あなたたちには何が見えているんですか?
「勝った、の?」
戦っていたズイジュウ型は戦う手を止め、何かに呼ばれたようにボサツ型の方へ向かう。その背中を見ながらボソリと呟いた。
「彩葉さん、お疲れ様でした。たった一人でズイジュウ型と戦うお姿、とても立派でしたよ」
そんな私に声をかけたのは玉藻の前だった。着物の袖で口元を隠しながらも自分のことのように喜んでいる。そうか、勝ったのか。敵は無限ともいえる戦力を持っていたのに追い払えた。そう、それは――。
「――彩葉!」
――かぐやが月に帰らない。物語のかぐや姫とは違い、彼女は地上にいられる。そう、かぐやと一緒にいられる。これからも、ずっと。
「……かぐや」
「やった! やったよ! かぐや、彩葉、と……一緒に、いられる……」
最初は太陽のような笑みを浮かべ、喜んでいたのに不意にその目から涙が零れた。きっと、緊張の糸が切れてしまったのだろう。そして、それは私も一緒だった。
「かぐや!」
「わっ、も、もぉ……リアルで抱き着いてきたらビックリしちゃうでしょー」
感極まって現実の方でかぐやを抱きしめてしまう。ああ、かぐや。私のかぐや。よかった、本当によかった。月人に勝った達成感とこれからもかぐやと一緒にいられるのだと、安心してしまい、涙腺が緩んでしまう。
「……」
「玉藻の前?」
「玉藻でいいですよ……さて、私はここまでのようですね」
そんな私たちを玉藻の前がどこか気まずそうな表情を浮かべて見ていた。そして、彼女の体から光が漏れているのに気づく。ここまでって、どういうこと?
「英霊は座から召喚された使い魔。役目を終えたら座に帰還します」
「え、玉藻いなくなっちゃうの!? 今度、一緒に配信して
彼女の宝具で
「それはとても楽しそうなお誘いですね。私もぜひ、と言いたいところですがこれは英霊の定め。避けようのない運命です」
「……ありがとう。玉藻たちがいなかったらかぐやは守り切れなかった」
「お礼はご主人様へどうぞ……彩葉さん、少々よろしいでしょうか?」
先ほどまで軽い感じだった彼女の雰囲気が変わる。何故だろう。その姿を見て少し嫌な予感がした。
「あなたには……いえ、あなたたちにはこれからハードな展開が待っているかもしれません」
「ハードな、展開?」
「ですが、最後まで諦めないでください。せっかくのイケ魂。それが錆びついてしまうのはあまりにも悲しいので」
そう言って彼女は私の背後へと回ってトン、と背中を押した。その先はかぐやがライブをした城――リスポーン地点がある。
「え、えっと?」
「ささ、お行きなさいな。早くしないと――手遅れになります」
「手遅れ?」
「おーっと、ヒントはここまででございます! これ以上は怒られてしまいますからね!」
『それでは……えっと、さらば~い、でしたっけ?』と何故かヤチヨの締めの挨拶を最後に玉藻の前は消えた。
ハードな展開。諦めない。手遅れ。
かぐやは月に帰らずに済んだ。それなのにどうして彼女はそんな不穏な単語を残したのだろう。
『こちらBB。城に向かって帰還中。みなさんも城に集まってください』
その時、BBから通信が入った。空を見れば白野たちを乗せた黄金の船が城に向かっている。
『……お急ぎください』
そんな今にも消えそうな声と共に通信が切れた。これまでの彼女の言動からは考えられないような態度に私とかぐやは思わず顔を見合わせる。
「……かぐや、行こう」
「う、うん」
私の言葉に戸惑いながらかぐやは頷く。そして、空気を読んで見守ってくれていた雷と一緒に私たちはリスポーン地点に向かって駆け出した。
(何だろう、この胸騒ぎは……)
ずっと、ずっと気になっていた。ムーンセルからビームを放った白野。英霊を召喚した白野。月人でもないのにボサツ型と交渉して見事にかぐやを勝ち取った白野。
何かがおかしい。いや、無意識に気づかないようにしている、と言えばいいのだろうか。ありえないと考える前から否定して気づくきっかけすら失っていた、ような。
「……」
リスポーン地点までもう少し、というところで黄金の船がステージに到着した。そして、少し経った後、夢だったように消える。きっと、ギルガメッシュも座に還ったのだろう。つまり、ステージの上にいるのは白野。もしくはまだBBもいるかもしれない。
「彩葉!」
その時、別の場所で戦っていた帝たちと合流。彼らと一緒に戦っていたセイバー、アーチャーも少し前に消えたらしい。
「喜ぶのは後! リスポーン地点に行く!」
かぐやが無事なことに安心し、足を止めて喜び合おうとした彼らへ私は叫ぶ。そうだ、手遅れになる。手遅れになってしまう。だって、もしかしたら白野は――。
「彩葉!!」
リスポーン地点の階段下に到着した時、今にも泣きそうな声で私の名前が呼ばれた。その視線の先にいたのは――ボロボロと涙を零しながらも必死な顔でこちらへ走ってくるヤチヨだった。
「ヤチヨ!? 無事だったの!?」
「そんなことより、白野! 白野は!?」
「ステージの上だけど――」
「――ッ! 今すぐ白野を止めなきゃ! 早く、早く!!」
そう言いながら我先にと階段を昇り始めるヤチヨ。しかし、その動きは覚束なく、何度も足を踏み外しており、時には盛大に前へ転んでしまうほどだった。普段、彼女は宙に浮いて移動している。もしかして、管理者権限を奪われて浮遊する機能も使えなくなったのかもしれない。
「ヤチヨ、なんでそんなに……」
しかし、それ以上に気になったのは彼女の様子だった。その顔は青ざめ、涙を零している。まるで、これから待ち受けるハードな展開を知っているかのような――。
「――白野が、白野が消えちゃう! 白野がいなくなっちゃうの!!」
――ああ、くそ。やっぱりそうか。ふざけんな。
ヤチヨの絶叫を耳にして硬直するみんなを差し置いて私は
「月の王が全ツクヨミユーザーへ命ずる」
あともう少しでステージに辿り着く。その時、耳に滑り込んできたのは白野の静かな声とパキン、と何かが割れるような音だった。
「『その場から動かず、私を見送って』」
「ッ――」
彼女が命令した瞬間、私のアバターは
「現在、『ツクヨミ』はムーンセル・オートマトンの制御下にあります。そのため、先輩の令呪もあなたたちに効果を発揮した。まぁ、ユーザー数が多いので硬直時間は二分ほどでしょうけど」
ステージの上から顔を出したのはBBだった。まるで、私たちを見下すように見つめる彼女にただ困惑するしかない。
「い、や……だ、め……」
そんな中、動けなくなった私の隣を這いつくばるようにしながら階段を昇るヤチヨが追い越した。この
「無駄ですよ。ここに辿り着いたとしても何もできません。むしろ、辛いだけです。ですから――」
「――いいよ、BB。無理に嫌な役を引き受けなくても」
突き放すような言葉を口にするBBを白野が止める。彼女との距離はそこまで離れていない。それなのに、どうしてだろう。白野が遠くに見えた。
「BB、私の顔をツクヨミ中に中継して」
「……はい」
白野のお願いにBBは悲しそうな顔をしつつ、素直に従う。すると、白野の顔を映したモニターが空に浮かんだ。きっと、ここだけでなく、ツクヨミ全域にモニターが出現していることだろう。
「はく、の……」
「ありがとう、ヤチヨ。ごめんね、動けなくしちゃって。すっごい辛かったでしょ」
「い、やぁ……いか、ないで……」
今もなお、ゆっくりと階段を昇るヤチヨに白野は優しく笑う。そんな彼女にヤチヨは必死に手を伸ばす。伸ばして。伸ばして。伸ばして――それでも届かない。あと、数段しかないのにどうしても彼女の手は白野に届かなかった。
「彩葉、今までありがとう。彩葉と出会ってからの一年、すごく楽しかった。きっと、今の彩葉ならお母さんとも上手くやれるよ」
止めて。止めてよ。なんで、そんな今生の別れ、みたいな言い方をするの? 嘘だよね、違うよね? 嘘だと言ってよ。
「かぐやはこれからも色々な経験を……え?」
次に階段下にいるかぐやへ声をかけた白野だったがその途中で驚いた様子で空を見上げる。彼女の視線の先には――ムーンセルがあった。
「……随分、大盤振る舞いだね」
「ッ……先輩ッ! これで――」
何が起こっているのか、わからない。ただ、白野は苦笑を浮かべたのに対し、BBが自分のことのように嬉しそうに笑った。しかし、彼女は白野の横顔を見てすぐにその笑みは消えてしまう。そして、信じられないと茫然としたまま、首を横に振った。
「本気、なんですか? だって、あなただってここに……」
「いいの。借りたものはちゃんと返さなきゃ」
「ですがッ!」
「心配してくれてありがとう、BB。でも、これが私のしたいことなんだ……じゃあ、お願い」
白野はムーンセルを見上げながら頷くと突然、月人たちを攻撃したあの光が放たれる。その矛先は――階段下。
「え、ちょっ、ぎゃああああああ!」
謎の束縛によってほとんど首を動かせず、階段下は見えないが現実の方でかぐやが叫んだため、かぐやに直撃したのだろう。
「大丈夫、攻撃じゃないよ。アバターを通じてムーンセルからの餞別を送ったよ……じゃあ、改めて、かぐや。これからも楽しいこと、面白いこと、たっくさん経験してね」
「なんで? なんでそんなこと言うの? 白野も一緒だよ? 一緒に、楽しいことしよ? 面白いことしよ? ね、ねぇ、なんで動かないの?! ねぇ、彩葉! アバター、動かないの! なんで、なんで!! やだ、やだやだやだやだぁ!!」
その言葉に現実で叫びながらかぐやも必死にアバターを動かそうとしているのだろう。でも、アバターは動かない。そのせいでかぐやの声は白野に届かなかった。
「芦花、真実。私と友達になってくれてありがとう。彩葉たちのこと、よろしくね」
白野は別れの言葉を口にする。そして、いつしか彼女の体から光が漏れた。玉藻が消えた時と同じ光――サーヴァントが座に還る時の前兆。白野は……サーヴァントだったのだ。
「あ、あぁ……なん、で……」
その光を見たヤチヨは震える声で言葉を零す。そして、ようやく彼女はステージの上に辿り着いた。白野はしゃがみ、ヤチヨの頭を撫でる。
「楽しかった。ヤチヨと一緒に過ごした二年、本当に幸せだった」
「なら、行かないで……ずっと一緒にいてよ」
「ごめん。こればっかりはどうしようもないんだ」
優しく微笑む白野。まるで、何も悔いがないまま死にゆくような姿に私は嫌でも自覚させられる。もうすぐ、彼女は――『岸波白野』は消えてしまうことを。
「ツクヨミにいるみんな!」
ヤチヨの頭を撫でながら白野は顔を上げ、ツクヨミユーザーたちへ呼びかける。すでに彼女の体は半透明になり、消えるまでさほど時間は残されていないだろう。
「今までありがとう! ヤチヨのアシスタントとして一緒に遊んでくれてありがとう! これでお別れだけど……とっても楽しかったよ!」
ああ、消える。消えてしまう。私の戦友が……やるべきことをやり遂げ、いなくなってしまう。
「白野ぉ!」
頭を撫でていた手が離れていくのに気づいたヤチヨは右手を伸ばす。そして、白野の左手にもう少しで指が触れる、というところで――。
「またね、
――白野はそう言い残し、消えてしまった。