「『この手紙を読んでいるということは彩葉と無事にわかり合えたということでしょう』」
『かぐやへ』と書かれた手紙の続きは私たちのものと似ていた。しかし、あのふざけた内容ではなく、私の行動を予想したもの。きっと、私たちと手紙を読むタイミングがズレるとわかっていたのだろう。
「『もしかして、彩葉に読んでもらってるのかな。なら、そこには『私と出会ったかぐや』もいるよね。いたらいいな』」
「白野……」
この手紙が書かれたのはロンドンから日本に向かう飛行機の中、この時点でかぐやの輪廻は壊れていない。だから、彼女は手紙で願っていた。かぐやが無事でありますように、と。自分が役目を果たせますように、と。
「『芦花と真実はそこにいる? かぐやの事情は色々と複雑だけど……大丈夫、二人ともかぐやのこと、受け入れてくれるよ』」
「……」
「……」
それどころか、芦花と真実の話も出てきた。ヤチヨにとってこの世界の芦花と真実は『かぐや』だった頃に仲良くなった彼女たちではない。それでも白野は芦花と真実なら大丈夫、と背中を押してくれていた。本当に未来予知にも似た先読みだ。今更ながらその才能が恐ろしくなる。
「『かぐや、まずはごめんなさい。月に行こうとするあなたを止めるため、FUSHIと協力して情報を交換していました。彼も大好きなあなたを助けるために頑張っただけなので責めないであげてね』……月に、行こうとした?」
『あ、あはは……あの、ごめんなさい』
聞き捨てならない言葉を読み、私は確かめるようにヤチヨへ視線を向けた。彼女は冷や汗を流しながら視線を彷徨わせ、素直に謝る。そういえば、彼女の記憶を見た時にそんな情報があったような気がした。これはあとで詳しい話を聞いた方がいいだろう。
「『彩葉もあまりかぐやを責めないでね』……」
そう心に誓ったところへ白野からの制止。マジでなんでわかったの? エスパーじゃん。そう思いながら続きを読もうとしてそこに書かれていた文字に思わず口を閉ざしてしまう。
『彩葉?』
「あ、ごめん……『私の予想ではこの手紙を読んでいる頃にはこの世界の『岸波白野』に再会してるのかな』」
ヤチヨに促され、続きを読んだが私の隣にいるかぐやが息を呑んだ。ドンピシャで当てたからだろう。ここまで的確に的中させていると何か裏があるのでは、と疑ってしまった。
「『もし、まだこの世界の『岸波白野』に会っていないのなら彼女が入院していた病院に行ってください。そこに凛がいるはずです。少しツンデレなところはありますが基本的にいい子なので色々と手伝ってくれると思います。多分。もしかしたら、お金を要求されるかもしれませんがそこも含めて彼女の愛嬌みたいなものなので気にしないでください』」
「いや、気にするよ! あの人、そんながめついの!?」
かぐやのツッコミに思わず頷いてしまう。白野の病室で本を読む姿はまさに優等生そのものだったが、まさかそんな本性を隠しているとは思わなかった。
「『あなたと過ごした日々はとても楽しかった。英霊の定めとはいえ、この毎日が終わってしまうのは名残惜しいです』」
それからヤチヨとの思い出話がいくつか書かれていた。少しだけホッとしてしまう。彼女は消える直前、やりきったような表情を浮かべていた。もしかしたら、白野にとって私たちとの生活はそこまで大切ではなかったのかもしれない、と思ってしまうこともあった。しかし、彼女も私たちとの別れを惜しんでくれていたのだ。
「『
思い出話が終わり、締めに入った彼女の言葉を口ずさみながら首を傾げる。ただの励ましの言葉に見えるが少しだけ違和感を覚えた。その正体は――わからない。
「『それじゃあ、またね。たくさん迷惑をかけちゃうと思うけど私をよろしくお願いします』」
手紙を読み終えた私はそっとそれを折りたたむ。この場にいる全員が言葉を発さず、白野の手紙をゆっくりと噛みしめていた。私もその一人なのだがやはり、私の手紙に思い出話がなかったことが気になった。ちょっと悔しい。そんなに書くことがなかっただろうか。
『……彩葉、ありがとう』
「ううん、私は何もしてないよ」
そんな中、いつの間にか目から涙を零していたヤチヨが静かにお礼の言葉を口にする。私はただ白野の手紙を読んだだけだ。
でも、これでわかったことがある。彼女は手紙の最後に『私をよろしくお願いします』と書いた。つまり、私たちが眠り続けているこの世界の白野を諦めないことを――そして、私たちなら白野を目覚めさせることができると信じていたことに他ならない。なら、その期待に応えたい。いや、違う。応えてみせる。
「ニシシ、これは頑張らないとね」
「……そうだね」
そう改めて決意を固めて顔を上げるとかぐやと目が合った。彼女も白野の手紙に触発され、やる気に満ちた目を輝かせている。
「でも、特に新しい情報はなかったよね? 白野が入院してるのは彩葉たちが先に気づいてたし」
そんな中、芦花が少し残念そうに言葉を零す。確かに目新しい情報はなかった。いや、遠坂さんの性格がわかっただけでも収穫かもしれない。
「あ、そもそも! なんでヤチヨのことを『かぐや』って呼んでたの?」
「あー……話すと長いんだけど……」
更に真実から当然の質問が出たため、言い淀みながらヤチヨの方を見る。袖で目元を拭っていた彼女は小さく笑い、コクリと頷く。
「実は――」
それから私は芦花と真実にヤチヨが『白野と出会わなかったかぐや』だということ。白野はかぐやの輪廻を壊すために召喚された英霊だと説明した。最初は驚いたように聞いていた二人だったが次第にどこか納得したように頷き、ヤチヨの方を見て笑う。
「そっか……名前はかぐやって呼んだ方がいいの?」
『ううん、ヤチヨで大丈夫!』
「オッケー、ヤチヨ! これからもよろしくね!」
『っ……うん!』
白野が手紙に書いたように二人はヤチヨを受け入れてくれた。それが嬉しかったのか、ヤチヨの目に再び涙が滲む。
さて、私たちがやるべきことは決まった。そのためにも遠坂さんと話す必要はあるだろう。だが、今のままでは私たちの気持ちしか伝えられない。できれば今後の動きも少しぐらい考えておきたかった。
「そうだ、ヤチヨ」
『ん? なんだいなんだい?』
「私の手紙に白野から託された物があって……それがツクヨミのどこかに隠されるみたいなの」
『託された物? 何かヒントみたいなのはなかった?』
「ちょっと待ってね。取ってくる」
私は急いで自室に戻り、私宛の手紙を手に取って中身を取り出す。そして、リビングルームに戻った後、二枚目の数字や英語、記号が並べられた紙をヤチヨに見せた。
「かぐやが言うにはパスなんじゃないかってことなんだけど」
『……うん、確かにこれはツクヨミを構成するプログラム内にあるフォルダのパスだね。これならすぐに取り出せるけど』
「あ、じゃあ、ツクヨミにログインするよ。ヤチヨに聞かせたいものもあるし」
ツクヨミにログインするのならこの機会に完成した曲を聞かせてあげたい。現実で聞かせることもできるが電子機器の中で聞くよりツクヨミの方が音質もいいだろう。
「じゃあ、かぐやも行くー!」
「私たちは……さすがにスマコン持って来てないからログインできないね」
『なら、ミーティングルームの様子を限定配信するよ! テレビに映すし、彩葉に通話かけてくれれば会話もできる!』
困った表情を浮かべる芦花にそう提案するヤチヨ。二人には悪いがテレビ越しに見ていてもらおう。
そうと決まれば、と私とかぐやはスマコンを取りに行き、配信でいつも使っている部屋でツクヨミにログイン。ヤチヨに指定されたミーティングルームへ移動したところで芦花から通話がかかってくる。私たちの姿がテレビに映ったところで準備が完了した。
「それじゃ行くよー」
仮想キーボードを叩きながらヤチヨが笑った直後、彼女の手に立方体のアイテムが出現する。これこそ、白野が私に託した物。
「はい、彩葉」
「あ、うん……」
あくまでも私に託した物だからか、ヤチヨは立方体を私に渡す。手の上で浮遊しているそれをジッと見つめ――意を決して指でタッチした。
「これって……」
立方体が輝き、その中から何かが現れて手の上に落ちる。それは現実世界でもよく見かけるただの手袋だった。暖かそうなミトン型のそれに思わず首を傾げてしまう。
「ッ!? な、んで……それが……」
しかし、手袋を見たヤチヨは目を見開き、声を震わせる。そして、この手袋に付けられた名前を口にした。
「