原始人戦記 ~原始時代に転生した自衛隊員の話〜 作:いぬがみとうま
日の出の三十分前。
背中にこびりついた泥を剥がすようにして覚醒した。
長い間レンジャーとして生きてきた生活習慣は、肉体が子供に変わろうとも魂に深く根を張っている。
身体の節々は錆びついた機械のように軋み、空腹による眩暈もまだ消えてはいない。だが、昨日胃に流し込んだ泥付きの根菜が、微かな熱量となって血管を巡っているのを実感した。
――
サバイバルにおいて、最も重要なのはこれだ。
ゴルゴンたちのように、不確実な獲物を求めて一日中森を駆け回るのは、あまりに燃費が悪すぎる。
一回の狩りに費やすカロリーが、得られる獲物の栄養価を上回れば、それは緩やかな自殺でしかない。
一方、俺が仕掛けた罠は、俺が眠っている間も二十四時間休まず稼働し続ける自動攻撃端末だ。設置時のわずかなエネルギー消費で、永続的なリターンを狙う。この合理性こそが、原始と現代を分かつ境界線となる。
「ん……ウル、もう行くの?」
寒さを凌ぐために、身を寄せていたリアが起き上がる。
洞窟内を支配する沈黙の中、彼女の声が響く。
「ああ。罠の確認だ。キル・ゾーンに獲物が飛び込んでいる頃だからな。リアも来るか?」
俺たちは朝露に濡れた森の境界線へと向かった。
視界を遮る濃密な霧の向こう側、昨日仕掛けた蔦の仕掛けが、不自然な角度で天を指しているのが見えた。
「……いたぞ」
そこには、首を強く締め上げられ、すでに絶命した跳ねネズミがいた。
ウサギほどの大きさがあるが、脚力に特化したその肉体は、この未開の地では貴重なタンパク源だ。
「嘘……本当に、捕まってる……」
リアが驚愕のあまり、口を抑えて立ち尽くす。
俺は冷徹に獲物を回収し、腰に下げた鋭い石片で素早く血抜きを施した。
獲物を追い回してストレスを与えれば肉質は落ち、血が回れば腐敗を早める。その場で
「獲物は追うものではない。そこにあるべきものだ。……行くぞ、ほかの罠も確認する」
残念ながら罠にかかっていたのは一匹。獲物を手に洞窟へ戻ると、焚き火の周りにたむろしていた連中の目が一斉に釘付けになった。
死を待つだけだった虚無の瞳に、生々しい「食欲」という光が灯る。
「そんな跳ねネズミ一匹で、何が変わるというのだ」
影の中から、ゴルゴンが這い出してきた。
その巨躯から放たれる威圧感は健在だが、俺の手にある肉を見た瞬間、その喉仏が小さく動いたのを俺は見逃さなかった。
「この一匹は、ただの肉じゃない。お前たちが不可能なことを、俺の知恵が可能にしたという『事実』だ」
俺はゴルゴンを無視し、リアに指示を出した。
この肉を真っ先に食わせるのは、族長でも、みんなに分けるでもない。
「リア。これを最も弱っている子供と、その母親に分けろ」
「えっ……でも、獲物が捕れるウルやゴルゴンが食べなきゃ……」
「目先の筋肉を維持するより、集団の士気を買い戻す方が先だ。赤ん坊が泣き声を上げれば、この部族は自分が生きていることを思い出す」
これは情なんかではない。集団を維持するための組織論だ。
肉を焼く間、俺は非効率な焚き火の組み方にも手を加えた。
ただ薪を積むのではなく、
逃げていた熱が一点に集中し、洞窟の壁が微かな放射熱を帯び始める。
「……すごく温かい。昨日までと全然違うわ、ウル」
リアが感嘆の声を漏らし、俺を見る目が変わる。
先日聞いた咆哮の主。
彼女から「大角熊」の話を聞き出す。大地を揺らし、一撃で大木をへし折るというその怪物は、部族にとって抗えぬ災害そのものだった。
だが、話を聞き終えた俺の口角は、無意識に吊り上がっていた。
夕闇が迫る頃、俺は一人で森の入り口に立っていた。
罠による小手調べは、これで終わりだ。
この部族の未来を救うには、あの圧倒的な暴力を排除し、その毛皮と肉を奪い取らなければならない。
今、俺の手には、まだ石片しかない。
だが脳内ではすでに、火薬を使わずに巨獣の厚い皮を貫く「次なる武器」の設計図が組み上がっていた。
――――――ଘ(੭ˊウˋ)੭✧あとがき✧――――――
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