【貴方は、なんのために生まれて、なんのために生きるのか】
他者に聞けば、回答をするものも、濁すものもいる。ただ、それが正解か、不正解か。それは誰にも分からない。おそらくそれは神だけが知りうる事なのだろう。
だが、私はそれが知りたい。これは知的欲求ではない。まるで無限の虚無が続く荒野を走る、私の人生にゴールを設けるため。ここまで走ったら終わりというテープが、目標が、最後が欲しい。
故に私は、都合のいい英雄譚の様に、都合の良い贖罪譚の様に、終わりを迎えた物語の様に、人生に明確な理由が定まっている者が妬ましい。拍手喝采で終わる物語でなくても良い、ましてや私が主人公の物語である必要もない。
ただ、なぜ私が生きて、なぜ私が生まれたのか。その理由だけ知れれば良い。例えそれがどれだけ救いのないものであったとしても。
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まるで人目を拒むように木々に囲まれた森の中、簡素な小屋が建っている。室内には少しばかりの本と、整えられた寝台。その中央に置かれた机で男女が2人向かい合っている。男は無地のシャツにジーパン、女は白いワンピース。服装も見た目も一目見ればただの人間。だが、彼らは人ではない。その為、正確には2人では無く。二者とでも言うのが正しいだろうか。
「それを知らないと死ねないのかしら」
口元を扇で隠して怪しげに笑う女。彼と彼女の邂逅は初めてではない。他者との関わりをあまり好まない男だったが、どれだけ戸締りしようとも家の中にて待っている女を何か超常のものであると察し抵抗を諦めた。
「いえ、そのようなことはないですよ。ただ、何事にも目標が必要だと。そういうお話です。長くて1世紀生きれる人間も同じだと考えていますよ。終わりを迎えるその時に、幸福であったかの一つの指針にはなると思っていますので。貴方にも何か目標があるのでは?」
「そうね。その通り。私にも目標はあるわ。ただ、私としては人生の意味を求めることは枷になってしまうと考えているの。定められたゴールがあるというのは幸福なことよ、ただそれを考え、選ぶ時間もまた人生を彩ってくれる。少なくとも他者に決められる様なものではないわ」
「その通り。これは少なくとも他者に決められる様なものでは無いのでしょう。ただ、私にはわからないのです。こうなのでは?と思考することはあっても、それが真実だとわかることはない。他者に聞いたとしてもそれが真実かはわからない。故に誰かに決めて欲しい」
話題は決まっていない。ただ、のんびりと目的も目標も無く。何かについて語り合う。最初は勝手に侵入し、勝手に話を進める女が少し邪魔であったが、今となってはもう慣れてしまった。
そして本日の話題は【なぜ生まれ、なぜ生きるのか】非常に哲学的な話題だ。それに私自身、この生の中で考え、答えの出ていない命題でもある。
「その気持ちもよくわかるわ。自分のその選択で自分の今後が決まるのは恐ろしいこと。それは、人よりも長い時を生きる我々にとってはなおのことでしょう。なら、私がそれを決めても?」
扇子を置き、しっかりとこちらの目を見てくる。男は、女が何か冗談を言っている訳ではない事を察し、問いかける。
「決める?」
「そう。今目標がないのなら、私が決めてあげる。もし違うと思うのならば途中で変えれば良いわ」
男は女が自身を利用したいということには気づいた。正直なところ、ここに初めてきた時から彼女がただ雑談をしにきただけというわけではないことは気付いていた。いつもであれば拒否しただろう誘い、だが、男はそこにある彼女なりの心遣いも感じていた。
「面白いことを言いますね。でも、聞きましょう。最初からそれが目的だったのでしょうが、貴方の優しさもあるのでしょうしね」
「気づいていたのね。まぁいいわ。貴方に私の幻想郷に来て欲しいのよ」
彼女がなぜこんなことを言うのか、男にその理由はわかっている。この森は記憶が掠れて塵になるほど昔からこの地にある。数十年ほど前までは人間に信仰されていたりもしたが、今は誰1人来ない。森の外を確認しようとしたことはないが、少しずつ森が減っていることはわかっていた。そして男は理解している。遠くない未来、彼のいる場所も無くなることも。
故にこれは彼女からの救援でもあった。
「来て欲しい。また奇なことを言いますね。その幻想郷がどんなところか想像も出来ませんが、推察はできます。ですが、私は有名な神でもなければ名だたる妖怪でもない。私を誘うくらいであれば、もっと他の方を誘っては?」
「確かに貴方は名だたる大妖怪でもなんでもないわ。けれど、貴方はもう私の友人だもの。理由としては十分ではないかしら」
友人、そう言われてしまえばそれで終わり。確かに、友人を助けたいと思うのは当然の事と理解できる。ただ、男は同時に彼女がそんなにも直情的に動くような者ではないという事も理解していた。故に、まだ回答はできない。
「友人ですか。確かにそうであれば理由として十分でしょう。では、私にどの様な目標をくれるのですか」
「住民のお悩み解決ね」
「はい?」
思わず聞き返す。何か巨大な悪を撃つだとか、力の譲渡して欲しいだとかそう言ったことかと思っていた。ただ、出てきたのは意味のわからない言葉。別に力を求めるでもなんでもない。
「住民が悩みを解決できずに異変を起こしててね。相談役が必要だったのよ。そしてそれは私情を全く挟まない第三者である必要がある。人間でも神でも妖怪でもなく。幻想郷の創立に関わっていない者である必要がある。そんな条件で色々探していた時に貴方を見つけたというわけ」
「そんな目的が...ですが私はそんなにも良い相談役にはなれませんよ」
「いいえ。適任よ。少なくとも私はそう思うし、貴方昔は人間やここにいた妖怪の悩みを聞いていたでしょう」
「...物知りですね」
実際男は昔、人間も妖怪もまだ見かけた時代に、多くの相談を受けて解決を手伝った。だが、なぜそんな過去のことを目の前の女が知っているのか。そこまで考えて女が怪しく笑っているのに気づく。
失敗した。
きっと女はこのことを知らなかった。おそらく正解は知らないと言い張る事だった。そして男の反応で持って
「酷いことをする」
「ブラフを敷いたけど、適任だと思っているのは事実よ。幻想郷は全てを受け入れる。妖怪でも神でも、人間でも、なんでもね。故に、対立であったりさまざまな問題が発生する。それに、多くの人々に関わった方が、視野も広がると思うわよ。ここにいて、貴方の求める答えも分からず消えるのか、幻想郷に来て他者を助けながら続きをするか、好きな方を選ぶといいわ」
言いたいことはもうない。あとは私の回答のみ、そういうことだろう。何も言わずにこちらを見つめてくる。
とても長い時間を過ごしたこの土地に思い入れはあるが、人々の発展にこの地の木木が、土地が必要なのであればこの地を荒らす人を恨もう祟ろうなどとは思わない。
人々は、過去に比べ大きく発展した。何度か外の世界を見に行ったことがある。出るたびにそこには別世界が広がっていた。最初は木々を組んだだけの家が、気付けば石材に変わり、今となっては天を貫くような巨大な建物もある。一度全てが焼き払われたこともあったが、彼らはすぐに復興した。彼らにはもう私のような者の力は必要ない。彼らは彼ら自身の力で生きていくだろう。
「分かりました。行きましょう。ただ、出発は明日にしてください。私としてもしたいことがあります」
「あら、即答ね。少しは迷うかと思っていたわ」
「迷いが無いわけでも、思い入れが無いわけでもないですよ。ただ、私のような存在はこの辺りが潮時なのかなと、そう思っただけです」
「そう。なら明日迎えにくるわ。あっちにもう家は用意してあるから家具はいらないわよ」
「どうやって自給自足するかと思っていたのですが、必要ないですか」
「あくまでこちらはお誘いしてる立場ですもの。それに、相談に乗る場所も必要でしょう?」
「それもそうですね。でしたらまた明日、この場所で」
女よりも先の立ち上がり、戸を開く。ただ、女はこちらを見て笑うのみ。いつもは扉を開けばそのまま立ち去るので理解がしきれない。
「行くのは明日ですよ」
「私がどうやっていつもここにいたか気にならないかしら」
「あぁ、確かにそれに興味はありますね。鍵を壊したりしているわけではなかったので、超常の力かと想定はついていますが」
「明日はこれを使って移動するし見せておくわ」
女が立ち上がり、手をかざすと何もなかった場所に亀裂が入り、左右に避ける。中は何も見えない闇、そこから大量の眼球がこちらを見ていた。
「なるほど。いわゆる空間移動の類ですか。であれば納得です。どこかに穴を開けられたとかではなくて良かった」
「その通り、理解が早くて助かるわ。では明日、またこの家で」
それだけ言い残し、女はその裂け目に入っていく。体が全て入るとゆっくりと裂け目が閉じ、なにもなかったかのように消えた。
「なるほど。これは気付けない」
男は1人、呟くと扉を開き、外に出る。日はすでに傾き始めていた。鍵を閉めることなく、道すらない森の中、まるで道が見えているかのようにすれ違う木々に触れながら歩く。家が木々に隠れて見えなくなったくらいで、複数の木の根がまるで協力するかのように絡み合うことで作られたアーチが現れる。それをくぐると、目の前に一際大きな木が現れた。その根元に人1人が入れそうな空洞ができている。男はそこに入るとそのまま体を預けるように横になる。そしてゆっくりとその目を瞑る。