月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「おはよ……って、どうしたの?」
いつもの時間に起き、身支度を終えた私はいつまで経ってもやって来ない彩葉を心配して彼女の家に向かった。そして、そこにはぎゃあぎゃあ騒いでいる宇宙人少女と彼女に呆れた視線を向けている彩葉の姿。因みに少女はすでに私たちと同じぐらいにまで成長していた。本当に成長が早いことで。
「あ、白野、おはよ。こいつが行くなってうるさくて」
「白野、見てよこれ! こんなくそマズイの人間の食べ物じゃないよ!」
「くそマズイもの?」
今にも泣き出しそうな少女から目を離し、近くに置かれていたそれを見る。確かこれは彩葉が編み出した節約飯『粉と水のパンケーキ』だ。前に食べさせてもらったがこれはただの粉を固めて焼いたものである。
「彩葉、さすがに可哀そうだよ……」
「白野までそんなこと言う!? この三連休、こいつのお世話で買い物に行けなかったからこれぐらいしか作れなかったの!」
「レトルト食品もあるでしょ……私の家からカレー持ってくるよ」
「カレーやだ!!!」
私の提案を拒否したのは少女だった。昨日の夜に食べた激辛カレーが相当トラウマになったのだろう。なんだか申し訳ないことをしてしまった。
「大丈夫、彩葉に渡す用の普通のカレーだから美味しいよ。辛くない」
「……ほんと?」
「本当だよ。電子レンジの使い方、教えてあげるからお昼、しっかり食べてね」
「……うん、わかった」
「なんで、白野の言うことは素直に聞くの……?」
確かになし崩しとはいえ、彩葉の家に住んでいるため、彼女の方が接している時間は長い。昨日も様子を見るため、会話に入るのは最低限にしたのだが、少女は私の言うことは比較的、素直に聞いていたような気がする。よし、じゃあ、一つ、試してみよう。
「私たち、これから学校に行かなきゃならないんだ」
「それってそんなに大切なの? 彩葉は命より大事って言ってたけど」
「……」
「いや、だって……大事じゃん」
思わず、抗議の視線を彩葉に向けてしまう。そんなわけがないだろう。だが、彼女も売り言葉に買い言葉という感じで咄嗟に言ってしまっただけ。言ってしまっただけだと思うのだが、彩葉なので本気で言っている可能性もある。
「とにかく、普通の学生はよっぽどのことがない限り、学校は休まないの。赤ん坊だったら面倒を見なきゃならないけど君は自分で動ける。だから、私も彩葉も君を一人にしてもいいって思ったんだ」
「……」
「帰ったら今後の話、色々としよう。私も彩葉も寄り道せずに帰ってくるから、ね?」
「……うん」
「ねぇ、なんで? なんで、白野の言うことは聞くの?」
彩葉、うるさい。これで少女も大人しくお留守番できるだろう。あとはレトルトカレーと一緒に私のタブレットを渡して使い方を教えれば暇つぶしになるはずだ。
それから私が物を取りに行っている間、彩葉に電子レンジの使い方を教えてもらい、少女を残して私たちは学校へと向かった。
「行ってらっしゃい……」
扉を閉める直前、今にも泣きだしそうな彼女の声に少しだけ胸を痛めながら。
「岸波の成績なら結構いいところの大学も目指せる。何かやりたいことはあるかい?」
ごめんな、少女よ。寄り道はしていないが先生に呼び出されてしまった。三連休前に彩葉が呼び出されていたのでこうなることぐらい予想できたのにやはり、少し動揺していたみたいだ。
「今のところ思いつかないです」
「そうか……興味のあることは? 酒寄の話だとプログラムが得意らしいけど」
「バイトでは使ってますが本職にするのは少し違うといいますか……」
「まぁ、まだ進路が決まってない生徒もいる……だけど、やっぱり早めに決めておいた方が何かと有利だ。もう少しで夏休みに入るから進路のことも考えてみて欲しい」
「……はい」
進路相談はそれでおしまい。おそらく、私に両親や頼れる親戚がいないから先生も親切心で相談に乗ろうとしてくれたのだろう。その気遣いが少しだけ申し訳なく思った。
(えっと、彩葉は……)
そう思いながらスマホを取り出すと一通のメッセージ。先生に呼ばれてしまったため、先に家に帰ってもらおうと思ったのだが、芦花と真実に捕まってカフェに行くことになったらしい。そもそも、先週の時点で一緒に行くと約束していたとのこと。そういえば、私も誘われていたが、バイトがあると言って断った覚えがある。赤ん坊の件ですっかり頭から抜け落ちていたようだ。
しかし、困った。これでは少女との約束を完全に破ってしまっている。私だけでも急いで帰った方がいいだろう。彩葉の家の鍵は持っていないが少女に開けてもらえばいい。
「……あれ?」
そう思って家に帰ってきたのだが、彩葉の家から人の気配がしない。インターホンを鳴らしても無反応。寝ている? いや、違う。これは――。
「マジか」
試しにドアノブを捻ってみるとカチャリという音と共に扉が開いた。そして、中を覗けばそこには誰もいない。僅かにいい匂いがするのは気のせいか?
(いや、そんなことよりも)
好奇心旺盛な少女の行動力を舐めていた。タブレットがあったとしてもすぐに飽きて家を飛び出してしまったのだ。
一応、私の家に行って少女の姿を探すが成果はなし。急いで彩葉に電話を掛けたが何故か出ない。芦花たちと話すのに夢中で気づいていないのか。
とにかく、少女を探すのが先だ。荷物を置いて私は制服姿のまま、当てもなく街へと駆けだした。
少女が興味を示そうな場所を中心に駆け回る。派手な装飾が施されたお店、本がたくさん並んでいる本屋さん、いい匂いのする焼き肉屋。とにかく思い当たる場所を必死に探して、走って、酸素や体力が足りなくなっていく。
(こんな時、
「はぁ……はぁ……」
待て。本当にそうか? 礼装を装備すれば
じゃあ、すでに頭の中に
「ッ……」
――そんな思考を遮るようにポケットに入れていたスマホが震えた。慌てて取り出すと画面には『酒寄彩葉』と表示されている。考えるよりも先に電話に出てスマホを耳に当てた。
「彩葉、あの子がいなくなって、今探してるんだけど見つからない!」
『あー……それで電話を……ごめん、もっと早く連絡すればよかった。かぐやはここにいるよ』
「え?」
『家を抜け出した後、私たちの学校に来てたみたい。それで私を見つけたから尾行して……って、それは後でもいいか。とにかく、かぐや……あの子はここにいるから安心して』
「……はぁ」
そうか、よかった。あの子――かぐやは彩葉と一緒にいるのか。安堵のあまり、その場で崩れ落ちそうになる。それと同時に体に溜まっていた疲労を自覚し、随分と自分は焦っていたのだと小さく笑った。
「そっか……名前、かぐやって付けたんだ」
『え!? あ、いや……芦花たちと会っちゃって咄嗟に……それじゃ、私たちも家に帰るから白野も後で来て。なんか料理作ったから食べてほしいみたい』
『白野!? 白野いるの? おーい、白野ー!』
『もー、うるさい! さっさと帰るよ! それじゃまた後で』
電話相手は私だと気づいたかぐやの元気いっぱいな声が聞こえる。まだ話して一日も経っていないがその破天荒っぷりは想像以上だ。まだヤチヨの方が理性があるかもしれない。いや、八千年もの経験が彼女をそうさせたのだ。
「……」
スマホをポケットにしまって空を仰ぐ。すっかり夕暮れ時であり、そろそろ日が暮れるだろう。呼吸はなんとか落ち着いた。だが、どうしてか心臓の鼓動はいつまで経っても早いまま。
(もし、あのまま……)
あのまま、勢い任せに
だが、これだけは言える。
じゃあ、使えた場合、どうなるのだろう。使った私は何なのだろう。
その答えは出てこない。確かめる勇気すらない。だって、もし、それを知ってしまったら私は自分自身を信じられなくなってしまうから。
あ、そろそろワインの用意をお願いします。
おいおい、どうしたんだい、読者様方。そんな怯えた顔をして。
もちろん、基本的にはほのぼのですが……fateですよ?ほのぼのだけで終わるとでも?
原作以上に苦しむ子たちがいますので申し訳ございませんがご了承ください。
少女たちが苦しむ姿を見るのは……辛いなぁ。