原始人戦記 ~原始時代に転生した自衛隊員の話〜 作:いぬがみとうま
翌朝、俺たちは再び森の境界線へと向かった。
後ろにはリアだけでなく、数人の若者たちが付いてきている。昨日、俺が仕掛けた罠が実際に獲物をもたらしたのを見て、彼らの死んでいた瞳に微かな
結果は、跳ねネズミが三匹。
一匹はまだ生きて暴れていたが、俺は躊躇なくその頸椎を折り、絶命させた。
――これは「狩り」ではない。食料の
生存において、不安定な「獲物との遭遇」に命を懸けるのは、博打に過ぎない。
集落に肉が戻り始め、洞窟の奥からは、昨日まで死を待つだけだった赤ん坊の微かな泣き声が響くようになった。
泣く。それは、生命活動を維持するためのエネルギーが身体に回っている証拠だ。
集落の士気が、確実に一段階、底を打って回復へと向かっていた。
だが、その微かな安寧は、昼過ぎに帰還したゴルゴンら狩猟隊によってかき乱された。
「どけ! 役立たずども!」
怒号とともに彼らが引きずってきたのは、巨大な牙を持つ「牙猪(キバイノシシ)」だった。
軽自動車ほどもある巨体、丸太のような太い脚。その獲物の大きさに、集落の連中は歓喜の声を上げ、ゴルゴンを英雄のように称える。
反面、俺の目はゴルゴンの後ろを歩く男たちを見ていた。
一人は足を引きずり、一人は脇腹に、骨が見えるほどの深い裂傷を負っている。止血も不十分で、傷口からはどす黒い血が滴っていた。
――損害率:二十パーセント。
一回の成功のために、貴重な戦力を再起不能に近い形で損耗させる。これは「力押し」という名の浪費だ。
「見たか、役立たずのウル。飛びネズミみたいな小動物など、女子供の遊びに過ぎん。これこそが、男が手にする真の食料だ」
ゴルゴンは猪の巨体を広場に投げ出し、俺を挑発するように鼻で笑った。
夕刻。広場では血の臭いを撒き散らしながら、肉の解体が始まった。
滴る鮮血の臭いが、濃密な湿気を含んだ風に乗り、原生林の奥へと吸い込まれていく。
突然だった。
森の鳥たちが一斉に羽ばたき、不吉な羽音が空を覆った。
直後、周囲に「音のない重圧」が立ち込めた。
霧の向こう側から、地響きが伝わってくる。一歩、また一歩と、大気が震えるほどの質量が近づいてくる。
洞窟の入り口に立っていた俺の肌に、猛烈な殺気が突き刺さった。
現れたのは、巨大な岩そのものが動いているかのような巨体だった。
大角熊。
きっと牙猪の血の匂いに誘われてきたのだ。
岩をも容易く粉砕するであろう巨大な二本の角。鋼のように硬そうな毛皮。その瞳には、知性すら感じさせる冷酷な捕食者の色が宿っていた。
――脅威度評価:測定不能。
推定体重は一トンを超えているであろう。あの一撃を受ければ、人体の構造など瞬時に崩壊する。この距離、この部族の備えている武装での生存確率は、限りなく零だ。
「構えろ! 槍を出せッ!」
ゴルゴンが絶叫し、戦士たちが槍を突き出す。
だが、その槍先は、猛獣の咆哮一つで無様に震えた。
巨大な熊は、人間を敵とすら見なしていなかった。ただ、そこにある「肉」を奪いに来ただけだ。
ゴルゴンが渾身の力で放った槍が、熊の肩に命中した。
コキィン、と。
まるで岩を叩いたかのような硬質な音が響き、石の槍先が虚しく弾け飛んだ。
厚い皮と皮下脂肪。それは原始の防弾チョッキそのものだった。
熊が、前足を軽く振り下ろす。
ゴルゴンが盾代わりにしていた半分に割った太い丸太が、紙細工のように粉砕された。その衝撃だけで、ゴルゴンは数メートル後ろの岩壁まで吹き飛ばされ、呻き声を上げた。
熊は悠然と歩み寄り、牙猪の死体を丸ごと咥え上げた。
集落を睥睨し、その圧倒的な実力差を見せつけるようにして、堂々と森へと去っていく。
残されたのは、奪われた食料と、絶対的な強者への恐怖だけだった。
深夜。
焚き火は小さくなり、絶望に沈んだ洞窟内。
誰もが、自分たちの無力さを呪い暗く沈んでいた。
俺は一人、焚き火の傍らで「大角熊」の装甲を分析していた。
筋肉の力、その腕の延長にある槍では、あの皮は貫けない。
必要なのは、腕の長さそのものを拡張し、
俺は拾い上げた堅い枝を、鋭い石片で削り始めた。
先端にフックのような溝を作る。
人力の限界を超え、槍に音速に近い初速を与える。
「
文明の利器を使わずとも、物理法則を利用すれば、現代武器並の破壊力を生み出せる。
「……奴は俺たちの食料を奪った。ならば、次は奴自身が、俺たちの冬を越すための『食料と毛皮』になってもらう」
俺の脳裏に狩猟計画が浮かぶ。
ただでは転ぶわけにはいかない。生き残らなければならないのだ。
――――――ଘ(੭ˊウˋ)੭✧あとがき✧――――――
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