お隣さん曰く、私たちのコラボライブの日、白野の部屋から激しい物音とガラスの割れる音がしたらしい。また、かぐやの卒業ライブ前日にいきなり引っ越し業者らしき人たちが来て白野の部屋を片付け始めたとのこと。そして――。
「女の人の声が二つ、か。片方は白野っぽかったって言ってたけど……」
お隣さんにお礼を言った後、タワマンに向かう道中にかぐやと手に入れた情報を整理していた。どうやら、引っ越し業者に指示を出していたのは白野だけでなく、もう一人いたらしい。その声に聞き覚えがなく、不思議に思ったそうだ。
「コラボライブの騒音は多分、BBを召喚したからだと思うんだけど……もう一人の女性は誰なんだろ」
「ロンドンで仲良くなった人とか?」
「それはないじゃない? お隣さん、特に言語に触れてなかったから日本語で話してたんだと思うし」
もし、ロンドンで交流を深めた人なら母国語は英語だ。きっと、白野と話す時も英語で話しているはずなので英語が聞こえてきたら印象に残るだろう。そもそも、その女性も引っ越し業者に指示を出していたから日本語で会話していた可能性が高い。
「一番可能性が高いのはBB?」
「あの恰好で? めっちゃ騒ぎにならない?」
「あー……」
紫色の長い髪を持つ少女。しかし、彼女の着ている服は少し過激だった。あの姿で街を歩けば騒ぎになるだろう。
(アーチャーみたいに普段着に着替えられるのなら話は別だけど……)
私たちは英霊に関してあまりに知識がない。多分、これ以上の問答は意味がないだろう。だが、白野の傍に女性がいた、というのは間違いない。私の仮説が正しければすぐにでも会えるはずだ。
『彩葉、見つけた!』
タワマンまでもう少し、というところでスマホからヤチヨの声が響き、急いで画面へ視線を落とす。そこにはどこか疲れたような顔をしている彼女の姿。なんとなくわかったが私と話しているヤチヨは本体だ。
「お疲れ様。忙しいのに頼み事してごめんね」
『ううん、全然! それよりも……彩葉の予想どおり、あったよ』
そう言って彼女がスマホの画面に映したのは一つのネットニュース。日付は五年前の2月。立川市周辺で起きた交通事故のものだ。
「……やっぱり」
「このニュースがどうしたの?」
「多分、これ白野のこと」
「……え?」
ニュースの内容は事故により、両親は他界。唯一、生き残った少女も意識不明の重体、というもの。名前などは伏せられているがタイミング的にも、内容的にも間違いない。
「な、んで……白野は英霊なんじゃないの?」
「そう、白野は英霊だった。でも、その召喚方法が特殊だったとしたら?」
BBは言っていた。英霊召喚にも特殊な方法がある、と。更に白野は英霊としての記憶がなかった。おそらく、彼女が召喚された時にイレギュラーが発生したのだろう。
「白野は……この世界の『岸波白野』の体を依り代に召喚された英霊。この仮説が当たっていれば彼女はまだ、この世界にいる」
白野が入院している病院は意外とすぐにわかった。ヤチヨが白野と出会った日、いきなり意識を失った彼女のために救急車を呼び、無事に搬送されるまで電子機器を移動して見守っていたらしい。その病院のデータベースをヤチヨがこっそりと覗いて一週間ほど前に『岸波白野』という患者が入院した記録が残っていた。
『ここだよ』
ヤチヨの案内で病院に着いた私とかぐやは無言で病院の中に入る。そこそこ大きいため、平日の夕方でも診察待ちの人や入院着を来た老人、お見舞い帰りのスーツ姿の男性など色々な人が歩いていた。
「……」
二ヶ月前に地上に落ちてきたかぐやはともかく私はこれまでの人生で人並み程度には病院を訪れたことがある。しかし、何故か心臓は激しく鼓動を打ち、汗が額に滲む。もしかして、緊張しているのだろうか。
「ここに、白野がいるの?」
「……行こう」
不安そうに私を見つめるかぐやの手を取り、総合案内所へと向かう。そこには少しだけ暇そうにしている受付のお姉さんが座っていた。
「すみません」
「はい、どうかされましたか?」
「えっと……友人が入院してて、そのお見舞いに来たんですがどこに入院しているか聞き忘れてしまって」
「なるほど……入院されているご友人の名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「『岸波白野』です」
お姉さんに声をかけ、事情を説明する。それを聞いた彼女は白野の名前をパソコンに打ち込み――動揺したように目を見開いた。
「……申し訳ございません、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「え? 『酒寄彩葉』です」
「身分証のご提示をお願いいたします」
予想以上に厳重な身元確認。やっぱり、何かある。そう思いながら私は学生証を財布から取り出してお姉さんに見せた。
「……確認いたしました。少々、掛けてお待ちください」
そう告げて彼女は席を立ち、どこかへ行ってしまう。私はどうしていいか分からず、戸惑っているかぐやを連れて椅子に座った。
「ねぇ、今のって」
「多分、ただの入院じゃない」
彼女の状況はわからない。しかし、病室に行って元気そうな彼女の姿を見ることは出来なさそうだ。
「どんな白野がそこにいるのか……もし、見るのが辛いなら私だけで――」
「――彩葉」
そんな私の言葉をかぐやは遮った。顔を上げると彼女は真剣な眼差しをこちらに向けている。その目にあるのはほんの少しの怒り。
「白野があまり良くない状態でも会いたい。話せなくてもいい。白野がそこにいるって知りたい。今はそれだけで……十分だよ」
「……そっか」
もう会えないと思っていた大切な人。その人にどんな形であれ、もう少しで会えるかもしれないのだ。
「酒寄様」
それから私たちは手を繋いで待っていると先ほど対応してくれたお姉さんがこちらへやってくる。そして、白野が入院している病室を教えてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ……失礼いたします」
お姉さんにお礼を言うと彼女はどこか神妙な顔で去っていく。まるで、私たちを憂いているように。
「……行こう」
「……うん」
それでも私たちは会いたい。白野に会いたい。その気持ちでいっぱいだった。この先に待ち受けるであろう何かを考えないようにして私たちは白野の待つ病室へと向かった。
静かな廊下に私たちの足音だけが響く。その足取りは遅く、いつもなら我先にと前を進むかぐやは私に手を引かれる形でついてきていた。
「……ここだ」
病室までの道のりがいつまでも続きそうな錯覚を覚えた頃、私たちはお姉さんに教えてもらった病室に辿り着いた。おそらく、個室。そして、病室の外に設置されたネームプレートには『岸波白野』と書かれていた。
「……いい?」
「……うん」
かぐやに問いかけ、彼女が頷いたのを見て左手を持ち上げる。いつも無意識にやっている動作なのにどうしてこんなに重たく感じるのだろう。しかし、緊張で真っ白になっている頭でも礼儀作法までは忘れていなかったようで扉を三回、ノックした。そして、その動作から流れるように扉のドアノブへ手を伸ばし――。
「――はい」
「ッ!?」
中から聞こえた若い女性の声に心臓が飛び出るかと思った。てっきり、中には誰もいないと決めつけていたからだ。しかし、お隣さんの話を思い出し、この中にいる女性こそ、白野の部屋を空っぽにした時、一緒にいた人なのだと察する。
「……」
私の知らない白野の知り合い。一体、どんな人なのだろう。もしかして、彼女も英霊だったりするのだろうか。彼女は白野の何を知ってここにいるのだろう。そう考えると少しだけ怖い。彼女と会うことで私の中にいる白野が変わってしまうような気がしたから。
「彩葉」
そんな私に声をかけたのは隣に立つかぐや。そちらへ視線を向けると彼女は意を決したようにコクリと頷いた。そうだ、私は一人じゃない。隣にはかぐやがいる。スマホにはヤチヨがいる。ああ、なら、大丈夫。覚悟は決まった。
「……失礼します」
止まっていた左手を動かし、ドアノブを掴んでゆっくりと扉を開ける。
病室はなかなかに広く、ベッドだけでなく、見舞客用のソファが何脚か置かれていた。その一つに座っていたのは――赤。そう表現するのが正しいと思えるほど真っ赤なトップスに身を包んだ、とても綺麗な女性だった。
「来ないかと思った。この子の予想も外れることがあるのね」
その女性はこちらに視線を向けず、手に持つ本のページを捲る。換気中だったのか、病室の窓は少しだけ開けられており、そこから吹き込む風で彼女の二つに結ばれた金髪が僅かに揺れていた。
「お目当ての人はそこよ。まずは顔を見せてあげて」
「っ……」
女性の言葉にハッとした私たちはゆっくりとベッドを見る。ここからでは足元しか見えず、僅かに布団が膨らんでいることしかわからなかった。
「……」
私からだろうか。それとも、かぐやだっただろうか。繋がれた私たちの手に隙間がなくなる。僅かに震えるそれをお互いに抑え込むように力を加えたからだ。
心臓がバクバクする。見るな、と本能が語りかけてくる。それでも、会わなきゃ。ここで逃げるわけにはいかない。だって、私は――。
一歩、また、一歩とベッドへ近づいていく。少しずつベッドで眠っている人の姿が見え始める。
最初に見えたのは彼女の綺麗な茶髪。かぐやほどではないがそこそこ長かったため、布団から外に出てしまっていたのだろう。
次は胸元。布団の中にいるので彼女の姿そのものは見えなかったが僅かに上下しているのがわかる。そう、それはすなわち呼吸していることに他ならない。
それから首、顎、口、鼻、と顔のパーツが見えてくる。ああ、そうだ。やっぱり、彼女だ。そう確信した時、見えたのは閉じられた目だった。
「……白野」
そこにいたのは『岸波白野』だった。小さく寝息を立て、静かに眠っている。生きている。そうだ、彼女は確かにそこにいた。
「……いた」
そう、言葉を溢したのは隣にいたかぐや。そう、私たちはもう会えないと思っていた白野と再会した。