月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
「――こんな感じかな?」
聖杯を手に入れるため、サーヴァントと共に電脳空間を駆け抜けたこと。
月の裏側へ落とされ、迷宮に囚われた女の子を救い、やばい女を倒して表へ戻ったこと。
『岸波白野』が三人に分裂し、それぞれの陣営で戦ったこと。
その戦いが落ち着いたと思ったら全ての存在の同一化、という理念を掲げた敵との戦いが始まったこと。
夜も遅かったので全てを話せたわけではないが、知っていてほしいことだけは伝えられたと思う。少なくとも『岸波白野』の旅路は知ってもらえたに違いない。
「えっと、白野に恋したAIが白野を守るためにラスボスになって? 白野が三人に分裂して? んんー?」
しかし、それを聞いていたヤチヨは目をぐるぐるさせていた。私の経験したそれらは聞いてすぐに信じられるような内容ではない。彼女が混乱してしまうのも仕方ないという話だ。
「でも、月の聖杯戦争の記憶がいくつもあるの? えっと、赤い皇帝陛下と皮肉屋な弓兵と狐耳の呪術師だっけ? サーヴァントって契約するのは一人なんじゃなかったっけ?」
「それは……多分、並行世界の記憶も思い出したんだと思う」
並行世界。可能性の話。『岸波白野』が辿ったであろう旅路を私は全て受け取った。もちろん、その中には失敗した記憶もある。
ただのエネミーに嬲り殺されたこともあった。
緑のアーチャーの策略にはまり、心臓を射抜かれたこともあった。
名前を忘れて自分が何者かわからないまま、死んだこともあった。
単純にサーヴァント戦で実力が足りず、後悔しながら逝ったこともあった。
英雄王との接し方を誤り、首を刎ねられたこともあった。
その記憶も鮮明に覚えている。だから、私は覚えていてほしかった。ヤチヨに知っていてほしかった。だって、これまでと同じように人間はふとしたきっかけで簡単に死ぬ。そう、それは私も例外ではない。だからこそ、今を生きるのだ。キラキラと目を輝かせて全力で走るかぐやみたいに。
「でも、結局、白野が地上にいるきっかけはわからないんだよね?」
「うん、それに令呪も……あれ」
ヤチヨの質問に答えつつ、私は自然と自分の左手の甲へと注がれる。ここはツクヨミだ。今、見えているのはあくまでアバターなので現実世界の手に刻まれている令呪はない、はずだった。
しかし、ツクヨミでも私の左手の甲には令呪がしっかりと刻まれている。感覚的に使おうと思えば使えそうなこともわかった。でも、どうしてアバターにも令呪が反映されているのだろうか。
「これが令呪? かっこいいけど……どうして、これがツクヨミに?」
「わからない。ヤチヨ、解析できる?」
「ちょっと待ってね……」
私の左手を見ながらヤチヨが仮想キーボードを叩き、解析を始める。しかし、一分ほど経って目を細めた後、キーボードを消した。
「うーん、駄目だねー。少なくともツクヨミ内で生まれたものじゃないのは確かかな。ブラックボックスすぎて手の出しようがないって感じ」
ため息混じりに肩を竦めるヤチヨ。それもそうだ。令呪は聖杯によって生み出された術式。ツクヨミで作られたものでもないし、刻まれている私自身、解析しようとしてもその複雑さを前に膝を付くだろう。
「えっと、その令呪ってマスターの証なんだよね? じゃあ、サーヴァントとも契約を?」
「ううん、契約はしてないみたい」
月の聖杯戦争でも経験したが契約したサーヴァントとはパスが繋がる。その感覚がないため、今の私はフリーだ。
「これからサーヴァントを召喚するの?」
「うーん……しないというか、できないというか」
『岸波白野』は確かにサーヴァントと契約していた。しかし、そのほとんどが事故みたいなものである。つまり、詠唱はともかく英霊召喚に必要な物がわからない。魔法陣の描き方や触媒、その他の条件。それがわからない時点でこちらからサーヴァントを召喚するのは不可能だ。
「白野って……究極の巻き込まれキャラ?」
「うっ」
そう説明するとヤチヨはジト目を向けてくる。否定できないのが少し悲しかった。
「でも、よかった。白野の記憶が戻って。これからどうするの?」
「うーん……変わらない、かな」
確かに月で起こったことは思い出せた。しかし、結局、何も解決しなかったのも事実。聖杯戦争が始まる可能性も考慮して魔術関係の調査をする予定だが、これまでの生活を捨ててまでやることではないだろう。
「っ……そっかそっかー。なら、アシスタント業は継続ってことだね☆」
「まぁ、そうなるね」
「うんうん……あの~、それで~……ちょっとした提案というか。お願いというか。頼み事というか。一生のお願いというか」
私の話がひと段落したところでヤチヨが何故かもじもじとしながらこちらに近づいてくる。面倒事の予感。私が巻き込まれキャラなのだとしたらヤチヨは巻き込みキャラだろう。
「……話してみて」
「えっと、実は白野には黙ってたんだけどこれからヤチヨカップっていうイベントが始まるの」
「ヤチヨカップ……ああ、かぐやが言ってたやつ」
「そうそう。一か月で新規ファンを一番獲得した人がヤチヨとコラボライブできるっていう企画なんだけど」
なるほど、かぐやがいきなりライバーになりたいと言い始めたのはそれが理由か。しかし、コラボライブ、ね。これまでヤチヨは配信のコラボはしたことあったがライブのコラボはしたことがなかった。何度か打診DMが来ているのを見かけたが問答無用で断っていたのを知っている。あの迷いのない動き。多分、何か考えがあってのことだと思っていたが、そういうことか。
「……もしかして、そのヤチヨカップでかぐやが優勝するの?」
「っ……もー、白野は察しが良すぎるぅ。正しくはかぐやたち、ね。これからかぐやは彩葉を巻き込んでライバー活動をするんだけど色々あってヤチヨカップを優勝するの」
私の予想は当たっていたらしく、ヤチヨは少しだけムッとした顔で説明してくれる。なるほど、それはまた王道なシンデレラストーリーだ。しかし、その件で私にお願いがあるとは何なのだろう。
「えっとですね……ヤチヨカップの詳細を今日のミニライブで神々のみんなに伝えましてー。それまでは私の知ってる通りの流れだったんですが……その、帝がザビ子を参加させてほしいって」
「……ん? 何に?」
「ヤチヨ、カップに」
「……」
つまり、今からザビ子のチャンネルを開設し、ヤチヨカップに参加する、と。確かにこれまでリスナーから何度もザビ子のチャンネルを開設してほしいとお願いされていた。しかし、私はあくまでもアシスタント。ライバーとして活動するつもりはなかったので今までチャンネルは開設していなかった。
「それ、絶対私が優勝するやつじゃない?」
かぐやたちのライバルは『Black onyX』になると思うが彼らはすでに多くのファンがいる状態だ。ヤチヨカップのルールは『新規ファンの獲得数』。つまり、今の時点からどれだけチャンネル登録者数を増やせるか、という話だ。一から始めるかぐやたちよりも不利なのは間違いない。
その点、私の場合、チャンネルを開設していない時点でかぐやと同じ立ち位置にいる。だが、知名度が段違いだ。たった一年程度だが、ヤチヨの傍で活動していた身である。おそらく、チャンネルを開設したら一気に登録者は増えるだろう。
「そうなんだよぉ! どうしよ~!?」
「チャンネルを開設しなければいい話でしょ?」
「そう、なんだけど……その、ヤッチョとしては白野にも楽しんでほしいというか」
ずっと煮え切らない様子のヤチヨに思わず首を傾げてしまった。彼女はずっと夢に見ていた未来に向かって頑張っていたはずだ。ヤチヨカップだってその一つ。
しかし、本来、参加していなかった私が参加してしまった場合、未来が大きく変わってしまう可能性が高い。もし、私が優勝してしまったら彩葉とかぐやとのコラボライブができなくなる。それだけは絶対に避けるべきだ。だって、ヤチヨはそのコラボライブを楽しみにしていたはずだから。
それなのにヤチヨは私に参加してほしいという。その矛盾に彼女は気づいているのだろうか。
「……気づいてるよ。わかってるよ」
そんな私の考えを表情で読み取ったのか、ヤチヨは一瞬だけ目を閉じた後、今までにないほど真剣な顔で私を見つめ返す。その気迫に思わず、息を呑んでしまった。
「でもね、彩葉が言ってくれたんだ。私と白野の関係性が大好きなんだって。
「
それはまるでマスターとサーヴァントのような関係だと勝手に思ってしまった。しかし、彼女も同じことを考えていたのか、そっと私の手を取って優しく微笑む。
「もし、私たちが聖杯戦争に参加してたら白野がマスターで、私がサーヴァントだね。これでも八千年生きてるし、経歴はそれっぽいよ!」
そう言って私の手を離した彼女はクルクルと回りながら数歩先まで移動し、いつもの番傘を取り出して広げる。そして、こちらを振り返りながらニヒルに笑ってみせた。
「『月見ヤチヨ』、あなたを
「――――」
――おまたせ、白野。
振り返って微笑むヤチヨを見て何かを思い出しそうになった、気がする。とても大切な記憶。セイバーやアーチャー、キャスターと同じように私を助けてくれた、誰か。記憶を取り戻したはずなのにその人物だけはどうしても思い出せなかった。
しかし、それも束の間、振り返ったまま、動きを止めていたヤチヨは少しだけ照れ臭そうににへらと口元を緩ませる。その拍子にちょっとした既視感もどこかへ消えてしまった。
「えへへ、もし、召喚されたらこんな風に言うのかな」
「……そうかもね」
クラスは何だろうか。かぐやなら確実に
「そして、貴女はこう言うの! おお、なんと麗しい歌姫! ぜひ、私のサーヴァントになっておくれぇ、てね」
「私、そんなキャラじゃないよ」
「ふふっ、そうだね。多分、白野は茫然としたまま、頷くだけ。それから私が白野を勝利に導く
「頼もしいね」
番傘をブンブンと振って戦う真似をするヤチヨを見て自然と笑みを浮かべてしまう。そして、満足したのか、番傘を消して私の傍に彼女は帰ってきた。
「だから、さ。私は白野に楽しんでほしい。月でたくさん頑張ったんだもん。ちょっとした慰安旅行的な? 少しぐらい休んだって、楽しんだって大丈夫! ヤッチョが保証しちゃう!」
「もう、何それ……そっか。確かに休むっていうのはあまりやってこなかったかも」
「そうそう、白野が地上に来た理由がわかるまで好きにやっちゃっていいと思うの! だから、白野。私が目指す未来とか、彩葉とか、かぐやとか……そんなの全部、抜きにして考えてほしい。ヤチヨカップに参加するかどうか」
「……」
そう言われてしまうと弱い。ヤチヨたちのことを抜きにしてヤチヨカップに参加するかどうか、か。
「……少し時間もらってもいい?」
「もちろん、と言いたいところだけど白野が参加するかしないかでヤチヨカップの難易度が変わってくるから早めに告知したいかも」
「わかった。明日までには決めるね」
「うん……あとね、私、彩葉とかぐやと一緒にコラボライブするのも楽しみだけどね。白野ともずっとコラボライブしたかったんだ」
「それって……」
「それだけ! それじゃ、おやすみなさい」
私の返事を待たずにヤチヨは姿を消した。逃げられてしまった私は少しだけ照れ臭くなって少しの間、彼女がいた場所を見つめた後、ツクヨミからログアウトする。
「無理しちゃって、もう……」
誰にともかく言葉を吐き出した。彼女が姿を消す直前、僅かにその手が震えているのに気づいたのだ。そして、掴み損ねた
私がその要因となっているため、無理に暴こうとすれば彼女を傷つけることになる。ここは様子をみるしかないだろう。
(ライブ、か……)
月のこと。令呪のこと。ヤチヨカップのこと。ライブのこと。彩葉のこと。かぐやのこと。そして、ヤチヨのこと。
考えることはいっぱいだ。幸い、考えることは嫌いじゃない。嫌いではないが少しばかり抱えるものが多いような気がする。
――でもでもぉ? そんな状況でもどうにかしちゃうのがご主人様でございましょう?
「……そうかもね」
きっと、キャスターがこの場にいたらニヨニヨと笑って支えてくれることだろう。あの騒がしくて、忙しかった日々が少しだけ懐かしく感じる。
よく考えよう。そして、答えを出す。それが今のヤチヨにできる精一杯のこと。
「ふわぁ……」
でも、今日は少しだけ疲れてしまった。色々なことが起こりすぎた。だから、少しだけ休もう。寝て、起きたら、その、時は――。
そんなことを考えているうちに私の意識は静かに沈んでいった。
月見ヤチヨのSGが解明されました
【
私は罪を犯しました。取り返しのつかない罪を犯しました。
巻き込んだのは私なのに貴女のせいにしました。
自分でそう仕向けたのに対策を怠りました。
私は一瞬でも貴女と出会ったことを後悔しました。
貴女は私のためにあんなに頑張ってくれたのに。
私はあの未来が失われるかもしれないと思った瞬間、貴女を裏切りました。
だから、私は罰を受けるべきなのです。
もう何も望みません。
もう何も夢を見ません。
もう何も要りません。
私はそれを受け取る資格はないから。
でも、せめて……私が望んだ、夢見た、欲しかった未来を。
貴女の手で壊してほしい。
貴女の手で終わらせてほしい。
きっと、それも私には過ぎた願い。
ねぇ、白野。貴女はきっと、そんなことしないと思うけれど。
どうか、貴女の手で私を殺して?
掲示板回のボリュームどれくらいがいい?
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思う存分やってくれ(少なくとも2話以上)
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1話でいいかな
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なくていい