月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「……」
目を閉じ、腕を組んで思考の海に潜る。あくまでイメージだが、何故かしっくりきたからよく使っている。
考えるのは
「……」
駄目だ、絶対にあるはずだ。ここまで上手くいったのにあと一歩、届かないだけで諦められるわけがない。術式の方針は合っている。あとは威力の問題。少しずつ威力は抑えられているのにそれ以上が進まない。
「……」
不甲斐ない自分に思わず奥歯を噛み締める。
きっと、■ならもっと効率よくできるはずだ。
きっと、■■ならそもそも他人のためにこんなことはしないだろう。
きっと、■■ならこんなこと悩まずに鼻歌を歌いながらできるはずだ。
そうだ、私はへっぽこ
ああ、情けない。たった一つの礼装すら満足に作れない自分が恥ずかしい。精巧な地図を持っているのに周囲が真っ暗なせいで何も見えず、結局、闇雲に進んでいるような気分だ。いっそ、このまま地図を放り出してその場で座り込みたい。
――勝手にいなくならないで。自分のことを大切にして。あの未来に白野もいないと嫌だよ……。
「……」
そうだ、ここで立ち止まるわけにはいかない。立ち止まってはならない。
だって、あの子は笑いながら泣いていたから。私が泣かせてしまったのだから。その責任を――いいや、違う。あの子の素敵な笑顔が見たいから。
理由はそれだけで十分だ。
「……はぁ」
だが、そんな気合いに水を差すように長考による頭痛を覚え、意識を浮上させる。根性論だけで解決しているのならこんなに苦労はしていない。小さくため息を吐いた私はスマコンを外して冷蔵庫に飲み物を取りに向かう。
ヤチヨと話をしてから本格的にこの礼装の開発に挑んだのだが、特に進捗はなし。時間と私の気力ばかりが削られていくだけ。可能であれば年内には完成したいのだが、解決の糸口すら見つけられていない現状、がむしゃらに動いても意味はないだろう。
そもそも礼装が上手く調整できているか自分を対象に試しているのだが、痛すぎてちょっと嫌になってきている。こんなものをヤチヨに使うわけにはいかない。さて、どうするべきか。
「白野ー、いるー?」
再び、思考の海にダイブしようとしたところでインターホン。それからほどなくして玄関から彩葉の声が聞こえた。時計を見れば作業を始めて数時間も経っている。想像以上に集中して考え事をしていたらしい。
「いるよ」
特に彩葉と約束はしていなかったはずだ。だが、出ない理由もないのでそう言いながら玄関を開ける。そこには普段着を着た彩葉の姿。こんな休みの日にどうしたのだろうか。
「どうしたの?」
「用事はないんだけど……最近、ちゃんと休めてる? 昨日の勉強会の時、うたた寝してたから少し気になっちゃって」
彼女の言うとおり、昨日の夜に行ったいつもの勉強会で私は少しだけ居眠りをしてしまった。一瞬だけだったので気づかれていないと思っていたのだが、目ざとく見ていたらしい。
「大丈夫だよ。ちょっとバイトの方が忙しくて。上がってく?」
「……うん、じゃあ、お邪魔しようかな」
私の問いに少しだけ考えるそぶりを見せた後、彩葉は頷いた。靴を脱ぎ始めた彼女を尻目に冷蔵庫へ向かう。勉強会の関係上、私が彼女の部屋に行く機会の方が多いものの、彩葉もそれなりに私の部屋に来るので案内は必要ない。その証拠に彩葉はもはや彼女専用となっている座布団を手に取っていつもの場所に座った。
「どうぞ、真水ですが」
「いや、明らかに麦茶でしょ」
茶色い液体の入ったコップをテーブルに置きながら景気づけにボケを一つ。呆れた顔でツッコミながらそれを手に取って口に含んだ彩葉は目を見開いて『ウーロン茶じゃん!』と叫んだ。ふっ、私の勝ち。
「で、何する?」
「ボケておきながら話を進めんな! もう……あれ?」
ため息を吐いた彩葉だったが何かに気づいたように声を漏らす。視線の先は普段、勉強する時に使っている机。私もその視線を追うとそこには一つのケースが置いてあった。
「白野ってスマコン持ってたんだ」
「言ってなかったっけ?」
「うん、芦花たちとツクヨミの話をしてても特に話題に入ってこないからてっきり持ってないんだなって」
単純に私が『ザビ子』だとバレたくないからだ。しかし、少し過剰だったかもしれない。これからは怪しまれない程度に会話に入ろう。
「……」
持っている、と答えようとしたが思いとどまった。今、その言葉を肯定すれば絶対にいつかツクヨミで会おうと言われる。当たり前だ。彩葉はヤチヨのことを抜きにしても息抜きにツクヨミにログインしている。芦花や真美にいたっては数万人単位の登録者数を保持するライバー。絶対に誘われるだろう。
しかし、私のアバターはロックされている。もし、ツクヨミで会えばリアルとほとんど変わらないそれに関して聞かれるだろう。その時、アカウントロックの話をすれば何が起こるか。そう、身バレだ。
彩葉はヤチヨの配信をほぼ必ず視聴している。学校などリアルタイムで見られないことはあるがアーカイブをチェックしているため、見逃している配信はないだろう。
きっと、彼女はヤチヨの代わりに雑談する羽目になったあの配信も見ているはずだ。何故かザビ子のことも気に入っている彩葉のことだ。私が話したことも覚えているだろう。
ザビ子はアカウントがロックされており、それがきっかけでヤチヨと出会ったこと。
アカウントロックの前例はないこと。
アバターがリアルと変わらないため、犬の着ぐるみを着て姿を隠していること。
最後にザビ子は普通の女子高校生であること。
うん、さすがにバレる。アカウントロックとアバターがリアルと変わらない時点でアウトだ。
つまり、私は『岸波白野』としてツクヨミで彩葉に会うことはできない。だから、ここでスマコンを持っていることを肯定してはいけない。
「それ、バイト用」
「え、バイト用?」
咄嗟に出たのはそんな嘘だった。予想外の返答に彩葉は目を白黒させる。
「私、バイトでスマコンを使ってるの」
「ふーん……スマコンを使うってことは結構、難しいバイトだったんだ。専門知識とか必要そう……あ、だから、プログラミングの本がいっぱいあるのか」
あくまで私物ではないことをアピール。すると、彼女はスマコンよりも私のバイトに興味を示した。よし、そのまま話をバイトの方に移そう。
「そう、プログラミング系の仕事」
「もしかして、最近疲れてるのはそれのせい?」
「まぁ……ちょっと上手くいかないところがあって」
「そうなんだ……それって私に話してもいい話だったりする?」
彩葉の問いに少し驚いてしまう。私は明らかにお茶を濁した。普段の彼女なら踏み込んでこないのだが、今日は珍しく話を聞こうとしてきたのだ。
「……少しなら」
ここで仕事だから話せないと突き放すのは簡単。しかし、これだけ考えても解決しないのなら誰かに相談してもいいかもしれない。そんな藁にも縋る気持ちで頷く。
「今の仕事は……簡単に言っちゃえばプログラムの改良かな」
「プログラム、ね。続けて」
「既存のプログラムの一部を書き換えて効果時間とか出力とかを調整しようとしてるんだけど……出力がどうしても一定以下にできないの」
きっと、彩葉からしてみれば要領の得ない話だろう。プログラムに詳しくない上、現状を話したわけじゃない。いくら頭のいい彼女でも匙を投げて――。
「プログラムの書き換え自体はできてるの?」
「え、うん」
「出力も抑えられてるってことは方向性自体は間違ってないんだと思う。そのプログラムの仕組みってどんな感じ? 計算式とか使う?」
「計算式は使ってる……変数に小数点をかけて出力を下げてる感じかな」
――しかし、彩葉は状況を整理して更に情報の開示を求めてきた。まさか話を続けるとは思っていなかったため、戸惑いながらも素直に答える。
「例えば、変数に0.5をかけた答えと0.3をかけた答えが同じになるってことだよね?」
「うん、それで合ってる」
「見当違いならごめんだけど……プログラムが導いた答えにもう一回、小数点をかけるのはあり? さっきの例え話で言えば変数x×0.5の答えである変数yに0.3をかけるイメージ」
「……」
彼女の言葉に私は言葉を失った。目から鱗が落ちるとはまさにこのこと。その発想はなかった。マジか。ただただ彼女のセンスに脱帽するしかなかった。
彩葉の提案は
組み上げるのは難しいかもしれない。調整が上手くいかず、また痛い思いをするかもしれない。
それでも、試す価値はある。いいや、違う。何となくわかる。その方法なら上手くいくだろう。
「えっと、参考になったかな?」
「彩葉」
「え、うん」
「愛してる」
「……はぁ!?」
やばい、早く試してみたい。そんな衝動に駆られ、自分で何を言っているかわからないまま、私は冷蔵庫に向かって作り置きしておいた今日の晩ご飯を取り出して彩葉に差し出した。ご飯を食べる時間すら惜しい。
「ご飯食べないからあげる」
「え、いや、何言ってんの?」
「今日は徹夜だ! やっほーい!」
「寝ろ!!」
深夜、夢中になって
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