今日はガチャ配信だー!
「あああああああああああああああ!!!」
白野が消えた。消えてしまった。まるで、最初からいなかったように目の前でその姿を消した。いや、違う。多分、違う。きっと、ツクヨミをログアウトしただけだ。そうに決まっている。今頃、現実の方で一息ついているところだろう。
「いやああああ! 白野、白野!! なんで、なんで!!」
そう信じたいのにヤチヨが先ほどまで白野がいた場所で膝を突いて泣き叫んでいるせいで自分を騙し切ることができない。これが現実だと突きつけられる。
「彩葉ぁ!」
その時、アバターの視界が揺れる。隣を見るとアバターの硬直が解けたのか、かぐやが私に抱き着いてきていた。その近くには芦花、真実、『Black onyX』のみんなが立っている。
「何かの間違いだよね!? 白野が消えちゃうとか嘘だよね!?」
「……」
「彩葉、何か言って! ねぇ、嘘だって言ってよぉ!」
「……確かめ、なきゃ」
そうだ。確かめなければならない。白野が本当にサーヴァントだったのか。座に還ってしまったのか。確かめないと、確かめないと――。
「みんな、ごめん。行ってくる。ヤチヨをお願い。かぐや、行くよ」
「ッ! うん!」
「あ、おい、彩葉!」
――こちらへ手を伸ばすお兄ちゃんを見ながら私はツクヨミをログアウトした。
「……」
目を開ける。見慣れた配信部屋。そして、目の前には――何故か茶髪に戻っているかぐやが泣き腫らした顔で私を見ていた。
「かぐや、髪、戻したの?」
「え? 髪……あれ、ホントだ。えっと、あれ?」
彼女自身も髪の色が戻っていることに気づかなかったのだろう。いつものように髪色を変えようとして首を傾げた。
「変わってない? おかしいな、これでいつも……あれ?」
「……ごめん、時間ないから後にしよう。今は白野を探しに行かなきゃ」
「うん! でも、どこに?」
「アパート。きっと、白野はそこからツクヨミにログインしてるはず」
幸い、私は学校の制服を着ているため、すぐに出かけられる。かぐやもラフな格好だが、気にするような性格じゃない。私たちは貴重品を持って高級マンションを飛び出した。
「い、彩葉ぁ! ちょ、ちょっと待って!」
「どうしたの!?」
「な、なんか! 体、変! 動きにくいっていうか違和感がすごいっていうか!」
しかし、すぐに問題が起きた。何故かかぐやが体を動かしにくそうにしているのだ。でも、走れなくはなさそうだったので我慢してもらい、かつて私たちが住んでいたボロアパートへ向かう。
「はぁ……はぁ……」
ペースなど一切考えずに全力疾走したせいでアパートに着いた頃には息も絶え絶えであり、呼吸は一向に落ち着かない。それでも私たちはアパートの階段を駆け上がり、白野の部屋の前に辿り着いた。
「白野! いる!? 白野ってば!」
インターホンを鳴らした後、扉をドンドンと叩いて必死に呼びかける。近所迷惑なのはわかっているがそれでも止められなかった。もちろん、扉には鍵がかかっている。
「彩葉、合鍵!」
「っ……ごめん、入るよ!」
かぐやが白野から貰った合鍵。それを借りて鍵を開けて乱暴に扉を開けて中に入った。
「……」
「……」
そして、私とかぐやは言葉を失ってしまう。何も、なかった。私が最初に越してきたように白野の部屋には何一つ物が置いていなかったのである。
「え、これ、どういうこと……」
「っ……」
目の前の光景にかぐやは信じられないといった様子で言葉を零し、思わず握り拳を作ってしまう。ああ、なんだ。最初からわかっていたのか。だから、物を処分した。わかっていたのに、私たちに何も言わずに消えた!!
「ふざ、けんな……」
どうして、何も言ってくれなかったの? なんで、何も言わずに消えてしまったの? 何故、消えるってわかっていたのにあんなに幸せそうな顔をしていたの?
「彩葉、あれ」
「……手紙?」
今まさに叫びそうになった時、かぐやは部屋の中央に置かれた封筒に気づいた。靴を抜いで封筒を手に取ると五通の手紙が重なっている。そして、その一番上には――『彩葉へ』と見慣れた白野の字で書かれていた。その下には『かぐやへ』、『芦花へ』、『真実へ』。そして、『ヤチヨへ』と書かれた封筒。
「……かぐやの分もあるよ」
「うん……ねぇ、白野はどこに行ったの?」
「……」
「違うよね……消えたわけじゃないよね? あ、そっか! ろんどん! きっとロンドンにいるんだよ! 帰国したとか嘘ついてさ! 飛行機に、乗り遅れたとか……よくある話、じゃん」
「……」
「ねぇ、彩葉……嘘だって言ってよ。白野が、消えたとか……ありえないじゃん。だって、ロンドンに行っちゃうまで一緒にご飯食べて、配信して、お風呂入って、寝てたじゃん」
かぐやの言葉に何も言えない。言えるわけがなかった。だって、一言でも言葉を発すれば違うものも一緒に零れ落ちてしまうとわかっていたから。
「白野は普通の女の子だったよ? 眠たい時、欠伸してたし、料理してる時、ちょっと指切って血も出てた。嬉しいことがあったら笑ってた。かぐやが悪いことしたら叱ってくれた。無茶言っても仕方ないなって顔で解決してくれた……白野は、英雄なんかじゃない。英霊なんかじゃない。ただの……女の子だったのに……なんで、かぐやを救って満足そうに、消えちゃったの?」
「ッ……」
ああ、そうだ。『岸波白野』は普通の女の子だった。ちょっと先読みができて、魔術が使えて、英霊たちと知り合いだったけど――それでも彼女は私と同じ普通の女子高生だった。
「……勝手にいなくならないでよ。ばかやろう」
私にできたのは手に持った封筒を握りつぶさないように必死に手を広げることだけ。そのせいで封筒は床に落ちてしまったが拾う気力すらなかった。
――あんたには、まだわからん。
お母さん、私、わかったことがあるよ。あの日――お父さんのお葬式の時、お母さんが泣かなかった理由とは違うと思うけど。
人間って本当に悲しいことがあった時、涙すら出ないんだなって。
その後、私たちはどうやって帰ってきたのかわからなかった。気づけば自分の部屋にいて茫然としていた。目の前にあるのは『彩葉へ』と書かれた白野からの手紙。開封は――していない。手紙すら持ち上げられないほど、今の私は弱り切っていた。
この場にかぐやはいない。多分、彼女も自分の部屋にいるだろう。ノイズ交じりの記憶の中に震える手でかぐやに白野の手紙を渡した覚えがある。彼女はもう読んだだろうか。
「……」
ポケットに入れたスマホが震える。これで四度目。芦花だろうか。真実だろうか。それとも、お兄ちゃん? お母さんからかもしれない。でも、動けない。動く気力が湧かない。
「……」
ねぇ、白野。なんで、こうなるってわからなかったの? もしかして、自分が消えても私たちが何も思わないとでも思っていた? 自己評価の低い彼女のことだ。そう思っていても不思議ではない。
「……」
でも、残念。私たちは白野が思っている以上に白野のことが大好きだったんだよ。涙一つすら零れないほど悲しみ、打ちひしがれ、みっともなく自室で座り込んでいる。
「……」
本当に白野はいないの? 本当に消えちゃったの? まるで、最初からいなかったみたいにいなくなっちゃったの?
――あなたには……いえ、あなたたちにはこれからハードな展開が待っているかもしれません。
消える直前に玉藻が残した言葉を思い出す。きっと、彼女は知っていたのだ。白野が座へ還ってしまうことを。知っていたから、私たちを予め慰めた。少しでも私たちの心を軽くしようとしてくれた。
でも、すぐに気づけなかった。あんなにあからさまに英霊の力を使っていたのに彼女がサーヴァントであるという可能性を考えもしなかった。
――ですが、最後まで諦めないでください。せっかくのイケ魂。それが錆びついてしまうのはあまりにも悲しいので。
「……今更、何をしろって」
白野は消えた。座に還った。もう、彼女と話すことはできない。全ては終わった。何もかも、手遅れだった。私は――白野には会えない。
「……」
白野と出会って一年。たった一年。それなのに、彼女の存在は私には大きすぎた。今更ながらそのことを知り、それから目を逸らすように私は静かに顔を腕の中に埋めた。