月の王とかぐや姫   作:名無しのマスター

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第18話 Coming Out

 ――夢を見た。

 

 私は普通の学生だった。普通の学校に通い、普通に友達と呼べる存在と話し、普通に勉強をして、普通に毎日を過ごしていた。

 

 しかし、それの生活は全て偽物だった。月で行われる戦争の参加資格試験。記憶を剥奪され、役割(ロール)を与えられる。そして、その中で違和感を覚えて動いた者だけが最終試験に挑めるのだ。気づけなかった人はそのまま偽りの自分を演じながら死んでいく。

 

 また、最終試験に挑んだとしてもその多くが死んでいった。本当に才能のある者だけが突破できるように難易度を調整されていた。

 

 私もその中の一人だった。何が起こっているのかわからないまま、最終試験を受けさせられ、何もわからないまま失敗した。

 

 

 

 

 

 そして、願ったのだ――死にたくない、と。

 

 

 

 

 

 きっと、私は運がよかったのだ。こんなちっぽけな存在の悲鳴を聞いてくれる英雄がいたのだから。

 

 でも、どうしてだろう。私の声に手を差し伸べてくれた人。その人の顔が一向に思い出せない。

 

 ドヤ顔が似合う薔薇の剣士だった気がする。

 

 皮肉混じりに背中を押してくれる弓兵だった気がする。

 

 良妻を自称する半人半獣の狐だった気がする。

 

 そして、もう一人――約束を果たしに来てくれた、誰か。地面に倒れる私を見てまるで救われたような笑顔を浮かべながら涙を零す、誰か。

 

 一体、あの人は誰だったのだろう。思い出したくても思い出せない。それが私は自分が薄情になってしまったようでとても嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 高校生になって早三か月。衣替えにより、夏服になった頃、私は冷房が効いている部屋で腕を組んで立っていた。

 

「あ、あの……」

 

 私の目の前には正座してこちらの様子を見る彩葉(くそボケ)。そう、私は珍しく怒っている。彼女もそんな私を見て顔を青ざめさせていた。

 

「は、白野? 話を聞いてほしくて」

「言わなくていい。全部、わかってるから」

「ひぇっ」

 

 彼女の弁明をピシャリと跳ね除け、小さくため息を吐く。それすらも恐怖の対象なのか、彩葉は肩を震わせながら悲鳴を上げた。

 

 時刻は夜の九時。ヤチヨの配信でアシスタントをした後、勉強会をするために彼女の部屋を訪れた。いつもと違ったのはインターホンを押した時間がいつもより一時間ほど早かったこと。

 

「え!? あ、待って! ストップ!」

 

 すると、何故か中にいるはずの彩葉が慌てた様子で叫んだのである。だが、時すでに遅し。普段から勝手に扉を開けてお邪魔していたため、私の手はドアノブを捻り、扉を開けていた。

 

「……」

 

 感じたのは凄まじい熱気。思わず、顔をしかめてしまうほど。そして、気づいたのだ。

 

「冷房、付けてないの?」

「あ、いや……その……節約?」

 

 私の質問に滝のような汗を流していた彩葉がしどろもどろになりながら答える。うん、なるほど。アホか。

 

「正座」

「……はい」

 

 そんなことがあり、絶賛お説教中なのである。東京の夏は暑い。冷房がなかったらすぐに熱中症になってしまう。だから、夏になる直前に念のため、冷房はちゃんと使うように言っておいたのだ。

 

「でも、聞いてくれなかったんだね」

 

 今日まで気づけなかった自分が情けない。おそらく、私が来る前に冷房を付けて誤魔化していたのだろう。最近はアシスタントの仕事のせいで夜十時に来ることが多かった。しかし、今日は早めに来たため、まだ冷房を付けていなかったのだ。

 

「そんなにお金に困ってるの?」

「いえ……そこまでじゃないです、はい」

 

 どんどん小さくなっていく彩葉。しかし、こればっかりは見逃せない。下手をすれば死んでいたかもしれない案件その二である。いや、マジで洒落にならない。

 

「じゃあ、なんで?」

「我慢できるのに付けるのはもったいないかなって……」

「死んじゃうよ?」

「うぐっ……ごめんなさい」

 

 私の言葉に言葉を詰まらせた彩葉はしゅんとしながら頭を下げる。これだけ言えば冷房を付けてくれるだろう。そう信じたいのだが、相手は彩葉だ。もう一手、何か打っておきたいところ。

 

 

 

 

 

『最近、暑くなってきたねー。あ、みんなはちゃんと冷房付けてる? 電気代上がったけど冷房はちゃんと付けなきゃ駄目だよ。熱中症になって救急車に運ばれたらすっごいお金かかるんだって! だから、普段からちゃんと冷房は付けること!』

「ふんふん、なるほどなるほど」

 

 次の日、ヤチヨに頼んで冷房のことを話題に出してもらった。すると、ヤチヨガチ勢の彩葉は真剣にその話を聞きながら冷房の温度調節する。

 

 ふっ、他愛なし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで日々は過ぎ、夏休みになった。彩葉は勉強、アルバイトと忙しくしており、家にいないことが多い。その間、私は冷房の効いた部屋でツクヨミの解析や魔術(コードキャスト)の開発に勤しんでいた。

 

「……」

 

 進捗具合は正直、芳しくない。特にツクヨミの解析は成果ゼロ。月との関係はほぼ見つけられていない。まぁ、作ったヤチヨが聖杯戦争のことを知らないのだから当たり前か。

 

 その反面、魔術(コードキャスト)の方は順調だ。やっと、魔術回路に頼らずに起動するところまで持ち込めた。もちろん、ゲームのシステムとして組み込んだため、ゲーム上のMPを消費するところは変わっていない。後は出力の調整とバリエーションを増やせば実装可能である。

 

 因みにゲーム用に調整した魔術(コードキャスト)をヤチヨにぶつけた場合、特に何も感じないそうだ。アバターが吹っ飛んで視界が揺れるぐらい。やはり、魔術回路を使用した魔術(コードキャスト)でなければ触覚は機能しないらしい。

 

「ん?」

 

 スマコンをARモードにして作業している最中、メッセージが届いた旨を伝えるポップアップが視界の端に映る。ヤチヨからだろうか?

 

(彩葉から?)

 

 メッセージの送り主は彩葉だった。スマコンにスマホを連携しているとSNSの通知も表示してくれるのである。

 

 内容を確認するとバイトの終わりにたまたま芦花と真実に会って一緒に遊びに行こう、という話になったから来ないか、というもの。夏休みに入ってから誰かと遊んだ記憶はない。作業の方もキリがいいので今日ぐらいは遊んでもいいかもしれない。

 

 彩葉に了承の返事を送り、出かける準備を始める。待ち合わせ場所的にウィンドウショッピングをするのだろう。特に動きやすさなどは気にせず、普段の服装に着替えて家を出た。

 

 

 

 

 

「あ、白野、こっちこっち」

「お待たせ」

 

 待ち合わせ場所に到着すると彩葉たちは日陰に避難して待っていた。どこかの店に入っていてもよかったのに全員、律儀なものだ。

 

(しかし、まぁ……)

 

 彩葉はアルバイトの帰りなため、よく着ている服だ。しかし、芦花と真実――特に芦花はマジでおしゃれ。ファッション雑誌の表紙に写っていてもおかしくないレベルだ。

 

「やっほー、はくのん。元気~?」

「元気だよ」

 

 私ももう少しおしゃれな服を着た方がよかっただろうか、などと考えていると真実が声をかけてきた。うん、小柄な体型かつ可愛らしい容姿にピッタリの服である。とても良く似合っていた。

 

「えへへ、ありがとー。白野も似合ってるよ」

「そう? 芦花みたいにおしゃれじゃないけど」

「いやいや、十分だって。あ、でもぉ、白野はキリっとした顔してるからかっこいい系もいい感じかも」

 

 かっこいい系――ロックバンドのビジュアル系だろうか。なら、まずはギターを買いに行こう。そして、ギターケースを背負って下北沢あたりを歩けばオッケーだ。

 

「うん、全然オッケーじゃないよ」

 

 そこへ呆れた表情を浮かべた芦花が会話に割り込んできた。私の完璧なファッション計画は駄目だったらしい。

 

「そもそも白野、楽器とか弾けるの?」

「弾けないと思う」

 

 彩葉の質問に首を傾げた。そういえば試したことはない。でも、『奏者』と呼ばれていたような気もするので何かしらの楽器はできるかも。タンバリンとかマラカスとか?

 

「それカラオケじゃーん。今度いこー」

「でも、白野って結構、はっきり言うタイプなのに自分のことは曖昧だよね」

「だって、き――」

「――そ、そうかなー!? 白野っていつもこんな感じだよ!! 白野、ちょっと!」

 

 芦花の指摘に答えようとしたが彩葉に遮られてしまった。そして、腕を引っ張られて芦花と真実から距離を取る。

 

「あまり記憶喪失のこと言わない方がいいんじゃない?」

「どうして?」

「言われた方が吃驚するんだよ! 芦花たちは大丈夫だと思うけど受け入れられないって人もいるかもだし」

 

 なるほど、それは一理ある。不幸自慢しているようにも聞こえるかもしれない。私が変なことに巻き込まれないように気を配ってくれる彩葉はとてもいい子だ。よしよししてあげよう。

 

「え、な、なに?」

「何でもない。なら、信じられる人だけに言うことにする」

「うん、その方がいいよ」

 

 私が頷いたのを見てホッとしたのか、彩葉と共に芦花たちのところへ戻る。彼女たちはいきなり離れた私たちを見て不思議そうにしていた。では、改めて――。

 

「私、記憶喪失なの」

「おおおおおおいいいいいいい!」

 

 芦花と真実に記憶喪失のことを言った途端、隣にいた彩葉に頭を叩かれてしまう。え、だって、信じられる人に言うって決めたから芦花と真実に言わなきゃって。

 

「だからっていきなり言うやつがいるか! もっと、こう……流れ! 流れがあるでしょ!」

「えっと……ほんとなの?」

「うん、一年前以前の記憶ないよ」

「うわぁ、ちょっとびっくり。もっと詳しく聞いても良さげ?」

「私はいいけど」

 

 隣で喚いている戦友はどうだろうか。そんな意味を込めて彼女に視線を送ると彩葉は何か言いたそうにしていたが、やがて大きなため息を吐いた。

 

「せめて落ち着ける場所に移動しよ。ここだと目立つし」

「じゃあ、カラオケいこ! タンバリンとマラカスの腕前、見せてもらわないと!」

「うん、任せて」

 

 真実の提案に乗って私たちはカラオケへ移動。受付でタンバリンとマラカスを借りて割り当てられた個室に入った。これがタンバリンとマラカス。うん、全く手に馴染まない。マラカスって意外と重いのか。

 

「じゃあ、話を……一旦、マラカス置こうか」

 

 しゃかしゃかして遊んでいると芦花に止められてしまう。おっと、そうだった。私のことを話すためにカラオケに入ったのだ。

 

 それから私が記憶喪失であること。一年前まで植物状態だったこと。両親は他界しており、頼れる親戚もおらず、一人暮らししていることを話した。

 

「あと今、十八歳」

「わぁ、お姉さんだ! だから、こんなにクールなのかぁ」

「これ、クールっていうかぼーっとしてるだけだよ」

 

 真実が僅かに目を輝かせて私の顔を覗き込む。しかし、何故か彩葉は呆れたようにため息を吐いた。

 

「でも、いいの? 結構、デリケートな話だけど私たちに話しても」

「芦花と真実なら大丈夫。信じられるから」

「うーん、言動が常にイケメンなのはなんで?」

「真実、諦めて。こういう人なんだよ」

 

 はて、変なことを言っただろうか。芦花と真実は学校で出会ったばかりだが、良くしてくれている。今だって普通ならすぐに信じられないようなことを言っても疑うことなく、信じてくれているのだ。その時点で話してよかったと思える。

 

「お、おー……これはいけませんなぁ」

「そうですなぁ。一体、何人の女の子がこれにやられたのか」

 

 本心をそのまま伝えたのだが、芦花と真実は私から僅かに視線を逸らして嘆くように呟いた。変なこと、言っただろうか。

 

「白野はそのままでいいよ」

「うんうん、はくのんらしいよ」

「まぁ、記憶を失っても変わらないってことはそれが白野らしさってことなんだと思うよ」

「ありがと?」

 

 とりあえず、三人の許可が下りたのでお礼を言っておいた。

 

 それから私たちは気を取り直してカラオケを楽しんだ。なお、私は流行の歌とか知らないので賑やかし専門となり、タンバリンとマラカスを思う存分、かき鳴らすのだった。








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