月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
いつの間にか冬になっていた。全国的に見て暖かいはずの東京でもコートは手放せず、家に到着した私は暖房を付けた後、冷たい風を防いでくれていたそれを脱ぐ。
「……」
手洗いうがいを済ませ、スマコンを装着する。すぐにARモードに切り替え、用意した礼装の内容を改めて確認。もしかしたら、と床に布団を敷いて横になり、スマコンのケースを傍に置いた。準備はこれでオッケー。それを確認した私は少し気合を入れてツクヨミにログインした。
「お、白野。そっちから呼び出すのは珍しいね」
いつも利用しているミーティングルームに入るといつもと変わらない様子でヤチヨが待っていた。配信やライブの準備で忙しいはずなのに嬉しそうに私に手を振ってくれる。それがどこかくすぐったくて誤魔化すように手を振り返した。
「今日は配信の予定ないけど何かあった? ほら、今日はあれだし」
「……クリスマス?」
「そう、それ! 彩葉たちと遊びに行ったり……か、彼氏とか? 何かしらの予定があったんじゃないの?」
どこかもじもじした様子で聞いてくるヤチヨ。なるほど、今日の配信にアシスタントとして呼ばれていなかったのは私に用事があると思っていたらしい。だが、残念。私はこんな聖夜でも用事のない寂しい女だ。
「彩葉がバイトだから芦花と真実も気を使って誘ってこなかった。あと、彼氏はいないよ」
一応、見てくれはそこそこいいらしく、たまに告白されるがお断りさせてもらっている。少なくとも来年の7月――『かぐや』が落ちてくるまでは誰とも付き合うつもりはなかった。しかし、男子はともかく女子も告白してくるのはどうしてだろう?
「へ、へー。そうなんだー!」
そう答えると何故か彼女はニマニマと見慣れない笑顔で頷く。そして、手招きをしてきた。素直に彼女の傍に行くとそっと手を握られる。秋頃からヤチヨはこうやって私の手を握ってくるようになった。まるで、私がここにいることを確かめるように。
「それで何も用事のない寂しいはくのんは私に何の用事?」
「プレゼントいらないなら帰るよ」
「え!? プレゼント!? いる、いるいるいる!! ヤッチョが悪かったから帰らないで~!」
少し意地悪しただけなのに彼女は大げさに喚いて私に抱き着いてきた。まぁ、今日はせっかくのクリスマスだ。彼女と出会ってから何かとお世話になったのでその恩返しも込めて一つの礼装――手袋をストレージから取り出した。
「それは?」
「さっき言ってたプレゼント。上手くいくといいんだけど」
因みにこの礼装の調整の片手間に作業を進めたおかげで
つまり、
「わぁ、可愛い手袋! じゃあ、早速、付けてみよーっと」
「あ、違う違う。ヤチヨはそのままで」
「え?」
私の手から手袋を取ろうとした彼女を止めて私が装備。もこもこのミトン型のそれは今の季節にピッタリである。まぁ、ツクヨミはクリスマス仕様ではなく、私も月海原学園の制服なので十分に浮いてしまうのだが。
「おー、似合う似合う!」
手を動かして調子を確かめているとヤチヨがパチパチと手を叩いて笑った。しかし、すぐに困惑したような表情を浮かべる。プレゼントを用意したと言っていたのにそれらしき手袋を私が装備したからだろう。
「ジッとしててね」
「うん?」
――【soul_touch();】
礼装に組み込まれた
「ッ~~~!?」
ヤチヨの目を大きく見開かれ、何かを発しようと口がぱくぱくと動く。しかし、声にならないのか僅かに息が漏れる音しか聞こえず、その代わりに彼女の目から大粒の涙が零れ落ちた。
「わかる?」
「……うん、わかる。触られた感触がある」
「よかった」
茫然としたまま、ボロボロと泣き続けるヤチヨを見て安堵のため息を吐いた。【soul_touch();】は手袋で接触した対象の魂が触れられていると認識させる
「どんな感じ?」
「全身を包み込まれてる感じ……すっごい不思議だけど、安心する」
「そっか」
ヤチヨはそっと手袋の上から手を重ねた。この手袋は接触した相手の魂に触れるだけなので私にはヤチヨの手の感触は伝わらない。それでも震える彼女の手を見て作ってよかったと口元が緩んだ。
「これ、どうやって作ったの?」
「
仕組みとしては
なお、この威力調整の部分で詰まった。彩葉の助言がなければこんなに早く完成はしなかっただろう。
本当はここまで急ピッチで作るつもりはなかった。でも、秋にヤチヨからどこにも行かないでと言われ、安心させたかったのだ。
大丈夫、私はここにいるよ。そう彼女に触れながら言えるように。
「そうだったんだ……ふふっ、これはすごいクリスマスプレゼントだ。しばらくこうしてていい?」
「ごめん、もう限界」
「え?」
申し訳なく思いつつも彼女のお願いを断り、礼装に魔力を流すのを止める。この
(こ、れは……)
想像以上の反動にキョトンとする彼女に説明すらできない。そして、ツクヨミがログイン者の異常を感知し、強制ログアウトを実行した。
「え? ええ?」
「また、今度ね……」
「白野!?」
最後に見たのは驚愕と心配が見事に融合した泣き顔のヤチヨだった。
『白野!』
白野が強制ログアウトされてすぐに私は彼女の家に飛んだ。具体的には私がいつ遊びに来てもいいように机の上に置いてくれているタブレットの中。タブレットは部屋全体を見渡せるような角度で設置されており、これまで何度も白野に会いに来たことがあった。一回、激辛麻婆豆腐を食べていたが、あれは何だったのだろう。
「すぅ……すぅ……」
タブレットのカメラで部屋の中を見れば彼女は布団の上で寝ていた。その顔は少し青ざめている。更にその傍には乱雑に置かれたスマコンのケース。どうやら、強制ログアウトされた後、最後の力を振り絞って目からスマコンを取ったようだ。
『……はぁ』
命に別状はなさそうだとわかり、思わず安堵のため息を吐いた。もしかしたら私のために作ってくれたあの
(もう、また無茶して……)
今回だって私のために実装する予定のない礼装を作り、魔力が枯渇する寸前まで触ってくれた。嬉しい反面、私という存在が彼女の負担になっていないか心配になってしまう。
『……はぁ』
それにしても、と静かに眠る白野を眺めながら小さくため息を吐いた。手袋型の礼装――【soul_touch();】。あれはやばい。見た目上では両頬に触れているだけだったのに魂に干渉しているからか、感触は全身を抱きしめられているようだった。
つまり、私はあの時、白野に抱きしめられていた、ということである。
八千年、実体を持たず、人の温もりに飢えていた私にとってあれは猛毒だ。たった数秒間だけだったが今もあの温もりを思い出せる。心優しい彼女の魔力だからだろうか、これまでに感じたことのない満足感とその温もりを失った喪失感でどうにかなってしまいそうだ。
(これはマズイなぁ)
白野と出会ってからずっと私の調子は狂いっぱなしだ。
そして、とうとう私に触れた。触ってくれた。痛みではなく、温もりを与えてくれた。
駄目だ、これ以上はいけない。そうわかっていても私はあの温もりを忘れられない。彼女が親切心で用意してくれた
『
そんな私の言葉は人の気持ちも知らないで気持ちよさそうに眠る彼女には届かない。
あーあ、私もあの手袋を使えたのならよかったのに。そうすればこの気持ちも少しはわかってくれるに違いない。
そう考えながら今日は配信しないことをSNSに投稿し、いつまでも白野の寝顔を見続けた。
激辛麻婆豆腐を平気な顔で食べていたのは漫画版のザビ男だったと思いますが、このザビ子も激辛耐性があることにします。
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