惑星ボルタの記録 ――異星人少女と僕は絶望の中で戦い続けた―― 作:霧島 高
これは、当時のテラノイド側の記録を元に、後世の歴史家が事のあらましを推察し記した文章である。
『惑星ボルタにおける文明の始まり』
テラノイドとクラカロイド――人類が、その時失ったものはとてつもなく大きかった。
なぜなら惑星ボルタにはそれ以降、惑星ボルタ自身の記録しかなくなってしまったのだから。
人類にその時何が起きたのか。
誰もが知っているだろう。
跳躍粒子の消失。
そして同時に人類は等しく、星系間航法の術を失くしたのだ。
だから、その後惑星ボルタ以外で何が起こったのか、この惑星で知る者は誰もいない。
そしておそらく、惑星ボルタでその時、そしてそれから一体何が起きていたのか、この星系外にいる人類には一切知られていない。
ゆえに、この惑星ボルタにいる我々だけが、その真実を知っている。
その記録を残すことができたのは、我々だけなのだから。
テラノイドとクラカロイドが共存し、新たなる人類となった我々だけが真実を知っているのだ。
跳躍粒子の真実。
その事件が起きた時、その中心人物であるクサカ・マサキ一等兵は、あるクラカロイドの地上基地にて昏睡状態となっているところを発見された。クラカロイドのコルティナ少尉とともに。なお、コルティナ少尉はテラノイド軍へと派遣されており、クサカ一等兵はその従卒であった。
二人を発見したのは同基地にいたクラカロイドの司令官。突如、目の前に彼らが現れたのだという。テラノイド的にいえば、目が覚めたらそこにいた、それまでの記憶は全くない、というところ。
クラカロイドに記憶喪失など起こりえることではないため、当初訝しがられたこの不可思議な現象も、意識のあったコルティナ少尉と、後に目覚めたクサカ一等兵の証言によりその原因が判明する。
クサカ一等兵の証言は、当時それを聞いた人々にとって俄かには信じがたいことであっただろう。しかしクラカロイドであるコルティナ少尉の証言もさることながら、跳躍粒子の一斉消失という現実から、曲がりなりにもそれを事実と扱わざるを得なかったのではなかろうか。
無論、我々はすでにそれが真実と知っているのだが。
このとき惑星ボルタの複数の地上基地には、合計しておよそ百名が駐留していた。しかし、それが判明するのにはずいぶんと時間を要した。
なぜならば、彼らを総括するはずの宇宙ステーションとの交信が途絶えていたからだ。そのため、ある地上基地からシャトルが離陸し、宇宙ステーションの異変調査のため出発することとなった。
ステーションに到着した彼らは、変わり果てたその内部の様子に絶句していたという。ステーションには一人も生存者はおらず、地上基地にいた人数がそのままこの星系のテラノイドの人口すべてとなった。
そしてこのこともまた、クサカ一等兵の証言を裏付ける結果となったのは言うまでもないだろう。
跳躍粒子の目的。
驚くべきことに跳躍粒子は生命体であった。しかし今もってしても、その目的は釈然としない。
探求心、あるいは知識欲。人類の言葉ではそういった低次元な単語でしか語ることができないが、それでも彼らに何かしらの目的があったのは確かだろう。
その意図したものがなんであったにせよ、テラノイドステーションで起きたゾンビ化現象、あるいはクラカロイドステーションで起きたハッキング現象を鑑みれば、害悪でしかなかっただろう。
これには多くの歴史家が意見を一致させている。
しかし跳躍粒子の企みは阻止され、はたして人類は跳躍航法を失った。ではもしも、そのまま跳躍粒子の思い描いた理想が達成されていたのならば、どうなっていたのだろうか。
クサカ一等兵の証言を全面的に採用するのならば、あまり希望的な結論とはなりえない、というのは確かなことだ。おそらくすべての人類が潰えていただろう。その影響はこの星系だけではなく、あらゆる星系へ、無限の宇宙全体へと拡がったのではないだろうか。
だがこれについては、歴史家の中でも意見は割れている。
とはいえ多くの歴史家は、あまり楽観的ではないのが常で、このことについてはその姿勢を取ることが、おそらく正しいだろうと考える。
跳躍粒子の誤算。
跳躍粒子はその目的のため、進化した有機生命体がこの惑星に到来することを望み、そう誘導していた。ここに間違いはない。
テラノイドは跳躍粒子を発見したことに、宇宙開拓における第一歩となる技術を得たことに喜んでいたわけだが、その裏できっと跳躍粒子自身はほくそ笑んでいたに違いない。
しかし跳躍粒子にとって、予期しない一つの誤算があった、と考えられる。
その誤算とは、テラノイドが歴史的発見に沸いていたそれとほぼ同時期に、太陽系とは全く異なる星系において、別の人類に発見されてしまったことだ。
つまり、テラノイドと同時にクラカロイドが跳躍粒子を発見し、そして惑星ボルタに到達してしまったことは、跳躍粒子にとって想定外のことだったのではないだろうか。
跳躍粒子は粒子生命体であり、生物に潜んで生き延びる寄生生命体でもあった。跳躍粒子は生命体の到来を待ち望んでいたが、それは有機生命体に限った話であり、無機生命体の到来は歓迎していなかった、と考えられる。
だが、テラノイドとクラカロイドの間に戦争が起きた。歴史家の一部には、この戦争も跳躍粒子が裏で手を引いていた、と陰謀論を唱える者もいる。ただしこれは正鵠を得ているとはとても言い難い。テラノイドの歴史、クラカロイドの歴史、そして直接の原因が貴重な資源をめぐるものだったことを鑑みれば、この戦争が偶発的に起きたものと結論づけるのが最も自然だ。
この戦争により、跳躍粒子にとっては事態が好転することとなった。
二十年という長期に渡った戦争は、テラノイドにも、そしてクラカロイドにも相当数の死者と共に、行方不明者を出すこととなった。跳躍粒子にとって好都合なことだっただろう。
クラカロイドは機械生命体である。ゆえにクラカロイドは行方不明者の捜索をしない。彼らには埋葬という文化はなく、そして思考共有通信を持つ彼らにとって、行方不明はもうすでに喪失が確定しているからだ。
跳躍粒子はそのことを知っていた。だから跳躍粒子にとってみれば、クラカロイドの行方不明者を回収したところで、その暗躍の痕跡が見つかる恐れは非常に低かったというわけだ。
そして回収したクラカロイドを、徹底的に分析した。
やがて跳躍粒子は、クラカロイドの心臓部であるコアの秘密を知ることになる。コアには、かつてクラカロイドが滅ぼしたクラカ人の生体遺伝子が組み込まれている。それを発見した跳躍粒子は、それに寄生することで彼らを操る術を習得することとなった。
その後、始まってから二十年を経て、両者の戦争は終わりを迎えた。
その際クラカロイドは、講和条件として、ささやかな要求を一つ示した。
ある特殊な能力を保有するテラノイドを、特殊な個体であるクラカロイドに引き合わせること。
それが誰のことであるか、殊更言うまでもなく、よく知られている。
クサカ・マサキ一等兵、そしてコルティナ少尉のことだ。
しかしそのことは跳躍粒子にも知られることになった。そして跳躍粒子もまたこのとき、ついに動き出したのだ。
悲劇はそして始まった。
とはいえ、この二人の物語はあまりにも有名で、あらゆる形で老若男女に至るまでよく知られ過ぎている。
そのため、あえてここで記述する必要はないだろう。
人類の新たなる目標。
テラノイド百二名、クラカロイド五十三名。合計百五十五名。
これが星系間航法を失った後の、この星系における人類の総数である。もはやこの人口は、他の星系から影響を受けることはできず、ただこの系の中で循環することとなった。
けれど人類は、諦めることはない。
生命体として、生き続けようとする。それゆえに生命体なのだ。
そして人類は、ここから新たなる文明を育てることとなった。
人類は誓った。いつしか、新たなる星系間航法を見つけ、別々となってしまった同胞との再会を果たすのだと。
だがそれは難しいだろうと、おそらく誰もが考えた。当時の人々が生きている間には、実現不可能だろうと皆感じていた。
であるならば、ここをあらたな故郷とするべきだ。
そうして、テラノイドとクラカロイドの区別なく。
この惑星に、新たなボルタ人として。
確固たる文明を築くことこそが、人類の新たなる目標となったのだ。
※
「もうすぐだね」
「ん。会えるのが楽しみ」
交わされるその言葉に、僕はなぜか既視感を覚えた。でもそんなはずはないとすぐに思い直す。
X-778星系第三惑星、通称ボルタ。
この星系の全人類が暮らす地上基地。
そこにある重要な施設を、僕たちは訪れていた。
その施設は、かつてはクラカロイドの宇宙ステーション内にあった。
そして、元々はテラノイドの基地であったここへと、移設された。
揺り籠。
それは、クラカロイドのコアが生まれるところ。
新たな命が誕生し、そしてそれが育まれるところ。
「すぐに外殻を取り付ける」
「うん、そうだね。だけど、なんでだろ……。僕たちの子どもというより、ティナの妹って気がしちゃうよ」
円筒形の装置内、緑色の液体の中に浮かぶコア。
まもなく成熟し、そうして揺り籠を脱する新たな命。それに取り付けるべき各種パーツ――頭の付いた胴体、右腕、左腕、右脚、左脚はすべて装置の傍に準備済みで、コアと接続されるのを静かに待っていた。
コル型と呼ばれる外殻。それはティナと同じシリーズのもの。ただしこの星系では手に入らない素材は別のもので代替している。だから完全には同じではないのだけれど、見た目は全く同じ。
そしてもちろん、その胴体には臍があり、両腕両脚の制御点もある。
要するにティナと全く同じ位置に外部端子が備えられている。
それをちらりと見た僕は、どうしても考えてしまう。
「やっぱり、僕がやらなきゃいけないんだよね、機体検査」
「当然。マサキ以外できない」
ティナの持つデータを継承し、そして僕の遺伝子を組み込んだコア。
それは僕と彼女が望んだ、僕と彼女の子ども。
そのコアにコル型の外殻を取り付けるのは、至極当然のことだった。
コル型はテラノイドに対して最適化された存在で。
というよりもテラノイドの中でも、特に僕のような存在を前提に造られていて。
そして僕のような存在がもし他にいるとしても、人類は跳躍粒子を失い孤立してしまったのだから、もはや僕だけしかいないも同然だった。
「なんだかこう、やってはいけないことのような気がするんだけど」
いまから生まれてくるのは、自分の娘だ。
「問題ない」
でも彼女は以前と変わらない。
「専用の服を作った。だから脱ぐ必要はない」
いや、どうも変わったようだ。
「そうなんだ、じゃあティナもそれを……」
「わたしは着ない」
なぜ?
「マサキはわたしの特別だから」
うん、そっか。その気持ちはとても嬉しいね。
だったら。
「僕にとってもティナは特別だよ」
君と出会えて、本当に良かった。