月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
ヤチヨや彩葉と出会って早一年。季節は春となった。いつも通り、彩葉と学校へ向かい、いつもの通学路で芦花と真実と合流。そのまま四人で校門を抜け、一緒に玄関前に貼り出されるクラス表を見に行った。しかし、混雑しているため、なかなかクラス表までたどり着けない。
「お、今年も同じクラスじゃーん」
そんな中、最初にクラス表が見えたのはこの中で背の高い芦花だった。どうやら、私たち全員同じクラスらしい。芦花と真実がハイタッチして喜びを分かち合っている中、隣にいる彩葉はホッと安堵のため息を吐いた。
「よかったね」
「うぇ!? そ、そうだね!?」
声をかけると彼女は変な声を漏らし、慌てて同意する。芦花たちもそれが聞こえたのか、小さく笑みを零した。
「ほ、ほら! クラスがわかったなら早く行くよ!」
気恥ずかしくなったのか、彩葉は誤魔化すように言った後、私の手を掴んで玄関の方へと歩き出してしまう。移動するのは構わないが別に私を引っ張る必要はないのではないだろうか。
「今日も仲良しだね」
「だね~」
そんな私たちを見て芦花と真実はのん気に笑っていた。
高校二年生になった私だが、特に変わりなく日々を送っている。毎日、彩葉と学校に行き、授業を受け、四人でお昼ごはんを食べ、また授業。
放課後は彩葉たちと遊びに行ったり、アシスタント業の作業をしたり、とそれなりに忙しい。だが、充実した毎日を過ごしていた。
そして、日課となった行為がもう一つ。
『白野、おかえり~』
彩葉といつもの勉強会を終えた後、家に戻った私を出迎えたのはタブレットの中にいるヤチヨだった。去年のクリスマス以降、彼女は頻繁に顔を出すようになったのである。
「ただいま」
『今日はどんな勉強したの?』
「英語と科学だよ」
ヤチヨの質問に答えながら勉強道具を片付ける。シャワーは寝る直前でいいか。今日は少しだけ
『白野~? 日付変わってるよ~?』
「……はい」
したいのだが、私がスマコンを付けようとするとヤチヨがニコニコと笑いながら彼女の頭上に表示させた時刻を指さす。笑っているはずなのに不思議と圧のある雰囲気に私は大人しくスマコンを机に戻した。
『ささ、お風呂に入って今日は休もー……あ、あの、それで、もしよかったらなんだけど――』
「――うん、大丈夫だよ。シャワー浴びてくるから待ってて」
『う、うん……ツクヨミで待ってるね』
話している途中でどんどん声が小さくなっていくヤチヨ。何度もやっていることなのにまだ素直にお願いできないらしい。
彼女を待たせるわけにもいかないため、素早くシャワーを浴びて寝巻に着替える。髪はこれまで適当にケアしていたがそれを知った芦花に恐ろしい剣幕で注意された。そのおかげで今は気を遣っており、教えられた通りの手順で髪のケアを行い、準備は完了。スマコンを装着し、スマコンのケース片手に布団へダイブ。ヤチヨの待っているツクヨミへとログインした。
「お待たせ」
「あ、いらっしゃい。白野」
いつものミーティングルーム。ヤチヨはそこでそわそわしながら待っていた。恥ずかしいのか、私から目を背けてもじもじしている姿は何度も見た光景だが、なんだかいけないことをしている気分になる。いや、まったく健全ではあるのだが。
そんなどうでもいいことを考えながらストレージからミトン型の手袋礼装を取り出す。それを装備して彼女の両手を重ねるように包み込んだ。
「じゃあ、行くよ」
「うん」
――【soul_touch();】
「んっ……」
魔力を注ぎ、
「ふぅ……」
「……」
私としても作ったものを喜んでくれるのは嬉しい。嬉しいのだが、【soul_touch();】を使っている時のヤチヨは顔を赤らめ、たまに息を漏らす。その姿がどこか艶やかで、ちょっと目のやり場に困る。
それに【soul_touch();】の稼働時間も改良できていない。あれから何度も調整して多少、魔力消費量を抑えることはできたがそれでもせいぜい一分が限界。ヤチヨも私の体を心配して三十秒ほどで自分から手を離すようになった。私としては時間を気にせず思う存分、楽しんでほしいのだがこればかりは仕方ない。
「……うん、ありがとう」
今日もきっかり三十秒でヤチヨは優しく私の手を振りほどいた。不要となった手袋を装備から外してストレージに格納する。いつもならここで少し話をして解散するところだが、何故か彼女は目を伏せて黙り込んでしまった。
「……そろそろだね」
「ッ……うん」
何が、とは言わない。でも、ヤチヨが肩を震わせたのを見てお互いに考えていることが同じだと察した。
今は四月。残り三か月ほどで『かぐや』が落ちてくる。その具体的な日にちまでは知らないがヤチヨが待ち望んだ未来がやってくるのだ。
しかし、この一年間、彼女は何も言ってこなかったが私というイレギュラーがいる。未来が近づくということは私の存在がどのような影響を与えているのか、それが露見するということでもある。いい方に転がるのか、それとも取り返しのつかないことになっているのか。その答えがわかる。ヤチヨはそれが怖いのだろう。
「ヤチヨ」
「……なに?」
「大丈夫だよ、彩葉を信じて」
ヤチヨが『かぐや』なのは知っている。だが、八千年経った彼女と地球に落ちてくる『かぐや』がどれほど乖離しているか私はわからない。
でも、彩葉のことはこの一年間、ずっと見ていた。努力家で、優しくて、お節介で、断るのが苦手で、友達思いで、何でも人並み以上にこなせてしまう超人で――きっと、彩葉なら何とかしてくれる。なんとなく、そう思えた。
「……もー、白野はバカだね」
「え?」
「彩葉も白野も信じてるよ。『かぐや』のこと、お願いね」
「……わかった」
こんな何も持たない私にできることがあるかわからない。それでも、ヤチヨが心から望んだ未来を手に――いいや、それ以上の
「じゃあ、ヤチヨ。おやすみ」
「うん、おやすみ。白野」
少し寂しそうに笑うヤチヨに手を振って私はツクヨミをログアウトする。どんなに感覚を与えられる礼装を作れたとしても彼女は魂だけの存在。現実と仮想空間という隔たりはどうしても取り払えない。
「……」
静かな部屋の中、私はスマコンを外してケースにしまう。そして、そのまま布団の中に潜り込んだ。
明日も学校がある。ヤチヨとの配信がある。彩葉との勉強会がある。
普通の生活。普通の日常。普通の――青春。
願わくば、この日常が変わらないこと。そして、今も仮想空間でただ一人、孤独に震えているあの子を救いたい。
(どうすればいいのかな……)
意識が遠のく中、私はただひたすらヤチヨのことを考えていた。
――
だからだろうか、眠りに着く直前、今にも泣きそうになっている■■■の姿を見たような気がした。
オリジナル礼装:『
ダメージを限りなく抑え、相手に触れられていると錯覚される
魔力消費量は激しく、白野であっても一分が限界。
しかし、疑似的とはいえ魂という実体のない概念に影響を与えているため、第三魔法に限りなく近い
もし、この技術を見た魔術師は喉から手が出るほど手に入れたいものだろう。