「魂の、物質化……」
聞き馴染みのない言葉に私はそれを繰り返すことしかできない。そして、それと同時に言葉にできない高揚感が体を支配する。まさか、と言葉を漏らすことすらできないほどの――閃きが私の頭を支配した。
「ええ、『魂の物質化』は不老不死を実現させる魔法。魂は物質界において唯一永劫不滅でありながら器である肉体に引っ張られ、劣化していく。それを防ぐために魂単体で存続できるように固定するの」
「んー……え、それが本当ならヤチヨって」
「そう、ヤチヨは肉体を持たない魂だけの存在。八千年という時を過ごしながらもここにいる。言ってしまえば、ヤチヨのような存在を生み出すことが第三魔法の目的よ」
そんな私を置いてかぐやと遠坂さんが話を続ける。確かにヤチヨはまさに第三魔法を体現した存在だ。しかし、それは彼女が月人であり、『もと光る竹』の事故によって偶発的に起きた現象。第三魔法そのものを使えるようになったわけではない。
「ヤチヨの魂を移動させる手段がない。だから、器の人形を用意したところで意味がないって断られたの。でも……断られた白野は……」
人形師とのやり取りを教えてくれていたはずの遠坂さんだが、今になって引っかかるところがあったのだろう。彼女は独り言のように言葉を紡ぎ、その途中で止めてしまった。
「……落ち込んだ様子もなく、大人しく引き下がった」
「っ……」
私はそんな引き継ぐように言葉を続ける。まさか言い当てられると思わなかったのか、遠坂さんは驚いた様子で私へ視線を向けた。しかし、正直、彼女の様子を気にしていられるほど私に余裕はない。引っかかりは疑問へ。疑問から核心へ。核心から確信へ。そして、確信から――呆れへ。感情が瞬きする度に変化していき、最終的に苦笑を浮かべるしかなかった。
(白野、そういうことなんだね)
やっぱり、白野は最初から諦めてなどいなかった。むしろ、人形師との交渉は決裂すると知っていた。だから、落胆することもなく、予定調和のように人形師の元を去っただけ。
――彩葉にあるものを託します。それをどうするかは彩葉に任せます。
英霊である白野は役目を終えた時点でこの世界から消えてしまう。だから、選択肢を私に与えたかった。交渉する人を自分ではなく、今後のことを考えて私にしたかった。そのためにこんな回りくどい方法でこの礼装を私に託した。
「ヤチヨの魂を移動させる……つまり、魂という存在を認識して干渉できるようになればいいんですよね」
「え、ええ……そう、だけど」
「なら、あります。白野が遺してくれた礼装の中にそれに該当するものが」
「……は?」
まさに青天の霹靂。そんな言葉が思い浮かぶほど彼女の顔は驚愕によって固まった。それを見ながらヤチヨにかぐやの方へ移動してもらった後、自分のスマホを操作してツクヨミで使用しているアカウント情報を映す。そこにあるのは――白野から託された礼装、『接魂の手袋』。
「この礼装は魂に干渉して触れられていると錯覚させるものです。ヤチヨが実際に体験してます」
「……待って。冗談、じゃないわよね?」
「はい、魔術回路がないと使えないし、
「……は、はは」
私のスマホに映る『接魂の手袋』を見ながら遠坂さんは壊れたように笑い声を漏らす。そして、目をキッと吊り上げて残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「マジで、ホントに、あいつッ!! ふざけてんの!?」
そのまま、カップを乱暴にテーブルに置きながら悪態を吐く。まぁ、気持ちはわかる。事情があったのはわかるが重要なことをはっきりと言わないのはどうかと思う。毎回、振り回される私たちの身にもなってほしい。
「それでこの礼装は使えそうですか?」
「術式を見てみないことには何とも言えないけど……可能性はゼロじゃないわ」
私の問いにため息交じりに答える遠坂さん。つまり、確定ではないがヤチヨは――。
『――私、体を貰えるの?』
その思考を読んだように茫然とした様子でヤチヨが呟く。そして、その目からポロポロと涙が零れ始めた。そんな彼女を見て私は思わず笑みを浮かべてしまう。
「確実じゃないけど……望みはある。白野が、繋いでくれたんだよ」
『そっか……あー、もう……なんで、お礼を言いたいのにいないだろ』
「白野が目を覚ました時に言えばいいじゃん?」
『……目を覚ました白野はいきなりお礼を言われて困惑しそうだね』
茶化すように言うかぐやにヤチヨは小さく笑った。これで私たちのやるべきことは決まった。一つは白野を目覚めさせるために新しい医療技術を確立すること。もう一つはヤチヨの体を手に入れるために人形師と交渉することだ。
「人形師に関しては任せてちょうだい。それでその礼装なんだけど……酒寄さん、使えるようになりたい?」
「え?」
そんなことを考えていると遠坂さんから意外な提案をされる。せっかく白野が作った礼装なのだ。可能なら使えるようになりたい。
「なら、少し手ほどきしてあげる。どんなきっかけかわからないけどすでに魔術回路は開いてるみたいだし、練習すれば使えるようになるはず。むしろ、今のままだとコントロールできなくて暴走してしまう可能性もあるわ」
「……ん?」
聞き捨てならないことを言われ、思わず首を傾げてしまった。魔術回路。魔術を使用するために必要な器官であり、先天的に持っていなければその人は一生涯、魔術を使えない。私はかぐやの卒業ライブの時に初めて魔術というものを知った。だから、最初から使えないと決めつけていたのに。
「まさか、私、魔術回路を持ってるんですか?」
「ええ、たまにいるのよ。天然物が、ね。詳しく調べてみないとわからないけどあなたから僅かに魔力が漏れてるから間違いないわ」
まさかの展開に私は無意識にかぐやの方を見てしまう。彼女も予想外だったようで驚いたように目を見開いていた。
「でも、なんで魔術回路がもう開いてるんだろ……特に変なことは――あ」
いや、あった。一つだけ普通の人間なら絶対に経験しないような出来事。そう、ヤチヨが保有している八千年の記憶を見たことだ。目が覚めた後、特に体に変化はなかったが私が知覚していない部分に何かしらの変調があったとしてもおかしくない。
「その様子だと心当たりはありそうね。まぁ、今のところ、安定しているみたいだし、その件は明日にでも話し合いましょ。連絡先の交換は?」
「あ、はい! 大丈夫です!」
「オッケー、色々あったから考えたいことも多いでしょ? 今日は家に帰ってゆっくり休みなさいな」
手際よくスマホを操作して連絡先を交換した後、遠坂さんは伝票を持って喫茶店を後にする。あまりに衝撃的なことがありすぎて会計を任せてしまったことに気づいたのは彼女が去って数分後のことだった。
「うへぇ……マジで色々あったけどさ。なんていうか、良い感じになってきた?」
「……そう、かも」
白野を目覚めさせると誓ったこと。ヤチヨが体を得られるかもしれないこと。私に魔術回路があったこと。正直、予想していなかったことばかりだったがその全てが私たちにとってメリットになるものだった。
(うん、大丈夫)
私たちの知りたかったことは全て把握した。遠坂さんと話し合うことはまだ多いだろうけどやっと動き出せる。白野を目覚めさせるために前に進むことができる。
「帰ろっか」
「うん!」
『はーい!』
会計を済ませたのならこれ以上、居座るのもお店に迷惑がかかる。私とかぐやは忘れ物がないことを確認した後、喫茶店を出た。
なお、ギル様は一目見た時から彩葉が魔術回路が持っていることに気づき、白野に問いかけておりました。
そして、白野も彼の問いに頷いた。
……つまり、白野も彩葉が魔術回路を持っていることに気づいていた?
はたして、それはいつからでしょう?