原始人戦記 ~原始時代に転生した自衛隊員の話〜   作:いぬがみとうま

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第7話:武器づくりと訓練

 

 立ち枯れた大木の幹には、俺が放った槍が深く突き刺さったままだ。

 

 翌朝、広場に集まった若者たちは、その槍と俺の顔を交互に見て、蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。

 

 その隅では、昨日の敗走で全身に泥と血をこびりつかせたゴルゴンが、苦々しげにこちらを睨んでいる。だが、その瞳にはかつての傲慢さはなく、理解不能な力に対する得体の知れない恐怖が混じっていた。

 

 ――軍事教育的アプローチ。

 今、彼らに必要なのは激励ではない。圧倒的な結果(・・)に基づいた絶対的な指揮権の確立だ。

 

 個人の武勇に依存する「狩猟」は、不確定要素が多すぎる。

 組織として機能し、確率で敵を圧倒する「軍事行動」へと、彼らの意識を強制的にアップデートさせる必要がある。

 

「いいか、みんな。俺が教えるのは、英雄になる方法ではない」

 

 俺は低く通る声で告げた。

 

「誰一人欠けずに、獲物を殺して戻る方法だ。英雄になりたい奴は今すぐ森へ行って死んでこい。生きたい奴だけ、そこに並べ」

 

 若者たちは顔を見合わせ、やがて一人、また一人と俺の前に列を作った。

 リアがその横で、どこか誇らしげに俺を見つめている。

 

 まずは兵站(ロジスティクス)の整備からだ。

 俺は全員に、同じ長さの枝、同じ重さの石、同じバランスのアトラトルを作らせた。

 これまでの彼らの槍は、各自が思い思いに作ったバラバラの代物だった。だが、俺は「標準化」を徹底させた。

 

 ――兵器の標準化。

 誰が持っても同じ性能を発揮し、戦場で仲間が落とした槍を拾っても違和感なく使える。

 

 この「互換性」こそが、近代軍隊の基礎であり、集団戦闘における生存率を飛躍的に高める鍵となる。

 

 

 リアが率先して木を削り、女性や子供たちも穂先になる石を集め始めた。洞窟の前は、さながら原始の兵器工廠(アーセナル)と言ったところか。

 

 昼過ぎからは、基本教練(ブートキャンプ)を開始した。

 

「右、左、右、左! 列を乱すな! 隣の奴の肩を見ろ!」

 

 原始の若者たちにとって、「命令に従って歩調を合わせる」という行為は未知の体験だろう。

 

 最初は足がもつれ、互いにぶつかり合い、混乱が広がった。

 俺は手にした木の棒で、乱れた列を叩いて修正する。

 

「足が止まっているぞ! 横の奴が死んだらお前も死ぬと思え! 呼吸を合わせろ!」

 

 何度も、何度も。泥にまみれ、息が切れるまで同じ動きを繰り返させる。

 

 ――規律の心理的効果。

 極限状態において、人間を動かすのは勇気ではない。それは、思考を介さずに身体が動く「条件反射」だ。

 

 規律こそが、大角熊という死神を前にした時に、身体を硬直させない唯一の防壁となる。

 

 一人で戦えばただの獲物だが、十人が一つになればそれは「壁」になる。その感覚を、彼らの筋肉に刻み込んでいく。

 

 夕刻、崖下の仮設練習場でアトラトルの投射訓練を行った。

 俺はまず、アトラトルの正しい持ち方と、手首のスナップの重要性を説いた。

 

「ただ投げるんじゃない。アトラトルが腕の延長だと思え。最後の一押しで、槍に回転を乗せるんだ」

 

 シュッ、と鋭い風切り音が連続して響く。

 若者たちが放った槍が、三十メートル先の標的に次々と突き刺さった。最初は届かなかった槍が、コツを掴むたびに飛距離を伸ばし、標的を深く穿つ。

 

「すげえ……あんなに遠くまで、重い槍が飛んでいく……!」

 

 一人の若者が、自分の手を見つめて震える声を出した。

 

 ――アウトレンジ攻撃の優位。

 敵の牙が届く距離を避け、一方的に損害を与える。

 

 近代戦の鉄則を石器時代に持ち込めば、それはもはや一方的な蹂躙になる。彼らの瞳には、恐怖ではなく、獲物を追い詰める猟犬の鋭い光が宿り始めていた。

 

 

 

 その日の夜、俺は焚き火の傍らで地面に砂を盛り、石を並べた。

 

「これが地形図だ。よく見ろ」

 

 砂上の作戦会議(ブリーフィング)

 俺は指で地面に谷間の絵を描き、石を配置していく。

 

「大角熊は、この狭い隘路(ボトルネック)へ追い込む。ここなら奴の巨体は自由を奪われ、横への回避ができなくなる」

 

 石を指差し、役割を割り当てる。

 

「一つの班は、この出口を塞げ。槍を構えて壁になれ。奴が突っ込んできても、絶対に列を崩すな。後ろには、もう一つ班が控え、奴の気を引く。……囮役だ。だが、死ぬ必要はない。俺の合図で、この大岩の影へ飛び込め」

 

 若者たちが固唾を飲んで俺の手元を見つめる。

 

「主攻部隊は、この高台に陣取れ。奴が隘路に入った瞬間、アトラトルで一斉射撃を浴びせる。狙うのは奴が前脚を上げた瞬間、露出する脇の下だ。そこだけが、奴の心臓に届く弱点だ。……分かったな。これは個人の手柄を競う場じゃないからな」

 

 ――包囲殲滅(エンサーキュメント)の戦術理論。

 敵を一点に追い込み、逃げ場を奪い、最大火力を集中させる。

 

 大角熊は、もはや畏怖すべき死神ではない。

 

 

 重たい雰囲気が今夜は心地よい緊張感へと変わっていた。

 明日、俺たちは「死神」を殺しにいく。

 

 




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