「――つまり、ヤチヨは『白野の出会わなかったかぐや』で、彩葉に会うためにタイムスリップしたけど色々あって八千年前の地球に落っこちちゃったのかー。いや、信じられるかーいっ!」
かぐやが落ち着いた後、私とヤチヨは事情を説明したのだが、案の定、彼女は信じられないと声を荒げた。まぁ、当たり前の反応である。さて、どうやって信じてもらおうか。
『うーん、私がかぐやだって証拠を出せって言われてもなー。何かないかなー』
ヤチヨもどうしたものかと唸り始めてしまう。確かに彼女はかぐやだ。だが、白野に出会った、出会っていないという重要な違いがある。おそらく、その影響により、考え方などの一部の要素に差は生じていることだろう。
「あ、かぐやにも八千年の記憶を見てもらうとか?」
『彩葉、あれは気軽にやるものじゃないよ……ただでさえ、頭がポーンってなるリスクがあるんだからね』
「え、マジ?」
呆れた様子で言うヤチヨに思わず冷や汗を流した。もしかして、私ってめっちゃ危ないことしたの?
『それにかぐやはそのままのかぐやでいてもらいたいかな』
「うーん……彩葉とヤチヨを疑うつもりはないんだけどさぁ。やっぱ、簡単には納得できないよ」
『そもそも信じる必要はあるのかな?』
信じられないことに罪悪感を覚えたのか、かぐやは申し訳なさそうに目を伏せる。そんな彼女の言葉にヤチヨはいつもの優しい笑みを浮かべた。
『私は白野の出会わなかった。かぐやは白野と出会った。その時点で私たちはもう別の存在。だから、かぐやはかぐや。ヤチヨはヤチヨ。それでいいんだよ』
「でも、それは……」
それはあまりにも――切ない。確かにヤチヨの言うとおり、かぐやとヤチヨはもはや同一存在とは言えないだろう。だからといってヤチヨがかぐやだという事実も変わらない。家に帰る前にヤチヨ自身に頼まれて『ヤチヨ』と呼んでいるが私としては彼女のことも『かぐや』と呼んであげたかった。
『彩葉は気にしすぎ! 私は大丈夫だから』
「あ、それダメ!」
ヤチヨの言葉を遮ったのはかぐやだった。いかにも怒っていますと言った様子で目をつり上がった目をこちらに――ヤチヨに向けている。
「自分の気持ちはね、ちゃんと言葉にしなきゃ駄目なの!」
『自分の気持ち?』
「そう! 白野が教えてくれた! 伝わらないかもしれないけど、伝えなきゃ始まらないんだから!」
『……やっぱり、かぐやには敵わないなー。白野、影響与えすぎだよぉ』
「まぁ、白野だからね!」
何故か自分のことのように胸を張るかぐや。そんな彼女を見て私とヤチヨは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。かぐやの言うとおり、白野だから仕方ないか。
『でもね、本当にいいの。私は『月見ヤチヨ』。かぐやだったのは間違いないけど、なんていうのかな……『白野と出会わなかったかぐや』を――彩葉を救ったヤチヨを忘れたくない』
確かに彼女は『かぐや』だ。しかし、それと同時に私を救った『月見ヤチヨ』でもある。彼女が『ヤチヨ』を否定すれば私を救ったという事実を否定することになる、と考えているのかもしれない。
「……そっか。なら、ヤチヨはヤチヨってことで!」
ヤチヨが無理しているとわかったのか、かぐやも素直にそれを受け入れた。まぁ、彼女たちが納得したのなら私からとやかく言うつもりはない。しかし、私としてはヤチヨが『かぐや』なのも違いないのでたまに呼んであげよう。
さて、かぐやにヤチヨの正体も教えた。次にやるべきことは――。
「ッ……」
思考を巡らせようとした時、ぐらりと視界が回転する。転倒しないようにその場でしゃがみ込むが目の前がグルグルして動けなくなってしまった。
「彩葉!?」
遠くの方でかぐやの声がする。でも、返事ができない。床に手を付けて倒れるのを防ぐので精いっぱいだった。
『かぐや、彩葉をソファに!』
「う、うん……彩葉、持ち上げるよ?」
ヤチヨの声に正気に戻ったかぐやは私の体を支えながらゆっくりと歩き、ソファに倒れ込むように横になった。ありがとう、とお礼を言いたいのに声が出す元気もない。このまま意識を失ってしまいそうだ。
「彩葉、どうしちゃったの? なにかの病気!?」
『二徹からの八千年の記憶を受信したのに休まずに色々やってたから限界が来ちゃったのかも。ごめん、最初に彩葉を休ませるべきだった……』
「かぐやも顔色が悪いのに気づいてたのに久しぶりに会えてテンション上がっちゃった」
『彩葉、無理せずに眠って? 大丈夫、私たちはいなくならないから。今後のことはまた起きてから考えよ?』
「……ぅ、ん」
そんなヤチヨの言葉に私は小さく頷く。考えることはたくさんある。でも、今は休もう。無理して倒れてしまったら元も子もない。
(おやすみ、かぐや、ヤチヨ……)
ゆっくりと目を閉じると私の意識は眠りに落ちていく。ああ、そうだ。起きたらヤチヨにもあの曲を聞かせてあげない、と。それが白野の、頼み事……だったから。
「……寝ちゃった」
ヤチヨの言葉に頷いた彩葉は数秒ほどで眠ってしまった。本当に限界だったのだろう。青い顔のまま、静かに寝息を立てる彼女の頭にそっと手を添えた。
『かぐや、ごめんね。もっと早く言うべきだったのに……』
そんな私をスマホから見ているのは『月見ヤチヨ』。白野と出会わなかった私らしい。
「……ううん、ヤチヨだけのせいじゃないよ。とりあえず、毛布を持ってくるね」
『うん、お願い』
ヤチヨが彩葉を見られるようにスマホをティッシュ箱に立てかけた後、部屋に毛布を取りに行く。それから彩葉にかけてあげた私は彩葉が見える位置に椅子を持って来て座り、スマホを手に取って改めてヤチヨと向き直った。
「んー」
『えっと、どうしたのかな?』
「これが私かーって」
『さすがに失礼だぞー☆』
いや、だって、ヤチヨといえば電子の歌姫として活躍してはいるが配信ではネットミーム連発するし、白野の
「あ、もしかしてそれも白野の影響? かぐやちゃん、白野に色々と教え込まれてるからヤチヨの時より成長してるのかも!」
『それは否定できないけど本質は変わってないよー。現実見て? かぐやもそんなこと言いつつ、なんとなーく察してるんでしょ?』
「くっ」
ヤチヨの言葉に思わず奥歯を噛みしめる。確かに私がヤチヨになる、と言われてもそう簡単には信じられなかった。しかし、これまでのヤチヨの行動を思い出し、同じ境遇になったら多分、私も同じことをする。それがわかってしまったので黙るしかなかった。なにより、『私が気づいていることに気づいた』ことも拍車をかけ、今ではヤチヨは私の可能性の一つだということを受け入れつつある。
「察してるけど納得したわけじゃなーい!」
しかし、それとこれとは話が別だ。私が『ヤチヨ』になる可能性は白野のおかげでなくなったとはいえ、少しだけもやもやする。その理由まではいまいちわからなかった。
『まぁまぁ、これからよろしくね、かぐや』
「……よろしく、ヤチヨ」
そう言って笑うヤチヨに不貞腐れながらも頷く。そして、やっとわかった。私と同じ存在なのにどこか余裕があるように見えるのだ。私よりもずっと大人に見えるのだ。それがなんというか、気に食わない。
しかし、それでいて嫌いなわけじゃない。むしろ、もっと仲良くなりたいと思っている私もいる。相容れなさそうで両立している複雑な気持ち。きっと、そんな感情を抱くのも人間なのだ。
『さー、彩葉が起きるために色々と話そー! ねね、かぐやって白野と一緒に活動してたけどどんなことしてたの?』
「え? あー、動画撮影の時――」
ヤチヨに促され、私は白野との思い出を語る。そして、そのあとはヤチヨからアシスタントとして働いていた時の話を聞かされた。それから特に決めたわけではないのに私たちは夢中になって交互に思い出話をしたのだった。
因みに白野はヤチヨに対しても色々やらかしていた。責任取れよ、ばーか。