月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
ヤチヨのミニライブは終わった。だが、ここではい、解散とならないのがヤチヨクオリティー。彼女は締めの挨拶をした後、鳥居の上でクルクルと回転する。すると、たくさんのヤチヨがぽこぽこと生まれ、会場に集まった観客たちへ飛んでいく。
(そうだ、握手!)
色々なことがあったが私が当選したチケットは握手券付き。つまり、話すだけでなく、触覚はないがあの麗しいアバターに触れる権利があるということ。え、私、今から推しに触れるの? タッチしちゃうの? 待って、それは大丈夫なのか? もっと、こう――お金が必要なのでは? だって、ヤチヨだよ? ただでさえ、話すことすら烏滸がましいのに。
「ねぇ、彩葉、一緒にやろっ?」
遠のいていく意識をギリギリのところで繋ぎ止めたのは隣に立つかぐやだった。それに何故か片手が温かい。ああ、現実でかぐやが私の手を握っているのか。
「って、駄目! そんなのむ――」
「――ムリムリ! 小娘が!」
これまで何度か彼女に頼まれ、断ろうとしてもなし崩しに頷いてしまう経験上、ここは何も考えずに断る。そう決意してその言葉を口にしたのだが、別の誰かに遮られてしまった。声がした方を見ると白いもふもふ――ウミウシのFUSHIがかぐやを睨んでいる。あれ、FUSHIってこんな話し方だっけ? もっと、マスコットっぽい可愛らしい話し方だったような。
「こらっ」
そんな呑気な思考は可愛らしく、美しく、全ての人間を幸福へと導けそうな神々しい声が私の鼓膜を震わせた。そう、その声の持ち主こそ、私の最推しである『月見ヤチヨ』その人だ。
わぁ、ヤチヨだ! しかも、小さい! レアなちびヤチヨが私の前でこちらを威嚇しているFUSHIを注意している。可愛い! チラリと周囲を見渡しても大人ヤチヨしか見えないので私だけちびヤチヨと対面している。これはまさに豪運。多分、明日、私は死ぬ。
「お忘れかなー? ヤチヨカップの参加はライバー限定なのです♪」
「あ、そっか! じゃあ、かぐやライバーになる! そうと決まれば準備準備~。白野にも手伝ってもーらおっ!」
ヤチヨの言葉を聞いて参加条件を思い出したかぐやは鼻歌を歌いながらログアウトする。この場に残ったのは私とちびヤチヨだけ。ヤチヨと二人きり。二人きり!?
唐突に訪れた推しとの対面。待って、まだ心の準備ができていない。こんなことならかぐやを引き留めればよかった。いや、いたらいたで集中できないか。
「いつもライブに来てくれてありがと!」
「ひえぇ!?」
どぎまぎしている私の手を取り、満面の笑みを浮かべるちびヤチヨ。嘘、認知されている!? でも、握手券付きのチケットは今回、初めて当たったし、ヤチヨとこうやって正面から話すのも初めて――あ、アカウントに紐づけされた
「あ、えっと……ファン、です」
「ふふっ、知ってる」
何とか絞り出した言葉に対し、ちびヤチヨはにっこりと笑みを浮かべた。いや、そりゃそうだろ! 何回もライブを見に行って、何度もチケットに応募して、こんなあからさまなオタクムーブしていたらファンだってわかるだろ! やだ、恥ずかしい! もっと――。
「――もっと、気の利いたこと言いたかった、とか?」
「え、なんで……エスパー?」
まさに思い浮かべた言葉を言い当てられ、思考が停止する。もしかして、ヤチヨはエスパー? 電子の歌姫はテレパシーも使える?
「ふふーん、実はそうなのです! 今、君が考えてることを絶賛受信中! おお、来てます来てます……あなたはこう思ってますね? ちびヤチヨ、可愛い!」
「合ってます!!!」
ドヤ顔でウインクするちびヤチヨの言葉を全力で肯定した。何故だ、何故わかる。私の思考が全て筒抜けにされている。やだ、恥ずかしい。こんな汚い思考を読まれるとかヤチヨを汚しているのと同意。今すぐ、ここから退散しなければ。
「あ、あの……今日も、ライブ最高でした! それじゃ!」
「はいはい、ストップストップ~」
一目散に逃げだそうとしたが、その前に再び、ヤチヨに手を掴まれた。いや、感触がないせいで掴まれていることを忘れていたため、グッと引っ張られたのだ。それにより、私のアバターの動きが止まり、思わず振り返る。
「もうちょっとお話しようよ~? せっかくの機会だし?」
「―――――。あ、はい。仰せのままに」
きゅるん、と甘えるような上目遣いに私の心は死んだ。今なら、簡単な受け答えならできるだろう。だって、私は今、死んでいるのだから。
「もー、硬いなー。ねぇねぇ、ヤッチョのどこが好き?」
「全部です。麗しい容姿も、全人類を虜にする歌声も、配信で見せる楽しそうな笑顔も、リスナーの相談に乗ってる時の優しい顔も……それと――」
先ほどの帝とのやり取りを見ていた私はいつもなら自重していたはずだ。でも、今の私は死んでいる身。ペラペラと勝手に動く口を止める術など持っているわけもなく。
「――ザビ子を見る目が信頼しきってて……正直、エモいです。ヤチザビ以外は認めません」
「はえ?」
「……は?」
自分の発言に思わず、蘇生する。待て、今、私は何を言った? ヤチザビ? なんだ、その概念。私、思った以上にヤチヨとザビ子の絡みが好きだった、とか?
(ううん、違う)
「え、えー? ヤッチョとザビ子はそんな関係じゃ――」
「――違うんです。そんな下世話な話じゃないんです」
少しだけ顔を赤らめて否定しようとする私は思わず遮ってしまった。
違う。多分、違う。私は、憧れたのだ。お互いを信頼して並ぶ二人の姿に。その光景はかつて私が夢に見た母親との関係に他ならない。気づいた頃には全てが遅く、あまりにも致命的な出遅れにより、もう叶うことのない姿。
だから、羨ましかった。美しかった。嬉しかった。
「えっと、ヤチヨとザビ子の関係は……カップリング的な話じゃなくて。
「パートナー……」
「……いや、何を本人に言ってるんだ、私。ごめんなさい、忘れてください」
茫然とするヤチヨを見て我に返り、これまでの痴態を思い返して頭を抱えそうになる。いくら推しを前にして混乱していたと言っても話す内容がアホすぎる! うわぁ、やっちゃったぁ!
「……あはッ! そっか、そっかぁ!
「ヤ、チヨ?」
しかし、私の予想とは違い、ちびヤチヨはどこか諦めたような乾いた笑みを浮かべた。初めて見る推しの姿に戸惑ってしまう。しかし、それも束の間、彼女は満足したように頷き、そっと私に抱き着いて――抱き、着いて?
「
「イ、イエ、オヤクニタテタノナラヨカッタデス」
「よーし、ザビ子の説得、頑張っちゃうぞー! じゃあ、またお話ししようね!」
そう言って彼女は私の手を離してビューンとどこかへ飛んで行ってしまった。私が、ヤチヨを元気に? それに、抱き着いてきて? ああ、もう、この世に悔いは、ない。
最後の力を振り絞り、震える手でログアウト操作を行い、私は今度こそ、死んだ。ヤチヨが私の本名をはっきりと口にしたことなど、気づくことなく。
――夢を見た。
――夢を見た。
――夢を見た。
――夢を、見た。
――夢を、見ていた。
失われた記憶を取り戻すように。何もなかった私を『岸波白野』が塗り潰していく。
薔薇の皇帝と共に月の聖杯戦争を駆け抜ける夢を見た。
無銘の弓兵と共に月の裏側から脱出するため、迷宮を走る夢を見た。
良妻賢母狐と共に月の支配権を賭け、鎬を削り合った夢を見た。
どこぞの金ぴかが途中から力を貸してくれた月の聖杯戦争の夢を見た。
小悪魔系後輩が私を助けようと暗躍する夢を見た。
そして――■■■と契約する夢を見た。
これは夢だ。あくまで夢。きっと、目を覚ましたら忘れてしまうこともあるだろう。
でも、確かに見たのだ。私は『岸波白野』に刻まれた
あり得たかもしれない世界線。私が月の聖杯戦争で勝ち残った世界線。そして、無残にも殺されてしまう世界線。
――夢を見た。
この無数の記憶から必要なものだけをピックアップする。いや、される。私の優秀なAIが餞別してくれる。それに文句はない。彼女のことは信頼しているから。
でも、惜しいとも思う。私は『岸波白野』。どんな私でも、私だ。だから、我儘なのはわかっているけれど――彼女の全てを持っていきたかった。
それは叶わぬ願いだ。だから、■■。遠慮しなくていいよ。どんなに苦しいことでも、悲しいことでも、全部、全部持っていくから。必要なら全て頂戴。それは私にとって必要なものだから。
――……修正プログラム、実行完了。
――残りのプログラムを実行するためには条件を満たしてください。
――一定時間が過ぎました。プログラムの実行を中止します。
――……ええ、そうです。だから、夢を見ていてください。
――だって、今のあなたはとても楽しそうだから。
――その時が来るまであなたらしく、前に進んでください。
――例え全てが夢に消えるとしても。
――それがきっと、この物語を終わらせるために必要なことだから。
――その時が来たらまた会いましょう、先輩。
「……」
そして、私は月で起こったことを全て思い出した。
「
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