「玉藻さん、宝具使用。うん、戦況は安定してます。作戦は概ね完了したと言ってもいいでしょう」
仮想キーボードを叩きながらBBが状況を教えてくれる。今の私はかぐやの代わりに仕事をするBOTの作成にかかりっきりなので非常に助かった。
「ふん、随分と時間がかかるな」
「複雑で設計図があってもプログラムを組むのに時間がかかるの」
私の後ろで玉座に座り、つまらなさそうにしているギルガメッシュ。戦闘には参加しないと言っておきながら船は貸してくれるし、たまに飛んでくる流れ弾を弾いてくれており、それだけでも十分だった。
(進捗は半分か)
ギルガメッシュが催促するのも頷ける進行の遅さだ。BBにも手伝ってもらっているのにこの体たらく。きっと、ここにヤチヨがいたら――。
「……」
「雑種、指に迷いが生まれたぞ。気がかりなことでもあるのか?」
「……わかってるくせに」
「はっはっは! そう拗ねるな。どれ、
「ううん、大丈夫」
悪い笑みを浮かべて提案してくる彼を一蹴する。どうせ、手を借りようとした時点で見限って消えるつもりのくせに。今は忙しいので試すような言い方をしないでほしい。
「ん?
「あれ……あー、そう来たか」
私がこの戦いに参加するために戦いのルールは何でもありになった。残機は無限だし、エネミーは出し放題。そう、敵は無限といえる勢力をこの場に召喚できるようになったのだ。そして、それはリョウサン型だけでなく、幹部クラスも同じ。
(どうしようか)
ギルガメッシュに促され、空を見上げた私は動かしていた手を止める。そこには幹部クラスの月人が無数に浮いており、今まさに地上にいる私たちへ総攻撃を仕掛けようとしていた。
「……」
おそらく、リョウサン型と違い、幹部クラスの召喚にはそれなりにコストが必要だろうから永遠に召喚し続けることはできないはずだ。あれぐらいの数ならギルガメッシュの力を借りればすぐに片づけられる。
「悩んでいる時間はないぞ? 決断せよ、
「……うん、大丈夫。こっちで何とかする」
彼の力は借りない。これは私の戦いだ。ただでさえ、セイバーたちに手伝ってもらっているのに自分で勝手に来たギルガメッシュに手助けを求めるのは違う気がする。
「なら、何とかしてみせよ。もし、見事に解決できたら飴をくれてやる」
「ふふっ、懐かしいね。いいね、久しぶりに食べたいかも」
彩葉たちには申し訳ないがもう少しだけ頑張ってもらおう。私は仮想キーボードを消してムーンセルに意識を向ける。ごめん、もう一回だけ使わせて。ちょっと魔力消費量は多いかもしれないけどそれは必要経費ということで。
「すぅ……詠唱は省略! お願い、一掃して!
通常であれば虚数空間を介して放たれる事象光だが、今はツクヨミにムーンセルが顕現しているため、いくつかの工程を省くことができた。それに幹部たちは彼らがいる高度よりも高い場所にムーンセルがあるため、真上からこの攻撃を受けることになる。
(よし、ついでに――)
これ以上の幹部クラスの増援はさすがに見過ごせない。だから、私はあえてボサツ型にも攻撃性を持たない事象光を掠らせた。
「……」
きっと、危険性はないと判断して回避しなかったボサツ型だが、幹部の召喚ができなくなって僅かに身体を身じろぎする。ムーンセルの事象光は本来、攻撃に使うものではなく、観測、事象の固定化に使用するもの。そう、この光に当たった対象の事象を上書きできるのだ。
もちろん、ムーンセルが顕現したと言っても本体は私の世界にあるし、簡易的な運用のため、永続的な事象の上書きは難しい。しかし、この戦いの間、『幹部クラスの召喚』を封じることぐらいは可能だ。
「っ……」
しかし、幹部クラスの一掃とボサツ型への介入にはそれ相応の魔力が必要だ。ムーンセルのバックアップがあるとはいえ、私の保有魔力をそれなりに使った。思わず、その場で片膝を突いてしまう。もちろん、ムーンセルからすぐに魔力の供給があり、すぐに立ち直った。こんなところで倒れるわけにはいかない。
「ほう、事象光の使い分けか。器用なことをする。ほれ、約束の飴だ」
「わーい」
そんな私を見て愉快そうに笑みを浮かべた王様が月の裏側で何度か貰った飴をこちらへ放り投げ、受け取った。味覚が実装されていないツクヨミで食べても味がするか不安だったが杞憂だったらしい。あの懐かしい飴の甘い味が口内に広がっていき、魔力不足で僅かに疼く頭痛も和らいだ気がした。
「BB、作業の続きを」
「……はい、もちろんです」
回復した私はBBに声をかけ、飴を転がしながら仮想キーボードを叩く。みんな、かぐやを守るために頑張っている。だから、私も止まるわけにはいかない。それが私のやるべきことであり、やらなければならないこと。なにより、私自身がやりたかったこと。それがハッピーエンドを前借りした私の果たすべき――責務だ。
(何が、起きたの……)
アーチャーが宝具を使用するためにリョウサン型を遠ざけていたはずだ。でも、気づいた時には芦花は空に歯車が浮かぶ、無数の剣が突き立てられた丘に立っていた。そして、それは彼女だけではない。幹部を相手にしていた帝も、彼を潰そうと襲い掛かっていた幹部たちも、その周囲にいたリョウサン型も、リョウサン型を追い払おうと頑張ってくれていた他のユーザーたちも一瞬のうちに変貌したフィールドに動きを止めている。
「まずは雑兵を狩ろうか」
そして、唯一、この場で思考を止めていなかったアーチャーが小さく笑った後、右手を上に掲げる。彼だけを見ていれば何をするつもりなのかわからなかっただろう。だが、何かと周囲に気を配ることの多かった芦花はいち早くその変化に気づいた。
(剣が、勝手に……)
アーチャーの動きに合わせて丘に刺さっていた剣が一本、また一本と浮かび上がっていく。一、十、百、千……その数はどんどん増え、芦花はいつしか数えるのを止めた。剣が重なり合って数えられなくなってしまったのだ。
「逝け」
宙に浮いた剣は彼の言葉を合図に一斉掃射される。狙いはこの丘に立っている全てのリョウサン型。彼らはなすすべもなく、その白い体に何本も剣を突き立てられ、消えていく。
(アーチャー……弓兵、だっけ?)
人並み程度にはゲームを嗜む芦花もそれぐらいは知っている。でも、彼女が知っているアーチャーは矢を放つ武器種。剣を矢に変形させたり、剣そのものを放つような役職ではない。
「はは、はくのんちゃんが言ってた意味がやっとわかった」
いつの間にか近くにいた帝がその光景を見ながら乾いた笑いと共に言葉を零す。白野が倒さずに時間を稼げ、と言ったのは無理して戦うな、ということではなく、圧倒的戦力で倒してしまい、幹部を再リスポーンさせるな、という意味だったのだ。
「では、時間稼ぎに入ろうか。援護は任せろ。死なない程度に、倒さない程度に自由に戦え」
リョウサン型を一掃したアーチャーは再び双剣を手に取って、幹部クラスの一体へ駆け出した。そんな彼を見て芦花は思わず帝へと視線を向ける。
「マジで誰なんだ、あいつ……こんな出鱈目な偉人いたか?」
「彩葉でもわからないなら……誰も……」
芦花はずっと彩葉の頑張りを見ていた。勉強、バイト、趣味、推し活。手を抜かずに全力で取り組み続けていた。そのおかげでセイバーとキャスターの真名はすぐに行きついたのである。
そんな彼女ですらわからないと匙を投げたアーチャー。彼の話では特殊な英霊であること。本人は呼ばれるほどの英霊ではないと思っていること。そして、あの白野が信じて呼び出した英霊であること。それしかわからない。
「……でも、信じていいのかも」
確かにアーチャーの正体は不明だ。しかし、芦花は白野を見ていた。彩葉と一緒に頑張る彼女を見ていた。だから、信じられる。彼女が彼を信じているという理由だけで信じる理由になる。
「……そうかもな」
芦花の呟きに帝は小さく笑みを浮かべ、アーチャーの後を追うように戦場へと駆け出した。
「……よし」
まだ少しだけ怖い気持ちはある。でも、それ以上にかぐやが月に帰るのが嫌だった。彩葉が悲しむ顔を見るのが嫌だった。白野の期待を裏切るのが嫌だった。
ただ、それだけで芦花は足を踏み出す勇気を振り絞れる。
アーチャー「別に倒してしまっても構わないのだろう?」
白野「駄目だってば」