それからかぐやは八千年の間に起きたことを時系列順に話した。最初は静かに語っていた彼女も次第にテンションが上がっていき、縄文時代が終わる頃にはザビ子と配信する時と同じくらいに楽しそうに笑っていた。
「それでね――って、彩葉?」
「……はっ」
どれほど時間が経っただろう。かぐやの話は聞いていて面白い。いつまでも聞いていたいほどだ。でも、それが一日、二日と続くと体が先に悲鳴を上げた。今だって起きているはずなのにいつの間にか意識を失っていたほどである。
「さすがに限界だよ。二日寝てないんだよ」
「いや、まだいける。だって、今、江戸でしょ? あと三、四百年ならいける」
「ここからが濃いんだって! 文明開化の音、舐めない方がいいよ!」
うっ、確かに江戸時代ですら二百年以上続いているのにそれから明治、大正、昭和、平成と一気に文明が発達していく。ここからもう二日ほどかかりそうだ。
「ネムッテ! ネムッテ!」
その時、部屋の隅で誰かの声がした。そこにいたのはいつの間にか姿を消していたFUSHI。どうやら、隠れて私たちの様子を見ていたようだ。
「あちゃ~、私の方が限界だった。じゃあ、おやすみ~」
「え、かぐや!?」
大きな欠伸をした後、かぐやはそのままコテン、と横になってしまった。慌てて駆け寄るが彼女は気持ちよさそうに寝息を立てている。本当に、眠っている?
「……はぁ」
「彩葉」
とにかく一大事ではなさそうで安心した。すると、おそるおそるといった様子でFUSHIが近寄ってくる。さりげなく手を差し出せば彼はするりと乗ってきた。そのままテーブルの上に移動させてあげる。
「かぐや、ずっと話してたね」
「うん……白野が消えてからずっと塞ぎこんでたけど彩葉と話してる時のヤチヨはすごく楽しそうだった」
「そっか……ねぇ、FUSHI」
改めて彼の名前を呼ぶと『なんだ?』と顔を上げてくれる。きっと、この子もずっとかぐやの傍で支えてくれたのだろう。八千年。二日かけて話しても語りつくせないほどの年月。そんな長い思い出話をしていたのにかぐやの口からは一度も暗い話は出なかった。
「かぐやが隠してること、全部教えて」
「ッ……ヤチヨが言いたくないことを言うわけにはいかない」
「お願い。私、かぐやの全部を知りたいの」
私はかぐやの知っている『酒寄彩葉』ではない。それでも私は『白野と出会わなかったかぐや』を知りたかった。だって、今、目の前で子供のように眠っているこの子は『酒寄彩葉』に会うために八千年もの間、頑張ってくれたのだから。私は『酒寄彩葉』の代わりに『頑張ったね』と褒めてあげたかった。かつて、母親の代わりに頭を撫でてくれた白野のように。
「……ヤチヨ、白野と出会って久しぶりに嬉しそうに笑ってたんだ」
「……」
「でも、僕たちの知ってる未来が変わっちゃって、自分のせいだって責めて……彩葉は彩葉じゃなくなっちゃったって」
「うん」
「それでも、僕たちの知ってる彩葉じゃなくなっちゃっても……やっぱり、彩葉は彩葉だった。ヤチヨを……かぐやをお願い」
「もちろん、これはきっと私にしかできないことだから」
だから、白野は私に頼んだのだ。ヤチヨを――かぐやを連れ出してほしい、と。今ならわかる。かぐやに手を伸ばせるのは私、『酒寄彩葉』だけ。その役目は誰にも渡さない。渡したくない。だって、目の前で眠るかぐやも大切な私のかぐやなのだから。
「っ……行っくぞー!」
私の言葉にどこか報われたように涙を流したFUSHIは絶叫する。その瞬間、『酒寄彩葉』の部屋が融解して私のかぐやが経験した八千年の――ううん、白野が来てくれなかった世界へと飛び込んだ。
『ん???????』
最初に見たのは寝不足と栄養失調で今にも倒れてしまいそうなほど顔色の悪い女子高生――『酒寄彩葉』の顔だった。得体の知れないものを見て理解することを放棄したような顔。このシチュエーションには覚えがある。違うのは私の健康状態とその隣には誰もいないこと。
(ああ、そっか。最初から見せてくれるんだ)
FUSHIが気遣ってくれたのだろう。これは私とかぐやの出会い。『白野に出会わなかった酒寄彩葉』と『白野に出会わなかったかぐや』の始まり。
『――大切なメロディーは――流れてるよ――』
この世界の私もかぐやを寝かしつけるためにヤチヨパワーに頼ったらしい。白野に出会う前からヤチヨのことは好きだったので当たり前か。
『――受け入れて覚悟するしか、ない』
歯磨きを手に取って自分に言い聞かせるように言う私。きっと、彼女はお母さんに囚われたままなのだろう。私は白野のおかげで救われたから。
『ハッピーエンドいらない』
ああ、この私もそう言っちゃったのか。本当は救われたいと思っているくせに期待することに疲れてしまったから最初から諦めたふりをする。自分のことだからよくわかるよ。
それから学校に行く私を見送って、パソコンを弄ってスマコンを買い、初めての料理に興奮して、やっぱり寂しくなったから家を出て、学校から芦花と真実と一緒に出てくる私を見つけて喜んで、尾行して、パンケーキ食べて、私に怒られて――かぐやの視点で物語を見つめる。
「……」
ツクヨミにログインして、私と合流して、面白そうなものがいっぱいあって、ヤチヨのライブを見て、ヤチヨカップのことを聞いて、ライバーになると決めて。
その流れは私が経験したこととだいたい同じだった。かぐやは白野の力を借りずともライバーとして人気を集めていく。しかし、白野がいない分、彼女にかかる負担は大きい。
『まぁ……時間がある時なら』
そして、そんな時、彼女が頼るのは決まって私だった。曲を作って、配信でアシスタント紛いなことをして、不適切なコメントをBANして、歌配信の時は伴奏して、なんだかんだ配信にも出て。白野はきっと、かぐやだけでなく、私のためにもライバー活動を手伝ってくれていた。
(あーあ、倒れちゃった)
案の定、私は倒れた。かぐやに看病してもらい、一命を取り留めたが多分、かなり危なかったと思う。病院に行かないと頑なに断る私を見て思わず苦笑を浮かべてしまった。
『かぐやには……ううん、何でもない』
かぐやにせがまれ、お母さんとの関係を話す私はかぐやに何かを言いかけ、止めた。きっと、『かぐやにはわからない』って言いたかったのだろう。でも、あの時の――お父さんのお葬式の時にお母さんから言われたことと一緒だったから私は止めたのだ。だって、あの気持ちをかぐやに抱いてほしくなかったから。
それから帝から竹取合戦の誘いが来て、真実が気絶して、ヤチヨが一緒に戦ってくれた。そっか、私の時はお助けザビ子だったけど彼女がいなければヤチヨと戦えたのか。それは少し残念かも。
戦いはいい感じに拮抗していたが、雷の地雷トラップによって形勢は逆転。私たちは負けてしまった。白野不在の代償は大きかったらしい。
しかし、それでも私たちはヤチヨカップに優勝した。呆然とする私に抱き着くかぐや。もちろん、白野がいないので最後の試練はなく、そのまま私たちがヤチヨとコラボライブすることに決まった。
(本当に……もう……)
ヤチヨカップの準備を進める私たちを見て呆れてしまう。これはかぐやの記憶。白野がいない世界のかぐやの思い出。その思い出の中には私がいた。ずっと、ずっと、ずっと。彼女の視界の中には私が映っていた。
(私のこと、好きすぎじゃん)
コラボライブが成功――いいや、月人たちのせいでケチが付いてしまったがなんとかやり終え、かぐやは全てを思い出した。
「……」
夏祭りに行って、私と話して、卒業ライブをして、そのまま彼女は――月へ帰った。そうなるとわかっていたのに実際にその光景を目にすると胸が締め付けられる。そして、それと同時に白野はかぐやを月に行かせないために来てくれたのだとやっと実感することができた。
月に帰った後、彼女はひたすら仕事をしていた。機械的に、無感情に、人形のように。
『……え?』
そして、ふとどこからか歌が聞こえた。地球からかぐやのために作られた曲。それを聞いた途端、機械のように働いていた彼女の瞳が揺れた。
『ッ! 彩葉!』
思い出した。全部、思い出した。だから、かぐやは笑った。まだ終わっていない、と。別れてしまったのならもう一回、会いに行けばいい、と。
それからの行動は早かった。仕事を引き継ぐために仕事BOTを作成し、月の姫と一緒にタイムマシンを作成。そして、『犬DOGE』と共に地球へと向かった。
そして、そこからはかぐや本人から聞いた通り、大きな岩にぶつかって八千年前の地球に不時着。彼女は死ぬことさえ許されない生き地獄を味わうこととなった。