月の王とかぐや姫   作:名無しのマスター

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第34話 責任/疑念

 失敗した。

 

 失敗した。失敗した。

 

 失敗した、失敗した。失敗した失敗した失敗した! 失敗した!!

 

(あ、あぁ……どうしよう)

 

 帝の言葉を否定するべきではなかった。まさかザビ子――白野がここまで愛されているとは思っていなかった。ここまで熱狂的なファンがいるとは思わなかった。ここまで、ここまで期待されているとは思わなかった。

 

 

 

 ――違うでしょ? 現実から目を背けるのは止めなよ。嘘つき。

 

 

 

 でも、わかっていたはずだ。白野は神々のみんなから愛されていたことも、スパチャを送ってくれるほど熱狂的なファンがいることも、チャンネルを開設してほしいと何通もDMが届くほど期待されていることも。

 

 この一年間、一番近くで見ていた私なら知っていたはずだ。こうなることぐらい、簡単に予想できたはずだ。できたはずなのだ。

 

 でも、できなかった。帝の提案で初めて白野の需要に気づき、ほぼ反射的に否定してしまった。ああ、失敗した。失敗した、失敗した。失敗してしまった。

 

 

 

 ――本当に白野のことを考えて否定したの? 本当は違うんじゃないの?

 

 

 

 保留にすることだってできたのに。適当に笑って誤魔化すことだってできたのに。白野の話を出された瞬間、頭が真っ白になった。何とかしなきゃって焦った。

 

 その結果があれだ。なんとお粗末。なんと未熟。なんと、馬鹿らしい失敗。本当に、私の馬鹿。

 

 

 

 ――あの時、なんて思ったの? 白野がヤチヨカップに参加したらどうなるか想像したんじゃないの?

 

 

 

 帝の提案を私が否定した。たったそれだけでネットは騒ぐ。それも、あんな感情的な否定の仕方は私らしくない。それだけ私と白野の関係が複雑だと思われる。噂される。それだけでアウトなのだ。この世界はそれだけで拡散する。嘘でも、推測でも。まるでそれが真実だと言わんばかりに、噂が独り歩きして、我が物顔で走り回り、色々な人の目に入る。

 

(どうしよう、どうしようどうしよう!!)

 

 宙に浮く私は眼下に広がる景色――ツクヨミユーザーたちの顔がよく見える。みんな、驚いた顔をしていた。あのヤチヨが感情的に否定した。これまでになかった異例に誰もが茫然としていた。

 

「ぁ……」

 

 駄目、駄目。感情が勝手に揺れ動く。それをツクヨミが勝手に感知してアバターに反映する。泣くな。泣くな。泣くな。泣くな。今、泣いたら今度こそおしまいだ。だから、お願い。今日だけは、今だけは言うこと聞いてよ。

 

 

 

「ヤチヨ……」

 

 

 

「ッ――」

 

 そして、そんな私を見上げ、心配そうにその名を呟く彩葉を見て――完全に心が折れた。

 

 今日はとってもいい日になるはずだった。彩葉が私のライブを見に来て、その隣で(かぐや)が少し拗ねた顔をして、ヤチヨカップの宣伝をして、(かぐや)が宣戦布告して――。

 

 

 

 ――思ったんでしょう? 白野が優勝したらどうなるか。どうなってしまうのか。

 

 

 

 そうだ、今日から始まるはずだった。今日が全ての始まりになるはずだった。それなのに、ちょっと考えればわかることから目を逸らして、ちょっと失敗して動揺して、大切な人に心配かけて。

 

 最高になるはずだった日にケチを付けたのは誰がどう見ても私だった。

 

 こんなことになるなら白野をアシスタントに誘わなければよかった。

 

 こんなことになるなら白野を振り回さなければよかった。

 

 こんなことになるなら白野に出会わなければ――。

 

 出会わな、ければ?

 

 

 

 ――彩葉とかぐやと一緒にコラボライブができなくなる。ずっと夢見た未来が変わる。結局、自分のことばかり。こんなことになるなら白野と出会わなければよかったのにね。

 

 

 

「やあああああああちいいいいよおおおおおおおおおお!」

 

 

 

 そして、そんな思考を遮るようにキラキラと輝くお姫様の絶叫がツクヨミに響き渡った。

 

「かぐやがヤチヨカップ優勝する! そこの鬼とか、犬のザビ子も全員ぶっ倒して絶対にコラボライブする! ね、いろ――むぐっ」

「ほんと、バカ! ほんとにバカ!」

 

 凍りついた空気を全て吹き飛ばすほどの破天荒っぷり。彩葉も焦ったように彼女の口を塞ぎ、周囲をきょろきょろと見渡している。

 

(今、私……何を、考えて――)

 

 その声で我に返った。そして、(かぐや)の絶叫が聞こえる前に考えたことを思い出し、顔から血の気が引いていく。

 

 ああ、本当に酷い話だ。本当に、馬鹿だ。

 

 白野をアシスタントに誘ったのは私だ。

 

 白野を振り回したのは私だ。

 

 白野と出会ったのは――私だ。

 

 私だ。全部、私のせい。私が望んでやったこと。それなのに、ちょっと予定が狂っただけでその責任を白野に押し付けて、自分は悪くないと叫んで、被害者ぶって、また逃げ出そうとした。

 

 なにより、最初に頭に浮かんだのは白野のことではなく、あの未来が変わってしまう恐怖だった。自分で変えたくせに。少しぐらい大丈夫だろうと初めて自分の我儘を通した結果、取り返しのつかない状況になった。あまつさえ、それを全て白野のせいにした。

 

 

 

「……ああ、本当に、眩しいなぁ」

 

 

 

 眼下でこちらを見上げるかぐやを見て思わず、ため息が漏れる。その輝きに目が焼けそうになる。この胸からこみ上げる何もかもを吐き出したくなる。

 

 もう、八千年前の話だ。彩葉のことや、月に届いた歌のことばかり考えて、生きて、生きて、生きて、生きて――生きた。

 

 たった、それだけ。それだけで摩耗する何かはある。魂だけの存在になったとしても擦り減る何かがある。それと同時にどうしても積み上がるものもある。

 

(ああ、そっか。そうだった)

 

 私を見上げ、キラキラと輝くその瞳を見て――こういう女がいたのだと、今になって思い出した。

 

 現実を知ってしまった私では決して取り戻すことのできない無知という煌めき。全てに希望を見いだせる純粋な心。私であって私ではない彼女。この八千年で致命的にズレてしまった歯車。

 

 まるで、古い鏡を見せられているような気分だ。どんなに手を伸ばしても決して届かない過去の私。何も知らない、純真無垢な私。鏡越しに触れられないように、もう私はあの頃には戻れない。

 

 

 

「――あはっ」

 

 

 

 過去の自分を見て、軋んだ心に火が灯る。バキリ、と折れた心を立て直そうとして致命的な何かが破損した音がする。

 

 それでも、それを必死に直しながら口角を必死に持ち上げる。心に灯った火が少しずつ、そして、確実に私の心を焼いていく。それでもなお、私はいつものように笑みを浮かべる。

 

(やらなきゃ……もう、後戻りはできない)

 

 私はやらなければならない。八千年もの間、待ち望んだ瞬間だ。今にも倒れそうな白野を見捨ててここに来た罰。ああ、そうだ。白野が倒れそうになったのも私のせいだ。私がお節介を焼いたから彼女はあんなに苦しそうな顔をすることになった。

 

 だから、全ての責任を私が取ろう。もう、夢を見るのは止めた。あの未来に手を伸ばすのは止めた。そして、私がハッピーエンドにする。例え、そこに私がいなくてもいいから前回よりも圧倒的なハッピーエンドに。

 

「あははー、さすがにザビ子の意見も聞かなきゃ駄目なんだよー! やっぱり、雇用主が好き勝手やっちゃうと部下はついていけないっていうか! ザビ子にブラック企業だって訴えられるの待ったなしなので確認させてほしいな☆」

 

 そう言って私は笑う。これまで通りに、今まで通りに、『月見ヤチヨ』を演じる。誰がどう見ても完璧なAIライバーとしてそれっぽいことを言って、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 さぁさぁ、皆様、お立合い。これからお見せしますのは八千年もの間、必死に理想を追いかけ、何もかも見捨ててきた愚かな女のお遊戯会。なんとお粗末な演者なのでしょう。まるで、自分の体にナイフを突き立てながら笑っているようではありませんか。

 

 そんな愚かな女が辿る末路は見るに堪えないものであり――。

 

 

 

(――やらなくちゃ。私が、責任を取らなきゃ)

 

 

 

 結局のところ、理想を抱いて溺死すると相場が決まっているのです。

 

 

 

 そう、溺れそうになっている女を必死に掴もうとする物好きがいない限りは、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、今……」

 

 かぐやの身勝手な宣戦布告の後、ヤチヨは今にも壊れてしまいそうなほど儚い笑みを浮かべた。

 

「あははー、さすがにザビ子の意見も聞かなきゃ駄目なんだよー! やっぱり、雇用主が好き勝手やっちゃうと部下はついていけないっていうか! ザビ子にブラック企業だって訴えられるの待ったなしなので確認させてほしいな☆」

 

 それも一瞬の出来事。私の見間違いだったのでは、と勘違いしてしまいそうなほどヤチヨはすぐに顔色を戻して一旦、ザビ子の件は保留となった。

 

「……わかった。こっちこそ事前に連絡せずに好き勝手言って悪かった」

「ノンノン! こんなにザビ子が愛されてるって考えてなかったヤッチョも悪かったよぉ。こうなるなら最初からラスボスとしてザビ子を召喚しておけばよかったと後悔中……でも、ごめんね。こればっかりはザビ子の気持ち次第なの。神々のみんなもザビ子が参加しない可能性があるって覚えててほしいな!」

 

 帝の謝罪とヤチヨの言葉に周囲にいるユーザーたちは問題ないと大きな声で応えた。これで一件落着。正直、あのかぐやの絶叫がなければこんなに丸く収まらなかっただろう。

 

(でも、なんだろう……)

 

「と、いうわけでヤチヨカップの詳細は改めてSNSで告知するね! ザビ子の件もその時にお知らせするよ! ほいでわ、ライブはいったんここでクローズ♪ みんなとちょこっとだけお話しさせてねー。それじゃあ、さらば~い!」

 

 鳥居の上に戻って手を振るヤチヨ。その笑みはいつも通りだった。その、はずなのにどうして、あの笑顔を見ていると胸が締め付けられるのだろう。

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