月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「白野ー! 白野、いるー?」
ドンドン、という音が聞こえる。その音で目を覚ました私はするりと布団から抜け出し、玄関の扉を開けた。そこには垂れ目の金髪美少女が立っていた。
「お、いたいた。ねぇ! 白野ってライバーのなり方、知ってる!?」
「ライバー?」
彼女がワクワクを止められないと言わんばかりに目を輝かせながら問いかけて来る。その瞬間、ザザ、と頭にノイズが走った。そして、ようやく目の前にいる少女のことを思い出す。
「……ああ、かぐやか」
「かぐやだよー? どしたー? 寝ぼけてる?」
「……そうかも」
駄目だ、頭が上手く回らない。今の私の頭には地上で目を覚ましてからの記憶と月で経験した数々の『もしも』が存在している。そのせいで記憶の整理が追いついておらず、目の前に立つかぐやのことを思い出すのも少し苦労した。
「それで、えっと……ライバー、だっけ?」
「そう! なんかヤチヨカップっていうのが開催されるからそれに参加するためにライバーになりたいの!」
「……とりあえず、中に入って」
今の時刻はわからないが外は真っ暗だ。このまま玄関先で話せば近所迷惑になる。特に今のかぐやはテンションMAX。声量の調整が効かない
「おー、お邪魔しまーす! 白野の部屋、初めて~♪」
彼女はうきうきとした様子で部屋に入ってきた。確かに赤ん坊の頃も基本的に彩葉の部屋で子育てしていたのでかぐやが私の部屋を訪れるのは初めてだ。しかし、私の部屋は彩葉の部屋に比べ、あまり物がない。きっと、つまらないとすぐに飽きるだろう。
「彩葉は?」
「死んでるよー」
「死んでる?」
「ツクヨミからログアウトした途端、その場でぶっ倒れちゃってさー。さっきまで介護してた!」
そう言えば今日のミニライブは握手券付きだと言っていた。至近距離でヤチヨを受けて意識が消し飛んだのだろう。彼女が白目をむいて床に転がる姿を想像しながらパソコンを起動。とりあえず、適当にまとめサイトを見せれば何かと要領のいい彼女なら何とかするだろう。
「ん? ねぇねぇ、白野」
「何? 今、パソコンでライバーのなり方を調べ――」
「――左手のそれ、何?」
「え?」
かぐやの指さした方向、私の左手に視線を落とす。そこには見覚えのある赤いタトゥー――月の聖杯戦争の参加者の証である
「ッ――」
令呪。聖杯戦争に参加したマスターに刻まれる絶対命令権。これを使えばサーヴァントを瞬間移動させたり、瞬間的に強化できたり、サーヴァントが嫌がるような命令でも強制できる三画のマスターの証。それがしっかりと私の左手の甲にあった。
確かに月で起こった出来事は思い出した。私の正体も、結末も、奇跡的な続きも。だが、私が地上にいる理由はまだわかっていない。かぐやの質問に答えた後、ゆっくりと考えるつもりだった。
だが、これはさすがにおかしい。何故、私の手に令呪が? まさか地上で聖杯戦争が起こる? でも、こんな急に? いや、待て。まずはかぐやの疑問に答えなければならない。彼女のことだ、適当にはぐらかした場合、彩葉に聞くに決まっている。だから、ここはかぐやが納得できるような答えを――。
「おー、かっけぇ。そういうの流行ってるの?」
「……ウン、ソウダヨ」
――いや、言い訳させてほしい。だって、そんな急に答えを導けるわけがないし、かぐやが納得すればいいので彼女の発言に乗るのが一番手っ取り早いのだ。
「ほー、いいなー。私もそういうの欲しい! ポーズ決めて写真撮りたい!」
「あー、あんまり人には見せない方がいいかも。私も自分の部屋だけで楽しんでるし」
「そう? すっごいかっこいいのに……よくわかんねーな」
「あ、これがライバーのなり方だって。これを参考に活動してみれば?」
震える手でなんとか検索したまとめサイトをかぐやに見せる。好奇心旺盛な彼女のことだ、すぐに興味がこっちに移るはず。
「あ、それさっき見た。それ以外に何かアドバイスないかなーって」
「え?」
しかし、私の予想を裏切り、かぐやはまとめサイトを見た上で私に話を聞きに来たらしい。令呪のこともあり、動揺している私は思わず、思考を止めてしまう。
「な、んで私に? だって、ツクヨミにすらログインしたことないのに」
「えー、それ嘘でしょ? だって、あんなに『ふじゅ~』溜まってるのに」
「……は?」
「彩葉から聞いたよ。『ふじゅ~』って人の心を動かせば支給されるんだよね? それもツクヨミで。彩葉の『ふじゅ~』もそこそこあったけど、白野のはとんでもなかったじゃん? だから、ライバーやってんだろうなーって。しかも……実はめっちゃ人気っしょ?」
「……」
何故、私の『ふじゅ~』の金額を知っている、などという無粋な疑問はもう抱かない。正直、私はかぐやを舐めていた。産まれて数日しか経っていない体だけ成長した赤ん坊。全てに興味を持ち、楽しいことに向かって全力で走る困った女の子。そう、思っていた。
「だ・か・ら~♪ 先輩である白野にアドバイスを貰えば一気にスタートダッシュできるってわけ! いやぁ、かぐやちゃん、あったまいい~☆ それじゃ、せんぱい、ここらでいっちょ、アドバイスお願いしますっ!」
「……」
「……あれ、白野?」
「……ううん、何でもない」
令呪のこととか。『ふじゅ~』のこととか。未来のこととか。色々、考えることがあったはずだ。でも、何故だろう。かぐやを見ているとその全てが後回しになる。今を全力で生きる彼女のことを応援したくなる。それだけ、今のかぐやの笑顔には力があった。
「……かぐや」
「んー?」
「頑張ってね」
「え、アドバイスなし? 商売敵には塩を送らない主義?」
私の応援の言葉を聞いてショックを受けたように目を見開くかぐや。その姿がどこかヤチヨに似ていて思わず、笑い声を漏らしてしまった。
「そうじゃないよ。ライバー活動、頑張ってねってこと」
「お? おお? そりゃ、頑張るけど……アドバイスは?」
「ないよ。だって、私、
嘘は言っていない。私はライバーではない。あくまでヤチヨのアシスタント兼
「……はぁ!? じゃあ、あの『ふじゅ~』は!?」
「秘密でーす」
「いやぁ! 白野まで意地悪しないでぇ!!」
「因みに彩葉はピアノが弾けて曲も作れます」
「ッ!?
これ以上、突っ込まれても困るので戦友を売る。キュピン、と目を輝かせたかぐやは善は急げと私の部屋を飛び出した。
「……」
静かになった部屋。私はパソコンの電源を落とし、ぱたりと閉じる。そして、タブレットの方を見て小さく笑った。
「ヤチヨ、いるんでしょ?」
『っっっ!? な、なんで……』
「かぐやと彩葉がツクヨミをログアウトしたってことはいつもの交流会が終わったってこと。なら、私の様子を見に来るかなって」
『むぅ……白野はいつも何でもお見通しだね』
そう言いつつ、タブレットの画面が光る。そこにはむくれた様子でこちらを睨んでいるちびヤチヨ。あれ、今日はその姿なのか、と首を傾げたが彩葉との再会が照れくさくて普段の姿ではなく、ちびっ子モードで会ったのだろう。
『それで……どうだった?』
「うん、だいたい思い出したよ。なんで地上に来たのか、まではわからないけど」
『そっか……あれ、その手、どうしたの?』
「……ねぇ、ヤチヨ。それを含めて少し聞いて欲しいことがあるんだ」
令呪の存在に気づいたヤチヨに私は静かにお願いする。全てを話すつもりはない。特に私の正体――意志の宿ったNPCだったことは彼女に伝えない。未来に向かって歩いている彼女には不要な情報だ。
でも、それでも……それ以外のことは知っていてほしかった。概要だけでもいい。ほんの少しでもいい。この世界にも『岸波白野』を知っている人がいてほしかったのだ。
『……うん、わかった』
私のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、ヤチヨは普段の姿に戻り、頷いた。そして、私はスマコンを付けてツクヨミへログイン。そのままいつものミーティングルームに集まった。
「お待たせ」
「ううん、待ってないよ……それで、その……聞かせて、くれるの?」
「うん、ヤチヨには聞いてほしい。『岸波白野』のことを」
「……聞かせて」
どこか覚悟を決めたような表情を浮かべるヤチヨ。そんな身構えなくていいのに、と思わず苦笑いをしつつ。私は話し始めた。
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