私たちの歌を聞き、ヤチヨは嬉しそうに笑いながら涙を拭う。ほとんどぶっつけ本番だったがちゃんと届いたらしい。
「彩葉、やったね!」
「……うん、そうだね」
やり切ったような顔で笑うかぐやを見て私も自然と口元が緩んだ。そして、キーボードをストレージに戻してヤチヨの方へと歩み寄る。
「どうだった、かな?」
「もっちろん、サイコーだった! この曲を彩葉とかぐやが歌うのは本当に……あー、駄目だ。涙止まんない」
私が感想を聞くとよほど感動してくれたのだろう。何度も袖で涙を拭ってもヤチヨの目から涙が零れ落ちていく。それでいて彼女は笑っていた。そっか、そんなによかったのか。それなら――。
(――白野にも、聞かせたかったな)
そう考えてすぐにハッとした。違う、聞かせたかったじゃない。聞かせるのだ。たとえ、病室で眠る白野が私たちの知る彼女ではなかったとしても関係ない。必ず、成し遂げてみせる。そう、改めて心に誓った。
「あーあ、私も歌いたくなってきちゃったなー」
「お? なら、このまま歌配信しちゃうー?」
「あはは、しないよー。白野のことが落ち着くまではお休みする……でも、歌、か」
かぐやの誘いを断ったヤチヨは小さく笑った後、どこか寂しそうに目を伏せる。そして、彼女を見つめる私たちの視線に気づき、慌てて笑みを浮かべた。
「あ、ごめんごめん……いや、あの……ちょっと、ね。後悔っていうかさ……何でもないよ」
「ヤチヨ!」
「え、なになに?」
困ったような顔で誤魔化そうとするヤチヨに対し、かぐやは怒ったような顔で詰め寄った。いきなり近づかれたヤチヨは目を白黒させて後ずさる。
「自分の気持ちを隠しちゃ駄目だって言ったじゃん! 何でもいいから教えてってば!」
「ぁ……そう、だったね。あはは、なかなか癖は抜けませんなぁ!」
「むぅ!」
「……はい、ごめんなさい」
気持ちを伝える。白野の教えをかぐやはとても大切にしているようでなかなか自分の気持ちを教えてくれないヤチヨに腹を立てたらしい。それでも茶化そうとする彼女だったがかぐやに睨まれては素直に頷くしかなかった。
「ヤチヨ、後悔ってなに?」
さすがにこのままなのは可哀そうだと助け舟を出してあげる。もちろん、私もヤチヨの気持ちは知りたいので隠した何かを話すように促した。
「後悔ってわけじゃないんだけど……白野の歌、聞いてみたかったなぁって」
「あ……」
ヤチヨの後悔――それは白野の歌を聞きそびれたこと。私たちはカラオケで彼女の歌を聞いたが、その場にヤチヨはいなかった。コラボライブでも月人の横やりのせいで一緒に歌うことも叶わず、白野は座に還ってしまったから結局、ヤチヨは白野の歌声を聞く機会がなかったのだろう。
「何度もコラボライブに誘おうと思ったんだけど色々あって誘えなくって……こんなことなら無理やりにでも一緒に歌えばよかった」
「……ちょっと待ってて!」
「え、ちょっとどこ行くの!?」
乾いた笑みを浮かべるヤチヨを見たかぐやはそう告げてツクヨミをログアウトしてしまった。訳を聞こうと手を伸ばすがすでに彼女の姿はなく、不思議そうにしているヤチヨと顔を見合わせるしかなかった。
『彩葉、かぐやちゃんなら二階に行ったよ』
その時、通話を繋いだまま芦花からかぐやの様子を伝えられる。二階? なにか忘れ物でもしたのだろうか。
『あ、帰ってきた……って、ノートパソコン?』
『彩葉ー! ヤチヨー! もうちょっと待っててねー!』
続けて真実の声がしたと思った矢先、少し遠いところでかぐやの楽しそうな声が響く。私のノートパソコンで何をするつもりなのか。
「おっまたせー!」
それから数分ほど経ち、かぐやがツクヨミに戻ってくる。その顔はまさに『どやぁ』と褒めてほしそうな表情を浮かべており、何か企てているのがすぐにわかった。
「何するつもりなの?」
「いいからいいからぁ! 本当はね、もうちょっと独り占めしたかったんだけど……やっぱり、こういうのはみんなでシェアしないとね!」
「シェア?」
「独り占めってもしかして……」
首を傾げるヤチヨの隣でハッとする。かぐやは白野からの手紙を読む前に私のノートパソコンで何かをしていた。まさか彼女はその独り占めしたかった何かを共有しようとしているのだろうか。
「しー」
そんな私たちに静かにするように、とジェスチャーした後、ストレージから何かを取り出した。何かのファイルを可視化したもの。多分、音楽ファイルだ。私も作曲作業に詰まった時、気分転換の意味を込めてツクヨミで作業したがストレージから取り出した音楽ファイルのテクスチャにそっくりだった。
「じゃあ……行くよ」
そして、小さく笑みを浮かべたかぐやは人差し指で優しくそれに触れた。数秒ほどの小さなノイズ。しかし、それは突如として私たちの耳に滑り込んできた。
『――幾千の時を巡って今――僕ら出会えたの――』
「……え?」
音楽ファイルから溢れたのはヤチヨの『星降る海』。でも、歌っているのはヤチヨじゃない。この、歌声は――まさか――。
『――もっと近くに来て――誰も知らない世界が待ってるの――』
「……嘘」
ヤチヨも気づいたのだろう。目を大きく見開き、悲鳴をあげないように口元を両手で押さえていた。
『――宙、海の向こう――きみのもとまで――響くように歌えるかな――』
この歌声、感情の込め方、息遣い。その全てがカラオケの時に聞いた時とそっくりだった。そう、これを歌っているのはもうここにはいない私たちの知る白野だ。
『――途切れかけた夢を見ても――大丈夫――一人にはしないよ――』
「ぐ……ぅ、うぅ……」
私の隣にいるヤチヨはとうとう声を殺して泣き崩れてしまった。ああ、そっか。そうだったのか。やっと、わかった。カラオケで白野の歌を聞いたかぐやが泣いた理由。
『――どんな時もきっとどこかで――見守っているからさ――』
白野は――
『――叶うさ今――物語を巡ろう――』
白野の歌が終わった。ヤチヨはもちろん、曲を流したかぐやも思い出したように涙ぐんでいる。マジでとんでもない爆弾を放り投げてくれたな、このやろう。鼻水が垂れそうになったのでスマコンを付けたまま、目を開けて近くに置いてあるティッシュに手を伸ばす。
「か、ぐや……ぐすっ……なんで、この音源、持ってんの?」
「あ、彩葉も泣いてるー」
「うっさい! それでなんで?」
「いやぁ、コラボライブの前の日にさ。なかなか眠れなくて思いつきで録音したんだよねー。白野には機材の確認だって言って」
どこか照れくさそうに笑うかぐや。何かと鋭い白野を騙せたことに驚いたが、なんだかんだ白野もかぐやに甘いところがあった。まさか自分の歌を録音されるとは考えなかったのかもしれない。あれだけ掲示板でザビ子の歌を渇望されていたのにどれだけ自分の価値を低く見ていたのだろうか。
『かぐや、終わったよ』
『え? あ、やば!』
「あ、やべ」
「おい」
そんなことを話していると音楽ファイルから白野とかぐやの声が聞こえた。おそらく、当時のかぐやも白野の歌に圧倒されて停止ボタンを押し損ねたのだろう。
「あはは! もー……ありがとう、かぐや。白野の歌、聞かせてくれて」
私たちのやり取りを見て笑った後、ヤチヨは嬉しそうな表情を浮かべてかぐやにお礼を言った。確かに彼女の思いつきがなければ私ももう一度、白野の歌を聞くことができなかっただろう。
「えへへ、あ、これさ! 投稿しようよ! ちゃんとミックスしてもらってさ!」
「え?」
「だって、ヤチヨだけじゃなくてオタクのみんなもめっちゃ聞きたがってたじゃん! これをかぐやたちだけで独占するのは良くないと思う!」
「独り占めしようとしてたくせに」
「うっ……そうだけど、そうだけどさー!」
私の指摘に顔を引きつらせながらもかぐやは引き下がらなかった。確かにこの歌を投稿すれば大きな話題を呼ぶだろう。しかし、本人に許可を取らずに投稿するのは気が引けた。
「……かぐや、ごめん。もう少し考えさせて。実は突然のザビ子引退でかなり炎上してるんだよね」
かぐやの提案に数秒ほど考え込んだヤチヨだったがその答えは保留だった。そういえば、何の告知もなく、かぐやの卒業ライブで白野が引退するようなことを言ったから色々な憶測が飛び交い、カオスなことになっていたことを思い出す。
「あー、そっか」
「今は私たちが今後、どんな風に動くべきか決めてからにしよう」
「今後、か。確かに白野を目覚めさせるって目標はあるけど具体的な方針を決めてなかったね」
少なくとも私が本格的に白野を目覚めさせるために動けるのは大学卒業後――いや、大学院か? それすらもあやふやな状態では動こうにも動けない。
「そこで相談なんだけど……もう一回、凛と話し合いたいんだ」
「あの真っ赤な金髪?」
「赤いのか金なのか……いや、そんなことよりどうして?」
変なあだ名を付けていたかぐやにツッコんでしまうがすぐに頭を振ってヤチヨに問いかける。ヤチヨが事前に遠坂さんに話を聞いてくれたおかげで白野の現状を把握できた。
「だって、白野は凛を頼れって言ってたじゃん? だから、多分、何かが足りてないんだと思う。私たちはまだ知らなきゃならないことがあるはずなの」
「それは……何?」
「わからない。だから、聞く。白野が何をしようとしてたのか」
白野がしようとしていたこと。つまり、彼女がロンドンに行った理由を聞き出す、ということだろうか。
「……そうだね。聞きに行こう。私たちの気持ちも伝えたいし」
「よっしゃー、全面戦争だー!」
「いや、戦いに行くわけじゃないよ」
戦う気満々のかぐやを落ち着かせ、私たちは遠坂さんと話し合う準備を始めた。