英霊。人類史に記録として残った英雄・偉業・概念が死後に高次の存在へ昇華したもの。そして、それらは座と呼ばれる場所へ登録され、聖杯などの力によって呼び出されることがある。その呼ばれた存在こそ――サーヴァント。
『つまり、先輩はムーンセル・オートマトンという聖杯を使用して過去の英雄たちを召喚した、ということです!』
「英雄……」
「ん? いやーん、私のことをそんな熱い目で見ても何も出ませんよ?」
BBの説明に私は思わずキャスターへと視線を向けてしまう。彼女はのほほんと歩きながら頬に手を当てていた。普通に話せるし、AIを相手にした時に覚える違和感もない。生きている人間としか思えなかった。
「じゃあ、もっと呼べばよくない? なんで四人だけだったの?」
『今回はわたしを媒介にしたため、制限がかかったからですね。金色の王様みたいに自分で来ちゃう人もたまーにいますが』
『つまり、聖杯ってやつを使わなくても召喚できる場合もあるってことか?』
そこで通話越しに帝が疑問を口にする。確かにあのギルガメッシュは白野が呼んでいないのに召喚されたと言っていた。
『んー、そんな力業ができるのは本当に極稀です。ギルガメッシュさんが来られたのも先輩が無意識に彼のことを考えていたから、ということも要因ですし……あとは相性のいい人間を依り代にして召喚されたりとか、世界の滅亡を食い止めるために
『因みにわたしも本来、召喚されることのない特例中の特例です♡』と猫撫で声で笑うBB。つまり、彼女もサーヴァントなのだろう。
「BBは誰が召喚した?」
『もちろん、先輩ですよ! 宝具によってムーンセル・オートマトンをこの世界に顕現させましたが元々、一騎だけ召喚する権利を持ってたんです。その時に選ばれたのが――そう、このわたし、人類の友であり超万能AIのBBちゃんだったということです!』
『自慢話が過ぎるぞ! あの状況でなければ呼ばれてたのは余であったに決まってる!』
続けて質問した雷に自慢げに語ったBBだったが、すぐにセイバーの拗ねたような声を上げる。さっきのやり取りを見ていて思ったが白野、みんなに好かれすぎじゃない?
『そもそも聖杯ってなにー?』
『どんな願いでも叶える願望機。そして、それを巡る戦いのことを――』
『――質問しているところ済まない。幹部クラスと思わしき月人を発見した。これより、戦闘に入る』
『む。奇遇だな、こちらも接敵した。存分に暴れ回って幹部クラスの月人をおびき寄せるぞ!』
BBが乃依の質問に答えようとした時、アーチャーがそれを遮った。続けてセイバーも戦闘に入ったらしい。
「まだ色々と気になることはあると思いますが、ひとまず私たちの存在がそのようなものだと知っていれば問題ないでしょう」
そう締めくくったキャスターは再び前を向いて歩き出した。英霊。サーヴァント。聖杯。納得したわけではないがそういうものだと飲み込もう。
でも、それならどうして――白野はそれらを知っていたのだろう。それだけはどうしても気になってしまった。
『アーチャーさん、視線の先にいるのはホテイ型と呼ばれる個体です』
白野によって召喚された弓兵、アーチャー。浅黒い肌と白髪が目立つ男性だ。そんな彼の耳にBBの声が届き、小さく笑みを浮かべる。
「ホテイ型か。浮遊している個体だが、あれと戦ったことは?」
「あ、はい……私が……でも、宙に浮いてるせいで動きがデタラメで……ほとんど何もできずにやられました。あと、ビームも撃ってきます」
アーチャーの問いに戸惑いながら答えたのは芦花。ゲーマーではない彼女は隣にいる帝に比べ、ゲームの腕はそこまで高くない。しかし、彼女でなくてもホテイ型を相手にするのは難しかっただろう。だが、彼女が戸惑ったのはその点ではなかった。
「おい、そのホテイ型ってのは
金棒を持ち、視線を彷徨わせながら帝が前に立つ弓兵へ問いかける。そう、帝も芦花もアーチャーとBBが話しているホテイ型を視認できていなかったのだ。
「あそこだ。これでも弓兵だからな。目はいいんだ」
「いや、そんなレベルじゃ……」
『ホテイ型の近くに他の幹部クラスはいないようです。どうしますか?』
「そうだな――」
帝の言葉はBBの通信によって遮られてしまう。それから二人が今後の動きを話し合っている間、置いてけぼりにされかけている芦花はジッとカジュアルな衣服を着ているアーチャーの背中を見つめた。
(英雄、か……)
彼女はそこまで歴史に詳しいわけではない。せいぜい、学校で習う程度の知識しかなかった。しかし、教科書に載っている偉人たちは誰も真似できないような偉業を成し遂げている。きっと、この弓兵もそのうちの一人なのだろう。
「では、始めるとしよう。二人とも、周囲に集まってくるリョウサン型を頼む」
作戦が決まった。アーチャーはカジュアルな服を赤い外套へと変化させ、右手に黒い弓を出現させる。それを見た帝は感心したように口笛を吹いた。
「お兄さん、格好いいじゃん。本当にTPOを考慮したってことか?」
「マスターの好みに合わせたとも言うがな。彼女の前で眼鏡を見せるなよ。令呪を使われかねん。
そんな軽口を聞きながら無手の左手を掲げ、矢――ではなく、螺旋を描いたような刀身が目立つ剣を作り出した。そして、その剣は鋭く、細く、変形していく。その形はまさに矢と呼ばれるにふさわしいものになった。
「号砲はマスターが担当したからな。こちらは余興の花火でも上げるとしよう」
アーチャーはニヒルな笑みを浮かべ、弓に番えた剣の先をホテイ型――よりも僅かに右へずらす。そして、真名を開放した。
「
芦花が最初に感じたのは力の奔流。アーチャーがその名前を口にした瞬間、何の変哲もなかった剣から凄まじい圧を感じた。しかし、そのことに驚く間もなく、アーチャーは静かにそれを放ち、一瞬にして遥か遠くのフィールドへ着弾。そのままその周囲一帯を抉り取ってしまう。
「……こりゃ、はくのんちゃん以上のデタラメさだ」
近くのフィールドが抉られたことでアーチャーを補足したのか、ホテイ型がこちらに向かってくるのを見て引きつった顔で笑う帝。芦花も彼の言葉にコクコクと頷くしかなかった。
「では、ホテイ型が近づいてくるまで雑兵狩りだ。頼んだぞ」
そう言いつつ、弓を消した彼はその両手に双剣を出現させて近づいてきていたリョウサン型を両断する。弓兵だから近距離は戦えないと思っていた二人はそんなアーチャーを見てどこかやるせない気持ちになった。
「アーチャー一人で何とかなりそうだけど……はくのんちゃんがわざわざ俺たちを選んだんだ。何か意味があるんだろうよ」
『俺もやる』と金棒から剣を引き抜いた帝はアーチャーとは違う方へと向かい、リョウサン型を倒していく。さすが、プロゲーマーだ。動きに迷いがない。
「……」
そんな彼らを見て芦花はジッと自分の武器を見る。ネイル型のそれは先ほどの戦いでほとんど役に立たなかった――いや、武器を振るう前に月人たちにやられてしまうことが多かった。
英雄のアーチャー。プロゲーマーの帝。この二人と一緒に戦う資格は果たして自分にあるのだろうか。そう自問しながら……それでも大切な友達を守るため、彼女は前に出て近づいてきていたリョウサン型へとネイルを振り下ろした。
「ふむ、乃依よ。あの幹部に向かって矢は放てるか?」
同じくしてセイバー側も幹部クラスの個体――コンゴウ型を視認していた。その個体の手にはシンバルに似た武器があり、サンドウィッチにされたことを思い出した真実はうげぇ、と顔を歪めている。
「できるよー。やっちゃう?」
「いや、少し待ってほしい。何かと目立つ攻撃を持つアーチャーとは違い、こちらは一度、戦闘が始まってしまったらその場から動けなくなる。つまり――んんッ、つまり?」
「……つまり?」
話している途中で口を閉ざし、何かを求めるように真実へ視線を向けるセイバー。『ほれ、早く先を促せ』と催促してくるつぶらな瞳に真実はかぐやを思い出しながら素直に先を促した。
「二人でもう一体、釣ってきてくるか……余が敵を探している間、あれの相手をしてほしい」
「……はいぃ?」
セイバーの提示した二択にマジかと聞き返す真実。乃依は特に気にした様子もなく……むしろ、興味深そうに笑っていた。
「余としては向こうの戦力も確認しておきたくてな。できれば、釣ってきてほしいのだが、できるか?」
「オッケー♡」
「……はぁ、わかりましたぁ」
『ナビゲーションはBBちゃんにお任せ! 西側にもう一体のコンゴウ型がいます!』
セイバーと乃依の反応を見て『もしかして、私が常識枠?』と思いながらも彼女は反論することなく、受け入れる。そして、その承諾を待っていたかのようにBBからの通信が入り、真実は自分の予想が的外れではないと肩を落としたのだった。