「ごめんごめん、ちょっとからかった。副会長だよね?」
唯ちゃんにそういわれて私は顔が赤くなる。
「わ、私は天海君のこと好きとかそんなんじゃないから!」
「べつに私は紗夜が副会長のこと好きだなんて言ってないよ?」
「あっ!…うぅ。」
「ちょちょ、俯かないで!もうからかわないから!」
唯ちゃんの意地悪!そう思っていると前の席に唯ちゃんが座って話しかけてきた。
「それで、今日も一緒に来たの?」
「うん…。」
「いつからだっけ?」
「中学1年から…。」
「いい加減告白しろよ。」
「それができたら苦労しないの!」
「中学校から追いかけてわざわざここまで来たんでしょ?しかもまた部活同じだったんでしょ?絶対向こうにもばれてるから。」
「うぅ…。」
「それにうかうかしてたら、会長とかにとられるんじゃない?たまに図書室で一緒に勉強してるらしいし」
「そうはいっても私そこまで積極的になれないよ。」
「そ、そうか。」
なぜか唯ちゃんが少し引いているように見える。
「じゃあさ、今日の昼一緒に食べないかって誘いなよ!あの人ってそういうの断らないでしょ!」
「でも、天海君いつも同じクラスの友達と食べてるし。」
「おおう…。そ、そうか~。でも!なら当たって砕けろだよ。あ、ちなみに自分で言ってね。さすがにそこまで責任持てない。」
「そ、そんな。」
でも、いい加減自分から動かなきゃ。同じクラスにもなれなかったんだから。
「でも、うん、頑張ってみる。」
「紗夜、その意気だよ!」
***
「すーーはあーーーー」
天海君のいる教室の扉の前、緊張する。意を決して扉を開ける。
「あ、あの!」
教室中の視線が私に集まる。こ、怖い…。
「えっと。天海誠司君っていませんか?」
「天海君は確か空き教室に行くって言っていたよ。」
普段よく誠司君と一緒にご飯を食べている人が答える。
「空き教室ってこの階の端っこにあるところですか?」
「そうだよ。ところで何か天海君に用事があるんだったら僕から伝言を伝えるよ。」
「ああ、いえ大丈夫です。自分で空き教室に行ってきます。」
そそくさと教室を出る。
「ああ、行ってしまった。弁当を持ってたけどあの子も一緒に昼ご飯を食べたかったのかな?」
なんで天海君は空き教室になんて行ってるんだろう?
疑問はあるけれども空き教室へと歩を進める。
扉の前に立つ。今度こそ意を決してドアを開けようとする。
すると
「ねえ、誠司、なんで……けじゃなくて、……」
中から女の子の声が聞こえる。
中から、女の子の?
え?どういうこと?
なんで
せ、天海君が
だってそんな
ハッとして教室の窓から恐る恐る中をのぞく。
中には机をくっつけて弁当を食べながら何かを話している天海君といつもクラスで天海君に話しかける女の子3人がいた。
どうして、私がずっと自分から言わなかったから?
え?
終わり?
全部?
混乱する頭で聞き取れたのは天海君のある言葉だけだった。
「今日の放課後30分ほど時間をとろう。」
え?じゃあ美術部に来るのが遅れるってあの子たちと?
なんで?
なんで私はあそこにいないの?
***
そのまま私はふらふらと歩いて気付いたら自分の教室まで戻ってきていた。
「あれ?紗夜…何かあったの?」
「天海君がほかの女子と一緒にご飯食べてた…。」
「おおう、そ、そうか~。」
「もうだめ、何もかもおしまい。」
「待って待って、一緒にご飯食べてただけなんでしょ!部活同じなんだからそこでどういう関係か聞けばいいじゃん!」
「部活30分遅れるって」
「え?」
「今日放課後30分くらい時間取れないかってその子たちに言ってて」
「…。」
「もう終わりだ。」
「いや待ってよ!また何かしら事前に相談されてただけかもしれないじゃん!それに女の子たちなんでしょ?あの人が複数人と付き合うとかないでしょ!」
「そうかな?」
「そうだよそうだよ紗夜だってかわいいしチャンスあるって!」
「こんなちんちくりんなのに?」
「一緒にいる時間が長いのは紗夜なんだからもっと自信持ちなって!」
「分かった、今日部活の時に聞いてみる。」
「そうしなよ。誰も落ち込んでる紗夜なんか見たくないし。もっと元気出して。」
「うん。頑張る。」
せめて天海君とあの子たちの関係だけは聞き出して見せる。そう決意して私は涙をこらえながら弁当を急いでおなかにいれるのだった。
***
放課後友人たちと少し会話をしたあと、今僕は空き教室へ向かう誰もいない廊下を歩いている。昼時にどうやら紗夜が来ていたらしく、そのことについて直弘と恵三に聞いていたら少し時間を食ってしまった。既に3人は空き教室にいるはずだ。そう思って歩いていたら
「天海君!」
後ろから紗夜に話しかけられた。
「紗夜か。どうしたんだ?部活は遅れると言っておいたはずだが。昼時にも来ていたようだし、何か用事があったのか?」
「用事、うん。そうだね、これは天海君への用事、うん」
心なしか紗夜の雰囲気がいつもよりも険しい気がする。
「あの、天海君。お昼教室にいなかったよね。あれってなんでいなかったの?」
昼に教室にいなかったと言ったら、間違いなくあの3人と話していた時間だろう。
「紗夜、すまないがそれは個人のプライバシーにかかわる問題だからここで話すことはできない。」
「プライバシーってどんな?」
珍しく紗夜が食いついてきた。
「あまり詳しく話すわけにはいかないんだ。わかってくれ。」
「絶対いやだ。」
強い拒絶だ。正直驚いた。紗夜がここまで強く自分の意思をあらわにするとは。
「ここで聞けなくって明日の私に期待するだなんてそんなのできない。今、ここで、答えて。」
「こればっかりはいくら紗夜でも答えることは」「女の子でしょ。」
「…何で知っている?」
「クラスの人に教えてもらったの。天海君が空き教室で昼ご飯を食べてるって。それで見に行ったら同じクラスの女の子3人と一緒にご飯を食べてたんだ。覚えてるよ。」
「…会話の内容を聞いたのか?」
「やっぱり、人に聞かせられないような話してたんだ。あの中のだれかと付き合ってるの?それとも私よりあの子たちのほうが大事なの?」
「紗夜、落ち着け。」
「落ち着いていられるわけないでしょ!!」
「ずっとあなたの隣に立ちたくて、頑張っても頑張っても届かなくて、でもあの子たちは高校に入ってから知り合ったくせに、ずっと天海君と一緒に居られて!」
「あんな子たちなんて、みんな殺してやる!」
紗夜から出たとは思えないような怨嗟の声が僕たち以外誰もいない廊下に響き渡る。
そういった紗夜ははっとしたような顔をして、すぐに青くなって、
「あ、あ、ご、ごめん!」
逃げ出した。
今の鞘を一人にするのはまずい。追いかけなくては。
「待て、紗夜話を聞け。」
僕が駆け出した瞬間
ドテン
紗夜が盛大に転んだ。
***
もう、最悪!我慢できないからって誠司君がいるところに行こうとして、あんなこと言って、あんなことを言って!
最悪、もう無理
しかも逃げようとして、転んで、絶対スカートの中見えてる!。
絶対嫌われた。
「紗夜!」
もう顔もぐちゃぐちゃ。いつも天海君のためにメイク頑張ってたのに。
「うぅぅうぅぅ」
涙で前が見えない。
視界が暗くなる。前に誠司君が立ってる。顔を上げなきゃ。
さっきのは冗談だよって。ごまかさなきゃ。
あんなこと考えてたなんてばれたくない。
やだ。
怖い。
でも上げなきゃ。夕日がまぶしい。
天海君は怒ってるのかな、軽蔑されたかな。
顔を見なくちゃ、天海君
へ?
微笑んでる?
?
え?
せ、え、天海君?かっこい、
「紗夜、落ち着いて」
「え?」
「まずは息を吸って」
「え?」
「吸って~」
「あ、すーーーーー」
「吐いて~」
「はーーーーー」
「吸って~」
「すーーーーー」
「吐いて~」
「はーーーーー」
「落ち着いたか?紗夜。」
待って、待ってそれどころじゃない。
天海君が微笑んでる?
あの天海君が?
私に?なんで?
あんなことを言って
あんな姿を見せて
それなのに
あんな優しい目で
「ひゃ、ひゃい…。」
「まだ少し呼吸が乱れているように見える。」
背中さすられた。て、おっきい。
「少しずつでいいまた深呼吸して、それでいったん落ち着こう。」
「う、うん。」
結局落ち着くまで数分かかったけどその間天海君はずっと私の背中をさすって私に微笑みかけていた。
***
私が泣き止んだ後、普段の様子に戻った天海君は廊下に座り込んだままの私に話しかけてきた。
「どうして、あのようなことを言ったんだ。」
「あれは、た、ただの冗談で…」
「君と僕の付き合いが何年になると思ってるんだ。それくらいすぐに嘘だとわかる。」
「…。」
「言いたくないという気持ちはわかる。それにこのことについて僕は問い詰めるつもりもない。」
「え?」
「誰かを殺したい、そう思ったんだろう?」
「そ、それは」
否定したい。けどできない。だって事実だから。
「僕はそれ自体を悪いことだとは思っていない。」
「え?」
天海君はさも当たり前のことを言うようにとんでもないことを言った。
「もちろんそんなことを思わないで生きられるほうが幸せに暮らせると僕は思うが、別に誰かを殺した位だなんて思ってはいけないわけじゃないだろう。」
「でも、殺人なんて、絶対ダメなことで、」
「じゃあ、聞こう。紗夜、君は誰かを殺したのか?」
「そ、そんなことしてない!」
「じゃあそれでいいだろう。」
「本当にいいの?私あんなひどいこと言っちゃったんだよ?」
「僕以外誰も聞いていなかっただろう。それよりも大事なのはどうして君がそんなことを言ってしまうまで追い詰められたのかということだ。」
「それは…」
「無理に言えとは言わない。ただ、君が訳もなくそんなことを言う人だとは思っていない。だとしたら僕にできることは君がもう一度そこまで追い詰められないようにケアしてやることだ。」
「天海君…」
涙がまたあふれそうになってきた。天海君の胸の中に顔をうずめる。
「天海君と一緒にいたくて、同じ高校にきて、合格できたと思ったらクラスは別で」
「ああ。」
「それでも部活は一緒だと思ってたのに、生徒会とか、陸上部の手伝いとか、部活の時間も減って、会える時間が少なくなって」
「ああ。」
「今日、一緒にいられると思ってたのに、ほかの子と会うってなってて、みんな許せなくて。」
「ああ。」
「だから、あんなことを」
「なるほど。」
静寂が場を支配する。天海君に何を言われるのだろうか?まだ内心はびくびくしている。
「もう吐き出したいことはないか?」
「え?」
「今するべきは君が思ったことをすっきりするまで吐き出すことだ。さっきも言ったが何年の付き合いになると思っているんだ。君が感情をため込みすぎる質のなのはよく知っている。もう吐き出したいことはないか?」
「う、うん。」
「なら今は立とう。」
天海君が立って私に手を差し伸べる。
「君がどのような誤解をしているのかはもうわかった。ならばそれを今から解く。」
「え?」
「先に美術部の顧問の先生に電話で少し遅れると伝えなければならないな。」
「ど、どういうこと?」
「君を今から空き教室に連れて行く。」
「え?」
「そこにいる人たちを見てほしい。」
「え?」
「そうすれば君の誤解も解けるだろう。」
ちょ、ちょっと待ってあの子たちに合うってこと?
「無、無理。」
「いや、来てもらう。君をこのまま帰したら確実にまた落ち込んで気分が沈みこんでしまうだろう。」
「…」
図星だ。
「無理なら僕の後ろに隠れていればいい。自分で話したくなったら、出てきてくれ。」
「ちょっと、待って天海君!」
優しく手を引かれる。おっきくてあたたかい。じゃなくて!どんどんと空き教室のほうへと近づいていく。どうしようどうしようどうしよう。