月の王とかぐや姫   作:名無しのマスター

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第1話 Hello,world

「……」

 

 目が覚めた。まるで、最初から起きていたかのようにパッチリ、と。そして、目の前に広がるのは見慣れない白い天井。はて、ここはどこだろうか。

 

 そんな疑問を抱きながら体を起こす。そこで初めて自分がベッドで横になっていたことに気づいた。

 

「……」

 

 周囲を見渡そうとしたが目の前には白いカーテン。横には簡易テーブルと荷物を入れておく細長い戸棚。なにより、私の体に繋がっている心電図。ここは、病院だろうか。自分の服装も入院着っぽいのでおそらく入院しているのだろう。

 

(あれ……)

 

 どうして、入院しているのか、と記憶を探ろうとしたところでハッと気づく。何も思い出せないのだ。入院している理由も、これまでの人生も、自分の名前すらも。

 

「岸波さーん、おはようございます」

 

 どうしたものかと思考を巡らせようとしたところで可愛らしい女性の声が聞こえてきた。どうやら、『岸波さん』という患者が同じ病室にいるらしい。そう考えていたら視界を遮っていたカーテンが勢いよく開く。

 

「では、体温から――」

「……」

 

 そして、看護師さんらしき人と目が合った。彼女は体温計を片手に私を凝視しており、少し照れくさくなってしまう。とりあえず、おはようございます。

 

「せ、先生! 岸波さんが! 岸波さんが目を覚ましました!」

 

 カラン、と体温計を落とした音で正気に戻った看護師さんは慌てた様子で踵を返して病室を出て行った。どうやら、『岸波さん』は私だったらしい。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 あの看護師さんの様子を見るに私は長い間、目を覚ましていなかったか。目を覚ますことのないような病気を患っていたか、事故に遭ったかのどちらかだろう。記憶がないのもそのせいだろうか。

 

 とにかくこれからたくさん検査を受けることになるはずだ。それが少し億劫であり、力の抜けた体はそのままベッドへと落ちていく。

 

 さて、岸波何某さん、貴女は一体、何者なの?

 

 

 

 

 

「うーん、いたって健康だね」

 

 予想通り、あれからいくつもの検査を受けた私は白髪の目立つ医者の前に座って検査結果を聞いていた。しかし、その結果は健康そのもの(オールグリーン)

 

「記憶以外は」

 

 ただし、記憶喪失を除く。私は検査に行く前に医者と呼びに行った看護師さんに自分に関する記憶が全くないことを伝えた。そのせいで検査が増えたのだが、それでも原因は不明。

 

「やっぱり、事故が原因かなぁ。体の傷はほとんどないのに意識だけが戻らなかったのはそのせい? 話を聞いた限りだとエピソード記憶だけなくなったみたいだし……うーん」

 

 うんうん、医者はレントゲン写真やカルテを見ながら唸っている。そんな彼を見て少し申し訳なくなってしまう。

 

 話を聞いた限りだと私は両親と共に事故に遭ったらしい。その際、両親は即死。しかし、二人が身を挺して庇ってくれたのか、私の方はほぼ無傷だったようだ。

 

「いやいや、こちらこそ原因がわからなくて申し訳ない。でも、なんでそんなに冷静なの? 普通、不安にならない?」

 

 確かに自分のことがわからないというのは不安だが、わからないものはわからないので仕方ない。とりあえず、自分のことや身の回りの整理から始める予定である。

 

「うーん、大人だねぇ。頼れる親戚、もわからないよね」

 

 医者の言葉に思わずハッとした。そうだ、私の両親はすでに他界している。記憶喪失のせいで親戚がいるかどうかも不明。数年ほど意識不明だったようなので家がどうなっているかもわからないし、予想以上にやることはありそうだ。

 

「とにかく検査結果はいたって健康。数年間、ずっと寝ていたから筋肉が衰えているはずなのにそれもなし。リハビリすら必要なさそう……なんでだ?」

 

 看護師さんが定期的に手足を動かして筋肉を刺激していたようなのでそのおかげでは?

 

「あれはあくまで応急処置なんだけどねぇ。まぁ、自分で動けるならそれに越したことはないけどね。あ、望むなら退院の方向で行くけどどうする?」

 

 医者の提案に数秒ほど思考を巡らせ、頷いた。健康であるなら病院にいる必要はない。むしろ、早く行動して情報を集めて今後の方針を決めた方がよさそうだ。

 

「わかった。じゃあ、数日後に退院できるように調整するよ。他に希望はない?」

 

 希望、希望か。とりあえず、自分の名前や生年月日、住所はわかった。検査の合間で身の回りの所持品も確かめたし、今、確認できることは全てやったはず。あとは外に出てから考えよう。特に家とお金、今の自分の立場だ。

 

「そうか。何かあったら遠慮なく言うんだよ」

 

 首を横に振ると彼はどこか納得のいかないような顔をして苦笑を浮かべた。それからほどなくして診断は終了。看護師さんの後ろを追い、自分の病室に戻った。

 

 

 

 

 

 それから数日後、医者の言った通りに私は病院を退院した。もちろん、迎えに来てくれる人はいない。あれからあの親切な医者が色々と調べてくれたらしく、私の後見人は親戚の人だった(・・・)らしい。

 

 しかし、その親戚は両親とほとんど交流がなく、仕方なく引き受けてくれた程度の関係。迎えに来るどころか、医者経由で『関わらないでくれ』と私に伝えるほどであった。ほぼ親交のない親戚な上、記憶まで失っているとなれば関わりたくないと思うのも無理はない。

 

 更に事故に遭ってから数年が経っており、私の今の年齢は十八歳。成人として扱われるため、後見人の立場もなくなって今後、ほとんど関わることはないだろう。

 

 とにかく、これから私は一人で生きていかなければならないらしい。なお、家もその親戚がもう必要ないだろうと勝手に振り払っていたようで帰る場所がなかった。慌てて病室で家賃が安いかつ保証人の必要ない物件を探し、なんとか確保。これから内見して問題がなければ契約する手筈になっている。

 

 因みにお金に関してはそれなりに裕福な家庭だったらしく、律儀にも保険にも加入しており、遺産がとんでもないことになっているようで私が大人になるまでは大丈夫そうだった。これから銀行に行って資産のやりくりを相談しなければならないのだが、それは後日でもいいだろう。

 

 もちろん、遺産を頼りにだらだらと過ごすつもりはない。アルバイトをして少しでもお金を稼ぎ、将来のためにお金を貯めておく。

 

 そして、一番の問題。それは――学校である。

 

(高校か……)

 

 今の私の年齢は十八歳。事故に遭ったのが高校に入学する直前だったため、後見人の親戚が気を利かせてくれたらしく、休学扱いにしてくれたらしい。しかし、休学の最大期間は二年。それを超えてしまったため、残念ながら私は退学扱いとなってしまった。

 

 もしかしたら、と入院中に入学予定だった高校に連絡を取った結果、再入学は可能、ということらしい。もちろん、入学試験などは受け直さなければならないのだが、可能性があるだけマシだろう。記憶がないせいで自分がどれほどの学力を持っているか不明なので確認するところから始めなければならない。

 

 今の季節は七月。残りの期間で生活の基盤を整え、再入学の準備をする。高校へ入学したらバイトをしながら勉強し、将来のこと――特に『岸波白野』としてどう生きていくか考えなければならない。

 

「……」

 

 とぼとぼと不動産屋と約束した合流地点に向かって歩きながら空を見上げる。果たして、この先、どうなることやら。

 

『ヤオヨロー!』

 

 そんなことを考えている時だった。ふと、耳に滑り込んできたのは楽しそうで、どこか儚げな女性の声。顔を上げるとそこには大きなスクリーン。そして、その画面の中に白髪のツインテールと頭の上に髪を輪っか状に結った髪型が特徴的な女の子が映っていた。

 

『神々のみんなー、元気してるー? 月見ヤチヨです! ツクヨミで待ってるよー!』

 

 そう言った彼女は手を振って微笑んだ。その傍らには『仮想世界『ツクヨミ』近日大型アップデート!』という文字。どうやら、仮想世界『ツクヨミ』と呼ばれるものがあり、彼女――月見ヤチヨはその公式キャラクター? まぁ、そんな感じの子なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ――お待たせ、白野。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 フリフリと手を振って笑っている彼女を見て何か胸の中で動いた。それが何かわからず、首を傾げてしまう。その間にスクリーンに映っていた映像が切り替わってしまった。

 

(月見ヤチヨ、か)

 

 今はスマホもパソコンもないため、自分で物事を調べることができない。家が決まったら市役所で住所変更をしてインフラ面を整えよう。幸い、身分証明書としてマイナンバーカードがある。これさえあればある程度の手続きは可能だ。

 

 そうと決まれば話は早い。私はスクリーンから目を離し、目的地へと足を進める。記憶がなく、不安なことばかりなのにちょっとした冒険に出かける子供のように少しだけわくわくしている自分がいた。

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