月の王とかぐや姫 作:名無しのマスター
2030年7月16日(火):ヤチヨミニライブ
2030年7月17日(水):今回のお話
2030年7月18日(木):通常授業
2030年7月19日(金):終業式
色々なことを考えなければならなくても時間は平等に進む。今日は2030年7月17日、水曜日。夏休みまで残り三日。19日は終業式の関係上、午前中で終わるため、今日を含めたら二日半か。
「彩葉、今日の学校なんだけど……って、何やってるの?」
私は私服のまま、彩葉の部屋に行くとそこには彩葉のPCのキーボードを叩いているかぐやと朝食の準備をしている制服姿の彩葉がいた。
「白野、おはよ。なんか携帯ゲーム機を見つけたから作ってるんだって」
「作ってるって……ゲームを?」
「そう、みたい?」
「でっきたー! 見てー、『犬DOGE』! こういうの欲しかったから作ってみた!」
そう言って私たちの方に小さな機械を突き出すかぐや。確かにそこにはドット絵の犬がきゃんきゃんと吠えている。もしかして、プログラムで一からゲームを組んだ? さすが月人。記憶を失っていてもプログラムには強いらしい。
「はいはい、そろそろ私たちは学校に行くからテーブルの上を片付けて……あれ、白野、制服は?」
「今日、ずる休みするから着てない」
「ああ、ずる休みね。それなら仕方――なくないな!? なんで!?」
「かぐや、これがノリツッコミだよ。ライバーになるなら必須スキルだから覚えておいて」
「ほー、やっぱり、漫才も大事なのかー」
「んなわけあるか! それより、白野説明して!」
私とかぐやの会話をぶった切り、すごい形相で詰め寄ってくる彩葉。彼女にとって学校は熱を出ていても行くものだ。ずる休みなど許すつもりはないのだろう。
「少し記憶を取り戻したの。だから、色々考えたいなって」
「……え? 記憶が、戻ったの?」
まさか記憶の話を持ち出されるとは思わなかったのか、彼女は驚いた様子で目を見開く。そして、すぐに心配そうな顔になった。
「大丈夫? なんか、その……辛いこととか思い出してない?」
「うん、大丈夫。自分がこれまでどんな風に生きていたか、みたいな感じだから」
「そんな感じでいいのか……って、その手、どうしたの?」
どこか呆れたように呟いた彩葉だったが、私の左手に巻かれた包帯を見て目を見開く。昨日の夜に刻まれた令呪。聖杯戦争が起こる可能性がある以上、さすがに大っぴらにするわけにはいかず、苦肉の策で包帯を巻いたのだ。
「ちょっと切っちゃって。数日で取れると思うよ」
「そっか、気を付けてよ? とにかく、今日のことは先生に私の方からいい感じに言っておく。今日一日、ゆっくりしてね」
彩葉はそれだけ言うと私の右手を掴んでいつもの席に座らせた。そこには三人分の朝食。かぐやは『犬DOGE』を作るのに夢中だったため、彩葉が用意したのだろう。ご飯とみそ汁、先週、私が近所のおばちゃんから貰っておすそ分けした漬物。質素だが、『水と粉のパンケーキ』よりは千倍ぐらいマシな朝食だった。
「それじゃ、ご飯食べよ。かぐやも席に着いて」
「はーい! うっはー、美味しそー! いっただきまーす!」
かぐやも私に事情があるとわかっているのに特に質問することなく、朝食を食べ始めた。常に猪突猛進な彼女だが、空気を読むのは意外と上手い。いや、上手いというか勘がいい。人が本当に嫌がることや行動することで空気が凍りつくようなことはしないのだ。
「あれ、かぐや、髪の色、変わった?」
そんな彼女に感謝しているところでかぐやの髪の色が金色になっていることに気づく。昨日の夜は月のことを思い出した反動で上手く思考が回らず、見逃していた。
「そう! めっちゃいいっしょ!」
「うん、綺麗だね。元気なかぐやにピッタリ」
「お、おう……朝一番にこれはなかなか」
「はぁ……これ、染めたんじゃなくて自分で好きな色に変えられるんだって」
「見て~! ゲーミングかぐや!」
ため息混じりに教えてくれた彩葉とそれを証明するように髪の色をレインボーに輝かせるかぐや。なるほど、さすが宇宙人。私もそれなりに不思議な出来事を経験しているがまだ驚けたようだ。
「じゃあ、私は行くから。かぐやは白野の邪魔をしないように。白野、かぐやのことを適当によろしく」
「え~、適当じゃなくて丁寧によろしくしてほし~」
「白野はそれどころじゃないの! じゃあ、行ってきます」
朝食を終えてすぐに彩葉は学校に向かった。部屋に残ったのは私とかぐや。数秒ほど沈黙が続き、隣からちらちらと視線を感じる。
「え、えーっとぉ? とりあえず、お茶飲む?」
「なんで緊張してるの?」
「だ、だって! き、記憶喪失!? 白野、記憶喪失だったの!? そんな素振り全然なかったじゃん!」
やはり、かぐやは私が記憶喪失だったことを気にしていたらしい。すでに一年以上経っているし、結果的に記憶の大半は思い出せた――と、いうか並行世界の記憶も一緒に思い出せている時点で儲けものだろう。
「いやいやいや! 記憶ないのに赤ちゃん育てる余裕あるのやばすぎだって!」
「そう?」
「ハート、
お、いい感じにツッコミができるようになっている。これは誰かとコラボ配信をしても配信の流れを作れるだろう。
「あ、そうだ。かぐや、デートしない?」
「……はえ?」
今日の用事を思い出したので彼女を誘ったが当の本人はキョトンとした様子で首を傾げた。
「で、あれは薬局。体調不良の時に薬とか買える」
「ほーん」
あれから数十分後、デートという名の街案内に出かけた私たちは普段、利用しているお店をかぐやに紹介していく。見た目は女子高生となった彼女だが、まだ地球初心者。お留守番する機会も多いだろうし、料理が好きそうなので買い物だってするはずだ。
しかし、昨日はたまたま家に帰ることができただけで迷子になる可能性だってある。そのため、今のうちに街を案内しておこうと思ったのだ。
「食材を買う時はこのスーパーをよく使うよ。彩葉からあまりお金は使うなって言われてるんでしょ?」
「うぐっ……その点は反省してるってばぁ。でも、定額制にされちゃって昨日みたいな料理は難しいかも」
「金額は?」
「確か――」
私の質問に難しい顔をしながら答えるかぐや。なるほど、確かにその金額なら昨日のような豪華な料理は――え、これで三人分? 一人分じゃなくて? さすがに無理があるよ、彩葉。
「じゃあ、私が食費出すよ。なし崩しだけど彩葉の部屋に住んでるし。彩葉には私の方から言っておくね」
「え、マジー? じゃあ、今日も豪勢に――」
「――定額制なのは変わらないからね? 金額は増やすけど」
「あ、はい。承知しております」
調子に乗ろうとしたかぐやに釘を刺すと何故か顔を青ざめさせてコクコクと彼女は頷いた。これまでも何気ないことを指摘する度、怯えたような反応を見せるがそんなに怖いだろうか。
「いやぁ、怖くはないんだけど……なんか白野の言葉は強いっていうか。言うことを聞かなきゃってなるんだよねー。なんでかはわからんけど」
「そうだったんだ。怒ってるわけじゃないのになんでだろうね」
「さぁ?」
二人で首を傾げるが答えは出ず、スーパーもさすがに食材を買うには早すぎるということで改めて訪れることにしてその場を離れた。
「はぁ~、疲れたー」
「お疲れ」
それから街の散策を終え、手ごろな喫茶店に入り、休憩。時間もお昼になったので昼食を済ませ、今は食後のコーヒー……かぐやは牛乳が気に入ったようで蜂蜜入りのミルクを頼んだ。
「ねぇ、白野」
「ん?」
街のことやライバーのこと、彩葉のことを話していたのだが、ふと会話が途切れ、少しだけ沈黙が流れた後、改まってかぐやは私の名前を呼んだ。
「白野はさ、記憶がないんだよね」
「そうだね。だいたいは思い出せたけど」
「そっか……白野も月から来たの?」
かぐやの言葉に少しだけドキッとする。どうやら、記憶喪失という共通点から私も月から来たと思ったのだろう。
違う。そう言えたのならよかった。でも、実際、私は月のムーンセルによって生み出されたNPC。月出身だと言われたら確かにそうだ。しかし、月から地上に来た経緯を思い出せない現状、頷くことも難しい。
「どうだろうね」
「えー? 白野までかぐや姫だったらキャラ被っちゃうじゃーん。キャラ付けって大事だってよく言うでしょ。自分の呼び方とか語尾で個性を出してかないと!」
「かぐやは十分、個性的だよ」
月から落ちてきて、数日で大きくなって、髪の色や肌の色を自在に操れて、自由な女の子。これで個性的でないと言われたら全人類が無個性だろう。
「マジ? やったー!」
褒められて嬉しいのか、かぐやは両手を挙げて笑顔を浮かべる。うん、元気があってよろしい。でも、喫茶店は落ち着いた雰囲気だからもう少し声を抑えてほしいかな。
「あ、はい。気を付けます」
「また怖かった?」
「怖くない! 怖くないけど、体が勝手にピシってなるぅ」
なんだこれ、と自分でもよくわかっていないのか、かぐやは肩を落とす。そんな彼女の様子がどこかおかしく、小さく笑ってしまった。
「あ、そうだ! 白野、ライバーになる話だけど……一緒にやらない!?」
「え?」
あまりに唐突な申し出に驚いてしまう。ヤチヨの話ではかぐやは彩葉と一緒にライバーになるはず。だが、冷静に考えてみれば彼女が私を誘わないわけがなかった。
「白野って美人さんだし、面白いから絶対、バズると思うんだよね。やっぱ、おもしれー女が人気なわけよ」
「そんなに面白いかな、私」
「激辛カレーを普通の顔で食べてる時点でおもしれーわ」
配信でも『ザビ子はおもしれー女』と言われることが多い。確かに芸人魂の思うままに行動することはあるが、そこまで面白いことをしているつもりはなかった。
「彩葉も誘ってんだー。でも、忙しいとか言っちゃって……まぁ、最終的には手伝ってくれるってことになったんだけど!」
「あー……」
差し向けた身としては少し心苦しいが、彩葉は何故かかぐやの頼みを拒めない。勉強やバイト、推し活で何かと忙しい彼女だが、かぐやに頼まれたら睡眠時間を削ることになっても手伝うだろう。彩葉の体調面が心配だ。少し気にかけておこう。
「ねぇねぇ、いいでしょー? おねがーい」
「……」
目をうるうるさせて頼んでくるかぐや。なるほど、確かにこんなか弱い女の子からの頼みはなかなか断れるものではない。しかし、私は『岸波白野』。セイバーやキャスターからの誘惑に乗らず、あの朴念仁の鈍感さに耐え忍び、あまつさえこちらを小馬鹿にする金ぴかの言動を赦した女。生まれて数日程度の赤ん坊の懇願程度、跳ね除け――。
「白野、かぐやを助けてぇ」
「ちょっとならね」
――まぁ、少しぐらいなら手伝ってもいいだろう。顔出しとかしなければ学校で騒がれることはないし、かぐやの性格上、絶対に本名を呼ばれるだろうがツクヨミでは『ザビ子』で活動している。私とザビ子を結び付けられることはないはずだ。
そもそも私はツクヨミにログインできないことになっている。現実世界でどれだけ活動するかわからないがさほど大変ではないだろう。
「……かぐやはヤチヨカップ、優勝するつもりなんだよね?」
「うん、そだよー」
「ザビ子のことはどう思う?」
ライバーの話になったため、それに便乗する形で今日、彼女を誘ったもう一つの理由を口にした。実はザビ子としてヤチヨカップに参加するかどうか悩んでいる。私が参加すればかぐやと彩葉の優勝は前回以上に厳しいものになるからだ。
だが、これだけザビ子の参加を待ち望んでいる人がいるのならそれに応えたい気持ちもあった。だから、一つの参考としてかぐやに話を聞きたかったのである。
「え? ザビ子? あー、あの赤い鬼が言ってた人かー。まだチュートリアルで見かけたぐらいなんだよなー。どんな子?」
「普通な子」
「あんなに騒がれる子が普通なわけなくね? ちょっと調べてみよー」
そう言ってかぐやはどこからともなくタブレットを取り出す。一体どこに隠していたのか。
「ザビ子っと……うわ、なんかいっぱい出てきた」
そう言えば私もザビ子のことをきちんと調べたことはなかった。席を移動してかぐやと一緒にタブレットの画面を覗き込む。そこには自由にチャットを書き込める掲示板が表示されていた。
「なんで掲示板?」
「こっちの方が生の声、見えるかなーって。ほら、ザビ子伝説っていう掲示板とか面白そうじゃね?」
「伝説って」
まだ活動して一年ちょっとした経っていないのにすでに伝説になっている件。さて、私はどんな評価を受けているのか。
次話から掲示板回始まりです。
アンケートの結果、好き勝手に書かせていただいたところ、3話分ございます。
申し訳ございませんが掲示板回にお付き合いくださいませ。
掲示板回のボリュームどれくらいがいい?
-
思う存分やってくれ(少なくとも2話以上)
-
1話でいいかな
-
なくていい