結局、芦花と真実も交えた話し合いは日付が変わるまで続き、遠坂さんに会いに行くのは三連休初日の土曜日になった。もちろん、いきなり白野の病室に行っても会える保証はないので事前にヤチヨから遠坂さんへアポを取ってもらっている。
その結果、病室で長々と話すのはよくない、という話になり、白野が入院している病院近くの喫茶店で話すことになった。ここはプライベートな話ができるように個室がいくつか用意されており、ヤチヨがいても人の目を気にしなくていいのは助かる。
「こんにちは。いい天気ね」
集合時間より少し前に喫茶店に到着した私とかぐやだったが遠坂さんの方が先に着いていたらしく、個室に入るとコーヒーを優雅に飲んで待っていた彼女に出迎えられた。相変わらずの美人である。それに髪は金色だが、顔は日本人っぽい。もしかしたら、日本人の血も交じっているのかもしれない。
軽く会釈をして私とかぐやはそれぞれ紅茶とホットミルクを注文し、飲み物が届いたところでヤチヨがいるスマホをテーブルに置いて準備が完了した。
「今日は来ていただいてありがとうございます」
「そんな堅苦しくなくていいわ。それに今の私は休暇中。東京観光もほぼ終わっちゃったし、暇してたところよ」
少し緊張しながら声をかけると遠坂さんは優しく微笑んでくれた。ぱっと見、完璧な人っぽいのにお金を要求してくるのか。全然そんな風には見えない。
「お金いる?」
「は?」
そんなことを考えていると隣でホットミルクを啜っていたかぐやがとんでもないことを言い出した。さすがの遠坂さんも驚いたように目を見開く。
「ちょっとかぐや!」
「え、だって、白野が凛はお金要求してくるかもって言ってたから最初から払った方がいいかなって」
「へ、へぇ? あの子、そんなこと言ってたの? そんなわけ――あちっ!」
口調は優しいままだったがピクピクと口元が引きつっていた。そして、震える手でコーヒーカップを手に取り、盛大に零す。それから慌ててテーブルに置いてあったナプキンでコーヒーを拭き始めた。なるほど、多分、この人、想像以上に完璧じゃないぞ。
「マジで一発殴っておけばよかったわ……こほん、それで? ヤチヨから大事な話があるって聞いたんだけど?」
「はい……私たちは白野を目覚めさせるために動くつもりです」
咳払いをした後、先を促してきた遠坂さんに頷き、私は単刀直入にそう宣言した。もちろん、目覚めることはないと断言した彼女は訝しげな表情を浮かべる。
「ヤチヨも伝えたけど白野は脳にダメージを受けてるわ。目が覚める可能性は限りになく低い」
「わかってます。だから、私は医療の道に進んでダメージを受けた脳を回復させる技術を確立させるつもりです」
「……正気?」
私の言葉に遠坂さんは信じられないと言った様子で目を見開いた。私がやろうとしているのはブレイクスルー――つまり、現代医療の飛躍的な向上を目指していることに他ならない。そんな夢物語を口にしたからこそ、彼女は驚いたのだ。
「正気です。私は必ず白野を目覚めさせます」
「……でも、それはどんなに早くても数年はかかる。その間、あの子は眠ったままでいいの? 今は英霊の依り代になっていたおかげで健康状態は保たれているけどそれは短期間だけ。一か月もすれば少しずつ衰えていくわ」
『その点は問題ないよ』
彼女の指摘に答えたのはヤチヨだった。私のスマホの中で笑う彼女は仮想キーボードを操作して一枚の書類をスマホに表示し、遠坂さんも素直にスマホを覗き込んだ。
「『コールドスリープの実用実験』?」
『西欧財閥が開発してるコールドスリープの実用実験が近日、行われるみたいなの。それに白野をねじ込む』
「……ああ、なるほど。でも、残念ね。噂で聞いたけど予想以上の応募があるらしいわ。当選する確率は限りなく低いと思うけど」
『ところがどっこいしょ! ヤッチョ、西欧財閥の御曹司の連絡先を持っててねー。昨日の夜に連絡を取って色々と交渉したら何とかしてくれるって!』
「……滅茶苦茶ね」
表示した書類の後ろから顔を覗かせたヤチヨはドヤ顔で笑った。そんな彼女を見て遠坂さんが頭を抱える。しかし、数秒ほどで立ち直ったのか、すぐに顔を上げた。
「酒寄さんが技術を確立するまでコールドスリープで時間を稼ぐってことね。でも、お金は? 研究費はとんでもない額になるわよ」
「そこはかぐやちゃんがアホほど稼ぐ! 大人気ライバー舐めんな!」
「いや、だからって億単位のお金は……え、マジ? ライバーってそんなに儲かるの?」
「バズれば、ですが……白野も多分、目が飛び出るぐらい稼いでました」
『稼いでたよー。因みに最終的に白野が稼いだお金はこれぐらいになりまーす』
そう言ってヤチヨはスマホに『0』を数えるのが嫌になるほどの金額を表示する。それを見た遠坂さんはピシリ、と体を固めた。そして、わなわなと体を震わせる。
「だから、あの時、あんな金額を提示できたの……ただの見栄だと思ってたのに……」
「あの時?」
「こっちの話よ……わかった。認める。あなたたちが考えなしに白野の目覚めさせようとしているわけじゃないってのは把握したわ」
そこで言葉を区切り、遠坂さんはコーヒーを一口だけ口に含む。そのまま、ため息を吐いてカップを置いた。
「でも、はっきり言うわ。コールドスリープで時間を稼いでも、研究費を稼いだとしても成功する可能性は低い。酒寄さん、頭のいいあなたならわかるでしょう?」
「はい、わかってます。それでもやります。どんなに時間がかかっても……絶対に白野を目覚めさせるんです」
「目を覚ました彼女があなたの知る『岸波白野』じゃなかったとしても?」
「気持ちは変わりません」
「……はい、降参。ホントにどんだけこの子たちのこと知り尽くしてるのよ、白野ってば」
私の意志が変わらないことを察したのか、遠坂さんは纏っていた空気を霧散させて肩を落とした。先ほどまで完璧な優等生、といった雰囲気だったのに今は少し親しみやすくなったような気がする。もしかして、これまでの態度は――
「白野が……何か言ってたんですか?」
「ええ、多分、この世界の白野を目覚めさせるために動くって予想してたわ。はい、これ……ヤチヨ、スマホに書類を送りたいからお願い」
『う、うん、わかった』
遠坂さんの指示でヤチヨが私と彼女のスマホを繋ぐ。そして、送られてきたのは――コールドスリープの実用実験に参加することに同意する書類だった。その同意者の名前欄には『岸波白野』と刻まれている。
「……は?」
「白野、最初からコールドスリープを使うつもりだったの。ロンドンに行ってレオナルドに会った時に交渉してたわ。あ、交渉材料はヤチヨが後で用意するって言ってたわね」
『……はああああああ!?』
まさかの展開にヤチヨがスマホの中で絶叫した。彼女は昨日、西欧財閥の御曹司と何時間にも及ぶ交渉を繰り広げていたのだ。しかし、すでに御曹司に白野が話を通していたのならあんなに時間はかからなかっただろう。もしかして、レオナルドという男に嵌められた?
「で? レオナルドに何を提示したの?」
『……ツクヨミを海外進出させるのと西欧財閥をスポンサーにするっていう約束を、取り付けられました』
「その時、口出しする権利とか与えてないでしょうね? もしそうなら色々と要求されるわよー?」
『……いやああああああ! 止めてえええええ!』
ヤチヨがスマホの中で暴れている姿を見て改めて西欧財閥の御曹司――『レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ』の恐ろしさを認識した。白野からコールドスリープの話を聞いておきながら素知らぬ振りをしてヤチヨから最大限の利益を引っ張り出したのだ。
『うぅ、頑張ったのに……あんなに頑張って交渉したのに……』
「慣れない交渉なんかするからよ……ま、白野のために動いたんでしょうし、あいつもそこまで鬼じゃないわ。お互いに利益のある関係を築こうとはするでしょ」
慰めになっているかわからないような言葉をかけながら遠坂さんは唐突にメニュー表を開いてアイスを注文し始めた。自由人か。やはり、先ほどまでの態度は仮面を付けていたらしい。
「……彩葉みたいな人だね!」
「おい、どういう意味だ」
泣き喚くヤチヨと届いたアイスを美味しそうに食べ始める遠坂さん。そんな彼女を見て言ったかぐやの一言に思わずツッコんでしまった。
かぐや「(外面は優等生っぽいけど素は全然違うから)彩葉みたいな人だね!」