本能寺の変をネタに全振りしたらこうなった 作:垂直離着陸式扇風機
実際の歴史においてそれがあったのは、天正10年、5月28日のことである……らしい。
ある記録にはそのように書かれているが、別の記録では日にちが違っていたりもするようだ。
無論、これは実際の歴史の話でないのだからいつであっても、場所も名前も違っていて、何一つおかしくはない……わけではあるのだが。
元ネタを知ったうえで見くらべるなどしてみれば、何が起きてどこをどう変えたかといった読み方もできようというもの。
少しは得をした気もできるのではないだろうか。
さて、こちらの世界でテンショーのジューネン。
主人公、明智日向守光秀、ではなく、ア・ケーチ・ヒュー・ガノカー・ミッツヒ・デーは、四角で細長い木の札を手にため息をついていた。
集まってくれた人々に失礼なこととは思いながらも。
アッター・ゴンゲーンで開かれたジェンガの会での出来事である。
ジェンガの会とは何か。
そのすべてを説明するのは難しい。
思いつかないので。
簡単に言えばジェンガである。
レンガのような木札を使って、ジェンガをしながら連歌をおこなうのである。
時には、詠んだ歌を記した木札を井桁、♯のような形に組んでいってファイヤーストームをやったりもする。
参加した者はマシュマロや下ごしらえした食材を串に刺し、火であぶって食したりする。
熱の伝わりが良い場所をめぐって、激しい争いが起きることもある。
バッ・テーレンの従者などの話では、セイヨーで行われているフォークに刺さった腸詰肉を使った決闘 *1 と似ているとか似てないとか。
特に理由もなく、ただの思いつきでそう決めた。
気にしてはいけない。
ア・ケーチがジェンガの会を開いた理由は、10日ほど前に急ぎ戦の応援に向かえと命じられたからである。
急げと言われた以上、支度が終わり次第すぐに出発するのが基本である。
とは言っても。
慣れ親しんだ者たちに挨拶の一つもしたくもなるのは当然のこと。
向かう先では戦いがある……
嫌とまでは言い難い。
戦って相手を討つか味方に加えるかして、自らの地位を高めてきた。
そのようにして長い人生を過ごしてきたのだから、戦そのものの否定はできない。
しかしながら、長く過ごしすぎたか体のあちらこちらで起きる痛みが容易に抜けなくなった。
こうしている今も、腰が痛い。
いかん、いかん。
まずは発句をしなければ。
ジェンガの会を開いたのは自分なのだから、最初の句を詠まねばならぬ。
「では……時は今……」
まあ、無難に始めたほうがいいだろう。
さて、どう続けようか。
「雨が下しる……ううううむ……」
今一つ語呂が良くないように思えてきた。
「下なる……下たる……うううむ……ま、まあよい」
最後のほうはつぶやくようにゴニョゴニョと濁して、木札に下しる、下なる、下たるの3つを横並びにして書きつける。
そして最後に、
「五月かな」
と、言い切って木札に記し、積み上げてあるジェンガの横に置いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
句に込めた意味をわかってくれるであろうか。
ア・ケーチは心配になった。
これから遠くに行かねばならない。
土地が変わる。
天気も変わる。
どちらも年を取った身にこたえる。
なのに、ここを離れねばならない。
見知ったあなたたちとも会えなくなる。
これが今生の別れになるやも知れぬ。
どうか寂しいと思う胸の内を察してほしい。
そう伝えるつもりで発句した。
やはり、表現に困ってしまったためにおかしくなってしまった気がする。
さて、どうであろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ア・ケーチに呼ばれたうちの一人が、木札を引き抜いた。
「みなかみまさる」
こ……これは判断しがたい。
ア・ケーチは、しょぼしょぼしかけている目を閉じた。
雨が降れば川の水は増える。
まったくもってそのとおり、なのだが。
「う……ううむ……」
口の中で呻いて考え込んだア・ケーチは、句の後半ともう一人の詠み始めの部分を聞き落してしまった。
慌てて意識を戻し、言葉の続きに注意を向ける。
「流れの末をせきとめて」
「う……うむ……」
わしの思いをわかってくれたか。
ア・ケーチは、大きくうなずきそうになった。
雨中の別離は確かに風情がある。
とは言っても、別れなくて済むならばそうせずに済ませたい。
親しんだ仲ならば、そう思うものよなあ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ア・ケーチの姿を見守る二人はそっと互いに視線を向け、相手が自分と同じように不安げな表情をしていることに気がついた。
どうなされたのであろうか……二人には、ア・ケーチの内心を図りかねていた。
ジェンガの会を開くと知らされた時二人の心に浮かんだのは、「ああ、やはり」と「いよいよついに」という言葉であった。
例えるならば、重要な場でこっそりと確認していた試合中継でひいきのチームが大逆転を決めた時のように、「いよっしゃあああっ!!」と大声で叫びそうになったのを必死に抑えている状態に近かった。
なぜならば、二人は予定調和よりもスリルあるドラマを求めていた。
大好物であった。
天下がこのまま決まってしまうなんて、つまらない。
どうせなら、ここからひと波乱でもふた波乱でもあってほしい。
そして、もし何かあるのならば特等席で見守りたい。
そう思っていたところであった。
「やってくれるぞぉ! やってくれるぞぉぉっ! それも、誰も予想してなかった超大穴、まさかの知り合いだぁ! 極上のエンタメキタアアアアアっ!!」
元ネタになった人物がそう思っていたかはわからない。
しかし、ここの二人はそうであった。
そもそも、これから出陣という忙しいさなかに特に用もなく会うなどあり得るであろうか。
きっと、思い詰めていた大事を打ち明けるつもりに違いない。
そう思い込んでいた。
もちろんだいぶ後になり冷静になってからならば、気分転換であったり、様々に理由があってのこととも考えることはできたであろう。
しかし、その時にはまったく思いつかなかった。
で、あるからして。
ア・ケーチが何やら言いたそうにモゴモゴし続けているのをじれったくも感じていた。
You、殺っちゃおうZE☆の精神でしょう。
ほかに何があるというのですか。
「みなかみまさる」はその勢いでの意味で、「流れの末をせきとめて」は最後まで止めないからねの意味で伝えたつもりだった。
ア・ケーチが次の句を詠もうとして一番上の木札に手を伸ばしたのを見た時も、その考えは覆らなかった。
さあ、どのようなことをなさるおつもりか打ち明けられよ。
ジェンガの作法にのっとれば故事に仮託もできましょう。
言外に意味を含ませることもできましょう。
私どもも打ち明けやすいよう、お力添えをいたしますぞ。
二人はエージャナイカの振りつけで踊りそうになる心を必死に抑えながら、ア・ケーチの動作一つ、呼吸一つを凝視していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ア・ケーチは非常に疲れていた。
腰の痛みも抜けていなかった。
さらには会の前に道中の無事を祈念するつもりで引いたくじで二度も凶が出てしまい、気分が落ち込んでもいた。
なかなか良い句が思いつかず、申し訳なく感じてもいた。
それゆえに。
自分を見る二人の視線にも、表情にもまるで関心が向いていなかった。
「ううむ……しかし……」
世の中が常にうまくいくとは限らないではないか。
ア・ケーチは、ジェンガの一番上から取った木札を見た。
手が微妙に震えていて、途中から引き抜けば崩してしまいそうだったから。
むしろ一気に崩してしまい、受けを狙ったほうがよかっただろうか。
ああ。
いかん、いかん。
自分の都合ばかり考えるのは失礼であろう。
もてなす立場に相応しい振る舞いをしなくては。
その仕草、表情、口から出る言葉、声のすべてが相手の誤解を深めていることに気がつかないまま、ア・ケーチは次の句を詠み始めた。
その日は、このようにして暮れていったのである。
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第2話は14時