「推しの卒業。きっと、色々な事情があるんだろうと察して……自分たちにできることは最後のファンサを全力で楽しむことだけ。ええ、普通ならばそうでしょう。きっと、先輩がライバーになったらわたしも全力で推しますし、卒業すると発表されたら三日三晩は涙を流します」
「BB、余計なことは言わないで」
「やーん、怒られちゃいました♪ でも、先輩なりの照れ隠しだってわたし、知ってますからね?」
真面目な話をしていたはずなのに白野に窘められ、BBは舌をペロッと出しながらウインクする。なんというか、空気が変わりすぎて風邪を引いてしまいそうだ。
「話を戻しましょう。推しの卒業は悲しいものです。本当は止めてほしくない。本当は続けてほしい。一生、推していたい。じゃあ……もし、自分たちの努力次第で卒業を止められるのだとしたら?」
BBの言葉にどこからか息を呑む音が聞こえた。会場からもざわざわとどよめきが起こる。
「では、特別ゲストをお呼びしましょー! かぐやさーん!」
「へ? わぁッ!?」
「かぐや!?」
彼女がパチンとかぐやの名前を呼びながら指を鳴らすとスタジオにかぐやの姿が現れた。あれは管理者権限の強制転送。やはり、彼女はヤチヨから管理者権限を奪っているのだろう。
「もー、いきなり何すんのさー!」
「まぁまぁ、今は時間がないので巻きで行きますよ。さて、かぐやさん。あなたは本当に卒業したいんですか?」
「ぇ……あー、えっとぉ」
BBの問いかけにかぐやはどこか気まずそうに視線を逸らす。きっと、今の彼女は月に帰るという気持ちが薄れている。しかし、こんなに大掛かりな卒業ライブを行ってしまった手前、気まずいのだろう。
「ち・な・み・に? さっき、いろPさんとのやり取りは全てツクヨミユーザーたちへ放映済み☆ いやー、熱い告白、ご馳走様です♪」
「……は?」
待って。嘘でしょ。さっきのやり取りって――いやああああああ!? 嘘だ! 信じない! 私は絶対に信じないぞ!
「あ、ならいっか。かぐや、卒業したくない! 彩葉と一緒にいたい!」
「うんうん、ここでライバーを辞めたくないって言わない辺り、かぐやさんらしいですね」
私とのやり取りを聞かれていたと知り、かぐやははっきりと自分の気持ちを口にする。お願い、お願いだからこれ以上の黒歴史を量産するのは止めて。
「さてさて? ツクヨミユーザーの皆様、お聞きになりましたか? かぐやさん、やっぱり卒業したくないんですって! いやぁ、卒業ライブを見に来たらまさかの撤回。これはテンション上がりますね!」
BBの煽りに会場だけでなく、ツクヨミ中から声が上がる。もしかしたらかぐやのファン以外の人たちもノリで盛り上がっているのかもしれない。
「でも、残念……実はかぐやさんが卒業しないためには条件があるんです。そう、それこそいろPたちが戦っていた月からの使者――月人! 彼らはかぐやさんを月に連れ去ろうとするとんでもない輩です!」
ブン、と教鞭を振り下ろしながら熱弁するBB。その勢いに隣に立っていたかぐやが『うおっ』と思わず体を引く。
「ああ、可哀そうなかぐやさん! こんなに大大大大好きないろPさんと離れ離れにされそうになっている……ふふっ、わかってます。わかってますよ。自分に何かできないかってことですよね。悔しいですよね、大好きな女の子が悲しい思いをしそうになっているなんて。あ、かぐやさんはもう帰っていいですよー。ありがとーございましたー」
「は? え、ぎゃああああああああああ!?」
うんうんと頷いていたBBは思い出したように指を鳴らす。すると、かぐやの足元に穴が開いて彼女の体はそのまま穴に落ちてしまった。
「ぐびゃっ」
そして、私の隣から何かが地面に落ちる音と汚い声が聞こえる。視界がジャックされているせいで見えないが隣にかぐやが落ちてきたのだろう。
「もちろん、人類の友であるBBちゃん、ちゃーんと用意してます! その名も『姫を守れ! ドキドキ☆桜吹雪大作戦!』」
BBはそう声高らかに宣言すると仮想キーボードを出現させてカタカタと操作し始めた。その直後、会場の方から小さな悲鳴が響き始めた。
「はい、今、プログラムを実行させました。BBちゃんの可愛い姿を見ているせいで見えないと思いますがKASSENフィールド以外で桜の花びらが舞っています。そちらに触れると強制的にフィールドへワープ。この作戦に参加します。みんなで月人と戦い、かぐやさんの誘拐を阻止しよう!」
白野は言っていた。まずは兵士を集める、と。それはBBがかぐやのファンを煽り、この戦いに参加してもらうということだったのだ。
(かぐやは人気ライバー。きっと、それなりの人たちが参加してくれるはず!)
数の暴力には数の暴力を。幸い、幹部以外の月人はさほど強くないため、ツクヨミユーザーたちであればヤツラを押しとどめてくれるはずだ。
「あ、因みに花びらに当たった時点で了承したとみなし、強制参加となりまーす。参加したくない人は花びらを回避し続けてくださいねー?」
「横暴すぎる!?」
「はい、いろPさんの鋭いツッコミが届いたところで最初で最後のBBチャンネル、お別れの時間となってしまいましたー。それでは、皆さん! 先輩たちと一緒にかぐやさんを守ろう! お相手は小悪魔系後輩兼先輩だけのBBちゃんでしたー!」
BBが手を振りながら別れの挨拶を済ませるとジャックされていた視界と聴覚が正常に戻る。視線を彷徨わせるとみんなも困惑したような表情を浮かべており、普段通りなのはステージの中央にいる白野だけだった。
「ほら、かぐや、見て」
そして、彼女はそっとフィールドの方を指さす。先ほどまで私たちが戦っていた場所。白野のおかげで月人たちの姿はどこにもない。
「あ、れは……」
でも、そこには人、人、人、人。無数の人がフィールドに立ち、私たちの方を見上げていた。
「かぐやちゃーん!」
「助けに来たぞー!」
「うおおおおお! 卒業なんてさせっかよー!」
「頑張るよー!」
そう、彼らはBBが散らせた桜の花びらによってワープしてきたツクヨミユーザーたち。きっと、意図せず花びらに当たってしまい、強制的に参加させられてしまった人もいるだろう。だが、眼下にいる彼らのほとんどはかぐやを救おうとやる気に満ちた顔で声を上げている。
「みんな……」
「彩葉だけじゃない。みんな、かぐやのことが大好きなの。だから、これからも楽しいこと、しよ?」
「……うんっ!」
白野の言葉に元気に頷くかぐや。よかった、彼女の気持ちは完全に前に向いた。月に帰らない。運命に逆らってやる。そんな声が聞こえてきそうなほどかぐやの顔は輝いていた。
「じゃあ、次は私の番だね」
かぐやの顔を見て微笑んでいた白野は小さく息を吸って目を閉じる。そして、彼女の纏う雰囲気が変わった。『KASSEN』で戦っていた時とも違う、凄まじい覇気を前に私は思わず言葉を失くしてしまう。
「戦力は集まった。次に月の光をこの世界に届かせよう」
誰にともなく言葉を呟く白野。そのままゆっくりと右手を前に突き出し、目を開けて彼女の指先からバチリ、と紫電が走る。
「月のレガリア――その証を」
そして、彼女は静かに詠唱を開始した。
「
彼女が言葉を紡ぐ度、得体の知れない何かが渦巻く。着ているワンピースが揺れ、紫電が徐々に強くなっていった。
「月の
「おい、月人が来たぞ!」
詠唱が続く中、フィールドに立っていた誰かが叫んだ。慌てて視線を彼女から外すと白野の拘束が解け、月人たちが我先にとこちらへ向かってきていた。
「その光がこの場に届かずとも月の王たる私が導こう」
それでも白野は詠唱を止めない。それどころが彼女から吹き荒れるエネルギーの勢いは増すばかりで思わず、顔を庇ってしまった。
「霊子樹齢、解読。因果演算、全結果並列一致! 此処に事象は確定した! さぁ、ムーンセルよ、この輪廻を破壊する楔となれ!」
私たちは武器を構え、急いでフィールドへ駆け出そうとした矢先、白野の詠唱が最高潮に達し、この場にいる全員の視線が彼女へ集まる。
「届いて、
(あれはッ!?)
彼女の詠唱が完了すると同時にツクヨミの空に立方体の物体が出現し、それからフィールドに向かって凄まじい光線を放たれた。