「まずは空を飛んでもらうわ」
「はい?」
弾幕ごっこと呼ばれる遊技の内容を知るために八雲紫の後を追って外に出たら男は困惑していた。家から少し離れた場所まで歩き、最初に飛んできた指示が、空を飛べというものだったからだ。
「こうやって飛ぶのよ」
目の前で八雲紫が当然とばかりに体を浮かす。だが、それを見ても男は困惑するばかり。
「待ってください。それは一体どういう原理なのですか。空を飛ぶのは翼を持つ者たちのみかと思っていました。昨今、人間は機械を使って空を飛んでいるようですが、貴方が言った機械をつけているようには見えませんし」
目の前で綿毛のように浮かぶ八雲紫を見て男は少し跳ねたりするものの、重力は彼を解放する気がなく、大地に引き戻す。
「説明となると難しいわね。妖力であったり神力を使って体を空に固定しているとでも表現するのが正しいかしら。人間ではないのだから、おそらく貴方にもできると思うのだけど」
「なるほど。固定概念を捨て、空に自分の位置を固定すると」
男は少し考えたのちに目を瞑り再度跳ねる。すると不思議なことに男の身体は重力から解放された。そのまま、感覚を確かめるように上下左右に動いて首を傾げて着地する。
「これは面白いですね。ただ、なれるのには少し時間がかかりそうです。まだ自分のイメージ通りには動けませんね」
「慣れていけばいいわ。次に弾幕の出し方よ。まぁ、飛ぶのと同じね、弾をイメージして相手に飛ばす。以上」
「かなり抽象的ですね...ただ、なんとなくは理解できました。これを撃ち合うということですね。」
男が右手を掲げるとそこに白い弾が生まれる。不思議そうにそれを眺めて拳を握ってそれを消す。
「さすが、飲み込みは早いわね。では実践と行きましょう。私が相手だと流石に悪いからこの子に手伝って貰うわ」
徐にスキマが開かれ、そこから茶髪に猫の耳が生えた幼い少女が現れる。その後を追うように金髪の狐の耳が生えた女性が現れ、男に対し仰々しいお辞儀をした。男もそれに合わせて軽く会釈をする。
「ようこそ幻想郷へ。私達は紫様の従者、藍と橙と申します」
「ご丁寧にありがとうございます。私にはまだ名前がなく、名乗ることは出来ないのが心苦しいですが、これからよろしくお願いいたします」
「そうなのですね。紫様からお話は伺っております。今回は弾幕ごっこの実演ということで、この橙と戦って頂きます」
「はい。よろしくお願いします!」
見た目通り、幼い少女にこちらこそとつげて、男は体をふわりと浮かす。少女がその後をついて行き、森を見下ろす高さで双方は向かい合う。
「橙、スペルカードは基本なし、残機は3回。初め」
八雲紫から簡単にルールが告げられる。そのまま、勝負が始まる。繰り出される弾幕を避ける事だけに必死だった男だが、少しすると余裕が出たようで撃ち返すようになった。ただ、経験の差は覆せない。健闘はしていたものの、結論から言えば男は敗北した。
「ありがとうございました。なかなか難しいですね」
男は丁寧にお辞儀をすると橙も合わせるように頭を下げる。その後、八雲紫にスペルカードについての説明を受けるとすでに陽は沈みかけていた。
「一応、妖怪が出るから夜は出歩かない方がいいわ。まだ落ち着かないでしょうし、ゆっくりしなさい」
「ありがとうございます」
スキマに入って行く彼女たちを見送ると男は新居の前で腰に手を当て、やはり大きいですねと言いながら中に入って行く。
弾幕ごっこの練習の後、男は家よりは屋敷と呼んだ方が良い建物の内部を探索し、風呂場や自分の部屋を見つけて眠りについた。
実のところ、人間ではない彼に睡眠という行為は必要ない。ただ、彼はそれでも睡眠を取る。その理由は一つ。この日はここで終わったと自分で認知する為だった。睡魔を感じることもなく、何かが回復するわけでもない。他者から見れば無駄な時間ではあるが、彼はそれを大切にしていた。
すでに目を覚ました男は、昨日八雲紫から渡された地図を指でなぞりながら確認している。その指は自分の居場所を示す赤い印が魔法の森と呼ばれる場所であることと付近に大きな湖があること、その奥に紅魔館と呼ばれる紅一色の館があることを確認する。そしてそのままその指は博麗神社に向かう。そして何かを決めたらしく、立ち上がると部屋を後にする。そのままのんびりとした足取りで自室に戻ろうとすると戸が叩かれる。
「おはようございます。今開けますのでお待ちを」
戸の向こうにいる何者かに聞こえるように声を出し、男は急足で扉を開く。
「おはよう!」
そこにいたのは魔女を体現したかのような少女が元気いっぱいと言った様相で笑っている。魔女以外つけないようなとんがり帽子に白黒のワンピース。白と黒で統一された服に磨かれた金のような金髪がやけに映えていた。
「おはようございます。何か相談ですか?」
「今のところ質問はないけど、将来的には来るかもな。今日はどんな奴なのか気になって来た」
少しばかり男様りな口調ではあるが、不思議と威圧感はない。
「そうですか。挨拶が遅れてしまいすいません。お名前を伺っても?」
「私は霧雨魔理沙。見ての通りの魔法使い。アンタは、人間っぽいけど」
魔理沙はまるで何か違和感を探すように男を頭からつま先まで確認して首を傾げる。
「私は半端者でして、人間でもなければ妖怪でも神でもないんですよ。合わせて名前もままだないと来ました。笑ってしまいますね」
自分で言っていた面白くなってしまったのか男は笑う。合わせて魔理沙も苦笑する。
「なんだそりゃ。まぁ、でも悪い奴じゃなさそうで助かった。じゃ、今日は挨拶に来ただけだから、また会おうな」
そう言い残すと魔理沙は壁に立て掛けてあったらしい箒を手に取り、上空に消えていった。男はそれを見送り、そのまま外に出る。そして、木々に声をかける。
「いらっしゃい。相談ですか?」
しばらくの静寂の後、木々の影から1人の少女が現れた。白い髪に、雪のような肌。更には白いワンピース。まるで白の体現。
「勘がいいのですね」
「そこにいたのはわかっていましたから。お入りください」
男は少女を家へ招き入れる。それに応じて、少女が家へと入っていった。