いっぱい泣いた。泣いて、泣いて、かぐやが目を覚まして、また四人で泣いて。泣き疲れた頃には外はすっかり暗くなっていた。
「あー……マジしんどい」
「お腹空いたー」
ソファの上でぐったりしている芦花はすっかり化粧が崩れ、真実もぐーぐーとお腹を鳴らしていた。そんな中、床で寝転がっていたかぐやが唐突に起き上がり、私たちの方へ顔を向ける。
「ピザ取ろう。ううん、とにかく食べたいもの食べよう! 今日はツーバーだ!」
普段から料理をしているかぐやはあまりツーバーを利用しない。しかし、外は暗いし料理をする元気はないらしく、スマホを手に取ってツーバーのアプリを起動する。
「真実、食べたいものなに!?」
「餃子! ハンバーグ! カレー! スパゲッティ!」
「よーし、どんどん頼むぞー! 今日はかぐやちゃんの奢りだー!」
『うおおおおおお!』と明らかに四人で食べきれない量の料理を頼んでいくかぐや。その姿はまさにやけっぱち。なんだろう、私もだんだん腹が立ってきた。なんだよ、消えるとか。普通そんなこと起こるとは思わないじゃん。くっそ、こうなったら私も自棄だ!
「かぐや、牛丼とラーメン追加!」
「あいよ! 芦花は?」
「えー……みんなのやつ、分けてもらう」
「よっしゃあああああ! コーラも追加してやるぅ! 白野のばああああか!」
それからインターホンが鳴り続け、どんどん料理が届いていく。次第にテーブルの上に置けなくなってキッチンに避難させることになった。
「うめぇ! ぐす……手料理が一番だけどやっぱお店のご飯も美味しい!」
「はぐはぐもぐもぐ」
「あー、太るぅ。でも、今日はいい! チートデイ!」
かぐやはボロボロと泣きながらカツ丼を食べ、真実はただひたすら料理を口に運ぶロボットとなり、芦花は摂取カロリーを気にしつつもその手を止めない。うん、酷い光景だ。
「ほんと……バカ。バカ。バカバカバカ」
そういう私も牛丼をかきこみながら白野に悪態を吐く。そうだ、白野はそういう人だった。人畜無害そうな顔をしておきながら人の気持ちをかき乱すようなことばかりして。知り合って間もない頃、節制しすぎてお腹を空かせた私に……食べ物を……。
「……」
「彩葉?」
動きが止まった私に気づき、不思議そうな顔をするかぐや。なんとなくで頼んだ牛丼とラーメン。でも、違う。なんとなくなんかじゃない。これは私と白野が戦友になったきっかけ。
「……私がさ、東京に来たばかりの頃、節約しすぎて餓死しそうになったことがあったんだけど」
唐突に語り出した私にみんなの視線が集まる。でも、止められない。勝手に口が、声帯が、心が、この気持ちを吐露していく。
「フラフラする足取りでほとんどお金が入ってない財布を持って外に出た時、ちょうど白野がツーバー頼んでて届いたご飯を見て嬉しそうに笑ってたんだ」
地面に置いてあるビニール袋の中を覗き込んで『おー』と感嘆の声を漏らしていたのを今でも思い出せる。記憶喪失だったから自宅に料理が届いたことに感動していたのだろう。
「そしたら私が見てることに気づいて……『一緒に、食べる?』って。たった一回だけ。それもほんの少しだけ話しただけの私にだよ?」
「あー、白野っぽい」
「その時の私は今にも死にそうだったから何も考えずに頷いちゃったけど……ほんと、あの頃からお人好しだったというか。他人を優先しちゃうというか」
でも、あの時に食べた牛丼とラーメンは本当に美味しかった。味もそうだが、知り合いのいない東京でたった一人で頑張っていかなきゃと思っていた私はあの時、確かに白野の優しさに救われたのだ。まぁ、その後、強引に私の秘密を暴いてボコボコにされたのだが、今は言わなくていいだろう。恥ずかしいし。
「……私もね」
私の話を聞き終えた芦花も静かに話し始めた。一年生の頃、先輩に告白された彼女は断ったのだが、その後、しつこく付きまとわれたらしい。
「ちょっとしんどいなーって思ってたんだけど、いつの間にかその先輩が付きまとって来なくなってさ。後で友達から聞いたんだけど白野がその先輩を呼び出してボコボコにしたんだって」
「え、白野、殴ったの!?」
「ううん、言葉で。内容までは詳しく知らないんだけど最終的にその先輩は更生していい大学に進学したらしいよ」
「うわぁ、白野に口喧嘩で勝てる気しない」
かぐやの驚いた声に苦笑を浮かべながら否定する芦花。それを聞いた真実は『うへぇ』と声を漏らしながら呟く。
「それで白野にお礼を言ったんだけどなんて言ったと思う?」
「……何のこと?」
「そう! キョトンとした顔で『何の話してるの?』って! そりゃ何か月も経った後だったけどお礼すら受け取ってくれないってありえる!? 私の! 感謝の! 気持ちは! どうすればいいの!」
『もういい。私も食べる!』と芦花も暴食組に混ざって食べ始めてしまった。そんな彼女を見てかぐやと真実は顔を見合わせ、『どうぞ』、『いえいえ、かぐやからどうぞ』と何かを譲り合っている。そして、最終的に真実が先に言うことになった。
「じゃあ……ホワイトデーの話なんだけど」
「うわ、もうやばそう」
「絶対やらかしてるじゃん、白野」
真実の言葉に芦花と私はすでに嫌な予感がした。バレンタインデーではなく、ホワイトデーというのが白野らしい。マジで何人の女の子を泣かしているのか。なお、すでに四人は確定済みである。マジであのくそボケ。許さねぇからな。
「女の子同士でもバレンタインってチョコあげるじゃん? 私も白野にあげたんだけど、白野ってそういうのに疎いから持ってきてなかったの」
そういえばそんなこともあった気がする。あの日、紙袋を両手に持ち、申し訳なさそうに謝っている白野を何度か見かけた。いや、紙袋二ついっぱいの友チョコとか何? 絶対、本命チョコもあるって。
「それでホワイトデーの日、紙袋二つ持って登校してきた白野がさ。私に美味しそうな飴を渡してきたの」
「あれ、白野って飴が好きなんだっけ?」
「あー、ザビ子が飴好きって言ってたから白野も飴が好きなんだ」
芦花の疑問にかぐやが答える。ヤチヨの配信でザビ子が飴好きだと噂になっていた時期があった。
「『今更だけどバレンタインのチョコ、美味しかったよ。特にチョコの甘さと中に入れたナッツのバランスがよかった。来年も楽しみにしてるね』……これが飴を渡してきた時に白野が言った言葉です」
「うわぁ……」
「それは……」
どこか死んだ目をしている真実に私と芦花はドン引きする。チョコの感想をいいつつ、来年も欲しいと伝えるとか化け物か。いや、待って。確か、ホワイトデーのお返しは色々と意味があったはず。私はスマホを操作して『ホワイトデー お返し 意味』と検索した。
「キャンディの意味は……『あなたが好き』」
「そうだよ! 彼氏からもらった時のために色々調べて知ってたの! 彼氏いるのに友達にキュンってしちゃった私の気持ちわかる!?」
「……まさかそれ、チョコ渡してきた子、全員にやってないよね?」
「白野がやってないとでも!? 隣のクラスの女の子に同じようなことしてて目が覚めたよ! あ、こいつ、そういうやつだったって!!」
震えた声で問いかける芦花にバン、とテーブルを叩きながら叫ぶ真実。まだ友達としてチョコを渡した真実はいい。でも、本命チョコを渡した女の子が可哀そうすぎる。マジで一回、反省してほしい。いや、本人はすでに消えてしまったのだが。
「じゃあ、最後! かぐやちゃん、いきます!」
コーラをがぶ飲みした後、立ち上がったかぐやは二階へ上がり、私のノートパソコンを持ってきた。そして、何かを操作してモニターを私たちへ見せる。
『へへ、ゆうしょーするぞー』
「何これ」
「動画編集してて寝落ちした後、なんかカメラの録画ボタン押しちゃったみたいでかぐやの寝落ち姿が映ってた!」
このマンションに引っ越す前のものなのか、あのボロアパートが映っており、その中で机に伏せて寝るかぐやがいた。なにより、この部屋は私のものではない。かぐやが夜遅くまで作業する時、白野はたまに自分の部屋を貸していた。
「あ、白野だ」
そんな真実の声に意識を動画へ戻す。そこにはお風呂上がりなのか、バスタオルで髪を拭きながら部屋に戻ってきた白野の姿。自分の部屋ということもあり、随分とラフな格好で歩いている。
『あれ、かぐや?』
動画の白野はかぐやが机で眠ってしまっていることに気づき、声をかけた。しかし、それだけではかぐやは起きず、気持ちよさそうに寝息を立てるばかり。
『……』
これは起きないと判断したのか、彼女は襖を開けてタオルケットを取り出し、そっとかぐやの肩に掛けてあげた。そして、優しく彼女の頭を撫で――。
『――お疲れ様。一緒に頑張ろうね』
――そう、小さな声と共に微笑み、そっとノートパソコンの方へと手を伸ばしたところで動画は終わった。ノートパソコンを閉じたことで録画も止まったのだろう。いや、それよりもなに今のスパダリムーブ。これ、素でやっているのが恐ろしいわ。
「ああああああああああああ! 無理ぃ! マジで無理ぃ!」
案の定、かぐやはノートパソコンを抱えながら床でゴロゴロと転げ回る。やられた本人はたまったものではないだろう。芦花も真実も気の毒そうな顔でかぐやを見ていた。
「くっそおおおおお! 体はなんか変だし、白野もいなくなっちゃうし! マジでふざけんなあああああ!」
「なら、全部言おう! 今日は白野に対する愚痴大会だ!」
「あ、おかわり貰うねー」
絶叫するかぐやに同調するように色々と溜まっていたのか、珍しく怒った顔で白野の愚痴を言い始める芦花。そんな二人を見つつ、真実は残っている料理を手元に置いて食べる。もう何もかもが滅茶苦茶だった。
「私も言いたいことたっくさんあるんだけど!」
もちろん、その中に入らない選択肢などなく、私も愚痴大会に参加する。話して、叫んで、笑って――また最後には泣く。それを繰り返す度、あれだけ重たかった心が軽くなっていった。
軽くなって、息が吸いやすくなって、笑って、騒いで。白野がいなくなったのに少しずつ受け入れ始めている私がいることに気づき――それがどこか恐ろしくもあり、悲しくもあった。
なにより、お父さんが死んだ時、お母さんとお兄ちゃんと一緒にこうしていればあんなことにはなっていなかったのかな、と少しだけ考え……私たちはいつの間にか眠っていた。
――彩葉。
散々、彼女の話をしたからだろうか。夢の中で嬉しそうに笑いながら私の名前を呼ぶ白野に出会えたような気がした。