月の王とかぐや姫   作:名無しのマスター

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第10話 Not Wrong

 彩葉のSGを暴いた次の日、私はヤチヨから呼び出された。おそらく、彼女なりに答えを出したのだろう。昨日の騒動のせいですでに手遅れなような気がしなくもないが、彼女の話を聞く。そして、全力で謝ろう。

 

 そんな覚悟を決めてツクヨミへログイン。私はアシスタント権限を持っているため、ログイン場所は特に指定をしなければアシスタント専用の控室だ。ヤチヨが新しく作った場所のようでここにはワープポータルがあり、登録した場所へ瞬時に移動することができる。

 

 今回、話し合いの場所に指定されたのは前に使ったミーティングルーム。どうやら、あそこはヤチヨの許可がないと入れないところだったらしく、他の誰かに聞かれる心配のないセキュリティの高い部屋。私たちの話はおいそれと外部の人に聞かれるわけにはいかないため、今後も使うことになるだろう。

 

 ワープポータルのメニューを開いてミーティングルームへ移動。中に入るとすでにヤチヨが待っていた。こちらに背中を向けていたため、表情はわからない。

 

「お、来たねー」

 

 扉の開閉音で私の存在に気づいた彼女はいつもの笑顔を浮かべながら振り返る。そのまま、『そこに座って座って!』と促してきた。

 

「いやぁ、待たせちゃってごめんねー。なかなか答えが出なくってさ」

 

 席に座るとヤチヨも正面に腰をかけてウィンドウを操作しながら話を始める。答えが出ないのは当たり前だ。この八千年、その日を目指して頑張ってきた。それなのにその直前に得体の知れない女が現れ、出会ってしまったのである。この後、どう動けばいいのか。動いたことで起こる変化は何か。色々と考えなければならない。

 

 そんなことを考えていると目の前にしゅわしゅわと炭酸が弾ける液体で満たされたコップが出現した。触感や味はないが気分だけでも、と用意してくれたのだろう。とりあえず、手に取って一口。うん、何も感じない。

 

「……白野、ごめんなさい」

 

 私がコップを置くと同時にヤチヨは頭を下げた。何に対する謝罪なのか、それは彼女の今にも消えてしまいそうな声ですぐに察する。

 

「多分、白野がいたとしてもあの未来には辿り着けると思う。むしろ、いてくれた方が心強いんだ……でもね、どうしても考えちゃうの。もしかしたらって」

「……」

「弱虫でごめんね。こっちからお願いしたのに申し訳ないんだけどアシスタントの話はなしにして……あの、アパートとかも引っ越してもらいたくて……」

 

 少しずつヤチヨの声が小さくなっていく。せっかく仲良くなれたのに突き放すようなことを言うのが心苦しいのだろう。しかし、会ったばかりの私より彩葉を優先するのは当たり前だ。そのため、私としては仕方ない、という気持ちの方が大きい――というより、申し訳なさの方が勝っている。

 

「ごめんね、白野……私が臆病だから……ごめんね。色々と落ち着いたら私の方から連絡するから――」

「――ごめん。とりあえず、私の話を聞いてもらってもいい?」

「へ?」

 

 今にも泣きそうな顔で謝るヤチヨを止めて私は覚悟を決めた。そして、昨日の出来事を話し始める。

 

 彩葉が餓死寸前だったこと。今にも壊れそうだったため、ヤチヨに申し訳なく思いながらも話を聞いたこと。強引に秘密を暴いて本心をむき出しにしたこと。洗いざらい、全てを話した。

 

「本当はヤチヨの答えが出るまで様子を見るつもりだった。でも、あのまま放置するのは危険だと思って……勝手なことをしてごめんなさい」

「……はは、私、何やってるんだろ」

「ヤチヨ?」

 

 私の話を聞き終えた彼女は怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく……ただ、目を伏せて笑った。それは自虐的で、全てに失望したような顔。マズイ、とすぐにわかった。

 

「未来に辿り着くことばかり考えて……お父さんが死んじゃった時とか、お母さんと上手くいってない時も何もしないで。自分のことばかり気にして。彩葉が倒れそうになってたことにも気づかないで。怖いからって白野を遠ざけようとして……私、本当に、何やってるんだろ……」

「……」

「白野は何も悪くないよ。むしろ、ありがとう。白野のおかげで彩葉の苦しみが少しでも軽くなったのならよかった……本当に、よかった」

 

 ヤチヨはお礼を言いながら笑う。しかし、その目に覇気はなく、泣きたくても泣けない酷い顔だった。そんな彼女を見ているとこちらの胸が張り裂けてしまいそうになる。

 

 それから私たちの間に沈黙が流れる。かける言葉が見つからない。いや、私が何を言っても彼女を傷つけるだけだ。

 

「白野……」

「……何?」

 

 どれほど経っただろうか。不意にヤチヨが声をかけてきた。その声はあまりに小さく、掠れていたため、反応が遅れてしまう。ライブや配信で楽しそうに歌う歌姫の姿はどこにもない。

 

「ずっと、何かを変えるのが怖くて見て見ぬ振りをして……ジッと我慢してた。あの未来に辿り着くことだけを優先して……救えたかもしれない人たちも見捨てて。何もしなかった。何もできなかった。そうやって八千年、過ごしてきた。彩葉が苦しんでるのも見過ごして………未来のために今を捨てていいわけがないのに……ねぇ、白野。かぐや(・・・)、間違ってたのかな?」

「ッ――」

 

 その言葉に私は思わず、両手を握りこんでしまう。そして、言葉を詰まらせる。私はあくまで部外者だ。たまたまヤチヨと知り合って、彼女の事情を聞いて、なし崩しに彩葉の本心を暴いて。でも、その全てが偶然であり、本来、彼女たちに関わるべきではない人間だ。

 

「間違ってない」

 

 私は何も言うべきではないのだろう。このまま黙ってヤチヨや彩葉から離れてなかったことにするべきなのだろう。

 

かぐや(・・・)は間違ってないよ」

 

 わかっているのに、私はそれが嫌だった。彩葉の時と同じ。傷ついている女の子が目の前にいるのに黙って見過ごすことなどできるわけがなかった。

 

「でも、彩葉が傷ついてるのを知ってたのに何もしなかった……」

「ううん、ヤチヨはもう彩葉を救ってるよ」

 

 昨日、彩葉は家で母親と二人きりになってしまった後、ヤチヨに出会い、救われたと言っていた。彼女がいなければどうなっていたのかわからない、と。

 

 つまり、ヤチヨはすでに彩葉を救っている。私が彼女たちと出会うよりもずっと前から彩葉のことを支えている。

 

「そう、なのかな……」

「うん。それにヤチヨは人と関わるのを止めなかった」

 

 詳細は不明だがこの八千年、彼女は人と交流していた。きっと、普通の人なら耐えられない光景だって目にしたはずだ。

 

 それでもヤチヨは人との関係を絶たなかった。嫌になってしまうことがあったとしても、それだけは止めなかった。むしろ、人と交流する場――仮想空間『ツクヨミ』を作った。

 

「それは、そうだけど……」

「だから、きっと……ヤチヨは見捨てたとか、何もできなかったって言ってたけどそんなことはないと思う。だって、人は関わるだけで救われることもあるんだから」

 

 それだけじゃない。心優しい彼女のことだ。話を聞いて、親身になって考えて、色々と意見を言ったり、励ましたりしていたはずだ。ヤチヨはそういう人だとすでに私は知っている。

 

 だって、少なくとも私と彩葉は彼女に救われているのだから。

 

「見捨てたことがあったかもしれない。何もできなかったこともあったかもしれない……でも、ヤチヨがいたから救われた人がいることもちゃんと知っててほしい」

「……」

「だから、かぐや(・・・)。貴女がしてきたことは間違いなんかじゃない。私はそう思う」

「……そう、だといいな」

 

 私の言葉にヤチヨは儚げに微笑む。完全に立ち直ったわけではなさそうだが、少しだけ心を軽くできたのかもしれない。

 

「じゃあ、私はこれから新しい物件を探すね。さすがに入学式には間に合わないと思うけど、できるだけ早く――」

「――待って」

 

 ヤチヨが落ち着いたところで話を戻したのだが、彼女に止められてしまった。その顔はあまりに真剣で思わず息を呑んでしまう。

 

「白野、引っ越さなくていいよ。彩葉のこと、お願いしたいな」

「……いいの?」

「うん、私、必要以上に怯えてたみたい。多少、未来は変わっちゃうと思うけど白野なら悪いようにはならないと思うんだ。だって、無自覚スパダリ系主人公だし☆」

 

 そういってヤチヨはバチコン、とウインクする。最後のやつはよくわからないが私もヤチヨが八千年もの間、焦がれ続けた未来を見てみたい。そのためならなんだって協力する。来年の7月に何が起こるのか、聞いておいた方がいいだろう

 

「うーん、教えないでおこうかな」

 

 しかし、ヤチヨは何故か私の提案を拒否したため、思わず驚いてしまう。彼女の目指す未来は私という存在によって不確定になってしまった。それなら少しでも軌道を修正できるように情報共有しておいた方がいいと思ったのだが。

 

「普通はそうなんだけど~、白野は何も知らない方が自由に動けると思ったの」

「自由に動いたら駄目なんじゃないの?」

 

 私が予想外な動きをすればその分、未来がズレる。そう思っていたのだが、ヤチヨはもう譲る気がないらしく、いつもの笑みを浮かべていた。

 

「白野は白野のやりたいようにやってほしいな。多分、その方がいい! 君はそういうタイプ!」

「ヤチヨがいいならそれでいいけど……もし、未来がズレそうだったら教えてね?」

「うんうん、ヤッチョにお任せあれ~♪」

 

 そう言ってどこからか取り出した扇子を広げるヤチヨ。よくわからないが彼女なりに考えがあるのだろう。

 

 それならばやることは決まっている。私にできることをやる。ただそれだけだ。

 

「じゃあ、このお話はここまでにして……アシスタントの話でもしよっか。ねぇねぇ、魔術(コードキャスト)ってヤッチョも使えるかな!?」

「え、魔術を使うには魔術回路が必要だからヤチヨには厳しいかも」

「がーん! 魔術(コードキャスト)が使えたら魔法少女配信しようと思ったのに……」

 

 肩を落として涙を流すヤチヨ。使えたとしても他者をサポートするものがほとんどなので配信向けではない。そもそも、対サーヴァントのものばかりなので人に撃ったら危険すぎる。

 

「私が後ろから魔術(コードキャスト)を使ってそれっぽく演出する?」

「おー、それいいねー。じゃあ、『SETSUNA』を改良してタッグ戦に――」

 

 それから私たちは今後の活動について話し合う。いや、話し合いというよりも楽しそうなことを思いつく度に口にするような――夢物語を語り合うようなものだったがそれでも私とヤチヨは笑っていた。

 

(こういうのも楽しいな)

 

 実現できるかどうかは知らない。きっと、話した内容のほとんどが妄想に近いものだった。それでも、実現したら面白そうだな、と私はありもしない夢を見ていたのだ。

 

 

 

 おそらく、彼女のことを舐めていたのだろう。『月見ヤチヨ』という歌姫が規格外な存在であり、どれほど行動力の化身なのか。この時の私は知る由もなかった。




月見ヤチヨのSGが解明されました

優柔不断(おくびょうもの)
目指すべき道を知っているからこそ。
辿り着きたい未来があるからこそ。
彼女は選べない。手を伸ばせない。見捨てられない。
選んだら変わるかもしれないから。
手を伸ばしたら変わるかもしれないから。
見捨てたら変わるかもしれないから。
だから、彼女は苦しくても――人と関わることを止められないのだ。
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