「
聞き慣れない単語に首を傾げた。その声で正気に戻ったのだろう。ハッとした後、ヤチヨは慌てた様子で表情を戻した。
「あ、えっと……これは白野が作った礼装なの」
「礼装……つまり、
「うん、私のために作ってくれたものなんだ」
そう言って私の手に乗る手袋を愛おしそうに見つめるヤチヨ。この手袋は彼女にとってとても大切なものなのだろう。
「へー、
「相手の魂に干渉して『触れられている』と錯覚させるって言えばいいのかな。とにかく、魂だけの存在である私に触られてるって実感させるために作ってくれたの」
「……」
かぐやの質問に嬉しそうに答えるヤチヨ。彼女は実体を持たないため、食べることも、物に触れることもできない。そこで白野が作ったのがこの手袋だったのだろう。
「……これって私にも使える?」
白野が私にこれを託したのは自分と同じようにヤチヨの魂に触れてあげてほしい、ということなのかもしれない。そう考えた私はヤチヨに問いかけたものの、彼女の表情は少しだけ暗くなってしまう。
「多分、無理だと思う。本来、
「え? でも、かぐやたち、普通に
「それは白野が誰でも
白野が
「じゃあ、これを使えるのは……」
「白野と……
ヤチヨの言葉に思わず奥歯を噛み締めてしまう。そうか、私には使えないのか。せっかく、白野が託してくれた物なのに。
「……」
でも、本当にそうだろうか。魔術を知らない私に
「……わかんないよ、白野」
――しかし、いくら考えてもその理由はわからなかった。私は白野みたいに僅かな情報だけで先読みができるわけではない。本当に、私にこの手袋を使いこなせるのだろうか。
――それをどうするかは彩葉に任せます。
ううん、違う。白野はあくまでこれを私に託しただけ。その使用方法はおろか、有効に使え、とも書いていなかった。ただ、選択肢を与えたに過ぎない。
(……よし)
落ち込むのは今じゃない、と自分に言い聞かせて気持ちを切り替える。とにかく、これはヤチヨにとってとても大切なものだ。もしもの時のために大切にとっておこう。いや、むしろヤチヨにあげてしまうのもいいか。
「ううん、それは彩葉に持っててもらいたいな」
そう提案したのだが、優しい笑みを浮かべたヤチはそれを断った。私もすぐに頷き、ストレージに格納する。
「じゃあ、今度は私の方か。ヤチヨ、聞いてもらいたい曲があるんだ」
「曲……もしかして……」
「うん、これも白野からお願いされたことなの。かぐやだけじゃなくてヤチヨにも聞かせてあげてって」
「そっか……うん、聞かせてほしいな」
どこか懐かしそうに微笑むヤチヨを座らせて私とかぐやは顔を見合わせて頷く。そして、手元にキーボードを出現させ、ツクヨミに転送しておいた楽曲ファイルを再生する。
流れたのはかぐやの卒業ライブのために作った曲。しかし、あの時はワンフレーズだけだったし、歌ったのはあくまでかぐやだった。
でも、今は違う。白野のおかげで最後まで完成させられたし、かぐやと打ち合わせする時間もあった。練習自体はほぼしていないがそれでもヤチヨに届くようにこの歌にありったけを込める。
「――瞳映る――静かな世界――」
前奏が終わり、かぐやが歌い出す。目を閉じて精一杯に感情を込めるその姿はどこか大人びており、本当に成長したのだ、と少しだけ感動してしまった。
「――わがままになって」
「――いいの?」
「――遊び過ぎちゃって」
「――いいよ!」
「ッ――」
それから掛け合い。かぐやが歌った後に私が続く。その時、ヤチヨが目を見開いたのが見えた。少し彼女の様子が気になったものの、歌っている最中なので仕方なくそのまま続ける。
「――この一瞬が――最高のパーティーなんだ――」
「――この一瞬が――最高のパーティーなんだ――」
ユニゾン。私たちの感情が重なり合って、ハーモニーを奏でる。ああ、やっぱり、いいな。私の作った曲を、大切な人と一緒に、もう一人の大切な人のために歌う。これができたのも白野のおかげだ。
「――当たり前の結末なんて――いらないって笑ってた――」
二番へ差し掛かり、今度は私が歌い始める。ここからは白野がいなくなってから作った部分。かぐやと出会って変わった私。白野と出会って変わった私。その全てをつぎ込んで作り上げた私の
「――迷わず歩いて」
「――いたね」
「――気づけば遠くに」
「――いたよ」
掛け合いも一番の時とは逆。私が歌った後にかぐやが続く。ああ、そっか。ヤチヨが驚いていたのはこの曲を私が歌っているからだ。彼女の知る『酒寄彩葉』がこの曲を完成させた時、すでに『かぐや』は月に帰っていた。だから、私とかぐやが一緒に歌うことはなかったのだ。
「――昨日の続き」
「――喋りたかった」
「――くだらなくても」
「――ちょうどよかった」
歌詞割はかぐやと一緒に決めた。その結果、何故か私が歌う部分が多くなってしまった。でも、それも仕方ない。だって、ここは私の感情を込めた場所だったから。
「――聞き分けのいい」
「――フリはもうできない」
「――飛び立つ背中」
「――追いかけてみたい」
これから大変なことが待っているだろう。諦めたくなることもあるかもしれない。でも、私はもう止まれない。だって、かぐやが、ヤチヨが、白野が、私の心に火を点けてくれたから。だから、私ももう何も諦めないよ。
「――本音を聞かせて――ただ叶えてみたいから――」
でもね、どうしても気になることがあるの。ねぇ、ヤチヨ。私は『酒寄彩葉』になれたかな? 少しでもあなたの大切な人に近づけたかな。
ううん、違う。きっと、同じはずだ。私は
「――この一瞬を――最高のパーティーにしよう――」
「――この一瞬を――最高のパーティーにしよう――」
ラスサビ。届いて、届いて、届いて、届いて。そんな思いを込めてかぐやと共に歌を紡ぐ。
ヤチヨだけじゃない。芦花にも、真実にも、お兄ちゃんたちにも――座に還った白野にも、ベッドの上で眠り続けている白野にも。私たちの歌が、声が、音が、心が、届きますように。
「――また新しい景色の――物語をえがこう――」
「――また新しい景色の――物語をえがこう――」
そして、私たちは歌い終わる。全てを詰め込んだからか、たった一曲だけだったのに私とかぐやは肩で息をしていた。上手く酸素を吸えず、視界もチカチカする。それでも出し切った達成感で自然と私たちは笑みを浮かべ、頷き合う。
「ああ、もう……それはずるいよぉ」
そして、私の目の前でヤチヨがボロボロと涙を流しながらも嬉しそうに笑っていた。