『でね、彩葉が先生の質問に対して完璧に答えてね』
『うんうん』
『でも、その質問ってまだ教えてないところだって先生が気づいて彩葉に謝ったの! そしたら、クラスメイトたちは教えてもらってない問題に答えられた彩葉に尊敬の眼差しを向けてね!』
『えー、いいなー! ヤッチョも見たかったー!』
『いいでしょー! 今度、同期する時、楽しみにしててね!』
校門に辿り着くとかぐやのスマホからそんな声が聞こえる。なお、スマホの持ち主のかぐやはそれを見て面倒くさそうに顔を歪ませていた。
「かぐや」
「あ、彩葉! ねー、ヤチヨうっさいんだけど!」
『うるさくないよー! 情報共有は大事だよ!』
『そうだそうだー! 彩葉情報もっと寄越せー!』
私にスマホを見せつけるかぐやとその画面の中で抗議する二人のヤチヨ。うん、ものすごくはっちゃけているぞ、この歌姫。楽しそうなのはいいのだが、校門前なのでもう少し静かにしてほしい。
「はいはい、じゃあ、大家さんのところに行くよ。かぐや、合鍵は持ってきた?」
「持ってきたけど……やっぱり、返さなきゃダメ?」
「駄目」
「えーん、いけずぅ!」
「ほら、行くよ」
未だに合鍵のことを諦めきれないかぐやの手を掴んで大家さんの家を目指す。あのアパートの近くなので帰りに見に行ってもいいかもしれない。
それから私たちは久しぶりの通学路を進み、大家さんの家へ向かう。かぐやもさすがに諦めがついたのか合鍵のことには触れなくなり、昼間にあった出来事を話してくれた。しかし、その話の中にツクヨミや配信の類のものはない。まだ配信する元気はないようだ。
「――では、失礼します」
大家さんの家に着き、合鍵を渡して任務完了。最後まで名残惜しそうにしていたかぐやを見て大家さんも色々と事情があったのだろうと察してくれたのか、返すのが遅れたのを許してくれた。
「かぐや、買い物する前にアパート見に行く?」
「行く!」
落ち込んでいたかぐやを見かねて考えていた案を言えばすぐに元気になった。やっぱり、かぐやは元気が一番。ヤチヨも久しぶりにアパートの外観を見たいだろうし、記念に写真を撮ってもいいかもしれない。
「おー、やっぱり、ボロっちいなー」
かぐやの言うとおり、一週間ぶりに見るアパートは相変わらず頼りなかった。前は夜も遅かったし、ここに住み始めた頃も色々と忙しかったのでこうやって改めて見上げるのは久しぶりだ。
(ここに住んでたんだよね……)
今考えればこんなセキュリティも何もないアパートに女子高生が住んでいたとはなかなか無謀だった気がする。私は白野がいたから協力できたけど、白野に出会わなかった私はかぐやが来るまでどのようにして生き長らえていたのだろうか。
「ヤチヨも見る?」
『見せて見せてー』
ヤチヨに声をかけ、スマホをアパートの方へ向ける。おそらく、スマホのカメラ機能で見えたのか、彼女も『おー』と感心していた。
「あーあ、本当なら1か月後くらいには白野もあのタワマンに住んでたのになー」
その時、どこかつまらなさそうに言葉を紡ぐかぐや。そういえば白野と一緒に住む約束をしていた。まぁ、彼女がロンドンに行く前はほぼ毎日のように泊まっていたので同居していたも同然なのだが。
『勝手にいなくならないって約束も破ってるんだよ、白野ってば』
かぐやに同調するようにヤチヨも愚痴を零す。白野は自身がサーヴァントであることを忘れ、普通の人間として生きていた。そして、コラボライブの日に全てを思い出し、やるべきことをやるためにロンドンへと飛んだ。きっと、時間がなかったのだろう。
それでも彼女は全てをやり遂げて座へと還った。誇らしげに、満足げに。ただ、やり切ったという顔をしながら私たちに最後の言葉を残して。
(ありがとう、白野)
白野がいなければかぐやは月に帰り、また輪廻を繰り返していただろう。そして、八千年の孤独に苦しむことになっていた。まさに彼女は私たちにとって英雄だった。
白野はいなくなってしまったが私たちはここにいる。もしかしたら喧嘩をするかもしれない。泣くこともあるだろう。それでも、今、ここに私たちが立っている白野のためにも生きていく。あなたのいないハッピーエンドを迎え、前へ進む。それが私たちを救ってくれたあなたに報いる唯一の方法なのだから。
そんなことを考えながら私は白野が遺した言葉を思い返していく。
そういえば、託された物をヤチヨに相談していない。家に帰ったらパスを見せてみよう。
今日の晩ご飯は何にしようか。かぐやと相談して決めよう。
ヤチヨの手伝いもした方がいいだろうか。もしくは彼女のために曲を作るのもいいかもしれない。
あ、そうだ。まだヤチヨに完成した曲を聞かせていなかった。今日の夜、みんなで聞こう。
白野は他にどんなことを言っていたっけ? お母さんとの関係を案じてくれていたし、かぐやにはもっと色々なことを楽しんでほしい、とか言っていたような気がする。それから、ヤチヨには――。
――またね、かぐや。私をお願いね。
ん?
待って。おかしくないか?
白野はヤチヨから彼女の事情を聞いていたから『かぐや』と呼んでも不思議ではない。そう、そっちじゃなくて最後の方。どうして、白野は消える自分のことをヤチヨに頼んだのだろう?
「……」
そうだ、おかしい。白野が意味のないことを言うわけがない。つまり、あの言葉にもちゃんと意味があるはずだ。でも、その先がわからない。他に、何か言っていなかったか? 白野だけじゃない。かぐやが、ヤチヨが、芦花が、真実が、お兄ちゃんが、雷が、乃依が――そして、白野に手を貸した英霊たち。彼らの言葉の中に何か、重要なことはなかったか?
――あとは相性のいい人間を依り代にして召喚されたりとか、世界の滅亡を食い止めるために
「ッ――」
そんなことが、ありえるのだろうか? ううん、違う。そうじゃない。そうでなければ辻褄が合わない。でも、まだ確信はない。だから、調べなきゃ。
「ヤチヨ」
『ん? なに?』
ヤチヨの名前を呼ぶと彼女は不思議そうに首を傾げた。かぐやも雰囲気の変わった私に気づき、どうしたのだろうと顔を覗き込んでくる。
「調べてほしいことがあるの」
『うん、わかった。何を調べればいい?』
「2025年の2月と3月のネットニュース。その中でも立川市周辺で起きた事故関係のものをピックアップして」
『……まさか。わかった、分身を総動員させて調べてくる!』
「お願い」
さすがにヤチヨも気づいたのだろう。私の言葉を聞いて声を震わせた後、慌ててスマホから姿を消した。よし、調査はヤチヨに任せて私たちも情報を集めよう。
「かぐや、ついてきて」
「え? あ、うん……えっと?」
混乱するかぐやを引き連れ、私はアパートの階段を昇る。そして、私が住んでいた部屋の前を通り過ぎ、その隣の部屋の前で立ち止まり、インターホンを鳴らした。
「ここって……」
「すみません、隣に住んでいた酒寄ですが……聞きたいことがあります」
扉越しに声をかけるとその人――お隣さんが顔を覗かせる。そして、いきなり訪ねてきた私たちを見て不思議そうな顔をした。しかし、最初から説明している暇はない。私は単刀直入に問いかける。
「白野……右の部屋に住んでいた女子高生っていつ引っ越しましたか? それと部屋から変な音や見たことない人が来たとか。気になったこと、全部教えてほしいんです」
さぁ、ハッピーエンドを始めよう